技師の力は何が故に   作:幻想の投影物

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死は始まりに過ぎず、現世の死によって永遠の共同体であるunityに生まれ変わる

聖体Markerを求めよ。

さすらば救いが与えられん。


case23

 弾けるようなシナプス。中央から視界の端へと流れる不可思議な光景。確実に意識は何かに吸い込まれているのに、自分の足はずっと動かず棒立ちのままであると言う現象を体感しながら、アイザックは急ブレーキのかかった車の中に居るような衝撃を受ける。

 転げ、すぐさま敵陣である事を思い出して立ちあがった。

 しかし隙があったのは事実。すぐさま視界のすぐそばに腕を振り上げた強化型ネクロモーフよりもなお黒く、目立った穴からは光を垂れ流す化け物が爪を振り上げた姿がある。万事休すと思いつつもラインガンで殴りかかろうとしたところで、その化け物は四肢の一部を撒き散らした。

 

「立って! 早く!」

 

 意識を覚醒させる。さきほどから、何度も何度もこの蒼い髪の共闘者に助けられてばかりだ。苦笑は絶えず、ラインガンのトリガーから指を放す暇もない。突如として虚空から現れたネクロモーフの幻影と言うべきか、ドス黒く気味の悪い亡霊の様なソレを吹き飛ばした所で、自分たちがいる場所が全く違っていることに気がついた。

 

 岩に包まれ、宙に浮いた孤島。第一印象がそれだった。

 見える範囲で、この孤島の周りは何かの奔流が流れ続けている。そして中央に1つ、外周に3つほど。見るも忌々しいあの赤い捻じれた建造物が乱立しているではないか。

 

 そこで先ほどさやかがバラバラにした筈のネクロモーフがHunterのように体を修復させて立ちあがってきたことに気付く。咄嗟にラインガンをぶっ放したが、一撃ではまだ死なない。

 二発目をすかさず打ち込んだ。目の前の怪物が倒れ込み、続けざまに忌々しい運命の転換をしてくれたMarkerへプラズマラインをくれてやるが、破壊できるわけでは無かった。

 その直後に、耳に障るバインドボイスを耳に入れる。そこでようやく、さやかが倒しているのであろう奇声をあげ続ける子供の様な体躯のネクロモーフが彼女の手によって駆逐されているのだと理解する。

 

「あのマーカーって言うの!? ソレが動いてる時アレが光ってた!!」

「分かった」

 

 剣先で倒れ伏した不死身の人型より一回り大きなネクロモーフを射し、次いで先ほど光っていたのだという捻じれた赤角(Marker群)をアレだと言った。

 それだけでアイザックは理解する。光っている間に破壊できるのかもしれない。随分と安っぽくありふれたゲームの様だとも。

 また立ちあがるのは修復された鎧の様なネクロモーフ。何度も起き上がるしつこいそれに注意を払いながらも、今度は目前に会った孤島中心部のMarkerが光り輝いている事を視認した。

 

「この膝とキスでもしてろ!!」

 

 意識の切り替えはほんの一瞬。軽くラインガンを打ち込み、近づいてきたネクロモーフへはお熱いキックをくれてやる。体勢を崩すにとどまった、効果も薄いキックであると理解していながらアイザックは注意をそのネクロモーフから逸らし、Markerへの銃撃を止める事は無い。

 なぜなら、あのU.S.G.石村(Ishimura)への単身潜入時と違って心強い味方がいる。後方では、あの醜い化け物共が肉を引き裂く怪音ではなく、鋭い包丁が肉を裁断した快音が響き渡っていた。

 

「Yeahhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhh!!」

 

 背中を預ける事ができる、狂っていない人間がいる。気分が高揚していたのは否定しない。そして、そうでもしないとまた自分の中にニコルの幻影が入り込んでくるのだと恐れてもいるのだろう。

 

 視線はただ一途に、恋する乙女のように光る建造物へ。

 されど込めるは恨みと殺意。

 

 プラズマの帯が幾度となくアイザックのスーツを光で照らしながら、ゆっくりとその収束性を失わずに突き進む。弾着、抉り取る。続けざまにプラズマを叩きこまれた赤く捻じれた双角は欠片を飛ばし、罅を入れ、遂にはその内側から爆発する。

 飛び散った赤い欠片は妙にぬめりとした感触で、アイザックの耳にぬちゃっとした落下音を受け取らせた。同時に、いくら撃っても死ななかった怪物が厳格であることを証明するかの如く霧散する。これでひと安心―――などと、さやかもアイザックも甘い考えをするようにはできていない。

 

 続く様に、さやかは黒く小さな子供型ネクロモーフを一切の躊躇なく薙ぎ払いながらに注意を配る。アイザックは彼女と反対側のMarkerを見張る。思惑は当たり前のように的中し、新たに2つのMarkerが禍々しい波動を撒き散らしながら光り輝いた。

 アイザックは新たに現れ、まとわりつこうとする人型ネクロモーフをラインガンで殴り飛ばす。先ほどのさやかへお手玉をするような生易しいものではなく、スーツの筋力増強能力を存分に駆使した鈍器パンチはネクロモーフのヒット箇所を肉ごとこそげ落とし、抉り取りながら人ほどの巨躯を吹き飛ばす。さやかもまた、弾かれるように走りだしてその白銀の大剣を大きく振りかぶっていた。

 

 ―――今、同時!

 

 呼吸を合わせる必要もない。

 ただただ、破壊衝動に身を任せて二人は得物を振り降ろす。

 さやかの剣でも罅が入るだけだったそれは、しかしさやかの絶え間ないスイングのような大雑把な連撃に悲鳴を上げ始めていた。アイザックも一度鬱憤を晴らすかの様のように殴りつけ、ラインガンの弾薬を補給してからゼロ距離でトリガーを引き続ける。

 そして、偶然にも一致する破壊の瞬間。壊れたMarkerからは赤い光の奔流が二人の視界を覆い尽くし、その活動を停止させようとしていた。その背後にて、必死にその物体を破壊しようとしている二人に忍びよるのは件の幻覚で現れたネクロモーフの大群。

 幻覚であろうとも、この精神世界のような場所で傷を負えば自分自身の精神にも障害が出ると本能的に理解していたのか、二人は一切傷を負うリスクを取らずに避け続けていたが、この時ばかりは避けようもないことを悟る。

 今から応戦しても、木端微塵にまでMarkerを破壊するまで自分の手を休めるわけにもいかない。自分の確固たる意志でそう決めた二人は、再び同時に―――

 

「Ahhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhh!!」

「おおおぅぅうらぁぁああああああああああああああああ!!」

 

 破壊、破壊、破壊、破壊、破壊ッ!!

 渾身の気合を以って押し付けられた解体工具、白銀の大剣。青白い光(プラズマ)と鋭い剣閃が瞬いたかと思えば、その破壊を目指した力はMarkerへ最後の抵抗をさせる力すら奪い取った。

 

 砕ける赤い結晶。飛び散るのは血液の様なナニカ。

 確かに聞こえてきたのは―――敵の、断末魔!

 

 ――――アアアァァァアアァァアアアアィイイイィイイイザァァァァックゥゥッ!!

 

 消滅したのは強大な悪意と敵の悲鳴。

 悪夢からはね起きたように、二人は体を大きく仰け反らせた。脳の奥が焼き切れるような、逆流する侵入時とは別の光景。脳の中枢部から神経を伝い、目の網膜から外へと放り出されるような感覚を突きつけられた二人は言い様のない衝撃を体に感じ、その場で地面を転がされる。

 

「ミキ! この世界ももう持たんぞ!!」

「アイザックさん、いまそっちに!!」

 

 爆音は火薬を幾つも使った様に鳴り響き、世界に罅が入った。転がった二人が居た地面にも大きな裂傷が奔り、この結界の限界が近くなっている事を如実に証明している。いち早く正気を取り戻したさやかは、素早くアイザックの下へ駆け寄るとその剣を構えて大きく上段から下段へ振り下ろす!

 世界へ切れ目を作り、本能的な危険を感じたさやかはアイザックの手を引きながら転がり出すように世界の裂傷を通った。そして、それに比例するかのように肉や血管が貼り付けられた最悪の世界、ネクロモーフ結界は内側から圧縮される肉袋のように内側へ押し潰されている。

 ぶぢっ! ぐぢょっ……びちびちびちびち……!

 肉の神経を引きちぎるような音と共に、圧壊するネクロモーフ結界を、二人は茫然と見送っていた。

 

 こんな、「死に方」をする結界があるなんて。

 

 アイザック・クラーク、美樹さやか両名は魔法の世界に入ったのもほぼ同時期。真実を聞かされている身であったとしても、普通の魔女結界を経験した数はさほど多くもない。だが、そんな未熟な経験を以ってしてもこのネクロモーフ結界の消え方は異常であると思う他なかった。

 まだ結界の悲鳴が耳の奥へと攻撃を喰らわせる。そして完全に殺しつくされ、その役目を終えようとしている結界の中から、ひとつの影が飛び出した。

 

「ヴォォォォォオオオオオオオォォォオォォォオオオォッ!!」

「うっさい化け物! 死ねぇ!!」

 

 が、さやかの大剣が容赦なくネクロモーフ・スラッシャーの上半身だけとなった報いの一矢を妨げる。その細胞を両腕や頭ごと刀身に押し潰されたスラッシャーはコンクリートの壁にぶつかってザクロを撒き散らした後、完全に沈黙して錆びた黒い血を垂れ流す肉塊へ変貌する。

 正しい死体の在り方へ戻してやったさやかは、自分からあんなに口汚い言葉が出るのか、などと言った現実逃避をしながらその場に座り込んだ。

 魔法少女となってからも、そのメンタル面の強度の高さは目を見張る成長っぷりだ。さやか自身ですら自覚するほどなのだから、相当なものであるとも言える。しかしそんな彼女であっても、こうも立てつづけに続いた自身の殺害、インキュベーターとの取引、アイザックの救出、Markerの精神世界の戦い、自動自壊する結界からの脱出という盾続きのアクシデントには耐えられなかったらしい。

 

「Miki!? Are you OK?」

「アイ、ファイン、センキュー。だいじょーぶ、ちょっと休んだら、落ちつくから」

 

 そうは言われても、アイザックは心配せずにはいられない。

 息を切らす彼女の言葉はあまりにも弱々しい。

 

「最後のグリーフシード……ピッタリこれで消費、ッと」

 

 まだ心臓はバクバクと反乱を起こしているが、疲労そのものは体から穢れと一緒に抜け落ちて行く。これが最上の状態である感覚への相転移。ソウルジェムとグリーフシードの親和性に、「まったくもって表裏」なんて感想を持ったさやかは大きく深呼吸を繰り返した。

 脳裏にかすめるのは思い人。あの恭介が居てくれるから、待っていてくれるから戦える。少なくとも……こんな心の折れそうな「職場」ではそうして、信じていたい。そうじゃなくても、この苦しみを分かち合ってくれる仲間は三人……いや、マミさん達が成功していればもう四人になる。

 

「……ありがと」

「どうしたしまして、だ。それより戻るぞ……Markerの破壊は、恐らく完了した」

 

 「マーカー」の破壊。

 私を見下ろして、酸化した血のこびり付いたヘルメットの下から安心した表情を晒しているアイザックさんが、多分二つの意味で嬉しさを隠そうともせずにそう言っている。

 そんな戦いに「勝利」した雰囲気は、私もとっても好きだ。何より、この初めて味わう「悪」との戦いに打ち勝ったような陶酔感は何とも言えない。

 

「もう、立てるから」

 

 無理をするな、と言ってくれる彼を制しながら立ちあがる。

 まぁ、そう酔っても居られない。私はまだ未成年なんだから、いまはまだ「日常」という名のジュースを満喫するために頑張らないといけない。本当に酔っぱらうのは、ちゃんと私が大人になってからじゃないと。

 

 大剣を消し、魔法少女の変身を解き、さやかは立ちあがる。

 ふらっと崩れる様な足は治り切っているが、それは精神的な問題。危うく倒れそうになったところを、彼女の最高の戦友であるアイザックが腕を捕まえ、肩を回してやった。

 

「へへっ」

「……そうだな」

 

 だがまぁ、勝ったのだと。悪戯が成功したような笑みを浮かべて、さやかは左拳をアイザックの眼前に差し出した。彼はそれを断ることなどせず、戦線をくぐりぬけた友情の証として、右拳を差し出す。

 大した音もなく、戦士たちの絆は深まったのかもしれない。

 

 

 

「今戻った……ん?」

「ただいまぁ~―――ゲェっ!?」

「あら、お帰りなさい美樹さん。アイザックさん。紅茶淹れてあるわよ」

「オイほむらぁ! こんなんバッカ相手にしなくちゃならねーのかよ?」

「少なくとも結界潰さない限りはね。アイザック、早速だけど報告お願い」

 

 疲れ切った二人を出迎えたのは、いつもの優雅な立ち振る舞いを演技ではなく、本当の自分として見せ始める事ができたマミ。目覚め、魔法少女の真実を知って、脅され、渋々協力の提案に頷いた杏子。今一度燃えたぎる野望と願望を、他人に話すことで確固たるものにしたほむら。

 そして―――

 

「やあ、どうやらMarkerの破壊は成功したようだね。君との“契約”の価値はこれで証明されたようだね、さやか」

 

 数多のネクロモーフの死骸の山。それに乗っかった純白の獣(インキュベーター)・キュゥべえだ。当然、アイザックには見えもしないし彼の言葉を知ることも出来なかったが。

 

「ほい使い切ったグリーフシード。えっと、報告の前にこれ……どしたの?」

「きゅっぷい! 二人の帰りを待っている間に襲撃されたのさ。マミのリボンと杏子の鎖槍がダクトを封じていから、ご丁寧に正門から入ってきたところを杏子が次々斬り捨てたのさ」

「はっはー! それでな、これ見ろよ!?」

「グリーフシード…!? あれ、でもコイツらネクロモーフでしょ!?」

 

 確かにこの「反ワルプルギス同盟」は最近の魔女を狩り続け、グリーフシードを大ゴミ袋がいっぱいになるほど集めていた。だがそのグリーフシード山はもう一つ増えていたのだ。他ならぬ杏子が持つ、その手の中に。

 どう言う事だといぶかしむが、さやかとアイザックは戦いの最中に結界内のネクロモーフが何かを落としていたことをうっすらと思い出していた。

 

「キュゥべえから聞いたわ。ネクロモーフが結界で生成されるようになってから、正式な結界の中に二人で侵入したのよね?」

「転校生……うん、まあそうだけど」

「そして魔女の性質である“魔女そのものの願望を叶えようとする効果”及びに“使い魔として質量保存の法則を無視した怪物を作りだせる”という結果が反映された結果、この元見滝原の住人を使ったネクロモーフのほかに、使い魔ネクロモーフ……まぁ、奴隷(サヴァント)とでも言うべき存在が現れた。ソイツらは死体を残さず消滅する」

 

 ほむらは指を立てながら、二人を待っている間に考えたのだけど、と言う。

 

「恐らく、魔女として此方の世界の法則にネクロモーフが染まり切ったのでしょうね。だから恐怖と死の体現として魔女化した奴らの体から、きっちりとグリーフシードが落ち始めた」

「……でも、それって滅茶苦茶もうかるだけじゃねーか?」

「甘いわよ佐倉さん。つまり、全部が使い魔のようで魔女ってことは、増えれば増えるほど私たちはあの物量を当たらなければならない。無限に回復できても、増え続ける奴らが一斉の波状攻撃でも仕掛けてくれば私たちは終わり。体力が100だとして、50の怪我を負って回復できても120の攻撃を受けたらもう死ぬだけでしょ?」

 

 冷静に言うマミは、しかし現実をしっかりと反映させた結論を言った。

 

「……その、だ。もう報告しても良いか?」

「そうだね。意味のない未来的観測より現状のデータを収集した方がいい。実益のある現在を未来へ反映させるためにも、是非お願いするよアイザック」

「―――って、キュゥべえが言ってるわ」

 

 しんみりとし始めた空気に耐えきれず、アイザックが切り出せばキュゥべえが相槌を打つ。その旨をマミが伝え、アイザックは今回の状況を報告した。

 

「まず、今回我々が発見できたのはMarkerが生成されつつあるネクロモーフ結界は殺すことが可能だと言う点だ。中枢に辿り着き、完成一歩手前のMarkerに触れた瞬間、見たことも思い出したくもない空間に引きずり込まれたが……その場所にあった発光するMarkerを3つほど破壊する事で結界は機能を停止した」

「手順踏んで、破壊する。爆弾みたいねぇ」

「あー、確かに似てるけどさぁ。……マミさん、実はそれを壊した後に、結界そのものが死に始めたんだ」

「結界が生きているかのような言い回しだな? イカレタか、青色」

「実際肉と血管とか、生物の体内がそのまま結界みたいなところだったし。しかもその結界、壊された後に自分で脱出しないと―――まぁ、多分私たちは本能的に危ないと思ったんだろうね。結界の壁を切り裂いて、ようやく脱出したら…結界がいきなり内側から潰れ始めてさ」

 

 杏子の皮肉をも軽く流し、解説するさやかの補足をするようにアイザックが続く。

 

「私も、最後はミキに引きずられなければ結界と共に消滅した可能性もある。ともかく、結界では狭い空間で100以上は当たり前のネクロモーフ共と戦いながら中枢に辿り着く必要もある。……ただ、ヤツが居なかった事が懸念事項なのだが」

「Hunter……不死身のアレの事ね、アイザック」

「ああ。さっき言った不可思議な空間の中で不死身の奴がいたが、あれはあの光るMarkerの作りだした何かだ。単身動くヤツではない事はハッキリと分かっている」

「…不死身の怪物は、未だこの街を徘徊しているかもしれない……か」

 

 難しそうに顔をゆがませ、紅茶を飲みきったマミは大きく息を吐いた。

 聞けば、アイザックとほむらを最初に引きずり込んだ今回の結界が出来そこないだったような場所では、確かにHunterの声がしたのだと聞いている。

 だが現れなかったという事は、まだ二人の言う結界は複数存在していて、恐らくは結界の中の出来事以上に不可思議な上位存在としてHunterが待ちかまえている。

 マミがそのような想像を放せば、キュゥべえが恐らく間違ってはいないだろうとマミの言う可能性を認めた。

 

「さやか、母星からの連絡はまだ時間がかかる。恐らく一晩もあれば必要な情報の選出はできるだろうから、それまで待っていてくれ」

「アンタ嘘はつかないでしょ? 何かと言って協力してくれてんだから、あたしとしては悪く言うつもりもないって」

 

 キュゥべえの唐突な切り出しに、さやかは喉の奥で笑う。

 そうして、思いっきり上条家のリビングにある広いソファに寝転がった。

 

「しかし、よく協力してくれる気になったな。サクラ…だったか」

「お、アンタがこのカモ(ネクロモーフ)専門家だっけ。……まぁ、アタシとしても不本意って言うか、コイツらに脅されたからって言うか。いまいち煮え切らないんだよなぁ」

「グリーフシードを落とすネクロモーフが出てからは目を輝かせっぱなしだったのは誰だったかしら? ねぇ、佐倉杏子」

「おいほむら。喧嘩売ってんのならかうぞオラ」

「私は別に―――あ」

 

 そうしていると、立ち並ぶ無線のうち、ひとつのコーリングがリビングに広がった。

 外からのコールはまだ記憶に新しいうちの出来事だったと言うのに、なんとも長く濃い時間を過ごしているような気もする。真っ先に司令塔として、代表として無線を取ったほむらは通話の状態へ無線を切り替えた。

 

「どうしましたか」

≪もしもし、あなたは暁美さんでしたわよね。さやかさんはいらっしゃいますの?≫

「…志筑さん。ええ、今かわるわ」

≪できれば他の方には席を外していただきたいのですが≫

「それじゃ、美樹さやか。個室にでも移って話してきなさい」

「ほむらさぁ、妙にあたしには厳しくない?」

「気のせいよ」

 

 ほむらの冷たい態度は、これまでのループでさやかが幾度となく魔女化し、事態を混迷に導いたキーパーソンであるからこそ。そんな私怨が交じった無意識下の行動であるからこそ、そう言えばなんでだろうと考え始めたほむらから無線を受け取ったさやかは、とりあえず自分の使っている部屋へと歩き始めた。

 

「それじゃ、行ってくるね。なんか重要な話したら後でおしえてよー?」

「大丈夫よ。後輩を見捨てるような真似はしないわ」

 

 マミの安心感に溢れる言葉を聞きながら、さやかは部屋の一つへ消えて行った。

 

 

 

 それにしても仁美からか。一体どんな用なんだろう?

 

「はいはーい、さやかちゃんにかわりましたよ。それで、どうしたの」

≪上条くんの事ではないのですが、あなたの現状が知りたくて≫

「あたしの? アハハッ、さっすが親友だね。心配してくれてるんだ」

≪まどかさんも呼んでおりますわ≫

≪さやかちゃん、聞こえる?≫

「まどかっ!? やっば、ちょっと声聞くの凄い久しぶり!」

≪元気そうで良かった……みんなも、無理してない?≫

 

 まどかは、ずっと心配性で変わっていないみたいだ。

 どうにもキュゥべえも、ほむらの言うほどまどかを狙ってないみたいだし、それに今回はアイザックさんとネクロモーフって言う最大の問題があるから焦ってるけど、これまでの中では一番みんなと一緒に居られる時間があって、久しぶりに笑えたとも言ってた。

 そんな感じの事をまどかに話したら、一緒に聞いていた仁美と一緒に笑ってくれた。ちょっと、いや…やっぱり空気は重くなっちゃったけどね。

 

「そんな感じかなぁ。これ言うと殺人犯みたいだけど、あたしだって、もうネクロモーフは完全に切っても割り切っちゃう感じ。戦いに飢えるバーサーカーだぞー! がおー!」

≪それでは、“ばーさやかー”なんて如何でしょう?≫

「……いや、仁美? それはちょっと」

≪ごめんね仁美ちゃん。わたしも擁護できないよ≫

≪あら、なんででしょう。お二人の声が妙に冷たい様な……≫

 

 やっぱり天然は治ってないみたいだね。まどかも呆れてるし。

 でも、あんなに必死になったからかな。なんだかすっごく、心が落ち着いてきた。

 

「そういえばさ、なんでこんなあたしが戻ったの見計らったように掛けてきたの?」

≪えっと、それはね……これ言っちゃってもいいのかな?≫

「ん~? あたしたちの間に隠し事なんて、傷ついちゃうなぁ」

≪え、えっと……!?≫

≪実は、まどかさんがキュゥべえさんから話しておいて欲しいと≫

≪ちょ、ちょっと言っちゃうの仁美ちゃん!?≫

「……キュゥべえ、が?」

 

 ちょっと、信じられなかった。

 皆が言うほどキュゥべえに感情が無い、っていうのは対面して、実感して、改めて分かっていた筈だった。でも、心のどこかで「宇宙を救おうとする意志」があるのに感情のない生物なんてあり得るのかと引っ掛かっていたから「ちょっと」なのかもしれない。

 それでも、少なくともアイツらには身体的なメンテナンスはお手の物だとしても、こういう精神ケアは専門外だと思ってたのに。

 

≪さやかさん、ネクロモーフとの連戦……人の形をした物を切ると言うのは、どのようなお気持ちでしょうか?≫

「……もう、慣れちゃった。っていうか」

≪そうですか……それでは、何故そのように疲弊しているのです? 魔法少女の事も聞きましたが、もうグリーフシードで回復していらっしゃるのですよね。でも、貴女の声には覇気がございませんの。…それは、何かと言って心が傷ついている証拠ですわ≫

「心、が」

 

 どうしてだろう。仁美の言葉に「分かるもんかっ!」って叫びたくもなるけど、そうかもしれないってしぼんで行く自分の気持ちの方が強くて言いだせない。

 ソウルジェムは………ああ、そっか。濁ってるね。あたしも、本当は。

 

「切るのが、怖いんだ。後悔してたんだ」

≪…それが当たり前なのです。私には、分かりません。ですけれど、貴女の気持ちは一度上条君のために相対した者同士、少しは理解できているつもりです。もし私の言葉でさやかさんの心が揺り動いているとしたら……あなたは間違いなく人間です。私が、志筑仁美が貴女を認めますわ≫

≪さ、さやかちゃん! 良く、分からないけど……わたしも親友だから。困ったことがあったら、わたしにもちゃんと言ってくれるかな? こんなわたしじゃ受け止めきれるか分からないけど、仁美ちゃんと一緒に受け止めるよ。えっと、だから、だから…ね≫

「……大丈夫。ありがとう。吐き出したら、すっごく楽になった」

 

 グリーフシードを使った、あの結界から出てじわじわと黒ずんでいたソウルジェム。グリーフシードをもう一度押しあて、穢れを取り除く。そして月光に照らしてじっと見つめていても……黒ずんだ濁りは、現れなかった。

 

「ねえ、ワルプルギス倒したらさ、このネクロモーフ問題がぜーんぶ片付いたらさ! 仁美とわたしの問題を片付ける前に、みんなでパーティ開かない? もちろん、このさやかちゃん以外の魔法少女には秘密でっ!」

≪それはいい案ですわ!≫

≪わたしも賛成! それじゃどこでする? やっぱり、あのいつものカフェ?≫

「ううん。この上条家の庭で! 街を助けた英雄ってことで恭介の家の人に無理言ってさ、財布は恭介の使って、豪勢にやっちゃいましょ!!」

≪うわぁ……上条君もご愁傷様だね…せっかく回復したのに≫

≪そうとしても、私たち二人も侍らせる色男の上条君には丁度いいかもしれませんわ。さやかさん、貴女のこと改めて見直しましたわよ!!≫

≪えっ、仁美ちゃんもそっち側!?≫

「ふっふっふ、そのままじゃあたしの嫁にはなれないぞまどか~」

≪元からお断りします。美樹ちゃん≫

「え、なにその様変わり!? ちょ、地雷踏んだのあたし!?」

 

 それから、しばらく馬鹿な話をして時間を潰していた。

 居間の仲間達も、誰も呼びに来なかったから、多分そんなに細かい話もしていなかったのかもしれないし、もしかしたら全員あたしのことを見透かして気を使ってくれたのかもしれない。

 どっちにしても、あたしも久しぶりに「日常」ってのを思い出した気がする。

 ……みんな、ありがとね。

 

 

 

 

「…青春、だな。若いものだ」

「その若いのに囲まれる貴方も十分だと思うわよ、鎧の騎士さん」

「巴先輩、流石にアイザックは騎士になれないわよ」

「ああ! やっぱりその先輩って呼ばれ方最高ねっ!」

「つーかよ、こんな風に盗み聞きしてもいーのか?」

「細かい事を気にしちゃダメよ佐倉さん。人生は楽しまなくっちゃ」

「……マミ、君は前と比べて随分ふっきれたようだね」

「暁美さんのおかげよぉ。ねえ?」

「黙秘権を行使するわ」

「嫌われてんじゃねーか」

 




どうも、ようやく佳境に入ってきました。

今回はデッドスペース3のMarkerの精神空間で行われた戦闘が取り入れられています。もちろん独自の設定はありますけども。

平穏と余裕を「彼ら」に持たせつつ、これからは「素晴らしい世界(A wonderful world)」を作っていきたいものです。

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