技師の力は何が故に   作:幻想の投影物

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 じゅくじゅく掻き鳴らされる不協和音。足を踏みしめる度に動物でも踏んでいるかのようなぶにっとした感触が足の裏から伝わってくる。自分の惨状を含め、いままでずっとグロテスクなものを見て来たおかげで嫌悪感は最小に収められてはいるものの、やはり人間の中身と同じような場所を歩くのは辟易と言ったところである。

 

「うわぁ、ここの壁削げてる。アイザックさんが頑張ってたのかなぁ」

 

 それと同時に辺りに散らばるネクロモーフの残骸。壁の中に溶け込むように吸収されていっているが、その中には見た事のない全体的に黒いネクロモーフなども発見する。多分これがアイザックさんの言っていたエイみたいな形の奴が作る強化型みたいだが、今のうちに安全な試し切りと称して剣を振るってみた。

 結果はまぁ、ざっくりと両断され、自分の剣がどれほど鋭いのか再確認するだけだった。活動中の方が固いのだろうか、という疑問も浮かび上がった事もあるが自分の剣はコンクリートの壁すらも水を相手しているかのように切り裂いてしまう。ならば、この鋭さを信じて何もかもを振り切ればいいのだろう。

 自分の信じる剣を振ろう。そうして恭介に願った様に、自分が歩んできた道はこの剣そのもの。真っ直ぐに、どこまでも真っ直ぐに。そうしていれば―――魔女になる(曲がる)なんて有り得ない。非情に徹し、人だった怪物を斬り捨てる。自分のすべきことは世界の理と同じでしかない。不要な物は全て斬るだけ。

 

 

 

 ―――いいわ、アイザック。ここよ。

「そうだ……ニコル。ああ、ここだ」

 

 その頃、アイザックは結界の最奥に到着していた。彼が歩いてきた後には数多の屍が転がり、その多くに丸鋸が突き刺さった状態で機能を停止している。頭蓋に突き立てられた墓標の様な銀色は鏡となってアイザックのフラフラとした足取りを映し、彼の隣に誰もいない事をも証明している。

 アイザック・クラークは焦燥しきっていた。何故か、いきなり自分が発狂して美樹さやかの首を跳ね飛ばした事をずっと後悔している。あの船の中で、自分の目の前で首を掻っ切って死ぬ人間は何人も見て来たがアイザック自身は化け物となった奴らを斃してきただけであって、まだ一人の「人間」も殺していない。だからこそ、アイザックは初めて殺したのが「友人」のような関係にある人物だったことが信じられない。もう、何かに逃避するしか無かった。

 その結果が、「頭の奥」に潜んでいた「Nicole」を引きずり出した。「本来の運命」ならば再び彼が目覚める数年後までずっと付きまとっている筈の彼女の幻影は、何故かこの見滝原に居る間はずっと出てこなかった。それが今となって、いきなり彼の横に出現したのはいったい何故なのだろう? 理由は単純、彼の心の均衡が崩れたからに他ならない。

 

 ―――ここが私たちが約束した場所。

 

 捻じれた双角のオブジェ。

 記憶の片隅に引っ掛かっている筈の忌まわしき光景は、幻影の言うがままにされているアイザックには判断できないただの柱に見えている。いや、現状は確かにまだただの柱であった。捻じりあう前の二つの四角錐。何かが足りないと言う、威圧をも放つ不可思議な物体である。

 

「ここが、そうなのか……?」

 ―――間違いなんて無いわ。さあ、アイザック手をこれに。

「ああ…そうだな。これで、私は……」

 

 捻じれる前の双角にアイザックが手を触れそうになり―――

 

「やぁぁぁぁぁっ!!!」

「ガァッ!?」

 

 突如としてぶれた視界ごと吹き飛ばされる。エラーとノイズを吐きだすスーツからの情報は先ほども体験したアレだ。そう、そしてこの声は聞こえる筈がない、隣に居るニコル以上に死を確定されていた筈の、

 

「ミキ……?」

「このっ! お馬鹿ぁ!!」

 

 目の前の光景が信じられない。確かに、ネクロモーフの手足と同じように彼女の首を吹き飛ばしてしまった筈だ。彼女の後ろに居たスラッシャーと共に首が地面に落ちた光景も確認している。だというのに、ここまで鮮明に覚えている記憶を馬鹿にするかのように彼女は目尻に涙をためながら此方を見上げている。

 

 直後、スーツの洗浄機能が突如として働き、スチームが背中から噴出した。正常な空気は先ほどまで取り込んでいたネクロモーフ結界の中の淀んだ空気を吐きだし、途端に幻影に囚われていた頭の中をシェイクするかのように立ち直らせる。加工された頭の奥に響く酸素を胸いっぱいに吸い込んで、手に持っていたリッパーが取り落とされた。

 ガシャン、と響いたのは狂気が砕ける音。リッパーの落ちる音。そして同時に、自分が触れようとしていた忌まわしい双角のオブジェが何であるかを理解し、小ぶりながらも確かにアレと同じ形をしている「紅い物体」へ激しい敵対心と嫌悪感を抱くアイザック。なんて馬鹿な真似をしようとしてしまったのだ、と。頭を押さえて目を見張っていた。

 

「はぁ…はぁ……ま、間に合った……フルスロットル……帰宅部のあたしにはキツイ……いや、ソウルジェムパワーで回復しちゃお」

 

 体力の回復後、グリーフシードへ穢れを吸わせるが結界突入前の様な孵化寸前まではさせない。だとしてもキュゥべえがこの場言い無い以上はこの後の戦いで使える予備はあと一つだけだ。息を整えたさやかは前方に広がる光景に冷や汗を流しながらも、挑戦的な笑みを浮かべて剣を握り直した。

 

 アイザックがニコルに案内され、さやかが止めに入った「Maker Room」とでも呼称すべき場所は、結界の中でも一番広い作りをしていた。丸い肉塊がおよそ半径20メートルの円形に周りを覆い尽くし、その各所に空いた穴からは今にも零れだしそうなほどのネクロモーフがぞろぞろと湧きだしている。骨組を内側からひっくり返したかのような不格好な怪物どもは掠れ切った声帯で移動し、空気を気管だった穴に通すことで化け物の咆哮にも似た音を発している。

 その異様な光景に見惚れてしまっていたのか、気付けば、肝の底から震撼させる醜悪な死の体が辺りを覆っていた。アイザックは取り落としたリッパーの代わりに設置型武器として扱えるデトネイターを構え、辺りに射出する。同時に併用可能な現界数を迎えたその武器を仕舞いこみ、ラインガンへと装備を変えたアイザックは歯ぎしりしながらネクロモーフの蠢く「波」へ照準を合わせた。

 

「アイザックさーん、正気に戻りましたー?」

「………もはや、私は正気ですらないかもしれん」

「だったらそれでいいですよ。狂っただけ暴れられるんならじゅーぶんっ!」

 

 両手剣を順手に握る。一度目を閉じ、ネクロモーフの群れを見た。魔女と戦う筈の魔法少女がこんな人間モドキを相手にするばかりで精神的なポテンシャルばかりが最低最悪ではあるが、想像以上の厄介事の中心に慣れてしまったと言う彼女の精神がこの状況下で頭を冷やしてくれる。

 勇んで一歩を踏みしめ、彼女は笑う。

 

「リハビリとでも洒落こみましょうよ、アイザックさん」

 

 ネクロモーフが波のように蠢きながら、さやか達の間合いに入った。

 いつかのように、二人の蹂躙劇が幕を上げる。

 

「まずは先手、どうぞアイザックさん」

「ああ……すまん」

 

 くたびれた男の言葉と共に、仕掛けたトラップにネクロモーフが引っ掛かる。吹き飛ばされた魔力の肉塊からは、黒く染まった卵の様なものが溢れ出ていた。

 

 

 

 

「……あ、れ?」

 

 なにやら、とても喉が渇いている。

 温かい感触は最近間借りしていたホテルのふかふかとしたものより、更に高級感に溢れた寝具の数々。疲れていたのは否定しないが、無意識であってもこんな贅沢の限りを尽くせるような場所を(従業員を魔法で騙して)使っていただろうかと思い首をかしげる。

 ソウルジェムは枕元の小机に置いてあった。中の穢れはあまり浸透していないようだが、早めにストックも無くなったグリーフシードを探しておかなければならないとベッドを降り、ソウルジェムをその手に掴んだ。

 ―――瞬間、全てを思い出す。

 

「……あ、アタシは」

「ようやく正気に戻ったのね。はいこれ、眠気覚ましの紅茶」

「テメェ、マミッ!」

 

 後退し、変身。この高級な部屋の家具をいくつか破壊しながら戦闘態勢へ整えたが、対するマミは少し暖かそうな私服姿のまま優雅に紅茶に口をつけるばかり。

 一杯目を半分まで楽しみ飲み干した所で、マミはカップを下ろした。

 

「そんなにいきり立たない方がいいわ。余計に感情を揺らすとソウルジェムがすぐ濁っちゃうわよ」

「……ああ、そうだな。そうだったな」

「分かったら変身は解きなさい。いえ、魂を外に出さないでって言う方がいいのかしら」

 

 ソウルジェムを掲げ、マミは一本のリボンを取り出した。可愛らしくカップをコーディネートして包み込めば、これで保温完了と言っておどけて見せる。

 

「お前らは……いいのかよ。こんなゾンビみたいな―――」

「魔法少女の事?」

「ッ……ああ」

「私はもう、折り合いをつけていくしかないと思って。他の子たちはどうかは知らないけどね? 自分の一部になった以上、常に見つめ合っていく問題でしかないのよ」

「おまえ、そんなんだったか?」

「自分のした事をどんどん雁字搦めに難しく考えていく……みんな、そうして大人になって行くのかもね」

 

 ようは責任の問題。逆に、自分達しか現在直面している責任をとれる人間がいないのなら喜んで責を負って行かなければならない。そんな事をつらつらと並び立てるマミに、正しい教育も何もかも受けてこれなかった杏子は酷く顔を歪ませた。

 まだまだ自分のことしか考えられていない、と言う証明のように。

 

「とにかく佐倉さん、あなたにも協力を取り付けたいの。美樹さんから大体は聞いてるんでしょ?」

「ワルプルギスに、あの化け物共だろ? ハッ、ごめんだね! ワルプルギスは倒せばグリーフシードが落ちるけど、あの化け物はほっといても魔女にならないしグリーフシードも落とさない。アタシがそんなヤツを倒す為に手を貸すって? 馬鹿馬鹿しい!」

「その結果、誰が死んでもいいと……そう言うのね」

「関係ない奴が何処で死のうと、ニュースで事故の話を聞いたのと同じだろ?」

「まぁ、それもそうよね」

 

 溜息は一つ、麗しの乙女から発せられる。

 マミとしてもこうなれば自分がどんな考えか誤解されそうになるだけあって、使いたくなかった手段を講じることにした。言うなれば力の下に相手を従わせると言う、シンプルな答えだ。

 ソウルジェムに黄金の輝きが宿り、マミを人としての階梯を外れた魔法少女という存在へと押しのける。密接に魂と結び付くキュゥべえ達の技術の結晶、あらゆる奇跡を起こしうる事象の書き換えすら可能な成功体。

 

 手に握るのは古めかしくもマジカルめいた衣装のマスケット銃。鉛の弾丸の代わりに魔法の球を吐きだす銃には多少の変化が目に見える。それは、銃口の下に取り付けられた刃。見栄え、歩兵銃の形相になったことに杏子はマミの戦闘スタイルを思いだすが、どうにも上手く扱えるとも思えなかかった。

 

「力づくってか。分かり易いけどね!」

「―――なーんちゃって」

「なぁっ!?」

 

 勢いよく飛び出した杏子を、周囲の家具と言う家具から飛び出してきたリボンが覆い尽くす。マミの弾丸を種として、ツタのようにリボンを伸ばす拘束用の魔法。すぐさま変身を解いたマミは吊り下がった杏子を見上げるようにして言い放った。

 

「あからさま過ぎる銃剣。フェイクに引っ掛かる様じゃベテランなんて言えないわよ? それにここは私たちが拠点にしてるんだから、どこにネクロモーフ用のトラップが仕掛けてあってもおかしくないと思うけど。現に侵入してきたからこんな風にしたんだけどね」

「……! ッ!!」

「ああ、喋れないんだったわね。まぁ暁美さんたちが帰ってくるまで大人しくしてなさい。私もこんな野蛮な事は嫌いなんだけど、今回ばかりは全員が協力しないと掴めない事態のようだから……ね?」

 

 納得して頂戴、と言わんばかりの流し目に杏子は威嚇の視線を投げるばかり。

 

 それから数分ばかりの時間が過ぎた頃、玄関の方から歩いてくる影があった。いつもの冷静そうな仮面を張りつけたその人物の名は暁美ほむら。右手に握りしめているのは白いマスコット。キュゥべえは生物の見た目とは裏腹に、ぬいぐるみのように顔面を凹まされてぶら下がっていた。

 

「ほむら、僕の様な物体を運ぶ際には不適切だと思うんだけどね」

「あなたが気にしていないのなら言いと思うわ」

「君の凶暴性が飛び火しない事を祈らせて貰うよ」

「あら、お帰りなさい」

「緊急よ。戦闘準備を―――佐倉杏子が正気を取り戻したのね」

 

 リボンでぐるぐる巻きにされている杏子の姿を見て、キュゥべえを放り投げながらほむらは言った。空中に投げ出されたそれをマミが実際豊満な胸で受け止める。キュゥべえを肩に乗せたマミは戦闘準備とはどうしたのかを問うた。

 

「僕が説明するよ。現在さやかがネクロモーフ結界で交戦中だ。Marker製作を阻止するため、アイザックとの共闘をしているのかもしれないがどうにもアイザックの様子がおかしいんだ。此方としてもMarkerが完成されてしまうのはいただけない。少しでも破壊の確立を上げるため、君たちに協力を願い出たのさ」

「私はその間、結界の位置を突き止めておいたわ。コイツの案内した先からは移動していたから」

「そう……そう言えば美樹さん、何か言ってなかった?」

「さやか自身が僕達インキュベーターと交渉をもちかけたよ。その結果、僕はこれから母星からの情報交換をしなくちゃならないから、ネクロモーフ結界へ応援に向かってくれ」

「最近の美樹さん凄く豪胆になって来てない?」

「……今まで見てきた中では有り得ないメンタルの強さね。それだけに決壊した時が一番面倒だろうけど」

 

 そう言えば、と現地に向かおうとしたマミが思い出す。

 

「佐倉さんをどうにかして参戦させたいんだけど」

「今は無理だと判断した方が得よ。“月”の脅威が来る事だけは避けないといけない」

「そうだけど……あ、そうだ!」

 

 何かを思いついたようにマミが笑みを浮かべる。

 一般に言うあくどい笑み、と言う奴だ。

 

「キュゥべえ、ネクロモーフ結界のネクロモーフってどうなの?」

「アレらも魔女結界の性質を取り込んだ以上、一般人を殺してネクロモーフ細胞を植え付ける以外の魔女的繁殖方法なら、結界の主と言う者がいない以上群体の魔女としても捕える事が可能だろうね。使い魔と一体化したタイプに数えられるけど、奴らが現在避難した見滝原の住人に与えた恐怖は相当なものだ。よって、グリーフシードを全個体が持つ可能性が―――」

「…ということらしいわよ? 佐倉さん」

「…………」

「あっと」

 

 口元のリボンを外す。

 威嚇的な睨みを利かせる杏子に対し、マミはほむらに視線を投げた。

 仕方ない、と言わんばかりにほむらは彼女の前に立つ。

 

「グリーフシードの分け前ならあげられるわ。それで一時共闘……手を打てない」

「9割だ」

「高いわね、等分に考えてあなたには2割が限度よ」

「8割5分」

「妥協しても3割」

「……なら、6割でいい」

「私達も惑星そのものを相手にしてるの。3割5分」

「ハッ、そんなのお前らで何とかしてればいいじゃんか」

「巴マミ、行くわよ」

「仕方ないわよね」

「おいっ!」

 

 揃って外へ足を向けた二人を呼びとめる。

 屈辱に濡れた表情ながら、杏子は呟いた。

 

「半分だ! 半分以下は譲れねえし、お前らの拠点だってぶっ潰す。術者が近くに居ない拘束を壊すのなんて簡単だぞ」

 

 睨みつける杏子。ほむらはふっと笑って、髪をなびかせる。

 

「オーケーね。歓迎するわ」

「―――は?」

「まぁ、必要十分は集まってるもの。よろしく(・・・・)ね? 佐倉さん。まさか貴女が自分で言った事を否定なんてしないわよね? 半分はあなた個人にあげるんだから、相応に働いてもらおうかな」

「あああああああ! クッソォ!」

「女の子がそんな言葉使わないの」

 

 今度こそマミは身を翻し、ほむらと頷き合ってその場から離脱する。杏子も追いかけなければ取り分そのものが見つからないと踏んだのか、渋々ながらも悪態付きで上条家から他の家の屋根に飛び移っていくのだった。

 そして、既にキュゥべえの姿すらその場には無い。拠点となった上条家の周囲には黄色い光が魔法陣を描き、更にリボンが城壁のように周囲を覆う。もし杏子が断っていたとしても、この壁を杏子の脱出を食い止める手段として講じている辺りマミたちも意地が悪くなるほど切羽詰まっていたのかもしれない。

 

 

 

 場所は再び、ネクロモーフ結界内。

 彼らの足元には数段に積まれたネクロモーフの死体が絨毯となり、特に普通の歩行速度しか出せないアイザックは足元の不安定さも含めて素早い動きの敵に照準を合わせられず四苦八苦しているようだった。

 

クソッ(Fuck)! こうもゴロゴロ……いい加減に、キツイぞッ!」

 

 リロードの隙を狙ったスラッシャーを裏拳で弾き飛ばし、すかさずフォローに入ったさやかの剣閃が輝く。ジャンプから斬り、着地。そしてさやかが別の得物を切り刻む頃にようやくネクロモーフの体はバラバラとサイコロステーキへ成り果てた。

 時にさやかの高速機動を止めようと波状攻撃を仕掛けるネクロモーフに、セーフティを外し、更に強化したことで貫通力が対極太鋼材解体用並みに跳ねあがったラインガンのプラズマが光波を棚引かせながら直線状に存在した敵を寸断する。そしてアイザックは振り上げられたようなスラッシャーの両()を斬り捨て、四肢をもいだ残骸には目もくれずに次の獲物を狙う。

 片や鮮やかな剣舞を、片や堅実な射撃を。方向性が違いながらもそれぞれの役割を果たしていた二人であったが、余りにも多い物量を相手に厳しい状況下に追い込まれてきているのは確かだった。ラインガンの弾薬もアイザック手製の物ではすぐに消費してしまいやすく、アイザックの攻撃方法も強力な工具による一掃からキネシスを用いた省エネ戦法になりつつある。反対に、さやかは「殺したネクロモーフ全て」が落とすグリーフシードで微量ながらも回復を続けているがために、体力的には常にベストを保つ事が出来ているようだ。

 

「まだ……まだ続くのッ!? コイツらぁぁ!!」

 

 いい加減、肉を切り裂く感触が手に馴染み始めてしまっている。このまま生活に戻ったら猟奇殺人犯にでもなってしまいそうな甘美な切断の感触を両手に感じたまま、さやかは魔力を腕に込めて大剣を振り払う。攻撃圏内に居た異形の輩をズバズバと裁断してまた次へ……と言う戦法は効果的ではあるが大ぶりなためLurkerの背中から飛ばされる骨の弾丸によく狙われやすい。3way shotの骨は大きく距離をとる動きをしないと避ける事が難しく、かと言ってこんな狭い球状のステージでジャンプしてしまえば上の穴から降ってくるネクロモーフの首狩りの餌食となってしまう。

 

 そうしたことから、さやかは遂に、その身を焦りと言う感情に包まれ始めていた。急かす様な言葉を言わずして、我慢し続ける事はさやかの性分としても合わなかったからではあるのだが。

 

「アイザックさん! マーカーぶっ壊せる手段ってないの!?」

 

 一つしか作り出せない大剣で再び薙ぎ払う。

 そして三体に囲まれていたアイザックを脇に抱えて場所を変えて言い放った。

 

「あれば実行しているさ!」

 

 距離を取れたが故にデトネイターに切り替え、爆発物をばら撒いた。そしてプラズマライフルを抱えてセカンダリを設定し、ネクロモーフが最も多く犇めいている場所に投げ込めばプラズマ花火が巻き起こる。オーバーヒートさせた銃身はそのまま動かなくなったが、あくまで対人戦に過ぎない「武器」はアイザックにとって余り損失にはならないらしい。

 

 そこで背中合わせになったアイザックは、再び自分が部屋の中心部分にある捻じれていない双角のオブジェ――Markerの近くに来ている事に気がついた。そう言えば、幻影のニコルは元の世界に会ったMarkerのミニチュアサイズに過ぎないこれに触れ、触れ、と言っていたような気がする。

 同時に、現物を何度も運搬したからこそ「触るだけが全てでは無い」、という奇妙な確信すらアイザックは抱いていた。

 そんな迷いが生まれた事を悟ったのか、Markerの表面に刻まれた不可思議な模様が僅かに光り輝き、幻影だと証明するかのように顔の目や口、鼻から電球でも呑み込んでいるかのように光を漏れだすニコルモドキが現れる。

 

「また貴様が……な、これは?」

 

 悪態をつく前に、彼は周囲の時が止まったようになった世界を見渡した。

 さやかは剣を握り、決意を瞳に溜めたまま今にも飛び出しそうな体勢。そして自分は、ネクロモーフですら止まっているその世界の中で何故か自由に動けている。

 アケミの能力、「時間停止」にも似通った世界は、しかし赤色を基調とした毒々しい世界。そのせいで血肉を主体とする残酷な運命を人間に貸すイメージのあるMarkerへとアイザックは連想を繰り広げた。そして忌々しげに恋人の姿を借りた気持ちの悪い幻影と、その近くにある未完成なMarkerへと敵意を隠そうともせずに見せつける。

 

「私はまだ何かする必要があるのか!? え、そうなんだろう!?」

『受け入れるのよ、アイザック。そう、ずっと言いたかったの―――』

 

 まぶしい光が漏れ出ている。口から、目から、鼻から、まるでその内側が空洞である事を証明するかのように、ニコルの幻影は顔をアイザックに近付けた。

 

Make us whole again(また私と一つになりましょう)!!』

お熱い事だな(Fuckin’ hot)! 化け物め(Monster)!!」

「アイザックさん!?」

 

 いつの間にか時間は元に戻っていた。

 戦闘ばかりで「ハイ」になっていたアイザックがせめてもの反撃とばかりに幻影へ繰り出した拳は、いつの間にか見えていた位置と違っていたMarkerへ伸ばされているではないか! そんなアイザックの凶行に慌ててさやかが止めようとして、アイザックの体を付き飛ばそうと片手を伸ばし―――二人の視界は赤く染め上げられた。

 




次回、クルーエル・ワールド・オブ・ザ・ネクロモーフ・ユートピア

実際胸糞悪くなると思うから注意な。


ドーモ、ドクシャ=サン。ゲンソウクリエイターです。
オープン・コングラッチュレーションから投稿遅れてドゲザ必要な。
コトダマ空間でニンジャスラング多発汚染注意重点。ごあんしんください。
トロイ・ウィルス感染でヤバレカバレしてたら業者からPC帰ってくるまで書けなかった。ドーモスミマセン!!

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