新生活が忙しすぎて全く書く時間が取れていません。
遅筆ながらも、完結はさせるつもりです。
「これで私たちインキュベーターは見滝原の魔法少女に懐疑の目を向けられるわけか。あの子もこれからの面倒が引き起こすような事をしでかしてくれたものね。こちらとしては回収量も普通の子より少ないし、旨みの少ない話だったわ」
この町に来た、キュゥベえとは別の個体のインキュベーターが、その変わることのない蒼玉の瞳で光を反射する。女性的な口調で話すこの個体は、インキュベーターとはまた違った人の精神を揺らす手法を持っているのだろうか。
そんな彼女にとってキュゥべえ経由で任された志筑仁美の頼みごととは、本来なら契約にするに足りえない、無視すべき依頼であったともいえよう。
だが現在の魔女システムを取り込んだネクロモーフ大量発生によるグリーフシードの量産、そして回収量はこれまで地球が経験してきた戦争の時代より、ずっと多くのエネルギーを回収することができている。本来ならば戦時で起こる悲劇から生まれた因果と契約のエネルギー総量は相当なものであるが、現在はその量をたったの1週間かそこらで回収できているという異常さだ。戦場を上回る何かしらの発展など、それがどれほどの厄介ごとであるかを如実に表している。
無論、その分にまわすインキュベーター技術のエネルギーや宇宙の寿命の延びは類を見ないほどに上がっている。他の惑星の総量と合わせても、目覚しい伸びを見せている現状は多少のリスクはあれど最高潮とも言えるだろう。
だが、インキュベーターはこのネクロモーフ事変を早々に決着をつけるつもりであった。そのためならば、どれだけ因果の量が少ない人間であっても契約させ、戦力に加えるつもりでもあった。
たかが地球というひとつの「飼い殺しにしている
あの意思を持った、暴食の
場所は変わってアイザックの精神世界内。
キュゥべえ達が持つ、魂をもマテリアルに変える技術力では、人の精神に直接介入するなど容易いことであるというのか。まどかと恭介、彼らはまるで見滝原の魔法少女がMarkerの幻想世界に取り込まれたときのごとく、精神世界に着の身着のまま突入することができていた。中でも、唯一武器を持った恭介、細身で病み上がりの頼りない彼の手では、無骨さを主張するアイザックのプラズマカッターが赤いドロドロとした光を反射させている。
そんな精神世界の中は、アイザックの心のうちへと進入した彼らにとってはまさに地獄のようであった、といえるのかもしれない。
男の怨嗟の声が耳を打つ。すると、助けてほしいと狂ったように叫ぶ女の声が響き渡る。直後に肉が割かれ、血が飛び散っては滴る音。怪物の咆哮は耳どころか心を直接ゆさっぶった。むわっと広がる生臭い臓器の匂いと共に、怪物の腐臭が漂う世界は吐き気を助長させる醜悪さを増していく。
世界は
気の狂いそうなほどに赤々しく、頭がおかしくなりそうなほど断続的なフラッシュが焚かれている先の光景は、ただの少年少女でしかない彼らにとって正気を失いそうになりそうな程。世にまかり通り得ない超常的な凄惨を凝縮された異界。
胃の奥から込み上げる酸っぱさと熱さを覚えた彼らが、手を口で覆うことに何の罪があろうか? いや、ありはしない。それが正常な人間としての反応であり、正気を保った善人の行動として当たり前である。
ただただ、そんな直接的に見ているだけでも狂いそうな光景を精神の中に植えつけられたアイザックこそが、この時において最も哀れであると言うべき者であろう。
「恭介くん、どっちに行けばいいのかな…?」
「分からない」
歩く二人は、そんな会話を交わしている。不安げに、されど歩みを止めず。
彼の背に従うようにして、必死に会話で気を紛らわせようとしたまどかが尋ねるも、そもそも視覚と聴覚から感覚に訴えてくる嫌悪的な光景を紛らわせようとするのは恭介も同じ。ただただ、感情の込められない声で己の無知を口にするしかない。
それでも前進は止めなかったのは、彼らが己のすべき役割を理解していたからなのだろうか。びちゃびちゃと鉄骨を踏み鳴らし、カツカツと肉床を歩く彼らはどんなに不快な思いを抱こうともただただひたすらに歩き続けた。もうそれしか道が残っていないということは、彼らだって本能で理解していたのだから。
そもそも、不完全な劣化クローンの体を使ってきたキュゥべえに送ってもらったこの精神世界、戻る方法などは聞かされていない。技術的にも、ファンタジーな人外の力を操る術すらも持たないただの人間であるまどかと恭介には、この世界からどう帰還すればいいのかすら想像にもできない。
単に言われたことを実行するため、まずはその理由から探すことを強いられている。打ったことも無い不慣れな「武器」を持ちながら、上下左右という概念すら存在しない無重力なのに足が地に着く空間を探索することしかできていない。
不思議な空間、人の精神とはかくも不可思議であり、他人には理解できないということの表れなのだろうか? いや、このように捻じ曲がったのはアイザックという人物の性根が齎したのではない。狂人のように変えてしまったのは、まぎれもないMarkerの仕業であると言える。
そう考えると、キュゥべえへの質問中にアイザックが一度Markerの作った空間に入ったということで、あえて壊されるために……いや、アイザックの精神へより深い軛を打ち込むためにMarkerはわざと大きく存在を自己主張したのではないかとも考えられる。事実、細心の注意を払いながらも他人の機敏には中々に聡いものを持っているまどかは、そうであるとちょっとした確信のようなものを持ち合わせていた。
だからといって事態が好転するわけでもないのが現状。これから起こりうるのは、おそらくアイザックの精神世界へと入り込んだMarkerとの戦いであろう。頼りない、それもヴァイオリンくらいしかもったことのない脆弱な男子、恭介一人では心もとないにもほどがある。たとえ、その手に握られているプラズマカッターが数多のネクロモーフを葬り去ってきた実績を持っていたとしても、その選定が必要な英雄の剣を農民が使いこなせるかどうかは話が別だというのと同じ理屈である。
トリガーを引く、という行為をたとえ遊びの範疇でもしたことのない上条恭介。所謂お坊ちゃんと呼称されるような身分に甘えていた結果が、現場に駆り出された時の弱さを露見させる原因となっている。だが、彼はそこで引くつもりも気兼ねすらも持ち合わせてはいなかった。彼は、ただひたすらに混沌と化した肉塊のこびりつく鉄製の砂の床板をギシギシと軋ませながら歩き続ける。矛盾の先にこそ、アイザックの精神が造りだす本当の姿があるのだと信じているから。
そしてこの騒動を解決する役割の一つを、自分が担っているのだという責任感から。
「……いたよ」
ぽつりと彼がこぼしたその言葉。彼はアイザックのかき乱された世界の中で、ようやく「らしき」物体等を見つける。そう、あくまでもそれらしきもの「等」であった。そういえるのは、アイザックだと思わしき強化スーツの残骸が散らばっているから。そして、そのスーツは一着ではない。すべてにアイザックだった肉塊が入っており、未だ血液らしき液体をまき散らしている中身入りのヘルメットだけが転がっていたりしている。
これらはすべてアイザックの死体だった。それも、ネクロモーフが原因の他殺や彼の経験した石村での事故死の可能性、それらすべてを肯定し反映した死に化粧。叩きつけられたように胸部から四肢が爆散したものや、損傷を負った後に背後から一突きされたのか、胸から噴水のように赤い液体と肉片を吹きだし続ける右手のない像。首が近くに転がっている、四肢すらも全てもがれた不可解な状態なものもあれば、逆に挟み撃ちにされて潰されたのか原型はスーツでしか判別できないほどにぐちゃぐちゃになったものさえある。
一体いくつの人型だったものが転がっているのだろうか。恭介は、それらを見るたびに吐き気を催しながら数えていたが、およそ30以上のカウントののちに無駄なことだと思考から消し去った。ネクロモーフの散乱現場を見ていたからこそ、吐き気で収まったのがまだ幸運といえただろう。少なくとも、敵の懐に入り込んでいる状態で油断という感情を見せなかったのだから。
しかし、まどかは違った。彼女の役割は、恭介よりもかかわりがあり、尚且つアイザックの直接の協力者であるほむらの保護対象であるという接点から、役割を思い出させてアイザックの精神を復帰させること。だからこそ、それだけだった。
心優しい、と呼ばれるくらいには彼女の人柄は温厚で、少なくとも争いごとに首を突っ込みなれているというわけではない。それどころか、重症の患者すら見たことのない一般人の中の一般人である。通常の少女らしい感性を持つものに、このようなグロテスクな光景を見せたらどうなるか? 結果はお察しの通りである。
死体の現場にて甲高い悲鳴が響き渡った。それは、息をひそめてここまで来たという事実を破壊するには十分な要素であり、精神世界とはいえ殺されれば自分の精神が破棄されるという事実と同義。
放心。あまりにも無防備な彼女が晒した隙は、命を奪われても全くおかしくはない時間を作る。そう、そしてあまりにもあっけなく、主人公になれたかもしれない彼女の命は脅かされた。死角を把握する知性無き化け物の爪によって。
同時刻、なおも肥大化を繰り返すHiveMindは人間一人を磨り潰すのに必要十分な質量を兼ね備えた触手を生産する。魔法少女たちがその身を空で躍らせながら切りかかり、脆く体液が凝縮された弱点となりうる部分を抉って撃破するも、魔力の供給が速いのか、町を飲み込み無機物すらも栄養分と変えているのか、心の総体の名を持つ肉の塊は街へネクロモーフを解き放っては自らがそれを飲み込むという矛盾を繰り返し肥大する。
その外では、対応の仕様がない自衛隊などがとにかく試作量産されたプラズマカッターの原理を応用した武器を乱射するも、いかに怪物専用に出力を上げたその武器があろうと既存を上回る質量は破壊よりも素早く己の大きさを増していく。
圧倒的な絶望が人間たちを襲う中で、その町の中心部を狂ったように乱舞する。怪物たちと似たような、疲れを常に癒し、欠損をその場で再生させることのできる怪物モドキ。しかし、それでも彼女たちの心の疲労だけは、すぐに癒せるものではなかった。
ここで話は変わるがネクロモーフ、いやMarkerの関連する敵対する怪物たちには共通点が存在することが多い。それは、大型になればなるほど一つだけ変わらないことがある。それは、敵に「弱点」が存在しているということだ。黄色く、膿の集まったように醜悪な肉膨れ。しかしそこには生命……と呼ぶべきかも不明な、とにかく肉体を動かすのに必要なエネルギーを供給するような構造でもしているのだろうか。そういったものがある。
ここで話をもどそう。当然、この魔法少女たちもアイザックに教えられ、そして共に点在したMarker魔女結界を今日に至るまで破壊し続けてきたがゆえに、彼女たちもまたHiveMindの中核と呼ぶべき黄色い6つの目のような弱点を狙っていた。普通の人間とは違い、まるでお伽噺の中の英雄のように空中を跳ね回ることのできる彼女たちは、獲物に違いはあっても普通の人間と違って銃でしかその高い位置にある弱点を狙えない……ということもない。しかし、だからこそだ、その弱点が分かっているから、何よりもひどい心労が重なっていく。
そう、狙えないのだ。手に届きそうなところにあって、すでにいくつかその弱点を破壊している。時には足を囚われて宙づりになったさやかから、未だ負傷の言えないマミが自由落下しながらも弱点を狙い撃ち、すでに半分ほどは破壊に成功している。だが、それまでだ。
それ以上は、敵の肥大化する速度が勝っていた。
どれだけその弱点をカバーしようとする触手を倒しても、あまりにも巨大に過ぎる肉塊は破壊したとしてもその巨大さ故に逆に鉄壁の守りを固める一つの壁となってしまう。こうなっては、もはや全体的な面破壊に特化したマミの砲撃は意味をなさない。だからと言って貫通力で言えば杏子の槍が挙げられそうなものだが、そもそも槍一本分のリーチでは人の肉に爪楊枝が刺さるようなもので、貫通するにも届かない。ほむらが託されたコンタクトビームだって、チャージしてもせいぜいが一本を破壊する程度。次のチャージを終えるころにはまた新たな
つまるところは、終わりの見いだせないイタチゴッコ。
よって、戦いは更なる混迷を極めていた。
「……くそ」
ひときわ、青色の髪を揺らす者が少女らしくもなく舌を弾いた。
これまでに破壊された身体部分はすでに自分の肉体数十個分にも到達するだろうか。避けきれず、奪い返せず、どうしても腕一本単位で絶えず肉体を損傷する怪我を負ってしまうのは、魔法少女になって日が浅く戦闘経験による身のこなしを覚えきれていないからだろう。
だが、このネクロモーフもビックリなゾンビ戦法はもうあまり意味をなさない。回復した分、ソウルジェムを侵食する範囲はそれなり以上である。加えて完治していない先輩魔法少女を背負っている分、普段の動く速度を出せないのだからどうしても被弾は多くなってしまう。
そうしている内に、貯めに貯めたはずのグリーフシードは尽きかけてきていた。返信後のマントに括り付けるように、まるで一時期流行ったジャラジャラのシルバーアクセのようにマントの内側へ縫っていたグリーフシードも残りわずか。背負ったマミの言葉によれば、残るはたったの10個らしい。
贅沢なものだ。普通の魔法少女が、1週間~1ヵ月をグリーフシード1つで乗り切るのに対し、現在は大盤振る舞い。魔女化ネクロモーフが落としたものも、普通の魔女が落としたグリーフシードでも、その回復という名の消費量は変わらない。つまり、自分はそれだけの燃費の低さを誇っているということになる。誇りどころか汚点であり、致命的なのが救いようがない。皮肉、とでも言ってやりたいものだ。
そして何より、マミもまた砲撃を繰り返すうちに魔力を消費し、その魂の器へ穢れを集めている。前の、結界の中のMarker狩りならばネクロモーフが無限に落としてくれていたけれども、今となってはそのネクロモーフを吸収してしまっているのがこの敵だ。
また一つ、触手を避けて体を回す。ようやく足の治ったマミが離脱し、自分は唯一の武器である白銀の大剣を取り出した。
「いままでありがとう! すぐに決めるわ!」
「無理しないでください病み上がりなんですから!」
「玉砕覚悟は―――」
剛、と。図太い触手が振り下ろされる。風の音が先輩の声をかき消した。
構わずあたしはそれを蹴って、反対方向へ身を繰り出す。何もない中空へとのがれたあたしを愚かとでも思ったのか、あのデカブツは顔をこちらに向けながらいつの間にか無数に増えていたそれらを集中させてきた。
でもね?
「よくやったわ、美樹さやか」
か細く、それでも確実に届いていた。赤黒く、巨大な有機体としか言いようのない触手で包まれ、肉を絞り潰される彼女が一時的に意識を失う直前に聞こえたのはいけ好かないと思っていた転校生の声。
「ほら、行きな!」
隠していたのは佐倉杏子。よしとしなくなったはずの幻術はここにきて復活した。
現れてなお長い黒髪をはためかせ、明かりの落ちた夜の街に溶け込むように彼女は走る。盾から零れ落ちたのは、魔力で強化された「独創的な芸術作品」。それらを敵の窪んだ一部へ放り込み、あっという間に離脱する。岩石雪崩渡りを彷彿とさせる立体的な機動によって敵の体を足場とし、再び夜の空へと溶け込んだ彼女は光り輝く太陽のような光へ一撃を任せた。
碌な作戦も立てていないのに、まるで流れるようなコンビネーション。青から赤へ、赤は黒を包み、黒は金へと手を変える。最後に任された黄金の徒は、さやかから譲り受けた3つの漆黒に染まったグリーフシードを投げ捨てながら砲の火を灯した。
曰く、其れは太陽の炉心。
曰く、其れは我らの心。
曰く、其れは希望。
本来ならば扱うことも、拝むこともできそうにはない。究極にて至高の魔力は我々の理解を超え、共に戦う魔法少女の期待を受けながら暴発したのではないかとも錯覚できる暴虐の音にて世界を波打たせた。
―――ティロ・フィナーレ
まさしくそれは敵の「最期」。
弱点なんてどうでもいい、そういう結論に達した者たちが送る荘厳さを欠くグランドフィナーレ。質量を持った光という、ありえない表現が似合いそうな極太の炸裂閃光は、眺めるだけで敵の網膜を焼き切った。あまりの威力に、危険さを感じた砲手その人すらも他の魔法少女を率いてその場を逃げ出していく。
それは、弾着。
音をかき消す新たな騒音。光を上塗りに鞣す閃光。ドーム状の炸裂は、一瞬のうちにカバーを失った球体の水のようにあふれ出した。灼熱の魔砲にて、キャパシティを超えながらも穢れを癒し続けた矛盾の一撃。ソウルジェムにひびが入りそうな痛みを堪えた砲手はいかなる精神を以て撃ったか。
しかしその願いは報われた。恐るべき轟音は見滝原を超え、周囲の避難民たちの網膜と鼓膜をも震撼させ、最高潮に上り詰めた花火のように掻き消える。その存在を消し去ったかの光は、敵をも道連れに無の境地へと連れ去ったのである。
道路に残る、知性無き有機体。ビルにへばり付く、制御されぬ肉片。ネクロモーフにすらなれなかった、Markerの操作権限を外れた
今回地の文だらけだった。
さて、アイザックさんの到着を待たずに倒されたHivemindですが、これはどのような展開になるのか。
まだまだ残したフラグ回収もあるので、頑張りたいものです。