技師の力は何が故に   作:幻想の投影物

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アイザックさんの口調、日本語にするとどうしても書き手によって変わっちゃいますね。
ここのアイザックさんは少し好青年、といった感じでよろしくお願いします。
あとキャラがぽく無いのはご愛敬。


case02

「……?」

「おはよう。…いえ、グッドモーニングの方が適切かしら」

「Are you―――いや、思い出したよ」

 

 目覚めてすぐ、アイザックは手元の仕事道具が少し変化している事に気付いた。性能それ自体が違うと言う訳ではなく、見た感じの意匠と言うか、その外観には今まで見受けられなかった変な文字や模様が入れられていた。一種の時代を先取りし過ぎた画家の作品を彷彿とさせるその模様は、引き込まれていくような魔が込められているとも思えるのだが。

 疑問符を浮かべた彼は、己のプラズマカッターを持ち上げながら不思議そうに尋ねた。

 

「これは」

「お察しの通り、その武器には私の魔法付与をさせてもらったわ。これで魔女の手下や魔女にも攻撃が通用する筈」

「武器…成程、言い得て妙かもしれない。だが此れは私の仕事道具だ。リミッターを外して武器として扱っていても、その本分は変わらない」

「……エンジニア、もしかして工具?」

「その通り。硬いネクロモーフ共の手足を切り裂くには、人間程度を殺せるただの銃では心許なかったからな。その点、削岩や巨大な障害物を排除するための工具の方が有効打を与えられる」

「正に得物は選ばず、か。少ししか聞いていないけど、よっぽど必死な世界だったと言う事ね」

 

 少女、暁美ほむらの同情と呆れの交じった視線に、まだ敵とは分かっていなかった頃のケンドラの表情が浮かび上がる。だが、あのような女と目の前の彼女を混同してはいけないと、かぶりを振って考えを追い払った。

 

「どうしたのかしら」

「いや、少し頭の整理だ。こうまで超常的な現象が続くと、少し落ち着かねば頭がやられそうなものでな」

 

 皮肉を混じらせた苦笑を浮かべると、彼女は安堵の息を吐いた。

 

「貴方の感性が人並みの物でよかったわ。いくら私でも、その…工具? を喰らったらひとたまりも無いから」

「心配せずとも、元より人間に向けるつもりはない。大事な仕事道具は行く手を阻む障害(ネクロモーフ)や化け物にしか使わないつもりだ」

 

 そう言って、彼はプラズマカッターのマガジンを引っ張りだしてマガジンを補充する。普通の銃と違って、下から追加分だけを入れることが出来るこの道具は、小回りも利くおかげで何度も彼の窮地を救ってくれている。一種の愛着さえ湧きそうなものだが、一つの物に執着していてはエンジニアはやっていられない。

 すぐさま弾を込め終えると、彼はエンジニアスーツの背骨辺りに存在する収納空間へ次々と工具を仕舞い込み始めていた。

 

「不思議なものね」

「これから数百年後には量子化の理論も完成されるだろう。生憎とこのスーツは作れないが、持っている工具なら幾つかの材料さえあれば現代でも作ることが出来る。…君も化け物どもと闘うなら、プラズマカッターの一つでも使ってみるか?」

「そうね……それも良いけど、そろそろ私は学校に行こうと思うわ」

「ああ学生だったな。こんな怪しい者を匿ってもらっている礼と言っては何だが、しっかり家は守っておくさ」

「そ、じゃあお願いね。…ああ、そこの地図に書いた×印の所、夕方くらいになったら来ておいてくれる? なるべく人目につかないように」

 

 そうして指さされた先をアイザックが見ると、確かにテーブルの上にはぽつねんと一枚の地図が。ほむらが何を言いたいかを理解して頷くと、彼女は満足そうにうなずきながら家を出て行った。

 

「……それまでは彼女用に作っておこう」

 

 彼も人間、ただ待つのも暇である。

 そう思い立ったが吉日。そう言わんばかりに、彼はプラズマカッターの制作に取り掛かり始めるのであった。

 

 

 

「暁美ほむらです。よろしくお願いします」

 

 もう、この自己紹介をしたのは何度目だっただろうか。

 まどかを救うと決めて幾度の時を遡った。だけど、何時も力足らずに過去へ戻って作戦を立て直す。美樹さやかは魔女になり、味方を殺す。佐倉杏子は最後まで一緒に戦う事もあったけど、巴マミの凶弾に倒れるか、絆された美樹さやかと心中する。最早そんなパターンさえも見あきるほどに、彼女達が命を散らす様子を見て来た。

 

「…!」

 

 そして、変わらない優しさと少し臆病な面を併せ持つ守るべき人。

 まどか。貴女には何度も解き明かした事もあった。契約をする前に、どうにかして私の手ですくおうと奔走した。それでも今までは貴女の命を散らせることしかできない、ワルプルギスをも超える最悪の魔女へ変貌させてしまった事もあったけど、今度こそ、今度こそは…!

 

「あ、暁美さん? 少し顔が強張ってるみたいだけど……」

「すみません。緊張したのか、心臓に少し痛みが戻って来てしまいまして…」

「た、大変! えっと、保健委員は鹿目さんでしたよね。暁美さんを保健室まで案内してあげて下さい」

「あ、はい」

 

 少しばかり時間が空く事になるけど、必要以上の接触もしないと念入りに釘を指すことが出来ない。どうにかしないと、今回こそは……そう言えば、家に招いたあのアイザック・クラーク。彼は今頃…いえ、彼は何者なのかしら。

 今までのループに登場した事も無い。たった一体だけみたいだけど、ネクロモーフなんて言う魔女よりもある意味で性質の悪いモノまで持ちこんできた未来人。流石に目的の為だけに動き続けるのも悪い結果を招きかねない老婆心から助けてみたけど。

 あ、頼んだ、とも言い切れないけど、あの工具でも弄っていそうね。

 

「え、えっと…暁美さん…?」

「ほむら、でいいわ。鹿目まどかって言うのよね。こっちもまどかって呼ばせて貰いたいんだけど」

「あ、うん。いいよ。ほむらちゃん…で良いのかな? あ、ごめんね。何かワケわかんないよね」

「…ふふっ。ああ、ちょっと唐突でファンタジックな事かもしれないけど、まどか。聞いてほしい事があるの」

「? なにかな」

 

 少し首をかしげる様子は、動揺やファンタジックと言う言葉に別段強い反応を示していると言う訳ではない。この時間軸のまどかは契約していないようね。

 人を物差しで測るみたいで気分のいいものではないけど、今回はフレンドリーに進める事にしましょう。余り敵対するような関係ばかりを作っていても、悪い結果ばかりに繋がってしまうから。

 

「貴女は…この日常を劇的に変えるような、アクション映画みたいな酷い運命と向き合う事、もしくは関わることになったとする」

「うん」

「その時、貴女は危険を退けることが出来ると、実際に叶ってしまう誘惑を持ちかけられた。自分の家族や友人、そう言った日常に二度と戻れる事は出来なくなるけど、それらを蹴ってまで非日常に足を踏み入れ、皆を守ろうと思う?」

「え…? えっと、私以外にも同じ人とかは…」

「いる。という前提よ。ちょっとした心理ゲームとか占いみたいなものだから、本心で応えてくれると嬉しいわ」

「占い…かぁ」

 

 保健室に行くまでの道すがら。ホームルームが終わって一限目が始まろうとしている一回の廊下は、時折すれ違う先生以外には人影も無い。まどかはその事に少し安堵を感じたのか、それでも聞かせることが恥ずかしいように顔を上げた。

 

「えっと…多分、私はその誘惑に乗っちゃうかも……」

「そう……」

 

 当たり前の答えだ。ほむらは分かり切っていた返答に変わらない「鹿目まどか」出会った事の安心と、キュゥべえの魔の手に今回も落ちてしまう危険性を見出した。

 だけど、ソレを聞かせてくれただけでも今回はかなりのアドバンテージを得た事になる。自分の言葉が届けば、それだけキュゥべえの誘惑を振り切るきっかけになるかもしれない。実際に契約をさせなかったことで、嵐の二次被害に晒された彼女が死んでしまった事もあったが、その時は自分しか魔法少女は残っていなかった。あの男…アイザックの実力を確かめてからでも、十分作戦に入れる余裕はある。

 この繰り返しの中で、すっかり頭の中では別の事を考える妙技が得意になってしまったが、逆に戦闘中でも多数の事を考えることが出来るという利点も出来た。肉体の繁栄はともかく、精神は逆行したと同時に成長したまま戻って来れると言うのは嬉しい物だ。

 目の前の彼女を救えなかったと言う時点で、悔むべきなのだが。

 

「あ、保健室ね。案内ありがとう、まどか」

「ほむらちゃんもお大事に。それで、占いの結果はどうだった?」

 

 ああ、そう言えばそうして誤魔化していたんだったと思い出す。

 なんというべきかは既に決まっているが、この時点で彼女はキュゥべえと接触する機会が待ち受けている。少し厳しめに、それでいて真実を織り交ぜておいた方がいいかもしれない。彼女と触れ合う時、一挙一動が貴重な時間だ。繰り返しが出来る、なんて言うのは甘え。この時間軸で全てを終わらせる気兼ねで臨まねば、また―――

 

「…そうね。まどか」

「う、うん……」

「ラッキーアイテムは黄色いリボン。ただし、どんな見た目であっても願いを叶える、なんて相手には取り合わない事。そうすれば平穏な毎日に、少し幸運のアクセントが付いてくるかもしれないわ、と言う所ね」

「黄色いリボンかぁ…私のは赤色だし」

「ふふ、あくまで占いよ。肝心なのは自分がその時どうするか。ラッキーアイテムはちょっとした勇気を出すお守りに過ぎないの」

「そう、かもしれないね。ほむらちゃん、お大事に」

「ありがと」

 

 少し嬉しそうな顔をして、彼女と保健室前で別れを告げる。

 しかし、問題となるのはこの後。

 

「…もう授業、同じものしか受けて無いのよね……」

 

 それでも日常的な愚痴が出るのは、前のループよりはずっと精神的に余裕が出来ている証拠だろう。全く異常が無いのに少し場所を取ってしまうのは申し訳ないが、昼までは保健室で場所を取らせてもらう事にしよう。

 

 

 

 空が赤くなってきた頃、アイザックはのそりとその無骨な巨体を起こした。

 これまでの石村での出来事もあって一眠りしていたのだが、この平穏な時間が何とも落ち着くと言うか、感動的な事に気付いて嫌になる。どれほど自分が血と腐臭がする異常な空間に慣れてしまっていたのかを自覚してしまうからである。

 だが、ふと覗いた窓の外の景色は、地球に居た時はいつでも見ることができていた美しいサンセット・シーン。過去と言う点は気になるが、平穏かつゆったりとした日常に戻ってこれた事を認識するには十分だった。

 

「……promised time。―――ああ、また翻訳し忘れていたか」

 

 夕方頃になったら、この地図の場所へ。

 スーツの自動マッピングシステムで大体の地理を把握した彼は、地図の×印がある場所をロケーターに登録して手を地面に向けた。すると、石村でも何度もお世話になった最短ルートを示す青白い光の道が、地面の数十メートル先までアイザックを案内する。これはスーツのヘルメット越しにしか見えない光景であるので、一般人がこの光の案内線を黙視する事も出来ない。

 

「準備は…整っているな。恩人の頼みとあらば、化け物退治でもやるしかない」

 

 現にアイザックは国籍どころか身分を証明することすらできない。自分が生まれるのは数世紀も先の事であるし、下手に良識に凝り固まった人物が彼を見てしまえば、公的機関に通報するのは目に見えた事実なのだから。

 

 アイザックはそう言いながらも戦闘に耐える準備を整え、指定された位置までロケーターを使用して向かっていくことにした。この見滝原という町は最近急激に産業が発展した影響で廃ビルや建設途中で放棄された建物、工場などが華々しいビル街の奥地にひっそりと控えており、アイザックという怪しい風体の男が隠れながら進むには十分な隠れ蓑になってくれている。

 指定された場所も同じく廃ビルの一角らしいのだが、家ではなくそのような場所で話があるということは、つまりそこで「何か」があるべきだとみるのが当然だろう。

 ただ、アイザックが驚いたのはそんな警察や公共機関の隠れ家にもなりそうな場所が無数に乱立するというのに、そのどこにも犯罪を行っているような形跡、現場がないことだった。自分のいた場所では人間の寿命が延びたことで人口も急激に伸びていき、溢れるような人間の数割はほとんど公然に犯罪を犯して刑務所へと連行される。

 だが、ここは治安がいい。良すぎるといっても差し支えないほどに。

 まるで、「ここに人間自体が来ないかのようだ」。

 

「それも原因なのだろうか。いや、今はアケミを信じるしかないな」

 

 彼がこの世界に来て、居場所を作ってくれた恩人。

 そしてどうにも奇妙な時間操作が可能な魔法少女というものをやっていらしい女の子。

 石村では終ぞ見ることのなかった若者がそんな物騒なことにかかわっていることに心を痛めたが、そんな日常をぶち壊すようなまねをするインキュベーターとやらは非道と断じるほかない。

 ネクロモーフと戦うような決意を固めたアイザックがロケーターの青白い光が途切れたことに気付くと、眼前にはまだ廃棄されて間もないのだろう。重機が屋上に置かれたままのビルが建っていた。

 ふむ、と古典的なコンクリート構造のビルを物珍しげに眺めているさなか、彼は背中の収納スペースに小さな振動が加わっていることに気が付いた。何を入れていたのかと不思議に思いながら取り出してみると、それは彼の視点から見て旧式の携帯電話。バイブレーションと小窓の「ほむら」という文字が彼女からの連絡を示しており、彼は迷うことなくコールに出る。

 

『クラークさん、着いたみたいね』

「ああ。GPSでも仕込んでいたのか?」

『そんなところよ。ともかく話は後、私はすることがあるから、そこに来るはずの青と桃色の髪をした女の子を見かけたらすぐに助けてあげて。ただし、姿は見られないように』

「狙撃か…彼女たちが囲まれるような事態に陥った場合は?」

『やむを得ないわ。フォースガン、といったかしら。それで一掃をお願い』

「分かった。健闘を祈る」

 

 そういうと、向こうもかなり切羽詰っていたのか唐突に通話が断ち切られる。気になるのだが、会話の合間に聞こえてきた銃撃音は偽物や映画などのものではないだろう。すでに彼女は魔女、その使い魔とやらと戦闘を繰り広げているに違いない。

 そして少女たちが来るというのは予見していたことかどうかはわからないが、とにかく一般的な感性の持ち主としてはその少女たちを見殺しにするような真似はできない。

 

「ともかく、行ってみるしかないな」

 

 確認のようにつぶやくと、彼は廃ビルの一角に足を踏み入れる。

 あとは来るはずの少女たちに備えて待ち伏せ(アンブッシュ)を行うのみである。

 

 

 

「追いつめたわ。それで、あなたは何回殺せばその活動する身体はなくなるの?」

「やけに僕らのことを知っているみたいだね。それにインキュベーターのデータベースにも暁美ほむら、君との契約は一切記されていない。なかなかに興味深いかな」

「言ってなさい」

 

 何のためらいもなくトリガーが引き絞られ、打ち出された魔力強化の施された弾丸が白く、どこまでも空虚なキュゥべえの体をハチの巣に変える。だが、確実に命を失っていると分かっている状態の彼に、9mmパラべラムの弾頭が次々と追い打ちをかけていき、もはや生物として見ることは不可能なほどの肉塊に変えられてしまった。

 

「やれやれ、分かっているのに殺し続ける。君は無意味な行動を好んでいるようには見えないのだけど」

「ちょっとしたストレス発散も兼ねているのよ。とにかく、貴方はすでに目を付けているんでしょう? あの、膨大な因果を持った彼女に」

「まどかの事かい? なるほど、僕たちが観測できていない奇妙な客人を連れ込んでいたかと思えば、君一人では契約を阻止できないから助っ人にしたわけか」

 

 納得したように頷く、二体目のキュゥべえ。彼は最初の自分の体をもしゃもしゃと食らいつくすと、関心や興味心があるような振る舞いでほむらへと答えを返すのだが、感情などあるはずのないと分かっているキュゥべえがそのような仕草をすることは、彼女の精神を更に逆なでするような真似。それでも尚狙いを反らさない精密さは舌を巻くほどだが、結局、彼女の弾丸はまたキュゥべえを肉塊へと変えるのみだった。

 

「逆上か。つくづく人間の感情と言う物は面倒だね」

「既に言われてるかも知れないけど、教えてあげるわ。あなたの様な異形や私達の様な異物を見て人間は、最初に恐怖を覚えるのよ」

「それは僕が恐ろしい物と言う事かい? まだまだ面識がないけど、君にしては随分と高評価だと捉える事にするよ」

「何とでも…っ、待ちなさい!」

 

 再び暗がりから姿を現したキュゥべえは、それだけ言ってほむらの元から姿を消した。

 このままではまどかと接触を許してしまう事態になるので、何とかキュゥべえを足止めしようと彼女も走り始めたのではあるが、神出鬼没の面目躍如と言うべきか。キュゥべえは先ほどまで弾丸に当たっていたのがワザとであると嘲笑うかのように避けて行く。

 ほむらは彼の逃げる方向が、自分の記憶にある巴マミ、そして美樹さやかと鹿目まどかの初の接触地点である事を思い出した。契約をしていないまどかは、大抵この場所で初めて魔法少女などの存在を知ることになる。

 しかし、今回は此方側とて大きく変化しているのだ。彼女は盾の無限収納空間から一つの端末を取り出すと、走りながらショートカットコールを掛けた。

 

「クラークさん、キュゥべえが其方に向かったわ! まどか達の様子はどう!?」

『こちらアイザック・クラーク。彼女達はまだ使い魔とやらに遭遇していないようだが…消えた!? おいおい、此処じゃイリュージョン・ショーでもやっているのか!』

「魔女の結界よ! 私の魔法をかけた武器をまどか達が消えた地点に当てれば、多分結界内に突入できる筈」

『了解、朗報を待っていてくれ』

 

 ひとまずはこれで安心だろう。ほむらから見たアイザック・クラークと言う男は、エンジニアと語りながら化け物の相手を単身でこなしてきたという馬鹿げた武勇伝を証明するに足る威風堂々とした雰囲気を感じられる。

 恐らく巴マミとの接触は不用意な注意を招きかねないが、此方が直接姿を見せて出向くよりはずっと混乱のリスクが少ない。

 

「…まずはこの結界裏口を突破しないと…!」

 

 もっとも、まどか達が入ってきた方を正門と言うのなら、であるのだが。

 

 

 

 

「あっち行け! ま、まどか…アンタ怪我とかしてない!?」

「大丈夫。でもさやかちゃん、あれ、投げた石とか効いて無いよ!」

「分かってるよ! でも、怯ませるぐらいなら―――」

 

 まどかを後ろに控えさせる青髪で強気な少女、さやか。だがひげを生やしたテルテルボーズのような使い魔は、その手に人の首を簡単に切り裂いてバラ園の養分にしてしまう鋭いハサミを携え、周りを囲んでいた。

 万事休す。どれほどまどかを守ろうとして後ろに下げても、後ろに居る使い魔のシャキンシャキンと鳴らされるハサミに近づける結果になってしまう。いつしか二人は互いに向こうをむきあう、背中合わせになって追い詰められていた。

 

 ―――き、きききききききききききききき…カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ…ぎぎぎぎぎぎぎぎ……

 

 追い詰められた獲物を嘲笑い、陽気な髭を生やした頭の部分で人間の口の様なものが開かれる。その口は妙に生々しく、平らな歯の形はこれからまどか達もその仲間入りするんだと言う暗示のように恐怖を与え、一回の女子中学生に過ぎない二人の動きを完全に止めてしまった。

 止まった時が動き出したかのよう。二人の精神の中で何かがプツンと切れる音がして、同時に使い魔達が殺到。命を終えるのがこんな早くに。こんな偶然は夢であってほしい。各々の想いを胸に秘めながら、二人は硬く瞼を瞑り―――

 

「Fhuuuoooooooo!!」

 

 野太く男らしい声に我に返される事になった。

 

「――――え?」

「Ahhhhhhhhhhhhh!」

 

 男は使い魔の包囲網の一角を青く光るカッターのような物で蹴散らすと、そこに密集していた使い魔を消滅させながら二人の元に直進する。だが、彼女達はそう言った助けが来たと言う事よりも、顔の見えない(・・・・・・)鎧の様な物(・・・・・)が此方に直進してくる事に更なる恐怖を覚えてしまっていた。

 そうしてガタガタと震える二人の元に男の声をした何かが辿り着くと、持っていた巨大な近未来的な銃の一角をスライドさせ、縮こまる二人の間から上に向けて銃口を上に向ける。

 

「耳をふさいで伏せろ!」

 

 今度ははっきりとした日本語。力強い意志の感じられる言葉に従って二人が頭を下げると、彼の持っていた銃がクルクルと、いや轟々と回転し始め、辺り一面に青いプラズマの弾丸を撒き散らし始めたではないか。プラズマと言う極高温のエネルギー体に触れた使い魔は、焼かれるよりも早くその身を灰塵と化して消滅する。

 男が持っていた銃、そのセカンダリと呼ばれる機能は全方位への弾丸の一斉射出。銃身が焼けつく寸前まで負荷を掛ける形態であるのだが、その弱点は低い位置の敵には当たらない事。それゆえに使い魔と違って難を逃れることが出来たまどかとさやかは、荒々しくも不動の精神で助けてくれた人物…の様な物に視線を向ける。

 その瞳に宿る感情の色は、恐怖と感謝。そして不安だった。

 

「…怖がらせてしまったか。心配しないでいい、私は君達の味方だ」

 

 だからこそ、鎧、もといエンジニアスーツを着込んだアイザックは、その素顔をさらしながら安心させるため、姿勢を落とし目を合わせて二人に言葉を掛けた。

 

「…あの、貴方は…さっきの奴は何なんですか!?」

「どうやら使い魔、と言ういらしい。それから私の名はアイザック・クラーク。ちょっとした事故でこの地に来てしまったのだが、化け物退治を生業とするエンジニアだ。君達が襲われていたようなので、助けさせて貰った」

「あ、ありがとうございます…その」

「なにかな」

 

 おずおずと、まどかは警戒を解いても良い人物だと分かっていながら萎縮して尋ねる。

 ガタイの良い外国人と話すのは、引っ込み思案な彼女にとっては中々無理をしているのだろうが、それでも聞きたい事があったからなのだ。

 

「あなたは、どうして廃ビル群(こんな所)に?」

「…ふむ、君達を案じている、ある人物に助けを求められたからと言うべきだろうな。姿を見せる事は出来ないが、君達の事を考えている人物とは教えておいても良いかもしれない」

「そ、そうですか…。ともかく、ありがとうございました」

「あ、こっちも。ありがと、でもスゴイ銃だねそれ」

 

 軍用のパルスライフルを指し示して、さやかは興味深げにソレを見つめる。それでも触ろうとしないのは、先ほどの威力を目の当たりにして暴発などされてはたまらないと言う生存本能からだろう。

 そうして一先ずは安堵の空気が流れた所に、バタバタと足音を響かせながら少し派手な黄色の装飾がある恰好をした少女が現れた。

 彼女の名前は「巴マミ」。この見滝原を縄張りとする魔法少女であり、人一倍正義感と使命感に強い少女。それ故に生じる問題もあるのだが、ここでは一先ず置いておくとしよう。

 

「…貴方達、大丈夫? 此処に来ていた化け物は、居なかった!?」

「え、あなたは一体…?」

「ごめんなさい、怪しいものじゃないの。私は巴マミ。見た所同じ中学校の生徒だと思うけど、……貴方達、二年生かしら。それとそこの人は」

「三年生の方ですか…この人はクラークさん。さっき化け物に襲われていた所を、助けてもらったんです」

「アイザック・クラーク。SF創始者の名前をもじったようだと言われた事もあるな。よろしく」

 

 すっ、と差し出された手をマミが取る事は無かった。

 その目は訝しみを帯びており、通常なら魔法少女以外に倒すことのできない使い魔を倒してしまったと言う事実をこの少女たちから聞いて、命の危険や縄張りについての警戒を強めているのである。

 

「クラークさん…? 申し訳ないんですが、魔法少女と言う言葉を聞いた事は?」

「私の恩人がそうだ。彼女たちを助けたのも彼女の命令だな」

「…そうですか、その魔法少女はどこに?」

「さあ、今頃は多分――――伏せろッ!」

 

 アイザックが叫ぶと同時、彼の後ろに在ったコンクリートの壁が吹き飛び、向こう側から白い体をしたウサギとネコを足して二で割ったような不可思議な生物が転がり込んでくる。その体の至るところは傷だらけで、普通の生物なら致命傷と言っても過言ではない。

 幸いにもアイザックと相対する形で立っていたマミは、いち早くその存在を認識する事が出来た。

 

「キュゥべえ!? どうしたの…こんな怪我ッ」

「やあマミ。少し襲われてしまってね。僕を此処にやったのが不味いのか、どうやら姿は消したみたいだけど」

「……とにかく手当てしなきゃ」

「…そこにいるのか」

 

 当たり前のようにその見えない生物と会話を交わすマミと言う少女を見ながら、アイザックはアレが噂のキュゥべえかと納得する。成程、確かにあの無機質な紅玉からは一切の感情の揺れと言うものが見えない。普通の動物でも瞼の開閉具合や目の動かしようで微妙な表情を作る物であるのだが、このキュゥべえと言う物は全く違う。

 思い出したかのように瞬きをし、その眼球が方向を確認するために動く様子さえ見受けられない。愛くるしいような外見とは裏腹に、よく観察してみればどれだけ異常が存在するのかが良く分かる。

 そんな彼とは違い、事前知識の無い被害者の二人は驚きに目を瞬かせるばかりであった。不可思議で、一見神秘的な見た目をしたキュゥべえと言う存在。そして喋るともなれば、好奇心に溢れる第二次成長期の少女の意識は其方に向けられるのも当然と言うべきか。

 

「しゃ、喋ってる……」

「やあ、まどか、そしてさやか。君達と会うのは初めてだね。…そしてアイザック。君も」

「アイザック…? キュゥベエ、この人のことを知ってるの?」

「……すまない、そこにいるならばなぜ名前を知っているか答えてほしい」

「理由を聞いているのかい? それなら少し調べれば簡単に分かったから、としか言いようがないね」

「…って、言ってるわ」

「そうか。ありがとう、トモエ。もう十分だ」

 

 そうは言っても、ほむらのしたように彼に銃口を向けるよう真似はしなかった。

 これはアイザックの想像だが、恐らく彼女はここで自分をこの巴マミという魔法少女と敵対させるつもりはないだろうし、まどかと言ったこの少女を守りたいと言う気兼ねは変わらない筈。それ故に、自分が敵に回るような行動は避けるべきだと判断したまで。

 それでも、やはり正体に気付いてしまえばキュゥべえの存在は薄気味の悪い物だ。多少の居心地の悪さを感じながらも、彼はマミがキュゥべえの治療を完了し、話し始めるまでを待った。

 

「…これでよし。怪我は治った?」

「ありがとう、マミ。もう何ともないや」

「よかった。…えっと、まどかさん。さやかさんってキュゥべえに呼ばれてたわよね? よかったら私の家に来ないかしら。詳しい事を話しておきたいの。…それから、クラークさん。貴方にも聞きたい事があるわ」

「of course.私でよければ君の話に付き合おう。まだ魔女に関しては知らない事もある」

「よかった。それじゃあ夜も近いし、少し急ごうかしらね」

「はい」

「うーん、キュゥべえって言ったよね。お前なんなのさ?」

 

 そう言ったマミに三者三様の反応を見せながらついて行くことになった。

 アイザックは不審者が出かねない場所と言う事で殿を務めたのだが、少し歩調を遅くし、彼女とは会話が聞こえない程度の位置まで間隔を空けると、ほむらからもらった端末を取り出した。手慣れた様子でコールを掛けると、すぐに向こうは出てくれたようだ。

 

『巴マミの家に招かれたのね?』

「やはり見ていたか。だが、あの程度なら君が仕留めきれないとも思わないんだが…」

『キュゥべえは有限だけど、無数に体を持っている。幾ら体を潰しても、キュゥべえの精神は新たな体に入って何処からか現れるの。キリがないから、少しでも殺して足止めしたかったけど……』

「OK.ともかく情報や、まどかと言った彼女の様子を報告したらいいのか?」

『ええ。ごめんなさい、貴方を恩で使うようなことになって』

「日本人は謝ることが多いと聞いたが、その通りだな」

『?』

 

 唐突に方向転換した言葉の意味が分からず、向こうで彼女が疑問を浮かべる音が聞こえる。だが、ここははっきりと言っておくべきだろう。

 

「帰るアテも無い。だが君は私を招いてくれたのだろう? ならば胸を張っていてくれ。この機械を弄るか、化け物の相手をするぐらいが取り柄の私なら幾らでも使ってくれて構わない。脅威を止めたいと思うのは、誰だって一緒だ」

『……ありがとう。まどかの事、お願い』

了解(roger)、また連絡する」

 

 通話を切ると、彼女達が振り返らないうちに直ぐに列に追いつくアイザック。そこで自分がとてもではないが公共の面前に出れる格好では無い事に気付き、彼女達にその旨を伝えることになるのだった。

 




いつの間にか一万字って超えるものなんですね。シラナカッタナー
今デッドスペース2やってアイザックさんを何度もバラバラにされてます。
デトネイターに自分で引っかかるってどうなの……
あと自爆君。テメーは角にいる時来るな。巻き込まれて死ぬから。私達が。

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