技師の力は何が故に   作:幻想の投影物

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結構短め。


case27 Gravity

 魔女の結界と言うのは厄介なもので、その世界の法則は魔法少女たちの培ってきた経験を一瞬で無に帰す物すらある。逆に固有魔法との相性が最高で、なんの成す術も無く討滅される魔女も少なくは無い。

 そうして種類が多岐にわたる魔女結界の中で、まず共通しているのは「空気」があると言う点だろう。魔女は非生物なのか生物なのかもわからないが、何故か必ず結界の中に人間が呼吸できる空気が存在している。

 何故か? それはインキュベーターですら解明したことの無い謎だ。だが、確実に存在しているのだと言う結果があればそれでよかった。

 

 では本題に戻ろう。

 たったいま、この「杏子の姿をした幻覚」に連れられて結界の中に取り入れられた四人と一匹。この中で生成されるBlack Markerを破壊すべく訪れた彼女らは、アイザックの居た時代に普及していた、それこそ「USG Ishimura」のような居住可能大型宇宙船に酷似した施設へ閉じ込められている。

 その窓から見える光景は、本当に宇宙そのものを映し出しているかのような美しさと、生物の居ない無常観をありありと表している。―――そう、宇宙空間を、だ。

 

 この結界そのものらしき近未来的施設は、そうして「宇宙空間に囲まれた」位置に立地されていると言う事は存分に知っていただいたであろう。では次の問題だ、もし……もしもだ。

 ―――この施設が破壊され、外と境界が無くなればどうなる?

 

「息、止めッ――――」

 

 音は消える。

 破壊したらしい肉塊の怪物が、剛腕を振り上げてほむらに迫る。さやかが投擲した白銀の剣が無重力空間で空気の抵抗無く剛速で迫り、大型ネクロモーフの腕を打ちすえた。それはほむらを狙う腕を、ほんの僅かに横へそらすことができたらしいが、直撃は免れなかったらしい。

 一撃目に打ち抜かれる。もう片方の手で打ち据えられる。無重力と無空気空間には音無き振動が施設と大地を揺らすばかり。まるでクルミ割り人形に掛けられたクルミのように、ほむらは幾度となく大型ネクロモーフに先ほどの爆発の仕返しだと言わんばかりに攻撃され続けていた。

 伸ばした手は力なく垂れ下がり、撒き散らかされた血が付着するソウルジェムは無事であっても肉体の再生がまったく追いついていない。さやかに、マミのようなリボンがあれば話は違ったかもしれないのに、彼女が持つ魔法は白銀の剣を振るう事と、体をプラナリアのように兆速で再生させる事だけ。さやかの手は、届かない―――

 伸ばした手を諦める前に、さやかは跳んだ。空気が無くて、重力もなくて、内側から自分の体が弾け飛びそうだったけども。それでも体は治り続けているから問題は無い。投げた剣を再びその手に現出させ、歯を喰いしばって出来得る力の全てを発揮し、思いっきり回転して叩きつける。剣の刃では無く、峰が大型ネクロモーフの弱点と、それごと体を押し返した感触がビリビリと手に伝わってきた。

 ネクロモーフが飛んで行った向こう側は宇宙空間。あの吹き飛ばされた化け物は、まったく終わりが存在しない、永い永い宇宙遊泳を続けることになるだろうがそんな事はどうでもいい。

 重力の無い宇宙空間では与えた力と逆方向に均等な力が働く。その反動で施設側に戻る自分の体が飛んで行く前に、見れたものじゃ無くなったほむらの腕を何とかして引っ掴んだ。肉が弾け、こそげ落ちて骨が見えた腕は頼りなかったが、魔法少女となった強靭な筋繊維が意識朦朧なほむらに気付けの激痛を与えながらも、決してさやかの腕から零れおちるような真似は許さなかった。

 キュゥべえはなんとか空気ごと吸い出される勢いに耐えていたのか、こっちだと言わんばかりに尻尾を振ってさやかが自分を視界に収めるようにしているらしい。

 

 あと少し、あと少し、あと数センチ―――

 近づく元の部屋は、既に自分が通れるかも怪しいほどに修復されてしまっている。確かに早い、でもこのままの速度じゃ、後続のほむらは侵入しようとしたネクロモーフのように胴体を真っ二つにされてしまうだろう。部位の大々的な欠損は、いくら魔法少女自身が持つ再生能力を当てにしても数日は掛かる。

 だとしても、もう一匹の協力者は決して無力では無かったらしい。

 

≪危なかったね、さやか≫

 

 まだ空気が無いため、キュゥべえのテレパシーがさやかの脳に語りかけてきた。まだ間に合わないのに、などと彼女が思っている間に、キュゥべえはその耳から伸びた何かに付けた黄金のリングを発光させ―――その不思議な光が纏わりついた彼女らの体を急加速させた。

 引き寄せられていた。二人の体が? いや、正確には……さやかの()が。

 ギリギリだった。本当にギリギリのタイミングでほむらの足が部屋の中に戻り、その瞬間にこの部屋を覆う生きているような金属の壁が施設を元通りにする。同時に無重力空間だったこの部屋の機能が回復したのか、無機質なシステム音声が流れてくる。

 

 ―――Exiting Vacuum

 

 ブシュゥゥゥゥ……といった空気が戻ってくる音が聞こえて、ようやく聴覚が他の人間の声を聞きとれるようになった。宇宙空間に放り出された時とは違って酸素もあり、空気もある今は内側から破裂しそうな苦痛を味わう必要もない。しっかりと地に足がついている事へ安堵したと同時、さやかは抱えていた彼女の容態を思い出して顔を青ざめさせる。

 そうだ、早くほむらを治さなくてはならない。

 

「グリーフシードは……手持ち三個か。くっそ、でも一気に使っちゃえ」

 

 三つある闇の宝石を押し当てると、まったく濁っていないほむらのソウルジェムから無理やりにドス黒い魔力が引き出される。それと同時に、身体を再生させる魔法が自動的に行われて、ほむらの殴り潰されていた臓器や何からが全て、風船を膨らませるかのように元に戻って行く。当然―――それは痛覚も一緒だ。

 

「~~~~~ッ!!?」

「落ちつけ馬鹿! 暴れないでったら!」

 

 まだ治り切っていない場所は、皮膚や臓器が再生する熱で非常に「熱痒い」。

 だからこんな大掛かりな身体の欠損部位再生を初めて経験したほむらは、思わずその患部を掻きむしって更なる激痛を齎そうとする前にさやかの魔法少女内随一の膂力によって取り押さえられ、内臓に走る「痒み」に耐えながら体をくねらせる。

 それから約二十秒、全身に奔る痒みと激痛と熱さに耐えきったほむらは、汗腺から汗を噴き出して息を切らしていた。その横でなんとかなったかぁ、と使い終わったグリーフシードをキュゥべえに喰わせたさやかが安堵の息を吐いている。

 

「それにしても、キュゥべえのあれって……アイザックさんの“キネシス”?」

 

 気軽に世間話でもする様に聞いた。だがどうして助けたかを聞かないのは、多分ここで自分たちが死ぬとマーカーの破壊に支障が出るからだろうな、というのはさやか自身でも分かっていたからだ。

 

「そうだよ。現状、僕達インキュベーター自身も何らかの自衛手段を持たなければ、新しい体が転送されるまでに生じるラグの中で決定的な瞬間を逃す可能性があったからね。アイザックのキネシス技術は、その点で言えばこの肉体に不足する物資の運搬能力と自衛手段としては適していた。元々僕らはエネルギー収集以外に余分な機能をつけていないから、ついこの前インストールしたのさ」

「猫の手でも借りたい状況で、伸びる手を持ったでいい?」

「最近の君の理解力の高さは目を見張るね」

「―――仲良く話してないで、早くそのバッテリーを届けるわよ」

「おおっ、落ちついたんだ」

「おかげさまで……借りはいつか返すわ。癪だけど、キュゥべえにもね」

 

 長い髪をいつものように掻き上げようとしたが、自分の血糊がべっとりと付いたことで髪の毛が引っ掛かった。髪が抜ける痛みと共に、少しだけほむらの目尻に涙が浮かんでいる。まぁここはスルーしておいた方が良いだろうと、キュゥべえから話題が切り出された。

 

「起動実験も兼ねたキネシスモジュールの使用は問題ないみたいだ。それじゃあ急ごうほむら、さやか」

「分かった分かった……って実験!?」

 

 驚きながら、さやかは衣装についているマントを衣装から消して剣を腰に背負う形で装備した。さきほどの空気ごと排出された時、マントが空気抵抗を高めていまいち踏ん張り切れなかったからだ。ヒーローっぽいイメージとしては気にいっていたし、いざという時は液体状の攻撃から身を守れる優れ物ではあるが、今のところはゲロを吐くネクロモーフも見当たらないことから大丈夫だろうと判断してのことだった。

 

 それから、完全に持ち直したほむらがBluteに破壊されかけた扉のボタンを押し、途中まで開いた扉を蹴り壊して、再び研究所の外に広がる廊下に出る。扉の残骸がカラカラと落ちる以外、シィン……と静まり返った廊下にはネクロモーフの気配はなく、足音らしきものも遠近共に聞こえてこない。

 ある程度倒したら、現状その場所はクリアリングできているなんてゲームみたいだ、とさやかが思ったのは余談である。

 

「……そう言えば、さっきマミさんの警告があったよね。反応できなかったけど」

「ちょっと待ってくれ……うん、マミはどうやら、僕たちを見下ろせる位置にいるらしい。さっきの研究室が1階の中庭に面した部屋だとすると、マミたちがいる場所は中庭を挟んで向かいにある棟の3階にいるらしい」

「となると、ぐるーんと迂回して行けばマミさんたちと合流できるわけか」

「そうなるわね。……そう言えばキュゥべえ、あなたはアイザックのような機械を扱えないのかしら? こっちもマップを持っておかないと土地勘が無いここじゃ迷うのは必至よ」

「この体自体が演算装置にもなるけど、最悪端末の一つは無いと無理だね」

「じゃあ、もうマーカーが生成されてるみたいな場所はそのバッテリー持って行けばいいんだし、キュゥべえが使えそうな端末も探索していこっか」

 

 ピンっ、と人差し指を立てながらの提案に、ほむらはその手もあるわねと重々しくうなづいた。端末さえキュゥべえの手に渡れば、その端末から情報を引き出すか、またはアイザックにメールなり何なりの方法でデータを送ってもらえる。マミを介してキュゥべえの念話で伝えれば、どちらかに戦闘が起こっていない限りは比較的楽に合流までの流れを整えられるだろう。

 そうとわかった一行は、一応位置を動きつつあることを念話でマミに伝え、アイザックにも通達して施設を進んで行くことにした。そうする中で、マミから伝えられたアイザックの話によればこの宇宙空間らしき場所に立地する施設は「縦長のサークル状」の構造をしており、その中心、中庭にも思える空間への出入り手段は無いらしい。

 魔女結界というのは案外単純で、一方通行の道を辿れば魔女に辿り着けるが、こんな循環構造の結界は魔力が外に出ないと言う事から、得物たる人を惑わせる使い魔を出したりする魔女の性質とは全く違うとも、キュゥべえは様々な論理と共に語っていた。

 

「循環……それだけBlack Markerを効率よく建造したいのね。どこぞの異星人みたいに無駄がなくて惚れぼれしそうだわ」

「結界そのものに言ってもねー。まぁ急ぎ足で行くと不意打ち喰らうから、まだ時間がある間にじっくりと行こうよ―――って言いたいけど、キュゥべえ」

「なにかな?」

「実のトコ、どれくらいでマーカーは造られそう? ご自慢のエネルギー分野の知識とか、後は感覚とかで判別できないかな」

「……幾らかの演算を行ったけど、実際にBlackを目にしたのは先ほど言った通り初めてだ。誤差を3時間のぶれがあるとして、あと21~27時間が限度だね」

「約一日、か。短くも長い悲劇が起こらないと良いけど」

 

 ほむらが零したのは、アイザックから聞かされた体験談から来た呟きである。ある意味武勇伝とも言えるべき忌まわしいアイザックの戦歴は、今のところ詳細を知っているのは暁美ほむらただ一人。だからこそ、こうして彼の言った「石村」に似た施設に閉じ込められて、魔女の脅威とは程遠くもネクロモーフには大歓迎なこの状況に、デジャヴを感じずにはいられないのも仕方が無い。

 実体験する、理不尽なまでの死の連続。突入、襲撃、分断、危機。目まぐるしい勢いで訪れた多くの事態によって、こうした不安が生まれるのは人間として当たり前だ。むしろその感性をどこまで保つ事ができるか、それが狂人と普通の人間の区切りとなるであろう。

 もし、この結界の中で狂ってしまえば――またひとつになろう(Make us whole again)!――と叫びながら全てを虐殺するバーサーカーの誕生だ。無論、それをこの場にいる彼女たちは知る由もない。

 本能的に、死ぬことだけは許されないとは分かっているようだが。

 

「それにしても、ちょっとヤバいかな。こうも狭いとこの剣振りまわせないや」

「武器の形はある程度帰られる筈よ。巴先輩のが良い証拠だけど」

「うーん、そうかな? ―――っわ、二本に分かれた」

「魔法少女の固有武器は、契約とは別に君たちの意志を元にして造られている。精神状態にも大きく武器の形状は左右されるだろうね」

「ふ、ふぅーん……」

 

 キュゥべえの話を聞いた瞬間、さやかは不味いと感じていた。

 自分が持つ白銀の大剣は、恭介に捧げる想いと同じだった。重く、鋭く、なおかつ壊れにくい。唯一のものと言っても良い、そんな心を映し出したような剣がさやか自身でも好いていた。

 それが――分裂。まるで対を成すかのように、ギミック付きで分裂したのは恐らく、恋心が揺れ動いたのではなく自分の精神の乖離が始まってしまっている可能性が高い。こうしてネクロモーフの事態には慣れが生じてはいるものの、そうした「戦う自分」と「普通の自分」が明確な形で別れたの証明なのではないかと言うのがこの現象だ。

 やろうと思って形を変えた瞬間、意図せず変化したこの結果に、手数が増えた半面不安の方が大きいと言うのは如何なものか。さやか自身、この変化はさっさと元に戻したいと内心で溜息をつく。

 なんにせよ、突破しなければならないのはこの結界だけでは無い。通過点だと甘く見るつもりは無いが、それでもこうして戦う中で自分を見つめ直さなくては。もしこの別れた二刀を扱うのが主流になるとしたら、それは―――恭介に振られた後だ。

 

「……やっぱり、大剣のままでいいや」

「あなたがそう思うのなら、それでいいと思うわ」

 

 キュゥべえは無言。ほむらは肯定。

 各々が自分の中で、どのような心持をしているか。それは誰にもわからない。

 

「とにかくアイザックがいる3階に向かう道を見つけましょう。こう言う施設はエレベーターかトラムでの移動が基本だと言っていたから、合流するには移動設備のある部屋の方が確率は高いわ」

「分かった。それじゃ、怪しい所は調べて行く方針でも良い?」

「油断しても私がフォローする。さっき助けてもらった分位は、わがまま聞いてあげようじゃない」

「オッケー、ありがと」

 

 剣を背負い直したさやかを戦闘に三人は進む。扉が全開放されている分、知能の無いネクロモーフを人の手で閉じ込めると言う手段は使えないため、現れた傍から全滅させるのが常になってくるだろう。

 そんな事を予期しながら、これからどれほど濃密な戦いが待っているか。それを知った上で彼女達は進んだ。地球が破壊されるなら、ワルプルギスどころの話じゃない。こんな事態を持ってきたアイザックに恨みをぶつけたくもなるが、それは心の中で留めておく。

 この事態は乗り越えることができる。それだけは確かなんだから。

 

 ―――絶望が待っていても、進むことしかできない?

 そんなものはキュゥべえのおかげで克服している。いずれ皆、魔女になると言うのなら……命を散らすだけの危険など、どこまで行っても意志を折ることはできない。

 確かなる希望を胸に、ほむらの歩みは確実に二歩目を踏みしめた。

 




一端「ほむら・さやか」のひらがなペアの視点は終了。
次回は「マミ・アイザック」のカタカナペア。

キュゥべえの設定考えてると凄く使いやすいキャラなことに気付いた。
流石、魔法少女まどか☆マギカのマスコット的立ち位置だと戦慄。

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