技師の力は何が故に   作:幻想の投影物

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すいません、elonaというフリゲに嵌ってたら執筆に手が伸びませんでした。


case29

「ま、た、こんな役ぅ!?」

 

 既に痛覚神経を切っていたおかげで、斬られた感触と下半身の喪失感のみを感じたさやかは、かろうじて大剣をぶん投げ牽制しながら地面に倒れ伏した。腰から真っ二つになった体は何とも異様な姿であるが、彼女にとっては最早体の一部が切れて飛ぶのは日常茶飯事となってしまっている。事実としてそんなことに慣れたくも無かっただろうが、この非常事態で真っ先に「犠牲になる」切り込み隊長を務めることで、全員の生存率が確実に跳ね上がっているのは明確な事実であった。

 

「今のうちに早く繋げなさい。ふんっ」

「グリーフシードも大盤振る舞い。もう逆に普通の魔女倒せない気がする」

「その時はその時よ」

「ひっど」

 

 ほむらが一度時を止め、さやかの体に触れてから二回目の時間停止を使う。

 止まった時間の中でしっかりと体を繋ぎ直し、手に持った大剣(クレイモア)を握り直したさやかはオッケーと目配せして、ほむらの手を振り払いながら彼女が投げておいた未爆発状態のグレネードに足を向ける。

 同じく時間停止状態となったさやかをその場に残し、ほむらはキュゥべえを抱きかかえて施設のダクトや狭い場所がなるべくない隅へと移動、そのまま片手にプラズマカッターを備えると同時に時間停止を解除した。

 

 けたたましい爆音と強烈な閃光がネクロモーフの動きを止め、固まった木偶人形共を少しだけジャンプしたさやかが正しく伐採する。水平に薙ぎ払われた大剣はそのリーチと剣圧が許す限りを切り裂き、両手を切り離してネクロモーフ共の疑似生命活動を停止させた。

 敵はそれで大方薙ぎ払ったようにも見えたがMarkerが余裕を以って見計らって命令でも下したのだろうか、天井の薄い鉄板を破壊して振ってくる二振りの爪と強酸性を帯びたゲロが振ってくる。人外の身体能力を以って迫りくる二つの脅威に対して、さやかと言えば余裕を持った対応を見せた。

 

「キュゥべえお願い!」

 

 伸びてきた爪の出所を切り裂いて殺戮の限りを尽くし、そして飛んできたゲロはキュゥべえのキネシスで一時的に空中に留まった後、また元の場所へと速度割増しで戻された。超高速の運動エネルギーを得た粘着質の酸液は元吐いたネクロモーフの体にぶち当たると、その体をバラバラにして殺害せしめた。高い所から海面に叩きつけられたのと逆の原理が働いたと言えば分かりやすいだろうか。

 

 そうしている間に、さやかが第二撃を放って棒立ちしていた手無しネクロモーフの足を切断。四肢を完全に失った不定形な化け物共は正義の鉄槌を喰らい、その場に斃れた。

 ほむらの方も着実にプラズマカッターで四肢を切断し、トドメの逞しい「ストンピング」を繰り出して、返り血に頬を濡らしながらさやかに向き直る。あの喉だった場所から発せられるおぞましい奇声も聞こえてこない事を察するに、もうこの場所にネクロモーフの群れは居なくなっているらしい。

 

「あぁぁ~~~~しんどっ!」

「キリが無いわね。いくらグリーフシードがあっても、これじゃこっちの精神が持たない。とりあえず貴女もすぐに全快させておきなさい」

「はぁ、何かコイツらが消滅するのも早くなってきてるし」

 

 そう言ったさやかが見るのは、たった今倒したばかりのネクロモーフ群。ほむらの方には赤子型のLurkerが行っていたのか、ごろりと転がるそれらの骸はシュウシュウと音を立てて既に消滅しかけていた。

 通常なら、この結界で造りだされた完全量産型のネクロモーフは殺されてからグリーフシード化するまでに数分を要していた筈である。それがこんなにもすぐに分解されるのは、一体Markerはどんな心変わりをしたと言うのだろうか。

 

「……倒したことでエネルギーが中心部へ流れ込んでいると思ったけど、そうでも無さそうだ。このグリーフシードにネクロモーフとして活動可能なエネルギーが全て収まっている。だからと言って母性で維持エネルギーに変換される前に孵化した報告もないし、謎は深まるばかりのようだね」

「やっぱキュゥべえ、アンタ最高の清涼剤だわ。無理やりにでも心落ち着くって言うか」

「そうかい?」

「別に許せないってのはそのままだけどさ、せめて今のあんたはそのままでいてよね。都合の良い事やってきてたんだから少しは我儘聞いてもらいたいっての」

「言われずとも僕は変わらないと思うよ。あえて数値にはしないけど可能性は限りなく低い」

 

 ネクロモーフ群を倒して、必ず行われるキュゥべえとの会話。ソレを見ていたほむらは顎に手を当てて、ふむと一言。

 

「……何気に、貴方たち仲が良いのね」

「何かもう、愛着わいちゃったって言うのー? まぁそんな感じ」

「流石にそこまで割り切れないわ」

「それが此処のあたしと今のあんたってトコでしょ。あたし自身そんなにコイツに因縁は無いしさ。結局は個人の感情って奴だね」

 

 まどか元気にしてるかなー、とこの場には居ない元の主役を思い出すさやか。いくら切り刻まれようと、それすら当然と思って来ている感性は人間のソレから大きく逸脱しながらも戦力には大きく貢献できている。

 剣を地面に突き刺してふぅと一息つき、またそれを引き抜いて背中に担ぐ。ほむらも次の敵を想定して早々にプラズマカッターの弾薬を補給し、空になったエネルギーボックスがカラカラと音を立てて地面に転がった。

 

 窓の外には変わらず宇宙が広がっている。

 ここが本当にネクロモーフ……いや、Markerの作りだした空間なのか、はたまたMarkerが空間ごと場所を移したどこか地球外の場所なのかは分からない。ただ言えることは、正粒的な邪悪なる変化を齎すMarkerはその反面機械的な処置によって完成し、そのためには少なからず時間が必要であると言う事だった。

 

 

 

 

 それから約十数分後。

 耳をつんざくような奇声は聞こえないが、彼女らが歩く通路の向こう側に二体ほどの気配が近づいて来ていた。警戒態勢に入ったさやかとほむらに対し、キュゥべえは彼らの正体を知っていたのか平然と待ちかまえ、攻撃しない方が良いと諭す。

 その言葉で気付いた二人が武器を下ろした瞬間、通路の向こうには見覚えのある赤銅色の装甲を着こんだ大男と、対照的に華やかしい格好に身を包んだ少女が現れる。

 

「マミさん!」

「よかった、やっと合流出来たわね」

「……キネシス? そこにいるのは、もしやキュゥべえか」

「姿が見えないってこう言う時に不便だね。本来ならアイザックほどの因果を持つ者は見えていてもおかしくは無い筈だけど」

「推論は後よキュゥべえ。それでアイザック、これは扉の開閉に使えるかしら?」

 

 キュゥべえが浮かせているエネルギーポットを見せた所、アイザックからは間違いないと本職のお墨付きを頂いた。それとは別に、何故自分達のテクノロジーと同一のものがこの結界内で扱われているのかと言う疑問が彼の中に浮かび上がってきたが、生憎とそれを議論している暇もない。

 

「何にせよ、これであのHiveMindの手が出てこない限りは急がない必要もない。すぐにでもあの部屋を開きに行くぞ」

「分かったわ。後衛は任せて、美樹さんはアイザックさんの護衛を。それから暁美さんは隊の真ん中で幾らかの指示といざという時の保険ね」

「はいっ、マミさんの仰せの通りにってね」

 

 さやかの気安い返事に場の何人かは苦笑を零すばかり。それを知った上で、あれまとふざけたように笑みを浮かべる。

 キュゥべえがアイザックの肩に飛び乗り、約一名が不可視の重さに苛まれながらも「あっさりと」合流に成功した一行はアイザックの見つけた動力無しの扉へと向かう事となった。機械的な鉄の壁に囲まれた場所で、一般的なヤツから赤子、ゲロ吐きとノーマルなネクロモーフの襲撃を切り開きながらその道を進む。

 ただ、その数は合流するまでと違って圧倒的に少なかった。一体何が原因かも分からないが、とにかく進みやすいのは彼らの心にとって余裕を生んでしまう。その数の少なさが、一体何を表しているかも気付かないままに。

 

 

 

 その頃、結界の外。

 見滝原市はネクロモーフ結界が発生している場所が上空から見た時、まるで虫食いのようにビルの姿が消えている有様であったのだが、その中で結界に入らず槍を振るう一人の少女の姿があった。

 

「あー、もううっとおしいね! なんだって結界から溢れてやがんだコイツら!!」

 

 名を、佐倉杏子。この度ネクロモーフとワルプルギスの夜討伐戦に参入した新入り扱いの人物でありながら、その実力は長年のベテランを務めているというかなりの猛者である。

 彼女の武器は穂先のある多節棍でありおよそ20~30センチほどある巨大な穂先はネクロモーフと言う数を相手取るにも大立ち回りが可能な柔軟性を備えている。元の戦闘スタイルがまるで踊る様に長々と伸びる武器を振りまわす型であるため、個人戦ならば迂闊に近寄れない範囲型、複数戦なら自分の周囲が全て微塵切りになる結界型ともなり得る、一見すれば最強のバトルスタイルを確立していた。

 

 事実、彼女が戦っているネクロモーフ共は人より少し優れた程度の身体能力の持ち主、しかも人外の瞬発力は獲物が超近距離であった場合にしか報われない、反知性的な化け物らしい憐れなものだ。

 杏子を殺すべき獲物であると分かっているからこそ、下手に近づき脅威に気付かず粉々にされる。まるで砕石機の流れ作業をするかのような光景ではあったが、一見有意な筈の杏子には焦りと疲労の色が見え始めている。

 

 それもその筈、現在彼女が結界から溢れだしているらしいネクロモーフとの戦いを繰り広げてから既に数十分。勝手に足元へ転がってくるグリーフシードは武器の勢いで巻き上げて消費できるが、彼女の精神だけはそうもいかない。

 

 あたりを見回せばネクロモーフの群れ、群れ、群れ、群れ、群れ!

 何百、いや何千体と溢れかえっているネクロモーフの大群はまるでアリの行軍のようだ。たった一つの獲物に対し、近くできる範囲の巣にいる全ての兵隊がたった一つの獲物に群がって行く。無論数で勝っているからという人間特有の油断もない。

 単に波、打ち寄せて引いて、またそれ以上の質量が当たり前のように押し寄せてくる。だがここで引いたが最後、杏子の済んでいた町は全て破壊され、そして当然のようにこの町を起点に全ての人類は滅び去るだろう。

 

 杏子にとって人間はそこまで守る対象では無かったが、人類となれば話は別だ。つまりそれは、自分の死であり思い出の場所すら訳の分からぬ輩に明け渡すことと同義。自分の幸せだった頃や、自分が狂わせてしまった家族への贖罪を届ける場所――あの教会も、下手をすればこの質量の前に蹂躙される。

 それに加えて、今回ばかりは命の尊厳すらも破壊される。自分が死ねば、恐らくはあの薄汚い亡者のような姿と同じにされてしまうのだ。先ほどから飛び回っては此方に接触してくるエイのようなネクロモーフ、Infecterがソレを行う化け物だとアイザックから聞いている。胡散臭い大男だったが、真実を聞かされて嘘だと思う彼女では無い。

 

「クソッ……ジリ貧かよ」

 

 槍を振りまわしながらに言う。技としてマミに命名された「ロッソ・ファンタズマ」という幻術もあるのだが、それは意志のある相手にしか適応されずネクロモーフの様な自我すら無い化け物相手には意味が無い。せめて普通の魔女の使い魔らしくド低能でも意志さえあれば誤魔化し相討ちさせることは出来たが、キュゥべえの話ではネクロモーフとは遠隔コントロールされた機械歩兵だ。自分の武器以外まったく意味が無い。

 

 そんな時だった。彼女にとっては大きな転機が訪れることになる。

 

「ッ……なんだ、地響き!?」

 

 足元のコンクリートへ大きな罅が入ったと思うと、次の瞬間には地面が揺れてある場所からは巨大な光芒が立ち昇った。神々しさとはまるで反対の禍々しく吐き気のするような気持ちの悪さは、杏子の精神をひっかきまわす様な暴君のソレ。

 発せられた波動の元は少しずつ光を形へ還元して行ったかと思うと、それらは一本一本が不定形でグロテスクな触手として存在を顕現させて行った。それが活動している間、数千のネクロモーフは身体活動を停止してひれ伏すかのように地面へ転がっている。

 しっかりと地面を踏みしめながらも、その手に元の長さへ戻した武器を構えて杏子は呟く。ぽつんと、余りの驚愕に心のうちから零れた言葉を。

 

「なんだ……ありゃ……」

 

 巨大。そんじょそこらのビルなど大きく上回る。

 幅の広さは学校の敷地並みで、縦の大きさは見滝原最大の建物を完全に抜いている。そんな余りにも巨大な敵は、それだけで戦意が失われていくと言うのに……杏子の絶望を更に深める要素がふんだんに盛り込まれていた。

 それは肉質。あまりにもぶよぶよとした肉塊は、多少の攻撃など何ひとつとして効きそうにない。加えてその増え続ける質量と、黄色くネバネバした何かを守る穴のような場所にはどろりとした幾つもの触手が揺らめいていた。いくら早く動いたとして、あれが壁となって襲いかかれば空中に出ざるを得ない自分はすぐさま潰されてしまうだろう。文字通り、グチャグチャの肉塊への仲間入りだ。

 

 アイツらは一体何をしている?

 それが杏子の本音であった。同時に、この事態が自分の想像を越えた何かであるとしか認識できていない。未知とは恐怖であり、圧倒的な未知数は絶望である。巨大な肉塊が見滝原を埋め尽くさんと異界からせり出してくると同時、現実にいる人間達の心は追い出されるかのように締め出されようとしていた。




大体このネクロモーフ章を5000~7000字で書いてきましたが、あと数話で最終章へ行けそうです。
それではまた。

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