「なんとも不気味な行軍だったな」
彼の目には見えていないキュゥべえからバッテリーを受け取り、いざ動力源として挿し込まんと控えたアイザックの発言であった。
これまで、途中取り逃していたり、無視して突っ切った事で置いてきたネクロモーフ以外、彼らの行く手を新たに阻む敵は湧いていなかった。あんまりにもすんなりと、アイザックの歩調に合わせたそれなりの時間を此処に来るまで消費していたのだがそれすらも安全な道を開けてくれていた。
不気味、と称すには申し分ない。楽で良いと表面上は楽観視できたとしても、その心のうちに皆が抱く感情は疑惑という同一のものであった。
「どちらにせよ急いでくれると嬉しいかな」
「…キュゥべえが急げ、ですって」
「それもそうだな」
「君たちにとっては今さらだろうけど、僕らの研究成果から注意事項を言わせて貰うよ。アイザックは知っているだろうから君たちにも改めて話しておかなければならない」
キュゥべえの注意事項とやらに、魔法少女は耳を傾ける。一人は盾から魔法でコーティングしたレコーダーを取りだし、後の人間側へ伝える準備を整えた。
「Markerの周りではネクロモーフ共は活動を停止する。だけど、その力場の特性を利用して一時の安寧を得る場所を広めることはつまり、The Moonを呼ぶ発信をも強めることになる。ネクロモーフの活動と幻覚症状さえ無ければ有用な技術の発展を促すと科学者は目がくらむかもしれないが、単なる破滅を呼ぶことを忘れないでおいてほしい」
「良く分かんないけど、早くぶっ壊せってことで良いんでしょ?」
「おおむねそのような意味で受け取ってくれて構わないよ」
「……何を話してる? まあいい、行こうか」
アイザックがキネシスモジュールでバッテリーを浮かせ、方向を定めて穴に押し込んだ。そして、最後にひと押しすることで供給箇所を接触させる。すぐさま電力を受け取ったドアのロック部分は解除され、赤いランプは青緑の正常を表す色へ変わった。
続いてほむらが中心の開閉スイッチに振れる。扉の中心にある金具が滑らかに滑りながら円を描いて腕組みを開き、上下にその身を分かれさせた。圧縮していた空気が押し出され、白い蒸気となって排気口から排出される。
たった一つの狭い入り口を通りぬけた彼らが目にしたものとは―――あまりにも想定内過ぎる光景だった。
「大きい……」
「これがBlack Markerか」
黒いオリジナルと赤いコピー。それ以外に、Markerが持つ違いはまったく無い。大げさに表現して見せた黒色も、キュゥべえ達インキュベーターは通常のMarkerとは違いなんて何処にもない事を知っていた。
だが、そうならば何故彼らを急がせたのか?
その疑問は此処に建設されていたMarkerの「大きさ」にある。
単純な問題だ。出力を大きくするために、その建造物事態も大きくしてしまえば底力を上げることはできる。小型化に躍起になるのが技術進歩の宿命だとするならば、逆にその小型化に成功した技術を持つ者が大型の物を作るとすれば、小型化したものを数多く詰め込んだ精密で無駄のない機械となる。そしてまたソレ事態の小型化を図り……と言った繰り返しになるだろう。
早い話が、巨大なMarkerほど脅威になりやすい。それが今回、偶然にも「黒色」であっただけで、インキュベーターにとっては赤色でも破壊を優先させていただろう。
黒と赤の違い、それはこうして魔女というシステムを取りこんだネクロモーフ共にどのような意味があるのかは分からないが、想像するだけ時間の無駄なのかもしれない。大事な意味を持っているのかもしれない。どちらが真実かは、その事実に直面しない限り彼らは知ることができないだろう。
しばらくはその数十メートルはあろうかと言うMarkerにぼおっとしていた一同だったが、このMarker、捻じれた双角の交わる点が普通の完成間近のものとは違ってまだ半ばほどまでしか建造されていなかった。その周囲を回って赤いレーザーを当てながらMarkerを作りだす外殻の装置は今も絶えず動き続けており、ゆっくりとだが一秒に1センチほどの速度でこの危険なオベリスクを作ろうとしている。
「何か、一気に機械的だけど……これが普通のMarkerの作り方なの?」
「そうだね。表面から読み取った技術を用いて、表面からまったく同じ形を作り上げていく。大小の差だけで、発信する波長の大きさが左右する技術の中身すら未解明な建造物。それがこのMarkerというものだ。さやか、とにかくこの周囲を回っている二つの作業機械を壊してくれないかな?」
「わ、分かった。ほむらは火力不足だし……一気に壊すなら、マミさん。少し手伝ってくれませんか?」
「ええ。いつでもいいわ」
さやかは背中に回していた剣を手に取り、マミは帽子から手品のように身の丈を越える大砲を取りだした。剣に魔力を纏わせ、砲に魔力が込められる。
さやかが走り、マミはその手に持ったトリガーへ手を掛けた。
「よし、とりあえず一気にぶっ壊すよ!」
思いっきり振りかぶったさやかの剣が接触、マミの魔力砲弾が弾着。
円運動をしていた二つの機械は自らの進行方向から向かってきた攻撃の威力に押し負け、その身をひしゃげさせながら身を二つに両断、そして爆散。さやかが切りぬけた先で剣についたコードを振り払ったところで残骸から火花と炎が上がり、黒い煙をもくもくと掲げながら己が役目を果たせない事をアピールした。
施設には電力の急な断絶のせいか電灯が点滅し、しかし次には元の静けさを取り戻す。
直後、計器が異常を察知して警報を鳴らすが働くべき人間はいないし、此処の騒音を嗅ぎつけてネクロモーフが来たとしても未完成とはいえ此処はMarkerの力場。ただ人間の施設を模しただけなのか、オブジェクトの存在理由の分からなさは魔女結界特有のそれであった。
もっとも、魔女結界の経験が少ないアイザックとさやかは首をかしげるばかりである。この様な現象に場慣れしているほむらとマミは、いち早く次の行動を起こした。
「それじゃあ次はこれに触れて、いつも通り精神世界に入れば良いだけね?」
「そうだね、これで万が一にもネクロモーフは出てこないし僕は幻覚作用のある世界からは性質上弾かれるけど人一人を正気に戻す位はできるから、どれだけ時間を掛けようとも必ず破壊してくれれば現実結界内での安全は保障するよ」
「魔法少女にはグリーフシードの処分も出来なければ、こうした事態でフォローも出来ない。……つくづく、あなた達の手を借りなければならない存在の様ね、私たちは」
「Markerに乗っ取られるようなものとはいえ、仮にも僕たちが造ったシステムだ。まして一度観測した事象がどのような干渉を起こしたとしても難無く制御可能な形に修正を加えるのは、新たな技術を生み出したものとして当然の義務さ」
こともなげに言ったキュゥべえは早く完全な破壊をするように促した。この後に出てくるHive Mindの脅威は忘れているわけではないが、どちらにしてもすぐ解決した方が良い問題であることには変わりない。
その言葉に渋々頷く者数名を含め、全員が黒いMarkerの面にせーのの掛け声で一成に振れた。その直後、目が捕えた映像から直接脳の中へ入り込んで行く様な、精神が神経を通って内なる世界へと引き込まれる感触が全員を襲う。
キュゥべえは立ちつくしたまま動かなくなった全員を見据え、事の結末を委細記録するように、その不動なる紅玉の瞳を向けるのであった。
Markerの精神世界。赤黒い大地が浮かぶ、目に見えないエネルギーの奔流が絶えず流れるその地は、赤色のMarkerとは違って気持ち世界の色が黒く、暗く見える。しかし違いと言えばその程度であり、やはりキュゥべえの言うとおりMarkerとしての役割は色に全く違いが無いと言う事を無意識のうちに全員が理解する。
それと同時、バシュンっ! と上記の様な物が地面から噴き出して幻影の双角を作りだし、この浮島に突き刺さる6のMarker片が姿を現した。赤黒く聳え立つ、欠片と言うにはあまりにも大きすぎるMarkerの形になり切れていない欠片達。
それらを壊せばこのくだらない茶番も終わる。そうして魔法少女たちが武器を構えようとして―――その全ての手は空を切った。
「……え?」
一番焦っていたのはほむらだった。その手に持ったフォースガンと、腰に掛けていたプラズマカッターはそのままあるとして、あるべき魔法少女の衣装は無く、自身が纏うのは何の魔法的効果もない見滝原中学校の制服。
あたりを見回せば、全ての魔法少女が固有の武装を無くし、「変身前に持っていた」ものだけが彼女らの手にあった。残る魔法少女のうち、目立つ持ち物と言えばマミにはポケットの中の化粧道具、さやかは全員が持っている小さな無線機のみ。
唯一武装をしているのはいつもの強化スーツに身を包んだアイザックだけ。しかし彼も工具を見てみれば、刻まれていた魔法コーティングの抽象的なデザインは消えており、無骨な作業工具らしさしか残っていない。
これまでのMarkerへ突入した時には見られない現象だった。
唐突にあるべき力を無くし、元の力無き少女へと戻されてしまう。手持無沙汰に、普段の魂と肉体が「乖離」したが故に強化されていた体が生身に戻ったことで、長らくこの魔法少女として過ごしていた面々は体を重く感じて肩を落とす。
それよりも落ち込んでいるのは、さやかである。一番意気込んで、なおかつ固有魔法としての超速再生能力をなまじ頼りにしていた蛮勇な戦い方だったばかりに、いざ剣と魔法が無くなると途端に自分は無力になってしまう。心のうちに秘めた熱き思いは変わらずとも、その不利さはかえって熱を冷却してしまう要因となってしまった。
「……どうしよう」
思わず零れた言葉は普段から歯に衣着せぬ彼女らしくも、普段より弱気な紛れもない本音に他ならない。
自分の胸中にあるのは、この中の面子で武装が無ければ恐らく「一番足を引っ張る要因」だと自己認識していた事。剣を主体とするさやかにとって、ほむらが持っている様な銃器の扱いなど知らない。ゲームや漫画では無茶な体勢で命中させるバトル展開があるが、それは空想の中だけだ。ましてや銃器でさえない巨大な反動を持つアイザックの工具をもし借りたとしても、この華奢な体では支えきれない。
そんなさやかの不安をよそに、しばらく視線を泳がせて動揺していたほむらは一度頭を振ってフォースガンをマミに手渡した。いくらまだ中学生の体とはいえ、マミは幼少期から契約し、戦い続けてきた「肉体」を持っている。つまり戦闘に耐えうる体付きは、多少の反動があっても似たような武器なこともあって使えると判断したからだろう。
「こ、これってアイザックさんが使い魔一掃してたものよね?」
「ええ。魔法のコーティングが無ければ一般人でも撃てることは撃てるらしいわ」
そんな無理やり呑気にしたような会話が聞こえてくる。
手持無沙汰になったさやかに、これまでのネクロモーフ狩りのパートナーを務めていたと言っても過言ではないアイザックは何を渡すか迷っていたが、最終的にRIGの収納空間から取り出したメディカルパックと弾薬を幾らか手渡した。
これはどう言うつもりか、視線で問いかけた彼女にアイザックは、
「彼女らのサポートを頼む。私のように救ってやって……そんな、嘘だろ」
答えながらに、戦闘態勢を整えた彼は、思いがけないものを目にした。今まで彼女たちを怖がらせないようにするために「取り繕っていた口調」を崩して。
巨大なMarkerの守護神は雑魚のネクロモーフモドキを量産しようとは思わなかったらしい。変わりに現れたのは、今までグロテスクで見るに堪えない見た目をしていたものとは大違いのものだった。
全体的な白色は清潔感を連想させる。
血肉にまみれた赤黒いネクロモーフとは違う神々しさを併せ持った純白の衣服。
「
「Nicole!? お前が何故ここに、またMarkerの幻覚とでも言うのか…!」
「嘘、そんな……まどか、何で」
その場から一歩を後ずさったのは、ここまでの道のりを計画した世界の異邦人である二人。一人は時間を越えて繰り返した少女、一人は地獄を越えて時に呑まれた男。
その二人の後ろに立っている二人の少女は、目の前の二人が呼んだ名前が違っている事に驚き、そして「ただの光と双角の幻影」に対して自分達の知る人間の呼称を使っている事に驚いていた。
そこで迅速な判断を取ったのは、珍しくマミだった。いや、もしかしたら恐らく最後であろうことから虚栄を張ったに過ぎないのかもしれないが、それでも客観的に見て最も正しい選択をしたのは彼女。手に持ったフォースガンを以前にアイザックの使った様子を思い浮かべながらリロードし、トリガー一つでその衝撃波を発する事ができるように構えた。
「マミさん!」
「ちょっと待って美樹さん! アイザックさん……これ、届くの?」
「それよりもNicole、君は」
「まどか、ねぇあなたはあの時死んだあの」
また術中に掛かっている事はアイザック自身も良く理解していた。そして目の前の最愛の恋人「だった」存在が、Markerの作りだした幻影であることも。
だが、彼の心は何度も何度も目の前で悲惨な衝撃を味わったことで少しずつはがれかけていた。普段のアイザック・クラークという人物に抱ける強く、冷静で判断もまた一人前のそれではない。本当のアイザックは単に仕事をよしとして、母親を奪ったユニトロジーを憎み、ただ言われるがままに動き―――最愛の恋人、Nicoleとただ静かに添い遂げたかっただけだった。
だから目の前の偽物に縋る様に呟くしか無かったのだろう。
狂気に呑まれそうなほむらは彼女の死に顔が、同じ顔の筈なのに一人一人が必ず違っていた、その中でも自分が殺したまどかが目の前であの顔をしているのだと悟った。
何度も繰り返すうちに、自分を押し殺して約束の為だけに奔走した。次があるさと撒き戻した時間は、もしかしたら本当に死んだ命をもまき戻していたのかもしれない。でも、きっと自分だけが時間を遡っているだけで世界はそのまま残されているのだと分かっていた。
取り返しのない時間を、今をも生きる彼女は尋ねずには居られなかった。
「君は―――」
「あなたは」
今は、確かにこの最悪の遺物Markerを破壊しなければならないと言う「使命感」に駆られているかもしれない。だが例え偽物でも、心の底からこれはMarkerの罠だと理解していたとしても、彼にとってはNicoleとは最後の
でも幻影だとしたら、それでも聞いておかなければならない事がある。
驚異的なネクロモーフと言うのは、放ってはおけない。それはまどかが日常的に死の恐怖に巻き込まれることを意味しているからだ。だから、アイザックの提案を受け入れてネクロモーフの殲滅を受け入れた。他の人間を守ったのも、結局はその人間が怪物になるかもしれなかったからという打算でしか無い。
だから、どうしても救えなかった彼女が目の間にいるのなら聞かなければならない。
「幻影、なんだろうな」
「誘導、なんでしょうね」
「ええ。そうよ、あなたと一つになるための姿。さぁ、一緒になりましょう。なりましょう、なろうよ、なりましょう、なろうよ。我々は生まれ変わらねばならない。
ヘルメットを収納し、顔を出したアイザックの目はその「偽物」が歪んで行く光景を見た。重なって見えたのは、ほむらが見ていたのだろう神々しい鹿目まどかの姿。ノイズのようにバラバラと統一性も無く、輪郭すらハッキリしない金色と桃色の
「
「Ahhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhh!!」
「うぁぁあああああああああああああああああああああああああああ!!」
偽物が口を開いて、二人の精神は決壊した。
「Fuck you! ! Get the fuck out of me!!」
口よりも手が動くとはこのことか。無心に殺気を叩きつけてプラズマカッターを乱射する二人がMarkerの化身として現れたのだろう「親しい人」に向かって血を吐きだす勢いで暴言とプラズマを叩きつけた。殴りかかりたい衝動は工具の反動が肩代わりをする。
呆気にとられていたマミは二人の剣幕に呑まれながらも、攻撃を受けたMarkerがコアらしき黄色く発光する光の塊のような何かを露出させた騒音で我に返り、その手に持っていたフォースガンを持って走った。走る先は、Markerではなく我を忘れた二人の周囲に集まる黒い影。なんとなく、かつて戦いながらも今は戦う力を失った彼女は本能的に「危険」を察知していたのかもしれない。あの幻影の本体に触れてはならないと。
「美樹さん、こっち!」
「マミさんうしろ!!」
弾薬はさやかが込めて、マミがリロードをして吹き飛ばす。一撃で有機組織がボロボロに崩れ去るヤワで餓鬼のような姿をしたネクロモーフは粉々になって視界も安定しないほどに吹き荒れるMarkerのエネルギーの奔流に消えていく。必死に地へ足を突き刺すようにして立ちながら、二人で体を抑えて二人の主役の排斥役を請け負ったさやかとマミが二人かがりでフォースガンを放って行く。
ただただ、強い何かもわからない感情の渦に巻き込まれながらも叫ぶ二人は両手で押さえてプラズマを放ち、弾薬が尽きかければ手荒くマガジンを取り変えてただただ激しいフラッシュを焚き続けた。
この薄暗い世界の中、サブリミナルで映し出される憤怒と悲哀に染まった男と少女は泣きそうな声を喉が枯れるまで叫び続けて、その偽物の姿を使った相手へ光波を投げ込んで行く。ほんの少しだけでも、死した者を使った卑怯者に引かれかけた事を深く後悔し、その死人の姿を使った非情なる相手に激怒しながら工具の駆動音は鳴りやむ事が無い。
対物の工具らしい低い炸裂音が鳴り響く世界では、何かNicoleと二週目のまどかの姿を借りた
二人はついぞ気付けなかったが、アイザックたちの後方にいた者たちはRIGの光が赤くなったことと、腕のソウルジェムが黒に近い紫色になっているのをしっかりと見ている。つまり、二人は文字通り心も体も限界に近かった。
そんな時に、終わりは唐突に訪れる。黄色くもオレンジにも見える光の塊が破裂し、光という偽善の中に隠し通してきた本性が闇の奔流となって光の内側から染みだした。破裂した光の球を起点に、無限にも近しいエネルギーを持つとされるMarkerの精神体だったものはドス黒い生物の欲望を満たそうとするだけの心の内を撒き散らしながら四方八方へと霧散して行く。
全てが終わり、脳の神経から視神経を通り、再び視界が眼底に映しだされたものだけを拾うようになった時、アイザックはRIGから弱々しい警告音が発せられているのを聞きながらその場に座り込んだ。
何かを救おうと動いた結果、むざむざ自分の誘惑の弱さを再確認して、精神をボロボロに傷つけただけ。使命感は冷め、数えるのも億劫な幾度目にもなるか、死者で弄ばれた彼の心だけがガラガラと崩壊の前兆を響かせ始める。収納していたヘルメットを再び装着し、カシャカシャとリズムよく取り付けられていくその音に幾ばくかの現実逃避を混ぜた彼は、もう何も聞きたくないのだとでも言うように頭を抱え込んだ。
「……また、私は、彼女を殺した」
「暁美さん!」
同時、魔女化する寸前までソウルジェムを濁らせ切ったほむらがその場に倒れ伏す。普通の魔法少女ならその場で魔女を生んでもおかしくは無いソウルジェムだったが、最後の最後、紫の中に含まれる赤の、ほんの少しの抵抗が混ざった桃色の光が最後の堤防を作ってほむらを「人間」でいさせていた。
もっとも、それはすぐさま魔法少女としての力を取り戻したさやかが人外の速度で早急にグリーフシードで濁りを吸い取ってしまったために見えなくなってしまったのだが。
そうして、Markerを流れていたエネルギーの流れも全てが収まったのだろう。結界の中で維持されていた近未来的な風景は解体され、電気はつかなくなって非常用の蛍光塗料が明るくも頼りない緑の光で彼女らを照らしだした。
全く動こうとしないアイザックと、もう動く気力もないほむら。キュゥべえすら何も喋らない沈黙と言う世界の中で、マミの足元がほんの少し、揺れた。
初期微動の次には主要動が動き、すぐさまこの施設の崩壊を伝えてくる。もう警告を発する電気すら無くなった蛍光の中で緩やかな崩壊を目にした彼女達は、「普通の魔女結界」のようにバラバラに砕けていくネクロモーフ結界を脳裏に焼き付けることとなる。
まるでガラスのように宇宙や世界に罅が入り、偽物として構築されていた魔力の結界が本当の世界に耐えきれず溶けていく。なまじ未来技術を結集していた建物は、崩壊する合金の欠片を落ちてくる月光に輝かせ、光を乱反射させながら空へ昇って消えていく。
グロテスクなネクロモーフとは対照的な、幻想的で煌びやかな光景。
二人が崩壊の儚げな美しさに魅入りっているが、それに何の興味も示さないかのように黙りこくる鎧と化したアイザックと糸が切れた操り人形のようなほむらは、再び意識を取り戻していながらにして何のコメントも残さない。
偽物だとは言え、大切な人の姿を撃ったのだ。撃てて、しまった。これは記憶として忘れることができても、きっと心の中で必ず心臓をわしづかみにしてくるであろう。Nicoleの写真を、今を生きるまどかを見る度に、彼らの中で。
何もかもが終わった。
それを裏付けるかのように宵闇が静寂を告げ、判決の終わりを表す木槌を鳴らす。
どんっと落ちてきたそれは、朱印のように赤かった。
「……佐倉、さん?」
「なにやってんのアンタ、その傷は」
地面が揺れた。
まだ終わってなんかいなかった。
宵闇は静寂なんかじゃない。そう、先ほどまで月光が照らしていた筈なのに、時間も経っていない筈がいつの間にか宵闇になっていた。それは光から隠す何かがそこにあったからだろう?
巨大なそれが、
振り下ろされようとするそれに、動かない二人と違って魔法少女の力を取り戻した二人が迎撃の姿を取り、マミの砲撃による巨大な一撃が瞬時に準備を終えて発射を控える。最後の一撃と銘打たれながらも、最初に打たれることもあるソレは「敵にとっての最後」に他ならない。
ただ、この時ばかりはマミにとっての最後となってしまったのかもしれない。
「ガァ、ッハ……?」
真紅に染まった二振りの鎌が彼女の体を貫いていたのだ。
ただのネクロモーフが持つそれよりも長く、鋭く、強靭な鎌が、その背後に不死身の名を冠する最悪の怪物の体を控えさえ醜い眼光を光らせる。何もかもを等しく終わらせる怪物の魔の手は、救われるべき悲劇の黄色き蒲公英の命を無造作に貪り喰らう。
1の最後はお約束