技師の力は何が故に   作:幻想の投影物

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全然進んでないのに長くなる……


case04

 鮮血が飛び散り、腐りかけた肉片が降り注ぐ。腐臭は吐き気を催す規模にまで進行しており、すでにその臭気を発するものが物言わぬ肉塊でしかないことをたった一つの感覚だけで悟らせることができよう。

 しかし、である。それはただのフェイクであって、それはひたすらに動いていた。以上発達した骨を鋭くとがらせ、より圧縮して押し込めたような鉄すら切り裂くことが可能になった爪を振りかぶる。地に濡れた衣服の下には変形して赤子の手よりも小さくなったり、腹と一体化して押し込められたような腕が見え、それがもともとは人間だったことすらうかがえるのだが、躊躇してはいられない。

 

 ―――グヂャァッ!!

 

 男は叫び、憎しみと悲しみを持って引き金を引く。その引き金のある鉄の塊で相手を殴り飛ばす。鋼鉄の足を以ってその肉を蹴り飛ばす。重作業にも耐えうる未来の作業着は彼の動きを補助し、殴り飛ばしたそれを文字通り粉々に余すことなく粉砕する。倒れたそれにかける追い討ちの踏み付けを、四肢の一部を捩じ切るまでの威力へ強化する。

 「四肢」。

 そう、その四肢を切り取ることが、人道を完全に無視した死体損壊の一撃こそが真に有効で決定打となりうるのは皮肉としか言いようがない。だが、戦闘する彼はそんな涙を呑む時期はとっくの昔に体験していた。

 これはただの敵。ただの化け物。そう思って、そう思い込んで、容赦なく全体重をかけた踏み付けで四肢をもぎ取り、青白い高熱の刃で五体を爆ぜさせる。持ち替えた大型の銃にエネルギーを込め、周りの瓦礫ごとそれらを一掃して吹き飛ばした。

 動く変形した死体は、その心臓の動きを止めたことには変わりがない。黒く参加した血液がべっとりと返り血となって降り注ぎ、彼の体に人殺しの罪を押し付けるようにして張り付いていく。

 

「洗浄開始」

 ―――Standing by_READY

 

 彼の着ている未来の作業服は、音声認識で持ち主の声にこたえてスーツの表面を洗い流していく。装甲が張り付けられた表面の隙間から清潔な洗浄水が流れ、なすりつけられた罪のような血液を足元に押し流し、押し流し、彼は悪くないのだと味方する。そんな持ち物に対する彼自身は、酷い後悔と胸糞の悪さを抱えたまま、ビルの狭間に消えていった。

 あとに残されたのは、つい数分前まで人間だったものの黒ずんだ血肉と、その惨劇を作り出した不格好な陸上のエイの亡骸。また一つ、人間の街を脅かす怪物たちは闇の中へと葬られるのだった。

 

 

 

「お帰りなさい、アイザック」

「……ああ」

 

 臭いは残っていない。清潔そのものの見た目であるが、確かに血の通ったものを殺してきたのだという空気をまとわせて、鉄の精神を持った男は帰ってきた。ただ一人だけ、死のカーニバルと化した宇宙船から生き延び、恐らくは逃げ延びた時に潜んでいたのだろう、「ネクロモーフ」と呼ばれる怪物に襲い掛かられ、いつの間にか彼の主観ならば過去であるこの見滝原の地に投げ出されていた不思議な男。

 彼の戦い方は人間の反応を超えない、魔法少女たちにとっては鈍重なものであるにもかかわらず、不動の精神、動じない構え、そして確実に弱所を見抜く驚異的な洞察力によって魔女や怪物相手でも大立ち回りが可能な実力を持っている。

 彼は、私にとってのイレギュラーであり、希望となりえる存在。少し境遇は違えど未来人というあたりも共感は持てるし、何より害もなく人当たりのいい性格は好感さえ持つことができる。それ故に、その命が失われることがあれば心の隙間も大きくなるだろうが、そんな絶望はいくらでも味わってきた。どんな時空でも、あきらめずに前へ立ち向かう。彼と私に共通する意思さえあれば問題はない。

 問題は、彼の力がワルプルギスと言う巨大すぎる敵に通用するのだろうか――

 

「アケミ、私の顔に返り血でも残っていたか?」

「いえ。それより、次の予定が決まったわ。多分、巴マミについていくと昨日襲われた薔薇の魔女本体を倒すと思うの」

 

 内心の疑念を隠し通し、彼女は平静のままにアイザックに次の決定事項でもある予定を話して行く。アイザックは彼女の話でほう、と息をついてテーブルに身を乗り出した。

 

「それで」

「基本的には今までと一緒。一、まどかとキュゥべえを契約させない。二、決して一般人に怪我はさせない。三、あわよくば私と巴マミに話し合いの機会を設けさせてほしい」

「つまり、倒した直後の気が緩んだ時に語りかけ、心の隙間を突けと?」

「身も蓋も無い言い方をするならそうなるわ。多少の人心掌握術は使って行かないと、下手に錯乱させて此方の立場が危うくなる。相手も魔法少女、魔女を葬る実力を持つと言う事は、私の隙を突く事さえ可能になるから」

「結局、人間同士が一番の敵か。…どこも、変わらないな」

 

 宇宙への開拓を進めるにあたって、アイザックはこの地球の未来の史実を見て来た事になる。普通の中学生ぐらいにならった歴史には、この地球を離れる手段を開発した者に宗教的な観点で罰当たりと言いながらわめき散らし、大惨事を起こしたユニトロジストの原典になりそうな者もいた。

 そう、結局は自分の意思と反する事があれば気にいらないと言って反発するのが人間だ。そこに正義と悪は無い。ただ、意志と思想の違いがぶつかるのみ。人数と一般観衆の意見反映が多い方が正義で、少ない方が悪なのだ。

 

「とにかく、私は学校に行ってくるわ。此方からも有効なアプローチは入ったと思うし、後は少しずつ……まどかと話をしないと」

「言葉もまた、人類が編み出したコミュニケーション。黒人も白人も同じく英語を使うように、君の言葉も彼女に届く事を祈らせて貰うさ」

「ふうん、でもそれじゃ、私とまどかは対立するってことかしらね?」

「まさか! そんな意味で言ってはいない。たとえ話だよ、あくまでな」

「分かってるわ。ちょっとしたジョークにしては、随分とブラックだと思うけど」

 

 アイザックは叶わない、と言った風に小さく笑った。そのまま立ちあがり、彼は部屋の奥に作った専用のスペースに歩いて行く。

 

「私は向こうで作業を続けているよ。また、時間が来たら連絡頼む」

「了解。苦労を掛けるわね」

 

 すんなりと労わりの言葉が自分から出てくることに驚いたが、それだけこの男がフランクで、フレンドリーで、まどか以外には凍りつかせたはずの心を開いてしまうイレギュラーなのだと考えられる。

 この位に因果が捻子曲がってくれるなら、せめてこの破滅の運命をも捻じ曲げてほしいものだと、切実に願いたい。もちろん、キュゥべえ以外に。

 

 ほむらは制服の皺を伸ばし、三つ編みの名残で跳ねた長髪を整えると玄関に向かって歩き出した。目指すは見滝原中学校。まどかが日常を感じる場所で、悪夢の様な日々を感じさせない陽の場所だ。

 

 

 

 昼休みの鐘が鳴り響き、まどかの隣に居るさやかが大きく背伸びをする。真面目に勉強する気はあるのか、彼女のノートは途中まで書きかけた後は居眠りを決め込んだせいで鉛筆の線がぐちゃぐちゃとノートを汚してしまっている。それでも反省の色も無く、まどかに話しかけていつもの屋上で弁当に誘うのは彼女の明るさと言う長所なのだろう。

 いつもはその二人とくっついて楽しげに談話している志筑仁美といえば、用事があるのか珍しくお誘いを蹴ってそそくさと何かの支度を始めている。ただ、あの二人をいつまでも放っておくわけにもいかない。自分の姿をさやかに見せておく必要もあるだろうと、ほむらは「才色兼備の転校生」という珍しさから群がっているクラスメイトを押しのけながら立ち上がった。

 

「あ、あの暁美さん! 一緒にお昼…た、食べない?」

「…ごめんなさいね。少し、昨日の保健委員…まどかさんに送ってくれたお礼を言っておきたいから、今日は失礼させてもらうわ」

「そ、そっかあ……いいなあ鹿目さん」

 

 ほら、平凡だ、自分は平凡だといいつつ、その優しさや可愛さからまどかはクラスメイトの一部にもちゃんと人気のある存在だ。彼女はそれに気付いていないからこそ卑下するような言葉で過小評価するが、この私「暁美ほむら」にとってアナタ(まどか)はとても魅力的な存在。この子が私に向けるような憧れと同じ、それ以上の存在なのに。

 さて、彼女の再評価はこの位にして早く屋上に向かわなければ。そう思って足を進めていると、肩にキュゥべえを乗せた桃青の二人組を見つけた。中央階段を上って屋上に行き、魔法少女の素質がある数人の少女を振り向かせながら扉の向こうに消えていく。おや、そう言えば二人ともジュースしか手に持っていなかったような。

 

「パンの一つくらいは食べないのかしらね」

 

 また、些細で日常的な問題に気がついた。恐らく今日の間に魔女狩りツアーはあるというのに、しっかり昼は食べておかないと力が出ないかもしれないと言うのに。愚痴を続けてもしょうがないが、とにかく二人(・・)のために購買で買ったパンをひっつかみながら階段を上り、屋上の扉に手を掛ける。

 

「この世には、私達以外にもっと願いを叶えたい人もいると思うんだけどなぁ……」

「さやかちゃん……もしかして、上条くんの」

「ま、ね。このさやかちゃんもちょっとは素直に悩み、話しちゃった方が気が楽かなぁって」

 

 すると、二人の会話が聞こえて来た。

 美樹さやかの魔女化の原因として、先ほど言った「上条恭介」の存在が挙げられる。彼はとある事故で手に現代医学ではまだ治療ができない怪我を負い、人生の柱と言っても過言では無かったバイオリンを弾くことが出来なくなっている。その怪我を治療する為に美樹さやかは契約を果たし、怪我を完全に治したことで志筑仁美に上条恭介を奪われる選択を選び、自分の選択だったのにそれに絶望してしまって魔女となっていた。

 自分勝手と言えば一言で片がつくが、それは彼女の恋心と友情、そしてキュゥべえたちが目に付けた未熟で不完全な年頃の精神がかみ合わなくなってしまったからに過ぎない。むしろキュゥべえさえいなければさやかは魔女化する事も、余計な重荷を背負う事も無かった。そして、ずっとまどかの友人として、善き親友として平凡な日々を送れていた筈なのだ。

 

「ねぇキュゥべえ。確か二つ返事で他の子は答えたんだっけ? たとえば、どんな願いを願ってたのさ」

「そうだね、友人を作りたい。もっとも自分を愛する恋人が欲しい。チーズが食べたい。綺麗なバラを咲かせたい。…たくさんあるけど、全員が等しくその時に願っていた最も強い願いを叶えていたよ」

「そうなんだ、最高の願いか……」

 

 その話を聞いていたほむらは、先ほどあげた例がすべてこの見滝原に存在する魔女の特徴に当て嵌まっていることに気付いた。

 友人を憧憬と見ていたのは「箱の魔女(H.N.エリー)」。恋人がいなくて憤怒したままの「鳥かごの魔女(ロベルタ)」。チーズを食べたかった執着がある「お菓子の魔女(シャルロッテ)」。薔薇にしか心を開かない不信の「薔薇の魔女(ゲルトルード)」。

 なんという皮肉な心遣いなのだろうか。キュゥべえはこれを狙って行ったのかは知らないが、恐らくこの答えは必然だったのかもしれない。先ほどさやかは「他の子は、たとえば」と言っている。つまり、身近な地域の人物を限定したと捉える事も出来るわけだ。ともなれば、この地で倒れた魔法少女の願いを答えてしまえばいい。

 このままでは魅力的な方面ばかりにさやかやまどか自身が持って行ってしまう。人間、悪い所は疑ったとしても其方に歩んで行こうとはしない性質を持っている。だからこそ、少しばかり無粋になっても此処は自分が―――

 

「ちょっと、いいかしら?」

「て、転校生!? もしかしてアンタも屋上派…?」

「ほむらちゃん、えっと……」

「貴方達…キュゥべえが見えるってことは素質があるのね。今は話を聞いてる途中、と言ったところかしら」

「な、まさかアンタ……」

 

 絶句するさやかを前に、自信があり気に彼女は堂々と歩んで行った。まどかは昨日の言葉の節々からある程度の予想は出来ていたのか、やっぱりと小さく呟いてほむらの目を覗きこむ。

 いま、暁美ほむらはその目に多大なる覚悟と威圧を備えてこの場に君臨した。その萎縮してしまいそうな雰囲気は魔法少女が魔女を狩るときのもの。明らかに剣呑とした雰囲気に気がついたさやかは、まどかを守るように後ろに下がらせる。

 

「それで、クラークさんは間に合ったかしら? 二人が無事と言う事は、そう言う事だと思いたいのだけど」

「え、あ、クラークさんの恩人って、ほむらちゃんだったんだ……!」

「それより転校生、アンタ、何をしに来たのさ?」

「何をしに…そうね」

 

 ほむらは更に近づくと、さやかと腕一本分の距離に近づいて懐を探りだした。

 そして―――購買のパンを差し出す。

 

「二人とも、昼食買ってないみたいだから、ちょっとしたお節介ってとこよ」

「――――へ?」

 

 その時のさやかのぽかんとした顔と言ったら、後にほむらが含み笑いで思い出すほどのものだった。一体何をするのかと固唾をのんでいたまどかも彼女の行動には唖然とし、手に握っていた空のジュースパックを取り落とす。そして、まどかの落としたパックが地面に転がる音でようやく固まった空気は氷解したのだった。

 

「そ、そう言えば確かに…あたしら食べて無かったね……貰っちゃっていいの?」

「ちょっとした話し合いのきっかけとしても、受け取ってもらうと助かるわね」

「ありがとう、ほむらちゃん。ほら、さやかちゃんもお礼言っておかないと」

「そうだね…え、と。ありがと?」

「何で疑問形なのかしらね。そこ、隣に失礼するわ」

 

 まどかの横を指さすと、彼女は快くその場を開けてくれた。

 いつもの仁美の穴を埋めるかのように、三人となった空気には再びの静寂が訪れる。だが、その気不味さもほむらが一言目を発する事でなくなった。

 

「そうね、こんなご飯時に言う事ではないけど、キュゥべえを襲っていたのは私よ。そこは否定しないわ」

「え、じゃあ昨日離脱したのは……」

「あの場には巴マミがいたから。私はあまり争いはしたくないし、なんと言っても、私もこんな性格と目つきだから他の魔法少女に敵だと思われやすいの。キュゥべえを襲っていたのは別件ね」

 

 あっけらかんと自分の汚点さえ言い放つ彼女に、さやかは意外と良い奴なんじゃとほむらの事を見直し始めていた。対するまどかと言えば、そうして気づかいのできる点に更なる憧れとほむらの良さを確認し、尚更にほむらを見る角度を変えている。

 

「ところでほむら」

「あら、そう言えば居たわねキュゥべえ」

 

 キュゥべえが話しかけると、とてもまどか達とは違う氷の様な態度をとる。そのあからさまな態度にさやかは再び警戒心を戻したが、逆に何故このような仕打ちを取ろうとするのかも気になって来ていた。

 

「僕を襲っていたのはどう言う理由かな? 君は色々と知っているようだけど、どうにも行動原理が理解できない。どうやらまどかの事を気に掛けているようにも見えるし、君と僕達の個体は契約した覚えも無いからね。いっそ話してくれるといいんだけどな」

「残念だけど、あんまり多くは貴方に言えないわ。ただ、貴方と契約したことで私の知り合いが深い絶望と不幸を負った、と言えば理由くらいは分かるかしら?」

「もしかして、僕に復讐を?」

「復讐!?」

 

 キュゥべえの出した結論は近いものの、既に「インキュベーター」としてキュゥべえの事を知っているほむらにとっては復讐とは見当違いの推理だった。そのことが可笑しくなって笑みを漏らしたが、逆にそれは「そうだ」と思わせる様な嘲笑を交ぜる。

 優秀で面白い作品では、よくミスリードに導いて、結末のどんでん返しで読者や視聴者を驚かせる。ほむらにそんな気は無かったが、この場はこうした「らしい」理由を作っておくことも円滑な関係を作るためのきっかけになるだろうと、真実を覆い隠してみる。

 たとえ全てが露見した先が自分の孤独や非難であったとしても、その時に全ての事が終わっているなら構わない。既にほむらは自分の未来さえも己が願いへと捧げているのだから。

 

「似たようなものよ。だからキュゥべえ、貴方達は気に喰わない。子供みたいな癇癪、とでも思ってくれればいいわ。事実子供だものね」

「そうなると益々興味深いよ。君が僕達に復讐を望む理由、そして魔法少女となった経緯がね」

「そう。好きなだけ予測すると良いわ。私からは何も言わないけど」

 

 ツンと突きは寝るような態度は、この事だったのかとまどか達を納得させる。

 そうして話の「空気」がまとまってきた所で、ほむらは落としたジュースの代わりを渡しながらまどかに話しかけた。

 

「ところで、さっきの会話が聞こえて来たんだけど…貴方達、魔法少女になるかどうかで迷っているのよね?」

「え、えっと。そう……だね」

「転校生は願いをかなえたみたいだけど、どう思ってる? あたし達みたいにキュゥべえが見える人にしか願いはかなえられない。魔法少女にはなれないのって」

「そうね。それも契約前の人間の命題かしら」

 

 大抵は二つ返事で甘事に乗るのが、思春期真っ盛りの間違いを犯しやすい少女たちの心情だろう。だが、さやかは未だ恋とも友情とも定めきれない思いを背負っているし、まどかは突如として現れた非日常への切符を前に、生来の臆病さから手を出しかねている。

 それに、二人ともに願うべきかと思う物はあっても、それを実際に願ってしまうのはどうかと言う葛藤を抱えているからこそ、躊躇が生まれているのだ。ほむらにとってはこの考えの停滞は嬉しいことこの上ない。

 だからこそ、正論から彼女達に非日常から遠ざけるような選択肢を考えた。

 

「選ばれたのなら素直に享受すべき。そう考える人もいるし、事実私も契約をしてしまっているから何とも言えないけど……こんな危険な事は、簡単に願いに乗ってしまった他の人に任せればいいと思ってるわ」

「他の人に任せる? つまり、願いは諦めるってこと?」

「ええ。此れを言うのは卑屈だけど、私はキュゥべえと契約せざるを得ない状況だったから契約してしまっただけだし、それによって叶えた事もあんまりに大それてて私“一人”じゃ手に負えないことだったもの」

 

 それは真実だった。

 彼女一人で全てを上手い方向へ運んだ事は無い。多少の独力はあったものの、それは懐柔、もしくは隣に居てくれた魔法少女たちのおかげで困難を乗り切った事もあったし、決して一人では倒せない魔女もたくさんいた。

 最終的にはまたループするハメに陥っているが、それでも仮定の中では自分以外の他人がもたらした功績が大きいことは確かだ。

 

「だから、自分勝手な願いや相手の気持ちも確認しない様な願いは絶対にしない。自己犠牲、なんて考えで魔法少女として戦って平和を守るためだけに契約したとしても、それは周囲の人間を絶対に悲しませることになってしまうわ。私も、この心臓の病が契約で治った時なんか……もう、最悪の意味で大変だったもの」

「……あ」

 

 ソレを聞いて、さやかは前半の相手の気持ちを考えない願いに顔を青褪めさせ、まどかは周囲の人間の事を引き合いに出されて顔を伏せてしまった。

 ほむらはある意味、その全ての間違いを犯していると言っても過言ではない。これまでたった一人で「何十回」というループを繰り返し、未だに自分の願いを叶える事も出来ず、もう家族がいたことさえループの因果から消え去っている。

 ある意味不幸のどん底と言える現状をこの場で思い知って、ほむらは自嘲気味に笑った。

 

「ま、私の考えはそれだけね。魔法少女ツアー…だったわよね? 危険なことだって愚痴っていたクラークさんから聞いているわ」

「う、うん……」

「彼ならきっと守ってくれると思うから。私は魔女とは別件の用事が合って貴方たちを守る人手にはなれないけど、大丈夫よ」

「あはは…やっぱりあの大男、すごく強いんだ」

「…別件? ほむら、君は魔法少女なのに魔女よりも優先するものがあるのかい?」

 

 さやかがアイザックや契約の事で頬を引き攣らせている時、キュゥべえが何においてもソウルジェムの濁りを取るために動く魔法少女にしてはらしくない思想の点を見抜いて質問する。それに関して、ほむらは待っていたと言わんばかりに口を開いた。

 

「実は、この街に魔女以外の最悪の化け物が紛れ込んでいるの。…貴方達、クラークさんから“Marker”って聞いた事は無い?」

「あ、聞いたことあるよ。もしかして、ほむらちゃんの用事って」

「そう、それから生み出される最悪の怪物“ネクロモーフ”を倒さないといけない。奴らはその名前…死骸変異体の通り、殺した人間を材料にしてドンドン仲間を増やしていくわ。まるで映画のゾンビみたいにね」

「そ、そんな化け物が魔女以外に居るって言うの!?」

 

 さやかが声を張り上げるが、無理も無い。

 結界の中に閉じこもる魔女と違って、ゾンビのように増えると聞けば何処にその怪物とやらが潜んでいるかも分からないし、白昼堂々大騒ぎが起こる可能性も高いのだ。その被害者に自分の名前が参列する事になった日には、目も当てられない。

 

「奴らの弱点は――――」

「四肢を切断すること、だね。まったく、幾ら無限のエネルギーを内包しているからと言って、あの建造物は意志あるもの全てに干渉して生命や文明の全破壊を図っている。とんでもない欠陥品だよ。ああ、この“地球には無い”からね。まどか、さやか。君達は怖がらなくてもいい」

「……あなた、知っているの?」

「資料を見直しただけさ。次に会った時には彼にも言っておくけど、君が伝えるかい?」

「…いいえ。私はあの件の当事者じゃないから、クラークさんに任せることにするわ」

 

 流石、と言うべきだろうか。

 インキュベーターの目的は宇宙存続のエネルギーを得ること。そのためにとっくの昔にあの螺旋構造の建造物は調査済みであり、それに関して無限のエネルギーがあるとは分かったが、それは生きる者にしか干渉できないのでキュゥべえ達が求めるエネルギーとは根本から違うことが立証されていた。

 この事実がアイザックに話されるのはまた、後の事である。

 

「となると、ここで君達で言うネクロモーフを始末するために動くんだね」

「そう言う事ね。二人も、ネクロモーフは多分また増えていると思うから、何かあったらクラークさんでも、巴マミでも良いから連絡して。近くに居れば私も駆けつける。とにかく、“餅は餅屋”。専門の人に任せた方がいいわ」

「で、でもそんな化け物なら…契約したらあたしでも」

「ネクロモーフの材料は人間。愛する夫婦でも、朗らかな老人でも、…そして赤子でも。とりあえず人間であれば面影を残したまま化け物としてこの街を闊歩している。そんな彼らを、アナタは躊躇なく“殺す”事が出来るのかしら?」

「あ、赤ちゃんまで!? もしかして、ほむらちゃん……」

「殺さざるを得なかったわ。それに、既に素体になった赤ん坊は“死んでいる”。殺して、誰も襲わせないようにするのがせめてもの情けでしょう?」

 

 これだけは、この感情だけは隠すことができない。

 ほむらはMarkerを人間の意志など何処にも介入しない、自然現象の様な物だと理解はしているが、それでも赤子を手に掛けてしまった時、そんな達観した考えが簡単に打ちのめされた事を理解していた。

 

「…少し長話になったけど、まだ昼休みが続いていて幸運だったわ。言うだけ言って悪いけど、そろそろ予鈴も鳴ることだし解散させてもらうわね」

 

 彼女の言葉に返す者はいなかった。

 赤子の姿をした化け物。今まで親しかった人間が目の前に怪物として変貌し、襲ってくるかもしれない恐怖。それらは、単なる中学生でしかない二人を震えあがらせるには十分だった。そして、それに連なる魔女と言うのがどれだけ恐ろしい存在であるかを分からせるにも。

 静寂の中、ほむらが扉を閉めた音だけが響き渡り、それを合図に二人の硬直は溶けた。気付けば手元にキュゥべえは居なくなっており、本当にまどかとさやかの両名のみが屋上に取り残されている。

 

「ネクロモーフに魔女。一般人だったら…ううん、自衛隊の人でも、絶対に戦えないよね」

「それを知ってるのはあたし達みたいにキュゥべえが見える人だけか。……正直言って、まどか。アンタは怖い? あたしは、すっごく怖い」

「怖いのは当たり前だよさやかちゃん。……でも、ほむらちゃんはさっきの話が本当なら、さっきまで人間だった人を……」

「い、言わないでよっ! あたしだって考えたくなかったんだからさぁ…!」

 

 二人には想像もつかないが、その覚悟は尋常ではない。だが、それを成し遂げるだけの精神を持つ人物であるほむらが余裕の一言すら無く「危険」の一点張りだったのだ。こうして、まだ契約もしていない自分達がどれだけちっぽけな存在なのかと思い知らされたと同時、あの頼りになる先輩が提案した魔女退治見学ツアーの言葉にどうしようもなく体が震え始める。

 だが、またあの鎧のエンジニアさんがいたのなら。マミという先輩がいるのなら。

 助けられた経験からか、ほむらの言葉の暗示の為か、そう言った「専門の人間」が自分たちの近くでしっかり守ってくれると言う事に体の震えは収まって来ていた。

 とにもかくにも、今はその放課後に備えて学業を全うしなければならない。屋上に残っていた二人は、予鈴のベルが鳴ったと同時に忙しそうに駆けだしたのだった。

 




あら不思議。ほむらが饒舌にコミュニケーションをとるだけで、なんかうまくいきそうな気分。
アイザックさんのことは忘れてませんよ?
それと、この地球にはマーカーは無いということになりました。流石にあったらヤバいじゃすみませんし、自分達の頭では虚淵氏ばりのBADEND(沙耶)しか思い浮かびません。みなさん、沙耶みたいに愛も無いのにそんなの嫌でしょう? 私達も嫌です。

ともかく、これから色々と話は発展していきます。
場面の進みはこれくらい遅く濃密に書くことなると思いますが、どうかご容赦ください。

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