技師の力は何が故に   作:幻想の投影物

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今回短め


case20

 カチッ、こんっこんっこんっ。からららら…………。

 パズルのように射出口が回る。カシャカシャと音を立てて滑りこんで行く弾薬は作業用のレールに乗っている様子すら幻視させた。最後にがちっと叩く様に押さえつけて前を照らすライトを点ける。雨の降り始めた見滝原の路地裏を明るい光が照らしだし、向こう20メートルほどがハッキリと映しだされた。

 それでも光の届く範囲は圧倒的に少ない。強化エンジニアスーツのヘルメット自身に備え付けられたフェイスライトで補助的に照らしだした路地裏は、彼の周囲5メートルほどをより鮮明に映し出した。手元作業が命の技士にとってはありがたい光だが、こうも命のやり取りのために使われるとは製作者も思いもよらなかっただろうなと、彼は心の中で愚痴る事は忘れない。

 しっとりとした湿気をスーツの機能が数値として表記する。家から出てきた時、レインコートを羽織ってきた青髪の少女を隣に携えながら真っ暗な通路を進んで行く。現状、降り注ぐ雨の音は奇襲する暗殺者の足音を掻き消し、恐ろしく危険な状況下であるのだろう。己の肉体そのものを変形させ、狭いところを通ってくる化け物共から逃げる術は少ない。慎重に、決して油断をしないように周囲への警戒を続けながらにライトが一体化した未来の工具を取り回す。明るい放射状の光が所々を照ら出し、だが異常は何も見当たらない事を教えてくれる。このまま見回りに出るまでも無く、死体の怪物が減ってくれればいいと思ったのはおかしくは無いだろうな、と。青髪の少女は肌寒さに打ち震えながらレインコートの裾を握った。

 

「アイザックさん。そう言えばこの前のネクロモーフは何か吐き出してきたし、赤ちゃんが殺されたのもいたけど……やっぱりアレって、種類あるの?」

「便宜上とって付けた呼び名に過ぎないが、私の中では少なくとも5種類以上は名前を分けている。一般的な鉤爪のSlasher、乳児以下の死体を素体にした潜んでいる事が多いLurker、死体や生きた人間に取りつきそのままネクロモーフ化させるInfecter、腹が肥大化して何匹ものネクロモーフを生み出すPregnant、すばしっこさが面倒なLeaper……他にも肉の様な壁と一体化したヤツや、辺りを真空状態にするガスを延々と背中の肺の様なものから吐き出し続ける変わったのもいたが……嗚呼神よ(Oh my)、何だ? ネクロモーフ大辞典でも書けと言うのか、冗談じゃあ無いぞクソッたれ(Fuck)!!」

「あ、お、落ちついてアイザックさん! 聞いたあたしが悪かったから、ほらネクロモーフがいつ来るかも分かんないんだしさっ!」

「いいや、何もかも私が悪いんだ! 恋人も守れない、挙句の果てにはMarkerの思い通りに幻影に踊らされた! こんなオレに何の価値がある!? 騙していたのはケンドラだが、クソッ! 何のためにこんな悲劇を生まなくてはならない!? 何故小さな幸せすら許されないんだ? あの母親(クソアマ)が馬鹿馬鹿しい教団に全財産を売り払って入信した時からか? オレ如きのせいで自分以外が何人失われていけば―――」

「目ェさませ馬鹿!!」

 

 思いっきり振り上げたさやかのグーが彼のフェイスメットを震わせる。視界の端にはシステムエラーと小さなノイズ。そして頭全体をカチ鳴らす様な振動に見舞われたアイザックはようやく己が小さな事で激昂し、馬鹿の様な理由で錯乱している事に気がついた。いや、我に返ったと言った方が正しいか。

 普通の人間なままであるさやかに殴られたからか、吹っ飛ぶことこそしなかったアイザックは錯乱していた人格を叩き直される。遥か古代のテレビは叩けば治ると言ったか、自分も結局壊れやすいアレと似たような物なのかと思えば、急に頭が冷えてきた。

 

「どうしちゃったの!? アイザックさんそんな事言う様な人じゃないよね? だってあたしに偉そうに説教たれてるくらい図太い神経してる頭の固い大人でしょ!? こんな時に一人前に錯乱なんてしないでよ! アイザックさんも自分の責任感じて、あたしにちゃんと大丈夫って言ってくれたんだからそれでいいじゃない。死んでる人より生きてるあたしや、この世界の人の事考えて一緒にネクロモーフ倒してくれるんじゃなかったの!?」

「……あ、ああ。そうだ。そうだったな…ああ、そうでなくてはならない……そのためにも、脅威は排除しなければな」

 

 アイザックのプラズマカッターがさやかへ向けられる。

 明るいライトが彼女の目をくらませ、思わず顔を覆い隠した彼女でも正気は保っていたのだろう。ただ一言、形にならない声が零れる。

 

「―――え?」

 

 次の瞬間、何もかもを蒸発させるプラズマの帯がさやかの目に焼きついていた。

 

 

 

 

 

 どさっ、倒れるような音が聞こえる。

 聞こえてきたのは気のせいなどでは無く、確かに目の前で彼女は倒れていた。平常を装うように表情を消しているが、その手は確かな動揺によってカタカタと打ち震えている。やはりこうなったのか、と半ば予想していた人物は小さく息を吐き、彼女を立たせるために手を引いて持ちあげる。

 

「……分かった? 尻もちなんてつく位なら最初から聞かなければよかったのに」

「ち、違うの。そうじゃなくて……その、本当に?」

「全てが事実よ。巻き戻した時の中で、覚えているのは私だけ。それでも私の中にある一ヶ月は幾度の可能性を見せつけて来て、既知を気取っている私の事前準備をその度に嘲笑う。恐らくは魔法少女が必ず絶望するようにするため、とキュゥべえが言っていた事もあったわ。もっとも、今回ばかりは願いは叶うなんて言われたのだけど」

「そう、キュゥべえが」

「恐らくアレは私がなにかを理解しているわ。詳細までは語らないけど、聞かれなかったからなんて言うのが目に見えているわね」

 

 マミが近くのソファに座りなおしたのを見て、すっかり冷めてしまった紅茶を煽る。不味い、という感想を抱きながらも飲み干すほむらは律儀な性格であるのかもしれない。

 

「それで、私の事を知った感想はどうなの」

「……別段、私からはなんとも言えないかも。それはあなたの過去であって、“頑張ったわね”みたいな励ましも無いわよ」

「あら以外。あなた身内には甘々だと思っていたのだけど」

「それは、そうだったわ。この家に帰って来る前まではね」

 

 マミもまた冷えた残りの紅茶を手に取り、ソウルジェムを持った手で光を砂糖の様に振らし、入れたての様な状態になった中身を飲み干した。恨めしい視線を向けていたほむらの反応は実に正しいであろうが、そんな彼女を無視するように、されどほむらに聞こえる声で美味しいわと呟いたのはマミの性根の悪い所が出てしまったのかもしれない。

 

「この家に来る前まで?」

「……アイザックさんにアレは化け物だ、って何度も言い聞かされたわ。だけど同時にそれが救いになるんだってことも。魔女だって同じで、理性を失った元人間を殺してきたのは今更だもの。だから、アイザックさんにケアして貰った時に気付いたのよ。私は確かに誰かの助けになりたい。でも、結局私ができるのは銃を突きつける事だけ。だったら、その銃口を向けると言う行為そのものになにか意味を持たせられないかなって」

「理由探し……そう。私は深く考えた事は無いわ。全て終わってから全ての罪や後悔はしていかないと、それこそ“時間が無い”から」

 

 ほむらの言葉を聞いたマミは奇妙な感覚に陥っていた。あの時間を止めるほむらが時間が無いと言ったのは自分自身に対する皮肉を込めたのだろうが、それにしたってあのほむらが自分の前で泣きごとを漏らしたのだ。

 クスッと大人っぽいと思っている微笑を浮かべたマミ。

 口に手を当てる仕草は淑女のそれのようでもある。

 

「ソレはそれでいいと思うんだけど? だって別々ですもの、私たち」

「じゃないと人間は生きてはいけないわ。もし相手とまったく同じだったら、その相手が死んだ時に自分も死んでしまいそうだし」

「重いわね。特にあなたが言うと」

「……やっぱり、気付いているのね」

「見れば分かるわよ。鹿目さんに対する庇護っぷりは途中からあからさまに過ぎたし、ラッキーアイテムは黄色のリボンですって? もう、嬉しくなるわね」

「あからさまな話題反らしは嫌いよ」

「―――ふぅ、面倒なのね。巴先輩」

「そりゃ先輩ですもの。たった一年でも積んできた時間が違えば面倒に感じられるわ」

 

 自覚があるのか、という突っ込みは心の中に仕舞う。

 すっかり本題である「ほむらの過去」からはかけ離れている事に気付いたが、それでもほむらは思わず会話を弾ませてしまっている事に気がついた。アイザックと一緒にいる間に、随分自分の口は軽くなってしまったらしい。「もう誰にも頼らない」なんて、この言葉を言った事を後悔するのは何度目だろうか?

 それとも、今回は好意全開でまどかに迫った事が仇となったのだろうか。まどか本人はこの通り避難を済ませて貰ったが、その周りのキーパーソン達はどうにも運命の糸を面倒臭さ満開な絡ませ方をしてくる。それによって杏子もこれまでにない精神攻撃で追い詰めてから一度心の芯を揺さぶる方向になってしまったし、これから出てくる魔女の数以外はネクロモーフと言い、この魔法少女や一般人の協力者と言い、今までに無かった選択肢が広がり過ぎて困ってしまう。リーダー的な立ち位置ではあるものの、とてもじゃないが、自分では纏められそうにない。

 

「……そうね」

 

 ふと、マミが何かを喋り出そうとしている事に気がついた。

 彼女の黄金の瞳はこちらを覗きこんでくる。

 

「今までの鹿目さんや私……もしかしたら美樹さんたちが、あなたと交わした約束なんていうのもあるかもしれないわね」

 

 耳に痛い話だが、その通りだ。

 二ケタを軽く超えているループの中で、ほむらは様々な人間と瀬戸際の約束を交わしている。その全てを忘れた事は無く、一人の時はいつだって目を閉じて確かめている。そのほとんどが果たされていないのも、確かである。

 

「でも、まぁ―――忘れちゃいなさい」

「……はっ?」

「だって、死人に口無しって言うじゃない。それに、いまの私たちがいる時間は誰も死んでいないわ。あなたの中では前の私や、鹿目さんたちは確かに死んでいるかもしれないけど……あなたが時間を巻き戻してくれたおかげで、いつも生き返っているじゃない。客観的に見ればそうなるし、あなたからすると一度理解を得た相手をまた失ったり、はじめましてと言われるのは恐ろしいかもしれないけど」

 

 言葉を区切って、微笑んだ。

 

「今度こそ、何とかなりそうじゃないの。下手に自分を傷つけなくてもいいのよ?」

「……あなた、私の母親にでもなったつもり?」

「そこまで老けて無いわよ! 失礼しちゃう。……あ、でもあなたにはない立派なものがあるのだから嫉妬してもおかしく無いかも?」

「あなたの言いたい事は良く分かったわ。今すぐにでもソウルジェムを取り上げてネクロモーフの群れに放り込んできてもいいのよ。ええ、あなたが死んでも厄介な真実を知る相手が減るだけだもの」

「あ、あれ? ちょっと此処は親切で話を運べる先輩に後輩がお礼を言う感動シーンって感じだと思うんだけど? なんか、寧ろ知り過ぎたエージェントが消されそうな……じ、冗談…よね」

「あなたは知り過ぎたの」

「改めて状況確認!? ちょっと待って、ここギャグシーンじゃなくて」

 

 ジリジリと危ない空気を醸し出すほむら。たらたらと冷や汗を流すマミ。

 黄色いクロワッサンをプルプルさせたマミはソウルジェムを守る様にキュッと握り、

 

「―――あら、戦闘シーンみたいね」

 

 現状を確認する。

 

「一、二。後は任せたわ」

 

 ほむらが冷静に言い放った瞬間、階段の上に潜んでいた影から酸化した黒い血液が降ってきた。その直後、重いものが倒れる音と共に耳障りな大声を発する化け物が天井から降ってくる。三本の触手を背中から生やした赤子が骨の弾丸を飛ばして逃げ道を防いできたが、ほむら達は降ってきた一体が着地するまでには忽然と姿を消していた。

 

「!?」

「いい的ね、あなた達」

 

 いつの間にか、ほむらは柱の陰に潜んだサソリの尻尾の様に両足が変異したネクロモーフへ銃口を、マミは両腕と一体化した様な巨大な砲を着地した一体・天井に張り付いた一体に向けて上下に照準を向けた。時を止めた一瞬で変身・武器の顕現・的確な位置取りをした二人は憐れな人の残骸に向けて引き金を振りしぼった。

 静かな一弾丸、騒がしい二砲弾。そのどちらもが死すら恐れず襲いかかろうとするネクロモーフが初動を始める前に接触し、この世へ取り残された肉体を操る不届き者へ鉄槌を下す。飛び散る赤黒い液体。最初に倒されたものを含め、それを垂れ流す置き物がこの屋敷に4つ転がることとなった。

 ふっと銃口から立ち上る硝煙を吹き消したほむらは盾の下へ銃を滑り込ませる。両腕に付けていた砲身を変身ごと解いたマミは空中から近くの階段へ降り立ち、転びそうになりながらも取っ手に捕まることで事なきを得る。

 

「侵入してきたの? 一体どこから」

「屋根裏や細い窓とかだと思うわ。アイザックの話だとネクロモーフが移動する手段としてダクトを使っているらしいから。あなたの魔法、持続力あったかしら?」

「ええ。私のリボンなら一度効力を持たせておけば中々消えない筈だけど」

「じゃあ今からコイツらの侵入経路を探してリボンを壁にでも何でもして埋めて来なさい。私はこの死骸の特徴を覚えたら完膚なきまでに処理してくるから」

「……屋根裏、流石に掃除されてるわよね? 上条くんのこの家ってお金持ちだし、普段使わないとこなんかも使用人さんとかが―――」

「この家が放棄されてから五日目だけど、まぁ自分の目で確かめて来るといいんじゃないかしら。そもそも、キュゥべえとの交替をサボって私と話しこんでいた事への罰も兼ねてるから」

「うぅ、無事に帰ったら鹿目さんに言っとくから! 暁美さんが私に意地悪したって報告するから覚悟しておくのよっ」

「果たしてどっちの言葉を信じてくれるかしらね」

「むぅぅぅっ!!」

 

 だー、っとわざとらしい涙を垂れ流しながら去っていく先輩を冷たい目で見送ったほむらは、何故マミが今回のムードメーカー的存在になっているのかに対して世界の意志を感じていたものの、このタイミングで他の協力者が帰ってきたら卒倒しそうな事を思い出す。

 適当にワイヤーを引っ掛けてネクロモーフの死骸を外に引きずって行ったほむらは、床に着いた血の後の掃除もマミに任せれば解決するのではないかと黒い考えを腹に持ったのであった。

 




さやかはどうなるのかー。
何故かマミさんが癒し要素になっていたのは想定外ぃぃぃ……

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