技師の力は何が故に   作:幻想の投影物

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原作から逸脱し始めました。
今回はさやかメイン


case06

 夜につかり始めた空を見て、もう遅い時間になってしまったわね、とマミは二人に頭を下げた。そんな町はずれの廃ビル前にはマミを含めた三人の少女しかおらず、アイザックはいつまでも若い女の子たちの傍にいては体裁が悪いだろう、と早めに帰ってしまっている。それは、圧力をかけやすい見た目の自分がいなくなる事で三人の会話を円滑に進めるための策でもあったのだが、アイザックのそんな配慮にあえて乗るかのようにマミはまどかとさやかに対して口を開いた。

 

「それじゃあなた達も、魔法少女の事については決心とか色々と考えておいてほしいの。アイザックさんも言っていたけど、死と隣り合わせって言うのは本当だから。…それは、今日の私の無様な姿でも分かったかもしれないけど」

「でもマミさん、壁に叩きつけられても出血一つありませんし、ホントは魔法少女って無敵なんじゃ―――」

「その考えは捨て去った方がいいわ」

「ッ」

 

 さやかの浮かれた夢見がちな言葉を抑えて、マミは一転鋭い眼光で彼女を見据える。

 マミの底冷えするような視線を向けられたさやかは二の句を紡げず、口に手を押し当てられたかのように唇を閉じてしまった。

 

「あのね、美樹さん。確かに私達魔法少女はいざという時は“痛み”も消せるし、どれだけ怪我をしたってグリーフシードがあれば重症すら治る体を持つ事が出来るわ。でも、それだけであってそれほどの事なの。長い事やっていると他の魔法少女も見た事はあるし、その死に際にも立ち会ったことがあったわ。……ええ、今まではその子の死から目を背けてあなた達に魔法少女を勧めていたけど、もうそんな事を言える立場じゃないって今分かった」

「マミさん…死んだって―――?」

「目の前で、魔女の攻撃に押し潰されてミンチよ。助けに入る間もなく、即死だったわ。しかもその子は死に際何をしていたと思う? ……ホント、私が言えた立場じゃないのだけれど、“弱そうな外見の相手に慢心して笑っていた”の。そう、少しでも戦いの中で慢心したら簡単に命が消え失せる世界。それが、“こっち側”だって言うのにね。私も、初めてその時に此方の世界を実感したわ」

 

 あえて、マミはその死んだ人物の名を語ろうとはしなかった。だが、マミは思い出す。

 目の前で死んでいった命、結局逃してしまう形になり、後にキュゥべえの話で数人の魔法少女の犠牲が在った後に遠い地でその魔女は討たれたという話を聞いたことを。

 そして、己が死にたくない。こんな非日常に抑圧された生活を強いられていることに日々の鬱憤と、そうした孤独を打ち砕いてくれる「同類」が現れて隣で戦う事も心のどこかで願っていた。

 故に、その全てを思い返したマミは拒絶と覚悟を問う。

 

「……退治ツアーは二回くらいで最後にしましょう。その時、私は魔法少女として敵を“殺す”戦い方。つまりはあなた達の為のイメージアップを図った戦い方は見せない事を言っておくわ。その姿を見て、少しでも怖いとか思ったのなら魔法少女になる事は諦めて頂戴。勝手で、さっきまでとは反対の意見だって言うのは分かってる。でも、アイザックさんやあの暁美ほむらって子が一緒に戦ってくれている以上、可愛い表の後輩を裏に引き込むような真似はしたくないから」

「…なんですか、それ」

 

 まるで掌を返したかのような突き放す彼女の言葉に、さやかは心底不思議そうに、それでいて、目前で何かを奪われたような表情で言葉を漏らした。小さな声だった筈のそれを、普通の人よりもずっと聞きとることが出来るマミが拾うと、質問に答える教師めいた仕草で問い返した。

 

「あら、美樹さん。ご不満かしら?」

「マミさんにはあんまり関係ない話だけどさ。せっかく、せっかくだったんだよ? 希望を目の前に差し出されたのに今度はそっちから来ないようにするの? それに、そんな脅しみたいな言葉を使わなくたって―――」

「脅しじゃないのよ美樹さん。これは事実なの。アナタがどんな願いをその胸の内に秘めていたとしても―――現実が変わる訳じゃない」

「……そんなに危険だっていうんですか?」

「ええ、今回はアイザックさんが隣にいてくれたから、貴方たちがいても余裕を持って戦う事ができた。でも、彼がいなければ私の消費はもっと激しかったでしょうし、魔法少女と違って大けがに繋がる裂傷や怪我を覚悟してもらうつもりだったわ」

「え!?」

「ごめんなさいね鹿目さん。これは、人一倍気の弱そうな貴女への配慮と警告でもあったのだけれど……取り繕わず正直に言うわ。運が良かったわね、あなた達」

 

 本来の史実であるなら、初めての邂逅にてマミが口にする筈だった言葉を、マミは庇護の為では無く注意勧告の意味を込めて言い放った。その冷たい節を持った言葉にまどかはヨロヨロと後ろに下がり、マミという少女が如何に常識からかけ離れている存在かを認識し直した。

 対して、さやかの反応は実に分かり易い。その感情は「怒り」の一色に染め上げられており、守ると言っておきながら「無責任な発言」をしたマミに対して言いようのない感情を喉のあたりまで込み上がらせる。だが、結果として無事だった自分達には何も言える立場は無く、その怒りを滾らせた腕はぶるぶると腰のあたりで握られ震えるのみ。

 不意に、キッと向けられた視線をマミは受け止め、同時に悲しみに包まれる。また、浅はかな考えで「他人」を傷つけてしまった。自分本位なのは契約したその時から変わりそうにないんだな、と。

 

「もういい、帰ります。ねぇまどか」

「え、な、なに…? さやかちゃんも落ちつい―――」

「今度マミさんから呼び出されたら誘って。そんじゃあたし帰る」

 

 まどかの手を振り払うようにずかずかと歩きだしたさやかを、まどかは慌てながらに後を追いかけて行った。だが、ある意味さやかの反応は人として全く正しいものだ。

 夢と将来と言う現実、そして自分達が置かれている未熟と言う言葉の狭間で生きている「第二次成長期」。その渦中にて日々を過ごす者たちと言うのは、他の年代と比べて非常に感情が高ぶり易く、同時に奇抜な個性を兼ね備えた人格を排出する。

 現に、まどかは「臆病で引っ込み思案、そして自己嫌悪で深みにはまる」と言う現状を見つめながらも、解決に己の意志を導かない。その勇気がないという悪循環を引き起こしやすい。心優しいという性格も裏を返せば孤独を恐れ、常に他の人と一緒にいたいという願望から来るものでもあるのだ。

 

 では、さやかはどうなるのだろうか。

 美樹さやかという人物は、情に厚く義理や約束、そして生来のお人好しから様々な事に頭を突っ込もうとして、その度に解決する方法を知らずに前向きな自分と周りを同調させようとするムードメーカーである。だがそんな物も、まどかと同じく裏を返してしまえば「前向きにする以外に自分の表現方法を持たない」とも取れる曖昧で不安定なものなのである。

 故に、そう言った人物こそ心の天秤が一度傾いてしまえば、元の静かな釣り合いをとることは難しい。水に投げ込んだ波紋を消そうとして、手を突っ込んで新たな波紋を作ってしまう。そんな悪循環に囚われて己の心を自分自身でかき乱していく一方なのだ。

 

 マミは、そんな彼女の心情を思って表面上でしか心配出来ない自分を嘲笑った。

 どれだけ憧れの目を向けられようとも、自分の本質はその「凄い事」をし続ければ孤独に囚われることのない空間を作り出せる。それ故に、「凄い事」を強迫観念としてし続けているだけの卑しい人間だ。

 

「でも、ちゃんと言えてよかったわ」

 

 ただ、今までの自分と違ったのはマミもはっきりと自分の口で「真実」を口にできた事。同情を引こうとして仲間に引き入れ、己の隣に同じ存在を作りたかった本心は前々から自分で感じていた事だ。それでもマミは初めて、その欲望に蓋をして話すことが出来た。

 この抑圧をしながらも正しい事を言えた自分は、どうしようもなく愚かで賢かったのだろう。自分にとっては何の益にもならないが、相手にとっては最後の一線を踏みとどまらせる選択を掲示したのだから。

 それでも思う。「正義の魔法少女」として街を守ってきた誇りはあった。その功績が認められず、希望の魔法少女らしくもなく、闇の中に真実が埋もれ続けて行くのも承知の上だ。だというのに、つい先ほどまでの私は何を考えていたのだろう? 仲間が欲しい? 馬鹿な。戦いも何も知らない無垢な少女に契約を迫り続けていた自分は、「正義」とは程遠い所にいたくせに。

 

「私も、もう帰りましょ」

 

 ただし、いつまでもこんな所には居られない。

 マミは自問自答を繰り返しながらも帰路についた。突如として協力体制を取ったアイザックと、その恩人であるという黒髪の魔法少女の暁美ほむら。本当に短い間しか近くにいなかったのに、僅かな時間しか話もしなかったのに、確実にあの二人組の言葉は正しく心に響いてきている。

 

 ―――ささやかながらも、この選択は己に大きな変革を与えるかもしれない。

 奇妙な予感を抱き、マミは夕暮れの赤に溶け込んでいくのであった。

 

 

 

 

「…戻ったぞ。随分と弾薬を使ってしまったがな」

「お疲れさま。巴マミが逃した使い魔の掃討でこっちも弾切れよ。いくら魔女を倒せば自立前の使い魔は消えるけど、グリーフシードを生成しかけている使い魔たちは野に放たれるというのにね」

 

 目の前の事ばかり見ていて、その爪が甘い所などが実にマミらしいとほむらは語る。

 アイザックは冷たく突き放した彼女の言葉に仕方がない、と言った風に微笑むと、銃の分解とマガジンリセットに勤しむ彼女に一つの武器を手渡した。

 

「今回の事でよく分かった。これは君が持っていてくれ」

「……これは、発破解体工具(フォースガン)?」

「流石に重力装置が積まれた物は造れないからな。それに、ネクロモーフ共の数が少ない以上大型の銃はデカイ獲物に使った方がいい。囲まれる心配も無いのなら、小回りのきく武器の方がずっと使いやすい」

「それはそうだけど……いえ、貰っておくわ。敵の攻撃を吹き飛ばしたりとか、体勢を整える時に使えるかもしれないわね」

「セーフティは例の如く全開放。威力はお墨付きだ」

 

 スーツの上部を露出させ、電灯の光に目を鳴らしたアイザックは部屋の隅に敷かれたブルーシートの上に移動して陣取った。工具や分解中のネジ釘がばら撒かれたその場所は、最早一種の作業現場を思わせるそれに雰囲気ごと変化させられており、異世界未来人たる彼が侵略してきた事の主張を表しているようにも思える。

 だが、ほむら用のプラズマカッター製作に取り掛かろうとしたアイザックはピタリと造りかけのプラズマカッターに伸ばす手を止めた。言いたいことが在るのか、くるりとほむらの方に向き直ったアイザックの視線を受け、ほむらはフォースガンの各所を見ていた作業を中断させて振り返る。

 

「…最初に謝らせて貰う。すまない」

「……? どうしたのよ」

「勧誘する事を忘れていたんだ。トモエには少しばかり化け物退治の先輩として説教してきたが、あれでは己が生き残ることに全力を懸けても君との協力体制を築く為の感情は抱きにくいかも知れん。むしろ、こっちを別の行動者として対抗意識を燃やされた可能性も高いな」

「そう、でも彼女の慢心が無くなったのなら幸いね。あれでも本気を出したら全魔法少女中最高クラスの実力を持っているし、場数を踏んだだけあって観察眼も大したものよ。ワルプルギスの夜が来ると分かれば、どちらにせよ性格上協力してくれるだろうし」

 

 あのお人好しの「正義の味方」には断る理由など無いだろう。

 だが、アイザックが次に口にした言葉が最も大きな問題であった。

 

「だが、魔法少女の真実を伝えたならば?」

「……分からないわ。巴マミという人格は非常によく出来たガラス細工の鳥みたいなものよ。だから、罅が入ればすぐにその心は砕け散るし、この数年の間“事実を知らずに戦ってきた”彼女にとってはそう簡単に克服できるような問題でもない。かと言って、下手にまどか達に魔法少女の真実を話せば―――」

「それが、トモエの耳に入ってしまう…だな」

「その通りよ。彼女が真実に耐えきれれば万々歳だけど、下手をすると錯乱して暴れかねないのも事実。…いや、“史実”と言った方がいいわね」

 

 フォースガンの上部レバーを引っ張り、砲門を露出させたほむらはこれでいいのかしらね、と溜息を洩らした。その後すぐにsafeモードに戻すと、いくらでも物を入れることが出来る「盾」の中にフォースガンを突っ込んだ。

 音も無く「盾」の中に沈んで行ったフォースガンを見届けて、アイザックは首を横に振りながら製作に取り掛かり始める。

 

 重苦しい空気だけが、この部屋に満ちていた。

 

 

 

 

 翌日もまた快晴の日。寒くも無く、むしろ暖かな陽気が辺りに満ちた午後の頃。白いカーテンを揺らす風を招く様に開け放たれた窓のある病室があった。そこには、精も根も尽き果ててしまったかのような雰囲気を放つ儚げな少年と、普段の快活さはどこに行ったのか、物静かながらも精一杯の笑みを少年に向ける青髪の少女が向き合っていた。

 

「へぇ、ネットでも手に入らない廃盤のCDじゃないか。さやかはレアもの見つけるのが本当に上手いんだね」

「え、そうかな…?」

「それに僕好みのクラシックを持ってきてくれる。ハハハ、もうどんなことでも知られちゃってる気がするなぁ」

「……そんなことないよ。あたしは知らないことだって沢山ある」

「うん? なんだか今日は暗いね。どうしたんだい」

 

 そう言って、白い髪が益々儚さを助長しているかのような少年――上条恭介は幼馴染の青い髪の少女――美樹さやかを労わる様な言葉をかけた。確かに、恭介という人物は夢潰えたりを現在進行形で味わう辛い身の上だ。その事で嘆き悲しんだ数は数え切れず、時には、と表現するには少なすぎるほど自分の才や夢を潰されたことを八つ当たり気味に撒き散らした事もある。

 だが、彼は決して「嫌な奴」として在り続けるには心が汚く無い少年。何度も辺り散らしてしまったこともある美樹さやかという人物は、それでも自分を励まそうと近くにいてくれる人物であることを知っていた。

 故に、恭介は尋ねた。自分に勝るとも劣らない「暗い瞳」をしたさやかへと。

 

「……ねぇ恭介。こんな事言うのはアンタを怒らせるって分かってるけど、その手が治せる手段が在るんだったら、それに飛びついて、這いつくばってでも掴み取るっていう“覚悟”はある?」

「何を言うかと思えば。もちろんだよ! 僕の手を治せるんだったら、外国でも、未知の医療技術でも何でも試してみるさ! さやか、君は何を言って―――……ああ、ゴメン。また、やっちゃったね」

「ううん、いいの。あたしも決心がついたから」

「さやか、本当にどうしたんだい。まるでその言葉じゃ…痛っ!?」

 

 再度疑問をぶつけた恭介の背を叩き、さやかは満面の笑みで立ちあがった。

 そして、彼は分からなくなる。美樹さやかという人物は本当に意味の無い所で笑う様な人間では無い。では、何故この場面でこんなに嬉しそうな顔をしたのだろうか? そして、先ほど聞いた決意を問う言葉。

 ここまでお膳立てしたのならば、如何に鈍い人間でも気付く事が出来る。まったくさやかの本心に気付いていない、いわば「鈍感」という烙印を押されてもおかしくは無い恭介だったが、それでも彼女の様子を見て一つ分かった事が在った。

 

――美樹さやかという女性が、己の何かを投げてまでこの手を治す手段を見つけている。

 

 その決意は嬉しい。そして自分の手が治る事も嬉しい。だが、彼女が自分の為に何かの犠牲になるというのは、幼馴染が何かしらの危機に巻き込まれるというのは我慢ならない。正義感と親愛の情からさやかに向かって手と言葉を伸ばそうとした恭介は、しかし他の誰でもない、さやかの手によって正面から口を防がれた。

 これ以上は自分が話す番だと、子供に言い聞かせる母親の様に。

 

「ねぇ恭介。あたしは、アンタの手が治ればまた演奏を聴けるからとっても嬉しいの。だから、アンタがずっと元気でいてくれればあたしはどうなろうとも構わないや。…責任負わせるみたいな宣言してごめんね? でも、もしあたしが居なくなっても、恭介は幸せになれるように、頑張るから、ね?」

 

 慈愛と恋愛感情。その二つが入り混じった瞳で愛しき男を見る。だが、恭介は捨て身とも取れる彼女の発言に錯乱するばかり。そして、己を犠牲にするその言葉を聞いて今度こそ彼女をこの場で引きとめなければならないと足を動かした。

 だが、動かない。それどころか、視界もぼやけて息がし辛い。

 

 過呼吸だ。さやかの事で驚くばかりに己の現状を見極めることすらできていなかった。早く引きとめたいと焦る気持ちが心臓に早鐘を打たせ、己を更に悪い状況へと引き込んで行く。止めなくては、そうは思っても絶対に彼女に手が届く事は無い。

 

「た、大変! どうしたの恭介…すぐに看護師さん呼ぶから、待ってて!」

「さ、さや――――」

 

 やっとの思いで口にした言葉は、霞の様な儚いもの。自分の耳は震えても、彼女の鼓膜を揺らすには至らない声量。恭介の必死な様子を苦しさから来るものと勘違いしたさやかは、彼の懇願など知らぬかのように急ぎその部屋を出て行ってしまった。

 

 僕のせいだ。僕のせいで、さやかは。

 幼馴染が身を砕いて献身してくれる事は素直にうれしかった。だが、それとこれとは話が別だ。何も、自分の為に人生の全てを捨てるような決断などして欲しくは無いのに。そんな恭介の思いは決して、彼女に届く事は無い。そして、その焦りと彼女の決断は、また新たな運命を呼び起こすことになるなど。

 彼は、後に全てを知ることになる。そして、彼は――――

 

 運命が刻まれた病室。

 恭介が苦しげに吐血したブラッド・アートは行く末を描くが如くであった。

 

 

 

 

「恭介、アイツ大丈夫かな……」

 

 病院の屋上で、さやかは手すりにもたれかかった。あれから、恭介のいる病室から看護師が戻って来て、ただの過呼吸だったから安心していい、と彼の無事を報告されたさやかは、その全ての原因が自分にあると思って辛くなり、逃げるようにこの屋上まで走ってきたのである。

 青空が映し出す風景には薄らと赤色が交じり始め、夕焼けも近い事を表している。まるで魔女たちやアイザックの言ったネクロモーフが跋扈する恐怖の時間を暗示しているようで、さやかは人知れず身ぶるいと共に未知の怪物へと恐怖を抱いた。だが、その中であの強い光を目に灯した人物達は戦っているのだと思うと、さやかの持つ負けん気が込み上げてくるのだった。

 

 しかし、それは諸刃の剣だという真実を彼女は知らない。知らずの決意は、新たな悲劇を呼び起こすものであるのだとも。

 

「やぁさやか。こんなところでどうしたのかな」

「キュゥべえ? アンタ、ホントにどこにでも現れるんだね」

「まぁ、君が“契約”してくれそうだったからこっちに来たんだよ」

「お見通しってわけ? その辺さぁ、結構気味が悪いよ」

「そうかい? この姿は君達人間の基準で言えば愛らしいものの括りに入ると思うんだけど」

「あー…そうじゃなくてさ。……もういいや」

 

 突如として隣に出現した獣に面食らいつつも、さやかは項垂れるように手すりに背を向けて座り込んだ。硬質な棒の間隔が二、三本ほど背中に当たり、多少の痛みを生じさせる。だが、それくらいがこの悩みを考えるにはいい刺激だと、彼女は自分の痛みを当てにする現状に対して小さく息を吐いた。

 

「そろそろマミたちも動き出す頃だ。魔法少女ツアー、また待ち合わせ場所は同じだよ」

「……そう、マミさんが。かぁ」

 

 思い出して、巴マミと言う少女から伝えられた言葉が蘇る。

 キュゥべえは諦めていないようだが、このツアーもむしろこの一回が最後になるのだろうとは思っている。マミは既に仲間の魔法少女を欲しておらず、前に見えた様な自然の中に誘導を織り交ぜた契約を迫る様な発言はしなくなっている。

 それはつまり、自分が契約して「恭介の手を治す」ことを認めないという事。だが、その言い分もまた正論であるので、残酷な二択の現実にさやかは新たな溜息を洩らした。これで今日は何度めだろう、そんな取りとめのない想いと共に。

 

 しかし、それでこの今が変化する訳でもない。

 契約しなければ最愛の恭介は未来を閉ざされることになる。

 契約するならば自分は戦いに放り出され、死神を連れ回すことになる。

 何とも残酷な話だ。そんな自分の過酷な境遇に反吐が出るが、既に先ほどの恭介との話で「決心」はついた。それに見合う、マミも言うような覚悟はともかくとして。

 

「なぁキュゥべえ。あたしの、願いは―――」

 

 言いかけて、彼女の懐から電子音が鳴り響いた。

 

「……まどか?」

≪あ、さやかちゃんいま何処にいるの? マミさんが使い魔を見つけたから、すぐにいつもの集合場所に来てって≫

「あ、うん。すぐに行くよ。今は恭介の病院にいるから、心配しないで待ってて」

≪恭介君の? お見舞いしてたんだね≫

「まあね。これ以上話も長くしてらんないし、切るね」

≪うん、また後で≫

 

 そして、あちらから通話を切る音を確認するとさやかは大きく息を吸い込んだ。

 

「キュゥべえ、今回のツアーが終わったらあたしの家に来て。どうせ来れるんでしょ?」

「わかったよ。それじゃ窓を開けて待っていてくれ」

「どんな侵入方法かと思えば……ま、いいか」

 

 さやかは「ツアー」の待ち合わせに遅れないように急ぎ、途中で病院内を走った事を看護師に怒られながらも廊下を駆け抜けて行く。その最中で、とある病室を通った際に彼女を呼び止める声があった。

 

「さやか!」

「…………」

 

 だが、彼女はそれに耳を傾けることなく駆け抜けた。

 それは自分の決心を彼に乱されたくなかったからなのか、彼に余計な事実を喋りそうな自分に緘口を敷いたのかは分からない。だが、ともかく彼といま、話をすることは避けたかったのだ。

 

 さやかは駆け抜ける。決して暗くは無い、「思い描いた未来」を信じて。

 




いつもより文字数は少ないですが、今日はここまで。

そしてまったく場面が進んでいない……
これって、コミックスだと3,4ページくらいの内容です。アニメでは数分程度。
いやぁ、展開が遅すぎて申し訳ありません。次からはもっと長く、濃く書いていきたいと思います。(何回目でしょう、これ言うの)

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