技師の力は何が故に   作:幻想の投影物

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ちょっと短め


case24

 腹を貫かれた。でも大丈夫、歯を抜く時のように麻酔が掛かっているかのように感覚の無い変な感じがお腹にあるだけで、それ以外はまったく問題ない。でもようやく、これでこの魔女は捕まえた。

 大量の血飛沫を撒き散らす青髪の少女は、持っている剣を突き立てる。目の前にある銀色の巨大な機械の塊に、雄大な白銀の峰を半ばまで見えなくするほど深く、それはそれは深く。金属の擦れ合う耳障りな音が骨伝導で体を打つが、体全体をセメントで押し固めたかのように筋肉を硬直させ、痛みも何もかもの感覚を消し去ることでしっかりとその魔女―――銀の魔女、「ギーゼラ」を繋ぎ止めた。

 

「早くしなよほむら!」

 

 呼びかけに答えは無く、代わりに一発の爆弾が直撃。

 巻き散らかされる爆風には身を呈して動きを止めた少女すら巻き込まれてしまったが、その分魔女を倒すために必要なダメージは与える事ができたらしい。魔女結界はブラウン管のテレビが消える時の様に揺れ、この世界から実体を消し去った。

 そしてグリーフシードと共に、青髪の少女は倒れ込む。おびただしい血液の量はどう見ても一介の人間が保有する量の半分を越えており、地面に落ちた血は乾ききった瓦礫と落ち葉に吸収されてその一角を深い紅色に染め上げていた。だが、驚くべきことに少女は何でも無いかのように立ち上がる。

 その手にあったのは、落ちた当初よりもさらに黒ずんでいたグリーフシード。それと反対に何もなかったかのように魔法少女としての衣服ごと腹の穴を再生させている彼女、美樹さやかは何ともなかったかのように後ろに降り立った「友人」を振りかえった。

 

「いやー、流石にワルプルギスの4日前ともなると魔女少なくなってきたね」

「反対にネクロモーフは増えてるわ」

「あ、本当だ」

 

 この世のものとは思えない叫びを残し、さやかを貫こうと腕を振り上げた一体のネクロモーフは瞬時に手足を消し済みにされた。そんなほむらの片手には未だ排熱処理を施すメカニカルで無骨な外見の鋼材熱断用工具が一つ。ネクロモーフが死ぬ前との違いは、グリップの辺りが赤黒く染まっている事か。

 

「サンキュ。相変わらず死角の攻撃には弱いんだよねー」

「魔法少女としてのバトルスタイルや願いにもよるわ。あなた、背中を預ける予定の人がいるから逆にガラ空きなんじゃないの」

「あくまで予定だよ。仁美に取られちゃったら、その時はまた戦い方変えるかも」

「そう……少なくとも、ワルプルギスを生き残ってからそう言う事を言いなさい」

「はいはい、伊達に通産3年近くやってるベテランさんには負けますよーだ」

「そう、私もそんなに戦ってるのね。アイザックにでも計算して貰ったのかしら」

「遡行も数えてないけど覚えてるんだよね。同情するから手を貸すよ」

「それはまたありがたい話よね」

 

 呆れて笑った黒髪の少女、暁美ほむらに対して不満の意を示す。

 そんな朗らかとした光景だが、現状はこうして取り繕ってでもいなければ絶望しきってしまいそうなほどに状況が変貌していた。

 

 まず、最新技術発展の証として取り囲んでいたビル群は軒並み姿を消している。

 その代わりにあるのは、ビルの代わりに土地を買い占めたと言わんばかりの魔法陣。勿論、自分のことで手いっぱいな魔法少女たちが施した財産保護を証明するものではなく、ソレらは全てネクロモーフ結界によるもの。

 その魔法陣の蓋を開ければ、必ずグリーフシードを落とすネクロモーフがおよそ二千(・・)から五千(・・)体まで、詰まりに詰まった素敵な血と肉しか弾けない乱交パーティーにご招待である。命の保証? そんなものがあるのならば是非ともチケットを頂きたい。アイザックが呆れ果て、そんな愚痴をこぼすほどの状況下だ。

 

 現在魔法少女たちはみな、一日に3~7のペースでMarkerが製作される危機を脱している。キュゥべえの観測システムによれば今のところ「月」に地球を補足されるような発信はされていないとのことで一安心だが、それにかまけて現状を放り出せば楽しい楽しい地球人全滅ENDING feat.The Moonの始まりだ。

 そのために此処のところはツーマンセルを組みつつ、確固撃破の形でMarkerが製造されそうになっている結界だけを破壊している。唯一の救いは、結界消滅時に弾きだされたもの以外、一切のネクロモーフが街に徘徊しない様になったことぐらいだ。

 

「こちら魔法少女チーム。そっちにネクロモーフの影はありますか?」

≪いや、2日前から影すら見ないな。警戒を怠るわけじゃないが、人員を減らしてカメラで見張ってる。どうなっているか分かるか?≫

「……すみません、私ではなんとも」

≪そう気にやまなくていい。幸いにも君たちの避難勧告のおかげでもう犠牲は現状確認できた者以外は誰一人として出ていない。―――ああそうだ、暁美くんの為にまた物資を調達しておく。いつもの時間に受け取ってくれ≫

「ありがとうございます。では、また」

 

 ザザ……と砂嵐が吹き荒れた。無線を切ったほむらは盾の中へと「ゴツイ携帯電話」を収納し、さてどうしたものかと言わんばかりにさやかを横目で見つめた。

 

「とにかく今のところは、何も分かってないし。アイザックさんに合流しよう。確か学校の方に反応あるって言ってたし、キュゥべえからの念話(テレパシー)もないからそこが今日の最後だよ」

「そうね。行きましょうか」

 

 二人はちらりとネクロモーフがいた場所を一瞥し、その場を大きく跳躍して去って行った。ネクロモーフ結界があった場所は結界の証が揺らぎ、大きく地面を震動させたかと思えば―――その怪しく光る魔法陣を綺麗さっぱりに消し去ってしまう。

 最初から瓦礫以外なかったかのように、ビルがあった場所は結界となり、ただの皿血となって沈黙していた。大きな嵐を予感させる、そんな生温かくも荒々しい風が口笛を吹き鳴らして通り過ぎたのであった。

 

 

 

「アイザックさん、お疲れ様」

「この年で連日の重労働は堪えるな。……いや、U.S.G.Ishimuraでこき使われた時に比べればまだマシか」

 

 夕日がガンをつけてくる頃。大きく伸びた影法師に挨拶をしながら、年下の少女に肩を貸される情けない大人が帰路についていた。このエンジニア用の強化スーツは軍用のものまで大きく強化してあり、まるで鎖帷子の様な追加プロテクターはネクロモーフの不意打ちをも弾き、逸らす優れ物ではあるが如何せん重い。自分の動きを強化するが、元の体力が尽きてしまえばその重い体を動かすのに更なる体力が必要になる。

 だがせめても、心身疲労以外の身体における機能においては万全の状態にしてくれるのが壮年に差しかかったアイザックの唯一の命綱であった。あと10年は戦えると自負していたが、こうも事が長引くと元の世界に戻ったとしてもMarker絡みの事件があった場合生き残れるやら。

 

「マミ、どうやらほむらたちがこっちに向かっているようだね」

「あらそう? アイザックさん、みんなこっち来てるって」

「そうか。さて、肩を貸してくれてありがとう」

「どういたしまして、ミスター」

 

 彼にとってのもう一つの救いは、少なくとも外見だけは見目麗しい乙女が揃っている事だろうか。いちアメリカ人としても、それ以前に男として美女が近くにいるのは気分が高揚する。勿論死した恋人(ニコール)の事を忘れたわけではないが、妻帯者がグラビア雑誌を読む時の様な例のアレだ。深くは語るまい。

 そうこうしているうちにほぼ全員が学校の校門に集合。学校もいくつかが結界の円状に繰り抜かれた穴あきチーズと化しており、加えて前面ガラス張りであることから自重に耐えきれなくなって倒壊している箇所も多い。そんな正に人類の居なくなった世界な様相である場所に、4名の超人少女と1人の(見た目)ロボットが立ち並ぶ姿はB級映画のポスターとして飾るには十分な光景であった。

 

「収穫は?」

「グリーフシードだけだね。ほらキュゥべえ、たんと受け取れよー」

「こうも純度の高いグリーフシードが集まるなんて、本当はこっちのシステムの方が効率は良さそうだね」

「けーやくしたろ」

「分かっているよさやか。君と契約したし、ここのみんなと約束もした。だから僕たちインキュベーターはこれ以上の過剰搾取を止めて、従来通りにノルマを集めるよ。ただ、事前に承諾した通り別の知的生命体がいる星でこのシステムを運用しても構わない、これで合っているね?」

 

 それは数日前、全員で話し合った結果だった。

 さやかの言う地球滅亡を食い止める約束以外に、エネルギー効率の点を見出したのがほむらの慧眼。そこから交渉を発展させたのがアイザック。そうして、魔法少女たちは真に自分勝手だと自覚しつつも地球以外の知的生命体が過剰に搾取され、不幸になる結果を選んだ。

 苦肉の策とは言えない。こんなものは人間にとって「当たり前の決断」だ。そしてそんな判断ができただけで、人間と言うものは如何に醜いか、その場にいた者たちは相手を見て自分の姿を映す鏡の様に固まっていた。

 

「オーケーよ。本当に見ず知らずの他人を不幸にする契約だけど、貴方たちにとってはこの方法を運用するとなるとギャンブルになるわね。下手をすると月が襲ってくるんだもの」

「月の脅威さえ無くなれば、破格の条件だね。奴らは惑星を食う割に、エントロピーを半分どころかオーナイン以下まで価値を下げている。実質的にエネルギー総量を失った宇宙の寿命は、奴らの手によってさらに縮めさせられているんだ。……此方としても、早々に手を打ちたいところではあるんだけどね」

「……難儀なものよね、あなたたち(インキュベーター)も」

 

 マミが言えば、もうキュゥべえはビジネスライクな関係として処理し、不快さや敵意をほとんど捨て去った魔法少女たちが同意する。宇宙の寿命と言えば長く感じるが、その実月たちや破壊と暴虐にのみ技術を特化して自滅する知的生命体が宇宙で絶えないせいで、下手を打てば明日をも知れぬ宇宙の終わりが突然にやってくる可能性もあったのだとか。

 今でこそ200年~5兆年という「多少」のばらつきがある猶予はあれど、インキュベーターは各銀河に引っ張りだこのブラック企業も真っ青な就労体系らしい。もとからそう言う種族として生まれているので苦労と言う感情は一切ないらしいが。

 そうして明かされたキュゥべえの真実やら、「月」が齎す最悪の現状。それがこの地球すら覆いかぶさろうとしている事実を知ったことで、魔法少女たちは肩に入れる力を尚さら込めた。そうして意気込んで最終決戦に備え、ワルプルギスの撃破と共にこの地球からネクロモーフを追いだすプランもキュゥべえと共に練っているらしい。

 

「おーい!」

 

 そうした真剣に「将来」について語り合う一団に、夕日よりもなお紅く快活な髪色を持った少女が一人、ビルの上から手を振っていた。張り上げた声は大きく、時に後ろを見るようにちらちらと注意を反らす様は仕草は見ていて疑問を感じさせるには十分である。

 らちが明かなくなったのか、単に効率主義なのか、キュゥべえは杏子と周囲にテレパシーの回線を開いた。

 

≪どうしたんだい杏子≫

≪どうしたもこうしたも……とにかくヤバいモン見つけたんだよ! あくまでアタシの意見だけど多分アレ、滅茶苦茶マズイんだって! とにかく案内するからついて来てくれ≫

 

 一時の余談すら許さぬと言わんばかりの態度のまま、杏子はビルの向こうへジャンプして行った。普段好戦的ではあるものの、頭は冷静である筈の彼女がここまで取り乱すと言う事は、確実に何かがあるに違いない。

 関係者がそう思うのに無理は無く、魔法少女たちが飛び出して行ったあとはさやかがアイザックを肩で抱える形で杏子の後に続いた。二人分の表面積を覆うようにぶわっと風がまとわりつくが、そんな物は障害にすらならない。

 

「いったい何があったの!?」

 

 追いかけるほむらが叫ぶが、聞こえていないのか杏子は只管に駆けているばかり。

 顔を伺う事は出来なかったが、恐らく彼女の顔は焦りに満ち溢れているのだろう。一度もこっちに振り返ろうとせずに先導する様は、この短いつき合いながらも誰も見たことのなかった焦りようだったから、そんな事を一同は考えていた。

 いくつものビルがあった場所を飛び越えて、真っ平らになった地面に降り立ち一同は走る。まるで中心にある渦を覗いて円状に存在を抉り取られた更地には、ぽつんと一つの廃ビルだけが取り残されていた。

 

「ここだ、この結界から見えてんだ!」

「外から見える? あなた何を言って」

「いいから、ホラ!」

 

 杏子の焦り様は尋常では無かった。

 彼らはその理由を―――身を持って知ることとなる。

 

「……馬鹿な!?」

 

 巨大な結界の入り口となる魔法陣は、それだけで半径2メートルの巨大なものだった。そして魔法陣の向こう側は透けており、いつもの肉塊然としたネクロモーフ結界ではなくいきなり最深部の洞穴が幾つもある場所が映し出されている。

 何より目を引いたのは、その中心にある「真っ黒な双角のオブジェ」。ある意味完成された不完全な形は、畏れるに値するほどの神々しさまで放っている。それと同時に、身がすくむほどの禍々しさをも。ただの建造物にこれまでの存在感があると言うのか? そう思わずにはいられず、現実を知りたくもなかった一同が皿に驚いていた理由は、その「巨大さ」にあった。

 

 Markerの大きさは目測でおおよそ3~4メートルほどしかない。だが、この如何にも特別せいですと言い張っていそうな黒いMarkerはそれを二回りほど大きくしたかのように巨体を鎮座させていた。

 せめてもの救いは、この黒いMarkerの足元辺りがまだ未完成な事だろうか。しかしこんなものが建造され、そして起動したならば―――

 

「この地球は間違いなく関与されて僕らの回線も拾われてしまうだろうね。みんな、どうか急いでくれると僕は嬉しいかな」

「言われなくとも分かってる! 一蓮托生なら真っ先に喰い止めるわよ!!」

「早く壊しましょうマミ先輩!」

「殿は私が務めよう。トモエは先行してくれ」

「分かったわ」

 

 最悪の想像を振り払い、そこにいた全員が結界の中に突入した。

 キュゥべえですら生物的本能からか「焦り」にも似た言葉を発している辺り、これがどんなに異常な事かを理解いただけたであろうか? だが、そうした一同の焦りとは別に、ここまでの案内をした紅い少女はただ笑って全員が結界の中に消えて行くのを見て、ただただ笑っている。

 そして突如、結界の魔法陣は揺らぎ始めていた。水面に映った絵をぐるぐると中心に向けて回したように魔法陣がしぼんで行き―――音もなく、ただただ消滅してしまうのだった。

 

 

 

「おーい、戻ったよーい」

 

 緊急拠点として使われる上条家。そこには杏子が帰って来ていた。その手には沢山のグリーフシードを溢れさせ、ジャラジャラと鳴らしては大量が嬉しいのかにっしっしと女の子らしくない笑みを浮かべている。

 だがふと気付いた。今この上条家には誰一人として帰ってきていないらしい事を。

 

「なんだよ、せっかく結界3つも潰してきたのになあ」

 

 それだけの量のネクロモーフを狩り、単身で結界を破壊する。それは彼女の余裕そうな表情からも、如何に杏子という魔法少女の実力が高いかを伺わせる。だがその半面、せっかくできた駄弁り仲間が今ここには居ないと知って少しばかり意気消沈するただの少女としての面も持ち合わせているらしい。

 誰も家に戻っていないと知るや否や、まぁしばらくしたら誰かいるだろう。そんな楽観的な想いを抱いてグリーフシードに穢れを吸わせ、自分を十全の状態にした上でゆったりと息を吐いた。

 

「しっかしアレ、何だったんだろうな」

 

 整備がおろそかになったおかげで、彼女の呼吸だけでもほんの少し積もり始めた埃をソファからはたき落としてしまう。ひらひらと地面に落ちて行く埃を見つめながら、はてと首をかしげていた。

 

「脱出する時に受けた、あの紅い光」

 

 精神世界に引き込まれたわけでもないし。

 最後のあがきだと決めつけて、まあいいかと彼女は足をソファに乗せた。

 埃は、ゆっくりと地面に落ちた。

 




キリのいいところで切ると少し短くなりました。
さて、最終決戦前夜の始まりです

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