技師の力は何が故に   作:幻想の投影物

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case32 Diver

 見滝原住人の避難所はほんの一分にも満たないうちに騒然とした。

 目の前に現れた近代的な鎧の人物。こんな非常事態で、ネクロモーフという恐怖の根源でもあるような化け物が徘徊する様な時勢になっている時に、突如として自分達の「未知の存在」である彼が現れてしまったのでは異質なものをよりいっそう警戒するに決まっている。

 ざわざわとこの場が懐疑的な感情一色に染まりきる前に、それからずっと離れようとしないとある少女が、彼が現れたと同時に自分の手に収まっていたメッセージを読んで、それをポケットに入れながら男の肩をゆすった。

 

「アイザックさん、大丈夫ですか?」

「……何故こんな目にあわなければならない。何をしたというんだ」

 

 まどかはかろうじて耳にした彼の弱々しい言葉に、ほむらに「彼を任せる」というメッセージを残された意味を悟った。いったいどのような事があればアレほどに頼もしかった人間が心を打ちのめされてしまったのかは分からないが、彼をこの安全な場所でどうにか元に戻してやってほしい、というほむらの気持ちよく理解していたと思う。

 肩を貸して持ち上げようとしたそのとき、報を聞きつけたのか恭介と仁美が並んで走ってきた。この未曾有の被害を食い止めるための立役者として顔が知られていた二人を見つけた人々は、つまりいきなり出てきたこの鎧の何かは非常に重要なことだと感づいたらしい。

 

「まどかさん、お手伝いしますわ」

「志筑さんは左手持ってくれ。僕が体重支えるから」

 

 たかが子供二人を通すために、しかし人々はモーゼの奇跡を髣髴とさせるように道を明け渡した。女子中学生一人の腕力では到底持ち上げられないアイザック+スーツの重さを三人で支え、まだブツブツと何やらを呟いている彼を一般人の集まっている場所から遠ざけさせるのだった。

 

 避難所となっている場所は町の住人全員が退避できるほどの大きさであると同時に、何人かの個室としての機能を果たせる部屋、VIP席にも近しいもの、その他の生活機能を持った増設地などが設置されている。これもひとえに恭介ら財閥家の人間が動いた結果であって、来ると確実に分かっている大災害(ワルプルギス)に対する備えは万全であったがゆえの成功点とも言えよう。

 そのうちの個室としての機能を果たせる部屋に、子供三人がかりで運ぶにも苦を要したアイザックの成人男性らしいしっかりした体が降ろされる。何かにとらわれたかのようにブツブツと呟く彼は、どう見ても正気ではないと三人は判断を下した。

 

「彼はいったいどうしてしまったのか分かるかな?」

「ほむらちゃんからのメッセージは、その、アイザックさんを任せるって」

「任せるって、それだけかい?」

「うん」

 

 この正気を無くした人間の扱いなんて心得ているわけが無い。生憎と大人たちを頼ろうにも、突如としてネクロモーフをも飲み込んだ有機質の物体が壁を地面を伝って侵食してきているとの法があってからは、有権者や医師としての役割を果たせるような人たちは負傷者の手当てなどに駆り出されてしまっている。

 だから今この場でアクションを起こせるのは事情を知る自分達しかない。家族に対してはまどか、恭介、仁美三名ともにこの件に対して首を突っ込むことを許されているが、こういった精神的なことばかりは付き合いのある人物、つまり自分達ではないとならないのでは? そうした子供心な考えが三人の頭には浮かんでいた。

 とは言えども、どうすべきかという疑問こそあれどそこに至る方程式すら思いつかない状況下。アイザックが呪われた人形のように同じ言葉をブツブツと繰り返す気味の悪い空気を打ち破ったのは、すっと耳の辺りまで挙手を示した志筑仁美という少女だった。

 

「ひとつ、よろしいでしょうか? まずアイザックさんを何とかする以前に、アイザックさんが此処に来た理由がどうかお聞きしたいのですが」

「理由…確かにそうかもしれない。アイザックさんが持っている工具は魔法少女(かのじょ)達が使ったほうが協力だけども、アイザックさん自身がそこにいたほうが戦う意味がある。でも」

「えぇっと……ほむらちゃんが此処に送ったって事は、つまりアイザックさんの役割も終わったって言うこと、かな?」

 

 いいながら、ふっと喉から出てきた自分の言葉にまどかは驚いた。

 自分は、トロくさいはずだった自分はこんなにも何か突拍子も無いことに気づけただろうか、と。

 

「でも、自衛隊の人たちが焼いてるあの肉塊は魔女、じゃ無いんだよね?」

(わたくし)も又聞きでしかありませんが、あれはネクロモーフのほうが明るいかと思われますわ。さやかさんと連絡を取っていたときは吐き気を催すほど聞かされましたもの。しかしそうなるとアイザックさんがネクロモーフ関連で弾き出されるのは少々おかしな気も―――」

「ようやく見つけたよ。一般人から魔力の名残をなぞるのも中々に手こずってしまったね」

「っ!? あなた、キュゥ……べえ?」

 

 推論を並べ立てる中、突如として白い獣が姿を現した。

 真っ先に声を上げたまどかが声を張り上げたが次第に小さくなっていくのには、ちょっとした理由があった。なにもそんなに大げさにすることでもないが、あくまでインキュベーターという個体の中でキュゥベえしか見てこなかったまどかには、少し馴染みが無いという程度の驚愕だったのだ。

 

「あれ、なんか…違う」

「これは僕の劣化複製品さ。搭載された人格もすぐさま破棄される程度のものだから手短に彼について話そう。それから仁美、恭介、君達にも()()()()()()()()だろうから、よく覚えてほしいんだ」

「……あなたが、キュゥべえさんですのね」

「まどか以外、大した因果も持たない君達に視認できる肉体を作るのは本来是とすべきことじゃないんだけどね。契約は契約だ、履行するためにこちらから条件を整えてあげたよ」

 

 契約、というのは個人的なつながりを法律以上に深める行為を指すが、その内容次第では上下関係というのもはっきり存在する。今回さやかが持ちかけたのは彼女自身理解しつつも「インキュベーターに助けてもらう」という旨を形にしたものであるからか、この複製型キュゥべえの言葉は節々が上から目線にも聞こえた。

 もちろん、さやかが土壇場で交わしたインキュベーターとの取引や契約内容はまどか達にも伝わっている。一時的なものもあって恒久的な搾取関係を築かなかっただけ次第点ではあるが、大人たちに無計画さを怒られたさやかが一晩中起こられ続けたという裏話もあったりする。詳細は省かせていただくが。

 

「―――と言ったところだね。恐らくアイザックに刻まれたMarkerの呪いは消えることは無いだろう。もしかしたら、ここまで因果が絡みついた彼ならば僕たちを視認できる可能性もあるだろう」

「話は分かったさ。でもひとつ聞かせてくれ」

 

 そんな状態のキュゥべえからアイザックの現状に関して説明を受けた後に、恭介から意見が飛び出した。

 

「君達インキュベーターとしては、これから僕達にどう動いてもらいたいんだ?」

「この地球を破棄せず使い続けるために手を貸すという契約を履行する上での前提になるけど、やはり見込まれるのはアイザックの復活かな。Marker Killerとしての権限を持った彼がいることで、現在猛威を振るうHivemindの脅威を退けるのも容易くなるだろう。そうすればワルプルギスの夜に単身立ち向かっているほむらにもさやか達が向かえるし、余裕ができるはずだからね」

「それじゃあ、アイザックさんがこのような状態になっている原因そのものに関して話してくださいませんか?」

「手短に答えよう。恐らくアイザックは先の結界内部でMarkerに精神的な焼印を押されているはずだ。ほむらは魔法少女として魂が物質化されていたから免れたけども、アイザックは魂にそれを刻まれている。その呪縛さえ解けば、前進はするだろうね」

「キュゥべえ、立ち直るとしたらどれくらいの……」

「アイザックがこのままの精神状態なら、印を消したところで30%以下さ」

「……ねぇキュゥべえ、もし私が契約したら」

「ひとつ言っておこうまどか」

 

 意を決した、そんな雰囲気が見て取れるまどかの意気込みを正面から叩き潰すかのように感情無き声が降りかかる。はめ込まれたビー玉のように無機質で美しいその瞳からは、呑み込まれそうな威圧感が発せられていた。

 

「僕達インキュベーターは今後の決定として、鹿目まどかとは一切の契約を持ち掛けないということを協議で決定した」

 

 もしほむらがこの場にいれば、自分のもっとも厄介だった目標を終わらせることができたのだと狂喜乱舞しながら、それを何度もキュゥべえに確認しただろう。それほどまでの、衝撃だった。

 

「君が契約した際に生じる願いが何であれ、君の魂に縛り付けられた因果の量は測定値を大きく超えている。時間遡行者であるほむらがどれほど繰り返してきたのかは分からないけど、君と契約したとしても僕達インキュベーターは契約直後の魔法少女まどかの魔女化を止められず、そして魔女となった君の行動による宇宙全域の破滅を避けることはできない」

「…破滅? どうしてまどかさんが、そんな事に?」

「大きな魔法少女の才能を持った者は、絶大な力を持つ魔女を生む。あのワルプルギスの夜だってそうだ。せいぜいがスーパーセルと同程度の被害しかもたらさないワルプルギスに比べて、まどかの魔女は一秒とかからず僕らの母星がある宇宙まで破滅を送るだろう。つまり、ソレほどまでに君という存在は危ういのさ」

「じゃあ、もし契約したら」

「言ったとおりだよ。君の持つ因果がエネルギーとなってまどか自身を押し潰し、魔女という破滅を生む。そこに君の意思が介在する余地は無い。君は、放り込まれた砂の一粒が太陽で燃やし尽くされるまでの間に止めに入ることができるかい?」

 

 一瞬、という問題ではない。もちろん不可能だ。

 だから、「まどかの願い事を使う」という全魔法少女が持つはずの権利は今この瞬間からまどかの手から零れ落ちた。願いは叶えられるだろうが、その直後に宇宙全土を巻き込む終わりが来るのならばどのような願いであっても意味は無い。

 ある意味で、食事という目的すらないただの破壊であるまどかの魔女は、The Moonよりも恐ろしい。

 

「でもまぁ、僕の話はちゃんと最後まで聞いたほうがいいよ。君たちに聞かれたからには答えるしかないけど、そんな時間ももう無いはずだろう?」

 

 まず最初にキュゥべえの話を遮って質問をした恭介がまずその通りだと口を結ぶ。

 残る二人もまた、キュゥべえの提案に耳を傾け始めた。

 

「前置きが長くなったようだけど、君たち三人にはこれからアイザックの精神世界へ入って、Markerが精神へ齎す影響を弱めてもらいたいんだ。それから、彼が持っているいくつかの武器を携帯していったほうがいいね。もう時間も無いから、入るか入らないかはすぐ決めてくれ」

「そんなの、迷いなんてしないよ。ほむらちゃんがアイザックさんを任せるって言ったんだから、わたしはアイザックさんを助けたい」

「僕もさやかには負けていられないし、それに男なんだ。覚悟くらいは決めてるさ……志筑さんは?」

「わたくしは、遠慮させていただきますわ。恐らく皆さんの足を引っ張ることになるでしょうし、わたくしにもやることを見つけましたの。ですので行ってらっしゃいませ、御二人とも」

 

 やるべきことというのが気になったが、仁美の判断に異を唱える気もなかった。

 二人がアイザックの両隣に座り、キュゥべえの指示を待つ体制になる。

 

 そしてキュゥべえも時間が無いという言葉通り、その借り物の体はぎこちない動きになっていた。油を差していないのに無理やり動かしているような、そんな不自然な形。恐らく劣化した体とコピーしただけの人格では、劣化キュゥべえ自身も限界が近いようだ。

 

「当然ながら、君たちも精神をMarkerに曝す事になる。それだけは気をつけてくれ」

「分かってるよ、そんなこと。じゃあお願い」

「僕達は精神世界でどうすればいいのかな?」

「行けば分かるさ。武器を持つのは、恭介だけでいいんだね」

「ああ」

「それじゃあ、送るよ」

 

 キュゥべえのキネシスを搭載していたリングが怪しく光り始め、その光を見つめていた二人はガクンッと首を落として意識を失った。傍から見れば異常としか思えないような光景であっても、こうなる事をあらかた予想できていた仁美は冷静にその様子を見守り、精神世界に旅立った二人への激励を心の中で送る。

 そして力を使って崩れかけたキュゥべえへと向き直り、仁美は人生最大の緊張のあまりごくりと生唾を飲み込んだ。

 

「大方の予想はできているよ、仁美。後で僕の同族をこっちに送るから待っていてくれ」

「分かりましたわ」

 

 そう言って、劣化模造品のキュゥべえだったものはドロドロと内側から溶けて行った。

 一般人の目にも見える個体だったからだろう、証拠隠滅も兼ねて白い水溜りになっていたキュゥべえの遺体は、常温でそのまま気化して跡形も無く消え去った。

 ただただ、呪詛のようにアイザックが後悔と負に塗れた自傷の言葉を呟く不穏な空気の中、仁美はただただ、自分のすべき役割について、心の中で両親への謝罪を送っているのであった。




学校関連のゴタゴタと、ほかの小説もいくつか執筆進めてて遅れました。
真っ先に出来上がったのはやはりこれでしたけども。

予想していたよりも長くなりそうです。スッキリ終れる展開まで持っていくのが中々つらい。

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