一応case37が最終話になるのかな
HiveMind撃破の一報は見滝原に応援に来ていた自衛隊、そして住民たちを歓喜に沸かせた。だがこの後待ち受けているのは最後の魔女。今度こそ普通の人間でしかない者達には見ることも叶わない非現実的ながらも実在する幻想だ。
空間を裂いて、引き連れた道化師やグロ華やかなパレードとともに現れたのは、逆さまになった魔女。人らしい上半身と舞台装置の名に恥じない大きなコマのような歯車の下半身。作りかけて放置されたかの如き様相は、やはり不定形な負の感情の権化たる魔女に相応しい姿だった。薄気味の悪い塗られた唇の絵は口に張り付き、絶望を携えて狂喜の笑みを轟かせる。
圧倒的、そして超弩級のサイズを誇る「彼女」はまるで太陽のように空間を歪ませ、存在する周囲を白く濁らせていた。それは存在感の大きさゆえか、はたまた別の何かか。
HiveMindとはまた違った、魔法少女たちが立ち向かうべき原点。その太古より存在し、ありとあらゆる魔法少女の討伐を免れ生き延びてきたであろう文明の破壊者。だがそれでも人類が存続しているのは、その度にこの魔女の力を抑えるものが居たからだろうか。
「こんどこそ、眠らせてあげるわ」
黒い髪をなびかせながら、彼女自身の因縁をつけてほむらは言う。
もはやその手に持つのは人を殺す程度の威力しかないハンドガンや、人の創りだしたものを想定した兵器ではない。宇宙を開拓する時代にて、その広大なフロンティアに手を出した人類が生み出した対物工具。あらゆる障害を取り除き、人類が足を踏み入れる場所を作るためのそれは、ただ殺すことを目的としたただの兵器とはまた違う感触を、彼女の手に与えていた。
ちらりと横目に見れば、先の言葉に頷き剣を握りしめる仲間や、地面に突き刺した槍に器用にもたれかかる協力者。そしてあらゆる困難と事実を乗り越え、再び戦場に立つことを決意した守護者。
その誰も彼もが、この戦いに臨むにあたって覚悟を決めている。そう、生還する覚悟を。
更に、今回ばかりはありえないはずの協力関係になったものもいる。
それぞれの戦士たる彼女らの足元に、ひょっこりと現れたそれらはまるで双子。クローン技術によって生み出された仮の体に、コピーして貼り付けられた意志を持つ宇宙の調停者を自称する生命体。
「驚いた。まさかHiveMindを退けるなんて。簡易とはいえシステムを利用したMarkerも破壊する。君たち感情を持つ人間の、可能性というものを見せてもらったよ」
「あいも変わらずの上から目線ね、キュゥべえ。少しは遠慮を覚えてはどうかしら」
「だからこそ惜しい。もっと早く、君たちの中に力を持つものが現れてくれれば良かった。The Moonを倒すことすら出来そうな人間という種族の可能性を見出すことが出来た」
「いつだって世界は、手遅れになってから進化を提示するわ。私たちは運良くそれを掴む事ができただけ」
「追い詰められた末の進化は、どの星でも変わらない。だけどそれゆえに僕たちは滅びを回避した種族には見切りをつけなければならない。僕ら自身が滅ぼされる火種になるからね」
キュゥべえの背中の模様。そこが蓋のように開き、大量のグリーフシードが吐き出される。ある程度までエネルギーを吸われてなお、まだグリーフシードとしての形を保っているのは彼らがそういうふうに扱ったからであろう。
総数は10個ずつほどか。ばらつきはあるが、それらが埋められた同一デザインの黒いベルトとして受け取った魔法少女たちは、迷いなく各々の好きなようにそれを体に巻いた。
「本来なら、そんな未来を回避するため僕はここで君たちを魔女にする必要があるんだ。でも、さやかとの契約もある。加えて宇宙のエネルギーを浪費して、補填もできない災厄の月たちを駆逐する可能性がある種族は、とても貴重だ。これからは簡単に使い潰すことはできなくなった」
ワルプルギスの夜が生き延びて、そしてこの地球が滅びずにいたのは、インキュベーター本星にて行われた最高峰の演算、その出力結果に基づいたインキュベーターたちの行動と、それに踊らされた魔法少女の活躍があってこそだ。
こうして現出するだけのエネルギーを吐き出させ、魔法少女は魔女に変え、そして貴重なエントロピーを凌駕するエネルギー産出元たる人類を生き延びさせる。それをずっと繰り返していたからこそ、この時までワルプルギスはインキュベーターの都合のいい舞台装置――デウス・エクス・マキナ――として使われ続けてきた。
だが、それももう終わり。
「正直なところ、100年期の予定に無い行動が起きている以上、プログラムの変更もできていないから君たちの勝機は少ない……と言いたいけれど」
破壊の波動はまだ放っていない。
敵を認識していないワルプルギスは、魔女の祭りの準備段階にある。
「今回ばかりは勝ってもらわなければ困る。そのグリーフシードも無駄にはしないでおくれよ」
「上等ッ!」
杏子が攻撃的な笑みを浮かべて、槍を引きぬき構えた。大剣を握り直したさやかは使ったグリーフシードをキュゥべえに投げ捨て、マミは一本のマスケット銃を磨きながら可笑しそうに笑みを浮かべる。
準備万端。戦うものは全て―――いや、まだ役者は残っているだろう?
「さて、さて、みなさん血の気があるようで。野蛮の限りですわ」
やけに響いたセリフのあとに、はるか上空から飛来したのは緑の髪を持つ少女。
容姿端麗、頭脳明晰、文武両道。お嬢様として育てられ、余すこと無くその才能を発揮し、家柄からの習い事の全てをそつなくこなす。されどその友人が如何に平凡であろうと、その差を感じさせぬ残念な性格。
拳にアンティークな文字が記された包帯を巻き、ふわりと広がるフリルの服、足の動きを阻害しないよう、ぴっちりと張り付いたスパッツと。ゲームから飛び出してきたような彼女は笑う。
「主役は遅れてやってくる、ですわ!」
「この場合主役はほむらじゃないの? 仁美」
まどかに代わって、第五の魔法少女―――ここに見参。
ガシャガシャと金属板の擦れる音がやかましい。吹き荒れる暴風の音にも負けず、廃墟同然の街となったそこを無様に駆け抜ける男が一人、脂汗を滲ませて、ワルプルギスの夜がいる場所とは
もはやアレはほむらたち魔法少女が片付ける問題だ。そして、自分が持ち込んだ問題はすでに片付けてもらった。何よりも、これから先を生きる強い意志を分けてもらった。絶望を与えて、希望をもらった。この不釣合いで一方に傾ききった天秤は、もはや覆すことは出来ないだろう。
罪深き自分という存在は、これ以上この世界にいてはならない。たとえ災厄の可能性がすでに存在していたとしても、自分の理から持ち込んだソレは、せめて自分で拭う必要がある。
「アイザック、君がなぜ僕を視認できているのかはわからない」
その男、アイザック・クラーク。彼はついに、キュゥべえを見て、聞くことができるようになっていた。その理由のほどは、もはや究明するまでもない。大きく、そして一つにまとめられたアイザックから持ち込まれた災厄たるHiveMindが討ち滅ぼされ、アイザックが乗っていた脱出艇は修復された。ならば、何の手違いか迷い込んだこの過去の可能性の世界から、はじき出されようとしているのだろう。
彼の立つ世界がずれかけているから、同じくズレた認識の外に存在するキュゥべえが解るようになった。ただ、それだけのことだ。
「そしてアレはもはや彼女たちにとっては相手にもならない。むしろ、生身の君が相手取ることは非効率的だとすら言える。多少放置したところで、閉鎖されたこの街で侵食される者も居ない。それでも君は挑むのかい?」
「そう、そうさ。その通りだ」
だれとも知れぬ路地裏は、最初に彼がHunterを解体した場所。
そしてさやかが見つけた、最初のネクロモーフ結界が生成された路地裏だ。
そこは怪しげな結界が再生していた。だが、奥から感じる嫌な気配は……度々入り込んだあのMarkerの意志が感じられない。まだ出来立ての、ネクロモーフが増えることもない、たった一匹のソレを投資として、機械設備が動き出す前の建物としての役割でしかない結界。
だが入り込んだのは、彼の世界から何の因果か迷い出た、不死身の怪物。幾度殺されようともバラバラになろうとも、妄執に取り憑かれた狂科学者のように己の存在をやめないHunterの逃げ場だった。あの時破壊したと思われた結界は、その実破壊を免れコピー元としてあり続けたのだろう。だから見滝原各所にMarkerのある結界が増えた。
これを再度発見したのはキュゥべえで、それを教えたのはアイザックだけ。
「それでも私はやらなければならない」
「やっぱり、理解できないね」
感情を持たないというよりは、持てないのか。このいびつな知的生命が発展した歴史や背景がどんなものであったのか、すこしばかり気になったアイザックは、今となっては全てが無駄なことだと首を振った。
幾度の戦いで破損したスーツはもはや使いものにならない。性能もよく、ネクロモーフの肉片に挟まっていたクレジットをかき集めて購入した石村屋特性の強化スーツはすでに廃棄し、アイザックが今着ているのは初めてUSG石村を訪れた際の、作業用エンジニアスーツ。宇宙空間や突発的な事故を考えられて簡易的な防御力はあるが、これまで着ていたものに比べればそれは雲泥の差。
闇夜に浮かぶ青い光。
顔面を覆う三本の発光線。
無骨で、ところどころに年季の入った小さな傷が目立つ金属フレーム。
防護の金属板は古いもので、錆ついている。
脇下や関節部分は簡素な作り。ネクロモーフの爪は容易く貫通するだろう。
「じゃあ、開けてくれ」
「彼女たちに伝えることはあるかい?」
「いいや、残せるものは残したつもりだ。俺が死んでいた時はまぁ、無様だと笑えばいい」
「そんなことで感情が発露できる訳がないよ」
「は、ははははは……そうだな。ははは」
ひとしきり笑って、アイザックは結界の中に消えていく。結界に沈みゆく彼の姿を最後まで見届けたキュゥべえは、何も言わずにその場を去った。
結界を抜けてすぐ。アイザックは待ち受けていたスラッシャーのような黒い肉塊を発見。Hunterの成れの果てなのか、再生能力もすでにほとんど失っているのか、もはやそれらは定かではない。
「Fuck!!」
だがそんなことはどうでもいい。アイザックはすぐさまプラズマカッターを連発する。ただの弾丸よりも高速で飛来した青白いエネルギーがHunterの残骸に直撃し、その首をはねようとした瞬間―――アイザックの見ていた肉塊のような視界は一転する。
Hunterを中心として背景が吸収され、無機物と有機物が融合した十数メートル程度の小さな足場が出現。この小さな世界の中心には真っ黒なMarkerが聳え立ち、そこからぞわぞわと、輪郭もおぼろげな影のようなバケモノが生まれる。
化物はスラッシャーよりも脆く見えるが、発達した鋭い爪は肉体どころか精神ごと切り裂いてしまうようなプレッシャーがある。
「チッ!」
だがアイザックはすぐさま気づいた。荒々しく発光するモノリスのようなMarker。それが鼓動のような音を立てて先ほどのバケモノを創りだしたことに。
「あれか!」
化物はプラズマカッターの照射を受けるが、一発では手も千切れなかった。舌打ちを一つ追加して、倒すことよりも行動不能にすることを選択。もやのような薄い存在だと言うことから衝撃波を発生させるフォースガンをRIGから出現させ、片手で抱えて引き金を引いた。
しかしモヤのようなネクロモーフはほとんど吹き飛ばず、多少その歩みを止めただけ。唸り声のように響く咆哮を上げて手を振り上げたネクロモーフはアイザックに刃を振り下ろして来たが、効き目が薄いとわかった瞬間アイザックは回避行動に映っていた。
一瞬の判断が怪我や不利に繋がるということを知っている。それに加えて、これまでと違い完全に一人での戦闘でアイザックの精神は張り詰めた糸のように鋭くなっていた。この程度の事態など予測の外にはならない。
不格好なローリングだったが、すぐさま態勢を立て直したアイザックはフォースガンの出力を最大にする。そして吹き飛ばした瞬間、フォースガンはスパークを起こし故障した。
震えてきたフォースガンをネクロモーフのモヤモドキに投げつけて、オーバーヒートを起こしたフォースガンをプラズマカッターで狙い撃つ。
エネルギー同士が作用して、大爆発を引き起こす。今度こそのけぞってモヤが散り散りになって消えたネクロモーフが再生されないうちに、アイザックは発光するMarkerを狙い撃った。
「Ahhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhh!!!!!」
腕にかかる負担を無視して、新たに取り出したラインガンと同時にプラズマカッターを引き絞る。大きさの違う2つの青白い光がMarkerに直撃し、その堅牢な構造に少しの罅を入れ、破片を少しばかり撒き散らすに留まった。
「まだ足りないだと……!?」
一撃で壊すつもりだったが、今まで戦ってきたMarkerよりもずっと硬いそれにファックと吐き捨てて、発光が収まったMarkerは再び先ほどの化物を生み出した。輪郭もぶれている怪物であるくせに、鋭い眼光ばかりが光っているのはなんとも不気味だ。
精神世界と物質世界が混じったような空間での戦いに、アイザックはいつもどおりだとこれまでどおりに行動を開始する。不活性状態のMarkerにプラズマカッターをもう一度放つが、破片も飛び散ること無く無傷にてそびえ立つ。
となれば、これまで戦ってきた大型のネクロモーフのように、発光している間が勝負の決めどきだと判断する。ラインガンのマガジンを装填しなおしたアイザックは一度プラズマカッターを仕舞い込んで、モヤのようなネクロモーフを再び攻撃する。
持久戦が続き、RIGの生命補助も生来の体力も尽きてきた頃だった。対するMarkerはついに外郭を吹き飛ばされ、その内側の構造が見えるまでに破壊されている。だが、それでも最後のあがきと言わんばかりに網膜を焼くような閃光を放つ。
もやで作られたネクロモーフは2体。ヘルメットの中からそれを睨みつけ、感覚の無くなった左肩から手の先まで、エンジニアスーツの補助機能で左腕部分の空気だけを排出し、締め付けるように固定する。
「クソッタレがァ!!」
まどかたちには決して見せないような汚い言葉で立ち上がったアイザック。もはや装填も難しいラインガンを連発して、奇声を上げて飛びかかるネクロモーフにカウンターをぶちかました。飛びかかってくる以上、地面で踏ん張るよりも容易く吹き飛ばされた。
ラインガンを放り投げたアイザックは、最後に残ったパルスライフルの残弾を全て消費して、モヤのネクロモーフにとどめを刺す。
邪魔者も全て排除されたことに気づいた、Hunterが無理やりMarkerになったそれは焦るように強い発光と点滅を繰り返す。しかしアイザックにほとんど破壊されている以上、さきほどの二体の邪魔者が最後だったのだろう。このMarkerを守るものは何もない。
「ぉ、ぉ……」
先ほどのネクロモーフの処理に精神が疲れきったのか、頭のなかで聞こえたブツンと言う音と共にほぼ立ち上がることもままならない状況に立ち尽くすアイザック。ガタガタと震える手を動かすたび、耳から血が吹き出そうな嫌な感覚を味わう。
そのフォーカスをMarkerに合わせた瞬間、アイザックの人差し指が少しだけ動かされた。
それで、終わり。
――――キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!
「……あっけないわね」
髪をかきあげて、ほむらは半ば砲身がはじけ飛んだハンドガンを盾に戻す。
彼女たちの目の前には、装飾の全てに裂傷と弾痕。頭のような装飾は片方が消し飛んでいる。そう、完全に沈黙したワルプルギスの夜だ。
魔法少女たちの全身全霊をかけた最大の一撃ばかりを受けた結果がこれ。それこそ、ソウルジェムがグリーフシードに変わる直前まで濁ってしまうほど。そんな魔力と命を天秤にかけた一撃を放った魔法少女は無事に済むわけもなく、その精神の反転も考えられる。
と言っても、この見滝原の魔法少女はもはや人外と死を幾度も乗り越えてきている。そしてアイザックという大人や、仲間内での強い絆がソウルジェムの濁り程度で反転に至るわけもない。
「あー……ぅあぁ……」
「仁美? 仁美~? あー、だめだこりゃ」
憔悴しきった約一名を除いて、である。
そんな志筑仁美をさやかが背負いこんだ。
「これならHiveMindのほうが強かったわね」
立てたマスケット銃に両手を重ねて、その上に顎を乗せたマミがいかにも眠そうに言う。大規模な結界を連れてきた割には、あんまりにもあっさりと倒されたワルプルギスは彼女らの目の前で、その歯車のようなスカートの中身から徐々に消滅を始めていた。
地面に墜落した最強の魔女の最後。これまでインキューベーター敷いてきた情報統制から、たった一人二人の魔法少女では傷すらつけることが出来なかったという実績も、一撃に捨て身を重ねるようなアホらしい戦法の前には通用しなかったようだ。
「とりあえずそこの緑色回収して避難所に行こうぜ。キュゥべえがまたなんか言ってくれるだろ」
「それもそうね。それじゃあ戻りましょう」
「はいはーい」
「ぅぁ~……」
崩壊して粒子になったワルプルギスの夜。
されど、最大であり、最強の魔女を倒すことが出来たほむらだけは、少しだけ違和感を感じている。強大な力を持っていたのは認めよう。それに値する一撃が死につながる攻撃をしてきたのも今までどおりだ。
だが、それにしたって……脆くはないだろうか?
「でも、すべての時間軸が一緒なわけではない……わね」
ほむらのつぶやきは、自らを無理やり納得させるようなもの。だが、倒した以上はもう事実は覆せない。もっとつよくなってから出なおしてこい、何て事をいう訳にはいかない。不謹慎にも程があるからだ。
「ほむら、何してんの?」
「なんでもないわ。今行く」
害意の込められたスーパーセルが去り、見滝原町には平和が訪れたのだった。
見滝原町、には。
Markerは光り輝く。Markerは発信機。
もはやこの件に関わったもの全てが知る当然の知識である。
それによって大いなる月が目覚め、食事をするために訪れる。
これもまた、知られている。
さて、先ほどのアイザックたちの最後の戦い。
一体何が起こっていただろうか。すぐに、分かるはずだ。
予定にはなかったんですが、やっぱり原作の脚本家様が気になったので。
ほんのちょっとした試練を付け加えてみました。