技師の力は何が故に   作:幻想の投影物

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何故だろう。
色々書いてて、この作品が一番、力入ってしまう気がする。


case05

「うーん……」

「どしたのまどか。やっぱりさっきの話気になっちゃった?」

「あ、さやかちゃん」

 

 終業のベルが鳴り響く教室で、浮かない声の二人が会話を交わす。その暗い雰囲気を発する二人をクラスは違和感を感じているのか、ちらほらと珍しいと言った好奇の目線を向けている空気があることが伺えるだろう。

 彼女達が学業をこなすクラスの中にはこの暗さの原因ともなった暁美ほむらの姿もあり、まどかを労わったさやかは悩むような視線をほむらの背中に投げつけていたのだが、彼女の背中に目が付いている筈もなく、淡々と帰る準備を進めている様子のみが網膜を通じて映像として映されていた。

 

「アイツも―――」

「あら、お二方。今日は一段と仲がよろしいようですが、どうしたのでしょう?」

「あ、仁美ちゃん」

「何かあったのなら、私にもお話し下さいな。きっとお力になれるでしょうから」

 

 まだ答えが出ない中、唯一キュゥべえに声をかけられることの無い仲良し三人組の最期の一人、志筑仁美が彼女達に心配そうに声を掛ける。彼女が二人を心配するのは当然のことであり、いつものように軽い親子喧嘩や無くした物を相談したりする日常的なものなら、彼女と話していれば、そのお嬢様らしいちょっとおとぼけた視点での会話で日常にちょっとしたアクセントが混じって楽しく過ごせていただろう。

 しかし、今回ばかりはそうもいかない。なんとか自分達が暗い雰囲気を出している理由を誤魔化そうと口を開いたが、どのような事を話せばいいのかも分からず、言葉の代わりに空気だけが肺から押し出された。

 何かを言おうとして立ち止まったその様子に、仁美もまたただ事ではないと思ったのか、少々悩んだような仕草をした後、にっこりとほほ笑みかけた。

 

「言えない事でしたら、深くは聞きませんわ。ただどうしようもなくなったら、私だけではありません、親しい人や、お二方以外の秘密を共有できる方とゆっくりお話した方がよろしいと思われます」

「う、うん。ありがとね仁美ちゃん」

「仁美っていつにもまして妙な所で鋭いよねぇ…。でも、ありがと」

「あらあら、お礼を言われるまでもありませんわ。それでは、少々寂しいですが今日は一人で帰らせていただきます。お二方もどんな事を抱えているかは分かりませんが、お気をつけて」

 

 優雅な立ち振る舞いで手を振る彼女は、まどか達にとってほんの少しではあるものの、日常へ引き戻してくれる温かさを兼ね備えている。

 本来、お嬢様育ちのおっとりとした様子に、どこかズレた知識を併せ持った「淑女」というのが志筑仁美を表す人柄であるのだが、そのおっとりとした性格をバランスよく両立させるためとでも言うべきか、天秤のもう片方には正しくも意志の籠った事をはっきりと述べる豪快さも持ち合わせている。

 今回もまた、その滅多に上がらない天秤の片方が浮上したのだろうが、今のまどか達にとっては最良でもある「何も聞かない」という選択肢を取ってくれたことは本当にありがたかった。

 

「……」

「ありがと、仁美」

 

 本当に、頭が上がらないな。

 そんな事を思いながら、まどか達は手を振って教室を出た。巴マミとの約束の場所へと向かう彼女達の背に向かって、仁美は満面の笑みで呟きを零す。

 

「ああ、一体何があったのか…? それは聞かないでおきましょう、ですが―――」

 

 聖女マリアの様に美しく、聖処女ジャンヌの如き純粋な疑問を言の葉へ乗せた。

 

「禁断の愛! あなた達をそうまで深く結びつけたその理由を知りたいものですわ」

 

 

 

 

「……Be slow in coming」

 

 待ち合わせ場所をそれなりに賑やかなカフェテリアで一度話し合ってから此方に来る、と言った内容のメールを受け取ってから早十分。それほどに経過しているというのに、という文句が出て来てしまう。

 そうして、とある裏路地を抜けた先の一角に青い作業用ライトを顔面から発している不審な男が立ちつくしている。その男の名は「アイザック・クラーク」と言い、巴マミ、鹿目まどか、美樹さやかとの約束を交わして「魔女狩りツアー」とやらの補助役(サポート)として加わる手筈だった者である。

 

 遅いな、と母国の言葉で彼の姿はどこか哀愁が漂っており、確かに43歳という中年街道真っ只中を突き進んでいる身としては中学生の少女たちと行動を共にするのは随分と絵の華が萎れてしまうと感じてもいる。だが、見知らぬ「過去」の世界で孤独に放り出されている彼にとって、何処とも知れぬ暗所で待ちぼうけをくらうというのは結構な寂しさが込み上がってくるものなのだ。

 そう思っている彼の懐――背中の粒子化収納スペース――から、突如としてコール音が鳴り響く。最近の若者の様に凝ってもいない、コンクリートに囲まれたこの場に似つかわしい無機質な着信音1が鳴り響くと、Ⅲコールもしないうちに彼は早々にそれを耳にあてた。

 

「こちらアイザック。どうしたアケミ」

≪そろそろそっちに巴マミ達が来るわ。一応準備はしておきなさい≫

「そうか。来る時間が分かるのはありがたい」

≪それと、今回の魔女はそれほど強力じゃないとしても気をつけて。使い魔は一匹だけでも十分―――ああ、そっちはネクロモーフで慣れてるか。煩く言う必要もないわね≫

「気を引き締めるには丁度いいさ。何にせよ、君は君で安心していろ」

≪分かったわ、朗報を待ってる≫

「ああ」

「――アイザックさん、お待たせしてすみません」

 

 通話を切った所に、ちょうどマミ達が彼の前に姿を現した。

 前回ワケの分からなかった怪物に襲われた場所、と言うだけあってかマミの後ろにいる二人はそれなりに警戒が強く、少し気を張り詰めているようにも見える。

 

「いや、年甲斐も無く張りきった此方も早く来すぎていたよ。それより本題に入ろう。今日は君の魔女退治を見学、もしくは状況に応じてそこの二人の補助を行う、でいいんだな」

「そうなります。あ、私は縦横無尽に飛び回って距離を取るタイプなので、そちらの動きでは追いつけないと思うから無理に守ろうと動かなくても大丈夫ですよ」

「子供の君達を相手に不謹慎だが、少し安心したよ。流石に四十も超えるとスタミナがどうにもな。スーツとRIGが運動を補助してくれるから、アスリート並みにはいけるのだが。―――あっと、それから私相手にそう畏まらないでくれ。少々むず痒い」

「そうですか。ええっと、それじゃ本題に入るわね、二人とも。アイザックさんもこのソウルジェムを見てくだ…見てくれない?」

「…魚群のソナーみたいだな」

 

 合流を果たしたマミとある程度のやり取りをすると、彼女の取りだした黄色い卵型の宝石――にも見える魔法少女の「必須」アイテム、ソウルジェムに三人の視線は集中した。

 それは薄らぼんやりと光の点滅を繰り返しており、何かのレーダーの役割を果たしているようだと、職業柄そうい言う機材に触れるアイザックは真っ先に思い浮かんだことを口にしていた。

 

「探知機としては結構当たってるわね。そして、これは昨日ここにいた魔女の気配よ。残念ながら姿は見せずに結界の奥の方に閉じこもっていたみたいだから、本当にその残り香を辿るくらいしかできないんだけど」

「これを見て、昨日の魔女を追いかけるってことですか?」

「正解よ鹿目さん。ただ、あなた達を見捨てるわけにはいかないから追跡は後にしたんだけどね」

「えぇっと…ごめんなさい?」

「いいのよ。アレはまだ若い魔女みたいだし、移動したばかりの一日やそこらで人は襲えないわ」

 

 そう言っていると、マミの持っているソウルジェムがひと際大きな反応を示した。魔女のいる方角を示しているのか、ソウルジェムの発光した光が離脱するように浮き上がり、一定の場所に流れて再び消滅する。

 

「あ、光った」

「反応があったみたいね。でも今のだと結構遠いのかしら…」

「それは、困ったな」

「ああ、アイザックさんだと目立っちゃうからね」

 

 買い物を重ね、軍用のエンジニアスーツを身に纏った彼は一般衆目に晒すにしては目立ちすぎる風体である。安直に同行を願い出るべきでは無かったのか、とアイザックが頭を抱えると、マミは問題ないと言ってくすりと笑った。

 

「魔法である程度は衣装も変えられるの。アイザックさん、ちょっと失礼」

 

 マミが胸元のリボンを引っ張ると、まったく同じものが胸元に残ったまま、魔法で増やされたリボンの方がアイザックに向けて放たれた。避ける暇も無くそれらがアイザックの体にミイラの包帯の様に巻き着かれて行くと、一体の不格好な黄色い蓑虫が瞬時に出来上がった。

 だが、変化はそこから始まる。

 リボンで巻き付けられた足のリボンはラフなジーンズになり、巻ききれていない筈の場所も塗りつぶすようにただの衣服へと変化して行く。その工程が全て終わる頃には、軽装で素顔をさらしたままの彼の姿が出来上がっていた。

 

「……どうなったんだ?」

「私達から見て、アイザックさんの姿を一般人と同じように見せたの。やっぱり外国人ってことから目立つかもしれないけど、これなら街を普通に歩けるわ」

「わぁ、マミさんの魔法ってこんな事も出来るんですね!」

「と言っても、結構脆いからアイザックさんが誰かに殴られたりしたら直ぐに解けちゃうわ。だから街を歩く間は注意して」

「分かった」

 

 それでは、と一行は固まって歩き始めた。

 ソウルジェムの指し示す方向はどうにもあやふやなもので、やはり魔女の残り香を捕える程度だとはっきりとした反応は中々現れないらしい。そう上手くいく物でも無い、忍耐強さが肝心だと笑ったマミからは、いつものことであるらしいという空気が読み取れた。

 

「そう言えば、魔女が見つかり易い場所って言うのを頭に入れておいてもらえるかしら」

「下手に近づかないように、ってこと?」

「そう。魔女は人から生命力を吸い上げ、最終的にその命を終わらせることでその人の全てを持って行ってしまうの。事故が起きそうな場所とか、ここ見滝原には無いけど歴史的にも人が死んだ事に縁のある土地、それから…この開発途中の年だからこそ多い、自殺するのに向いていそうな人気のない場所が特に魔女が目をつけて結界を置くわね。とくに見滝原に魔女が多いのは三番目に言った土地が多いからって言うのもあるわ」

 

 魔女とは人の負を体現したかのような存在。それらは全て絶望の回収を生業としている、悪徳商人でも後ずさりしそうな程の邪悪である。そんな存在が多くのこの土地に集まり易いと聞いたアイザックは、嫌そうに眉間に皺を寄せた。

 

「だが、それだけでは無いんだろう? 嫌なものには二重三重と悪意が付いて回るのがこの世の常だ」

「残念だけども、同意せざるを得ないのが魔女の嫌なところよ」

 

 首を振った彼女は、その「嫌なところ」というのに嫌悪を示すように言葉を吐き捨てた。

 

「魔女には共通して、精神が弱っている人に“口づけ”を施すの。その趣味の悪いキスマークを貼り付けられた人は、持っていた負の感情とでも言うべきかしらね。それを増幅させられて、終いには自意識を“自殺”と言う方向に無意識下で誘導される。こうなると、もうその人は正気ではなくなるから気絶させて安全な場所に置いた方がいいわ。ただ、逆にその“口づけ”を張られた人に付いて行くと……」

「魔女の居場所を突き止められる、ですね?」

「そういうこと。だから魔女の口づけをされた人は最優先で助けないと。その点、あなた達は魔女の結界の中に入ったのに口づけをされないで運がいいわ。口づけはそのつけた魔女を倒さないと消えないから」

「厄介だなぁ」

「ええ、本当に…厄介。しかも結界に近い場所に魔女の口づけは広がるから、病院なんかに取りつかれたら最悪ね。ただでさえ怪我をして心が弱っている人が付け込まれて、その場で自殺を初めてもおかしく無いわ」

「……つくづくMarkerに似ているな」

「アイザックさん?」

「っ、む。ああ、なんでもない」

 

 思わず零した声に反応するさやかに何でもないと笑いかけると、彼らの話しは一旦の終わりを告げる。ずっと歩いていた水上道路の先にあった廃ビル前に辿り着いた瞬間、電球もかくやという発光がマミのソウルジェムを包み込んだからである。

 その余りに眩い光は危険信号を感じさせ、同時に敵が此処にいると示すことで俄然マミのやる気を引き立たせた。

 

「ここが―――マミさん上!」

「!」

 

 さやかがビルを見上げていると、屋上の手すりを乗り越え、よくテレビで映されるように何だかんだと自殺を止めさせられる「自殺者モドキ」とは違い、何の迷いも無く飛び込んでくる虚ろな目をした女性が落下し始めていた。

 幸いにも初速は遅く、十分間に合うと判断したマミがすぐさまソウルジェムに手を掛け、魔法のリボンで蜘蛛の巣の様に女性を受け止めようとしたその時、アイザックが女性に向けて開いている様子が目に入って、一瞬判断が遅れてしまう。しかし、落下してくるその女性はマミの貴重な魔力を使わせるまでも無く、命を助けられることになった。

 

「……浮いてる」

 

 まどかが驚くのも無理は無い。それは未来の技術であるのだから。

 アイザックの住む未来では、無重力空間――すなわち宇宙での作業をこなすことが多く、星間飛行機等を作る際には大量の重機材や機械でも持つ事が難しい程の質量を持った物体を扱う事すらある。

 そんな重機材を扱うために生み出された、重力をものともしない念動力(テレキネシス)のような力が未来では常用されている。

 その名を――「キネシス」と言った。

 

「やはり衣服を掴んだ分、そこだけでは人の体重を支えるのは難しいのか……マミ、彼女を下ろせばいいんだな?」

「え、ええ。気絶してるなら魔女を倒すまでは目覚める事は無いと思うわ」

「分かった」

 

 この「キネシス」、それがつい先ほどまで生物だった(ネクロモーフ)の爪など、「生物以外」ならどんな物であっても出力次第で動かすことができ、出力最大ならばあの死が蔓延る石村(Ishimura)で活動するネクロモーフ達の体を容易く貫く程の速度で持った「もの」を吹っ飛ばすことのできるなど、トンでも無い性能を持っている。

 だが、彼はゆっくりと地面の近くまで女性を引き寄せると、キネシスの動力を切ることでポスン、と優しくコンクリートの上に寝かせた。キネシスは宇宙空間で重力に縛られずに暴れ回るやんちゃな工具達を技術屋達の手に収まらせるためにも用いられる、エネルギーも半永久的に使えるほどのエコロジカルな工業普及アイテムの一つ。非生物である服を介してとはいえ、人間一人を浮かすことは造作も無い、と言ったところだ。

 

「あの、アイザックさんって本当に魔法少女じゃないのよね?」

「このいかつい四十路が少女と言える柄で無ければ、そうかもしれんな」

「いや、冗談にしてもきついって。それにしてもすっごいなあ」

 

 何時か未来で普及する、と言えば彼女たちを驚かせることも出来るのだが、アイザックはMarkerのように人間に不条理な死を与える魔女どもを倒すことを優先するため、その返事として曖昧に笑って返すだけに留める。

 とにかく、このようなことが出来るのならばとマミは安堵の息を吐くと、気持ちを切り替えてソウルジェムを握り、魔法少女としての姿に変身する。一瞬の発光が彼女を包み込んだ後には、魔法少女の戦闘装束に身を包んだ巴マミの姿がそこに顕在した。

 

「それじゃ―――行くわよ」

 

 彼女の頭のブローチに変化したソウルジェムが黄色く光り、その温かな心の様な光が冷たいビルの中を明るく照らす。そして試練とでも言うかのように階段の上に魔女の結界が姿を現すと、四人はその中に飛び込んで行くのだった。

 

 

 

 

 結界は迷路のように入り組んでいた。最初に遭遇した結界はおどろおどろしくもオープンな薔薇園、と言った風だったが、今回は魔女も異物が入り込んだことに脅威を感じているのか何体もの使い魔を解き放ち、マミ達を奥へ通すまいとしており、その様相は夜のルーブル美術館よりも堅固な防衛戦線だ。

 

「ふぅ、ヤケに多いわね。それほどに何か魔女には強く固執する物でもあるのかしら」

「ここでは薔薇を運んでいる使い魔が見える。恐らくは化け物ながらに薔薇を愛でる趣味でも持ち合せているのだろう。ネクロモーフ共もこれくらい高尚な意志を持ち合せているのなら、私の精神も多少は楽だっただろうに」

「想像できないけど、大変だったのね。ただ愚痴を言っている暇はなさそうだけど」

 

 どうにも悪趣味な形をしているのが、魔女の使い魔と言うらしい。人間の頭より一回りも大きく、頭が溶けたクリームの中に一定数以上の目があるもので挿げ替えられている蛾のような使い魔が辺りを飛び回り、何をしたいのか、単なる体当たりをしようと二人に迫る。

 だが、こんな気味の悪い結界の中で生まれた相手に接触すれば碌な事にはならないというのは、アイザックもマミも嫌と言うほど理解している。故に、抗う為の武器を持ちだして中空を縦横無尽に飛び回る使い魔達に魔法とプラズマの弾丸のシャワーで汚い使い魔どもを洗い流し始めていた。

 射程も違えば、弾丸も、時代も原理も違う。だが、一貫して「銃」としての性能を持つ二人の弾幕は群がってきた使い魔を塵も残さず消滅させ、自分達が奥に進む為の道にショートカットをするが如き大穴をあけて行く。その穴を埋めるためのセメントよろしく集まってくる使い魔もまた、二人の快進撃の前には意味を成さない。

 

「マドカ、サヤカ、二人共に付いてきているな?」

「「はい!」」

 

 元気よく答えた瞬間、二人の背後に現れた使い魔が襲いかかるが、気配を呼んでいたマミのマスケット銃によって「殴り」飛ばされ消滅する。

 

「油断は禁物だよ、二人とも」

「あらキュゥべえ。今日は随分と重役出勤じゃない」

「マミも万能じゃないからね。二人に死なれるわけにもいかないし、契約を待って傍に居させてもらうよ」

「そう? じゃあ―――保険もいらない位に派手に行くわ!」

「Hory shit! 二人ともこっちに来て耳を塞げ!」

 

 アイザックの呼びかけで二人が彼の背に隠れた途端、マミの近くに現れた大量のマスケット銃が飛びまわる使い魔に自動的に照準を合わせ、同時に全ての弾丸が吐き出された。その時に生じた爆発音は尋常なものではなく、鼓膜を打ちふるわせんとする凶悪なもの。アイザックの事前の忠告を聞いた二人が何とか助かっている事を確認した彼女は、ちょっとやり過ぎたかしらね、とばつの悪そうな笑みを浮かべていた。

 

「えーっと…まぁ、そろそろ結界も最深部みたいね。アイザックさん、二人をちゃんと見ててね!」

「取り繕えて無いよマミ」

 

 何となく締まらない彼女にキュゥべえがツッコミを入れるが、そんな事は無かったと言わんばかりに目の前に現れた扉を蹴破るマミ。和室が何枚もの障子を開くことで一つの部屋としての機能を持つように、奥の方にある扉もまた一気に開いて言ったかと思えば、四人と一匹は魔女が器用にも椅子に座っている瘴気の強い部屋へと強制的に招待されていた。

 その何もかもがアンバランスで、比重を美徳とする人間にとっては非常にグロテスクな外見は、語るもおぞましい醜さを体現している。

 ネクロモーフが人間の死体、つまりは己も最終的にはあんな骸になってしまうのか。という切った爪や髪にも似た嫌悪感や恐れから来るグロテスクさであるとするのならば、この魔女は汚らしいゴミや腐り落ちて異臭を発する生もののような感覚器官や感性に訴えるものであると言えよう。

 

「ますますネクロモーフどもの憎たらしい面が思い浮かんでくるな」

「そっちの怪物も大概みたいね。…でも、アイザックさんも此処で待ってて。あの程度の魔女ならすぐに倒して見せるから――下がってて」

 

 防御魔法を発動し、使い魔程度では打ち破れない結界をアイザック達のいる場所に張ったマミは、普通の人間なら飛び降り自殺だと言われてもおかしく無い高さから飛び降り、優雅に降り立つ。そして足元を飛び回る極小サイズの使い魔を踏み潰した途端、ようやくマミの姿を認識したとでも言うのだろうか。魔女が頭とも泥に幾つもの薔薇が生えた物体ともとれるソレをマミの方向にぐるりと回し、カタカタと体を震わせていた。

 

「それじゃ、お一つお手柔らかに!」

 

 対する魔女の返事は、一件の家屋に匹敵するソファの投擲。悪趣味なハートマークを基本としたそれを撃ち落とすと、マミはソファが破壊されたことによって巻き起こされた砂煙に紛れ、一瞬のうちに多数のマスケット銃を展開する。

 同時に飛翔し距離をとった魔女に狙いを定めると、単発式の旧式銃の欠陥点とも言える反動を全く感じさせず、両手にそれぞれの銃を持って銃撃を始めた。焦らず、ゆっくりと、それでいて正確に。弓道の練習でもしているかのように冷徹な着弾を繰り返させるマミはさながらワンマンアーミーのキャラクター。

 圧倒的優位を手にしていたと思われた彼女は、しかし、その油断によって足元をすくわれることになる。

 

 彼女の足元に集まっていた使い魔が一本の長い鞭となり、彼女の体に纏わりついた。そして子供が扱う縄跳びの縄のように壁や地面に追突させられた彼女は、アイザックから見ても決定的に不利に思えた。

 

(確か、アイザックさんはこいつが薔薇を愛でる趣味がある魔女だって言っていたわね)

 

 だが、その中でもマミの冷静さが欠ける事は無い。それどころか、歴戦の魔法少女であるからこそ、彼女はどんな魔女にも「癖=弱点」があるという事を知っており、それをアイザックの言葉から導き出していたのである。

 早速その予想を実行に移すことにした彼女は、魔女に狙いをつけるように見せかけながら、相手がワザとその照準をずらしてくる事を予測して先ほどまで魔女が座っていた場所でもある「薔薇園」へと銃弾を撃ち込んで行った。地面に深く潜り込み、散弾銃のような穴を開けた薔薇園は狙い通りに整えられた形を崩されていったが、まどか達にとってその様子は狙いを外したピンチと言う風に映りこんでいるらしい。

 そしてまた衝撃。壁に叩きつけられた後に宙づりにされ、魔女の顔の様な場所がぱっくりと開かれる。そのまま捕食してしまうのだろうか、そんな嫌な予想を持ったまどかが悲鳴にも近しい声を上げているが、マミはそれでも恐れを見せずに笑って見せた。

 

「未来の後輩の前で、あんまり格好悪い所は見せられないものね!」

 

 そして布石が発動する。唯でさえ荒らされた薔薇園からマミの銃弾が変化したリボンが間欠泉より激しく噴き出し、使い魔が集めてきた薔薇の数々をその噴き出す勢いで粉々にして行ったのだ。無論、それだけならば魔女に対する攻撃としてはダメージはゼロ。だが、その執着心や精神面においては手酷い損傷を与えたのか、マミとの戦いもそっちのけで敵の魔女はマミの攻撃が続く薔薇園に飛び込んで行ってしまったのだ。

 生存競争の真っ只中、真っ当な生命ではないとはいえ、そんな愚行を犯してしまえば相手側が有利なのは自明の理である。魔女に待ち受けていたのは噴き出していたリボンにハムよりもキツイ拘束を受ける未来であった。

 

「さぁて、これで避けられないわよね?」

 

 聞き様によっては嗜虐的ともとれる言葉と共に笑ったマミは、胸元のリボンを抜き取ると新体操の様に前方に渦を作った。そして、それらがシュルシュルと巻かれて形成されて行ったのはとても人間程度の大きさでは扱えない程巨大な砲身。

 

「ネオ……いや、何でもない」

 

 アイザックが弾かれたように言葉を発したが、マミはそんな事にも気付くことはなく砲身に魔力を込めると、その魔女にとって「最後の一撃」を放つのだった。

 

Tiro finale(ティロ・フィナーレ)!」

 

 勇ましい声と共に、撃鉄が落ちる。

 方針は黄色い閃光を放ち、身動きの取れない魔女に着弾。

 周囲にいた使い魔さえ巻き込む余波を生じさせる衝撃波が散らかされ、その余韻も収まる頃には敵対していた悪しき存在は跡方も無く消滅させられていた。

 

 そして魔女のタマゴでもありソウルジェムのなれの果てでもある「グリーフシード」が落下し、彼女の隣にカツンと転がった。

 

「……」

 

 マミの勝利が決定的なものとなったと同時、おどろおどろしい結界は現実に溶かされて行くように消滅し、マミも結界を出ると同時に見滝原中学校の制服姿へと戻っている。華々しく、美しく、完封を決めたマミは正に圧倒的だった。その実力は他の魔法少女をも頭一つ飛びぬけて見えるだろう。

 だが、アイザックはその戦い方を見て、ヘルメットの中で苦い顔をしていた。あのトドメを刺す際にも言っていたが、恐らくは未来の後輩達になる可能性があるまどかとさやかに良い所を見せようと、「格好いい戦い方」をしていたのだろうというのは分かる。だが、あの魔女の壁に叩きつける攻撃や一軒家ほどの巨大なソファを軽々と投げる攻撃力。いくら魔法少女が丈夫だとは言ってもモロに喰らってしまえばネクロモーフが人間の頭をもぎ取るが如く、容易くその命を終えることになるだろう。

 

「ふう、まずはこのグリーフシードでソウルジェムの穢れを取らないとね」

 

 しかし、ヘルメット越しではその視線も伝えることはできない。この事は後にしておこうとアイザックが判断を下したその時、マミは魔女が落とした真っ黒なグリーフシードを自分のソウルジェムに近づかせていた。すると、戦闘前と比べて少し黒ずんでいた彼女のソウルジェムから「濁り」が抜けてグリーフシードへと委譲されて行く。最終的に街を探査していた時よりも美しい黄金の輝きを発するようになったソウルジェムを仕舞いこむと、マミは三人の前にそれを差し出した。

 

「これがグリーフシード。時々魔女が持っている魔女の卵で、私達のソウルジェムから濁りを取り除く為の…そうね、魔女退治の“報酬”かしら」

「マミさん。濁りって、全部黒くなったらどうなるんですか?」

「私は一度もそうさせた事は無いけど、濁りが進めば進むほど魔法の精度も規模も落ちて来てるから魔法が使えなくなるんだと思うわ。だから、濁り切る前にグリーフシードに吸い込ませてから万全の状態で次の戦いに臨むの」

「え、報酬ってそれだけ…?」

「……魔法少女ってね、テレビみたいに仲間がたくさんいるわけでもないし、逆に言えばテレビみたいに誰にも知られることのない孤独なものなのよ。それでも酔狂にも戦い続ける私みたいな人には、十分な報酬だと思うわ―――ねぇ、暁美ほむらさん?」

 

 マミが目配せして見た通路の闇の先。訪ねるようにして発された言葉に反応したのか、コツコツと靴の音が三回程聞こえたかと思うと、夕焼けがその闇から出てきた暁美ほむらの姿を赤く照らし出した。

 

「あ、転校生!」

「……巴マミ、その問いに対する返答だけど、私ならその報酬は割に合っていない不満モノ、と言わせてもらうわ」

「へぇ、あなたは中々欲張りなのね」

「そうじゃ無ければ、本当に欲しいものすら手に入らないわ」

「その割には私が戦ってる間、姿は見せなかったようだけど?」

 

 余裕を崩さないマミに、鉄面皮を保つほむら。

 いつ、どちらが攻撃を仕掛けてもおかしく無い空気が発せられたその時、間に割って入る夕日に引き伸ばされた大きな影があった。

 

「そこまでだ二人とも。アケミ、君も敵対する意思は無いのだからそう固く当たる事も無いだろう?」

「……今までの経験から生まれた性格よ。そう簡単に直せるようなら苦労しないわ」

「性格? あれ、じゃあ貴女は……」

「でもお暇させてもらうわね。今日はこの裏ですることもあったから顔見せしにきただけ。…それと巴マミ、確かに見事なお手際だったけど魅せる事を意識し続けたら足元をすくわれると思うわ。用心しておいた方がいいわね」

「ご忠告どうも。さっきの魔女戦で十分掬われちゃったから、肝に銘じておくわ」

「……そう」

 

 短く返答を告げた後、ほむらの姿は転移でもしたかのように唐突に消え失せた。

 その一端の魔法少女でさえ思いつかない様な唐突な消え方を見せられた彼女達は動揺するが、アイザックは素直じゃない性格だと苦笑を以って彼女達に言う。

 

「ちょっとしたサプライズってところだな。アケミも君達と仲良くしたいのだろうが、どうにも彼女にはまだやることがあるらしくてな。学業も重なって、それをこなすまでは君達に必要以上の接触はしないような態度をとってしまうのかもしれない」

「…いわゆるツンデレって奴?」

「Tundere…それは日本のサブカルチャーか? うまく翻訳されていないが、そう思ったのならそれでいいかもしれないな」

 

 さやかの言葉に首をかしげながらも、アイザックは場の空気を取り持つかのように小さく笑った。

 

 それから数分後、魔女退治とはどのようなものか、そして魔女や魔法少女の仕組みとはどういうものかをレクチャーしながらビルを降りてきたツアーの御一行は、KEEP OUTのテープを越えてビル前の「魔女の口づけ」を受けた女性の元に戻ってきていた。

 目を覚ました女性は操られていた事を覚えていたのか、落下した時の光景と己の意志とは関係なく死に向かったことが信じられないかのように頭を押さえていたが、マミとヘルメットを外し特殊部隊の者と身分を偽ったアイザックが諌めることで、なんとか平常心を取り戻して四人に礼を言ってからその場を去って行った。

 

「あの人も、一度死ぬって言う恐怖を覚えたからね。この経験をばねにして、もう魔女の口づけを受けるようなことにならなきゃいいけど」

「結局のところ、それは当人次第だ。私達が出来るのは命を助け、忠告をすることぐらいだな。…難しいものだよ、人の心と言うのは」

 

 それ故に、あのMarkerがもたらした悲劇やその魅力に陥って悪魔の如き所業を犯すケンドラのような狂信者たちの心境が測り知れない。加え、そのように歪められた精神を持つにいたった者はどのように考えているのかも分からない。

 結界の中でも自分に引けを取らず、それでいて今の様に達観したアイザックに何か言いたいことがあったのか、マミは彼のヘルメットの下にある青い瞳を覗きこんだ。そして、その中に秘められている濃密な「何か」を感じ取り、俯いて閉口する。

 

 そうしたマミに、アイザックは先ほどの戦闘に関して言いたい事を言ってしまおうと、その口を開けた。例え、その心に傷つけるような真似をしてでも、伝えねばならないと感じたからだ。

 

「…マミ、アケミの言った通りだ。君は彼女達が魔法少女である君自身を良く見せるため、悪く言えば誇示するために戦闘に関しては余計な動作が多かった。攻撃自体は見事なものだが、相手は化け物だ。油断をすれば首を噛みちぎられ、腹を食い破られる」

 

 実際にその描写を見てきた彼にとって、言葉には知らずの内に威圧するような実感が込められていた。そして、その実感のある言葉は話を聞く彼女達の脳内で鮮明なイメージを描き出してしまい、彼の言ったシチュエーションに彼女達は青い顔をして口元を抑える。

 

「…幸いにも、都心で活動しているネクロモーフがこの街の外れに乱入する事は無かったが、奴らと魔女はまったく同質の人類の害悪というのは良く分かった。だからこそ、四六時中命を狙われた事のある経験者として君に言っておきたい。…戦いの間は、決して油断をしないでほしい。そして、どんな時にも生きる事を諦めないでくれ」

 

 力強く言葉を渡され、呆然とする彼女の手を取ったアイザックは彼女のもう片方の手をその手首へと押しあてた。動脈を流れるマミの血液が指で感じ取ることができて、マミは知らずに目を丸くしてしまう。どうして、そんな反応をしたのかは分からないが。

 

「君の体には血が通っている。当たり前だ。君も、私も鼓動を刻んで動いている。これも当たり前だ。だが、その当たり前が魔法少女と言う括りだけではなく、生きとし生けるもの皆が持っている。それでいて、私達は脆い生き物だ。だから、決して戦いに浮かれた気持ちを持っていてはいけないんだ。……頼む」

 

 油断は無くとも、目の前で巨大なネクロモーフに押し潰され理不尽な死を遂げたハモンド。彼は確かにアイザックを逃がすように己の身を犠牲にしてまでその弱り切った足で駆け抜けたが、それでも助けに来た筈の軍艦が彼の行いのせいで壊滅した事もあり、その責が大きくハモンドの心に影を落としていた筈だ。

 あの死ぬ瞬間も、大きく振り上げられたネクロモーフの攻撃は必死になれば避けられる筈のものだった。だが、彼はきっと後悔と心の影で足を止めてしまったからこそ、あの場で死んでしまったのだとアイザックは考える。

 そんなハモンドと同じく、マミやほむら達には油断や慢心、そして一瞬の判断の差で死んでほしくは無いのだ。ほむらから聞かされた魔法少女の事実を知って尚、いや、知っているからこそその肉体に宿る命を大切にして欲しい。

 

「…アイザックさん。確かに、私も“あの魔女は弱いかも”って油断していた。だからこそ使い魔の接近に気付けなくて、私はあんな無様な姿をさらした。魔法少女の体にとっては大したことは無いけど、本当は、私も怖かったわ。……ええ。怖かった」

「マミさん……」

 

 アイザックに心の内を吐露するように、未来の後輩候補がいる前で、彼女は取り繕ってきた「完璧な先輩」という仮面を外して本心を告げた。それは、あの冷静を保っていた戦いを見ていたさやかやまどかにとっては衝撃的だったのだろう。マミの名前を呼んだ声には、私達とそう変わらないんだ、という失望と驚愕、そして安心が混ぜられていた。

 

「調子に乗り過ぎていたわ」

「…そうか」

「だから、今度からは本気で当たる」

「そうだな」

「……次も、見ていてくれますか?」

「私でよければ、喜んで」

 

 マミは、彼の瞳を見続けて分かったことがある。アイザックと言う男は、自分よりも時間は短くとも、自分よりも圧倒的な数の死を駆け抜けてきた猛者であるという事だ。

 だから、次の戦いで彼に見ていてほしいと思った。同じ、化け物退治をしてきた「先輩」に自分の戦いを見極めてほしいと思った。それは彼女の孤独に闘ってきたが故の人のぬくもりを傍に求めた結果であり、一人の戦士としての覚悟でもある。

 アイザックも、元がただのエンジニアであり、結果的に化け物退治の方も技術屋に匹敵する腕にまで成長しただけの一般人に過ぎなかったが、それでも死を経験した彼としてはマミの動向を見守りたいと思った。

 

(……娘が二人目、か。私も相当未練があるらしい)

 

 そう思ったアイザックと、彼に覚悟完了の視線を向けるマミを見ていたインキュベーターは、ぽつりと呟いた。

 

「やれやれ、訳が分からないよ」

 

 その理解不能の言葉こそが、彼らの本質であると言わんばかりに。

 




今のところは原作通り。
でも、マミさんやさやかの「ほむほむ警戒メーター」はレベル50位。
まどかに至っては「ほむほむ? 私、気になりますっメーター」がレベル90振り切ってます。

そして、ところどころネタを挟まないと死んじゃう病。なにもこんなシリアス作品でしなくてもいいのに、どうしても反動が出てきてしまいます。
これも一種のアクセントだと思ってください(なんつー勝手な

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