技師の力は何が故に   作:幻想の投影物

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case09

 魔女の姿はこれまでの相手とは違い、まだ見れる方だというべきであろうか。されどまどかが最初に感じたのは、一見かわいらしい人形のような見た目から発せられる違和感だった。キュゥべえの言っていた魔法少女の才能とやらが関係しているのかどうかはわからないが、とにかく感じたのは多大な違和感。まるで、多段ロケットのように他の出力を残して動き回れそうな、底の知れなさだったのだ。

 だが魔女は魔女。魔法少女達はキュゥべえのような虚構の愛くるしさを持つ敵であっても一切の容赦は必要ない。走りだしたマミは、まどかの隣を擦りぬけると同時にリボンでほとんど隙間の無い壁を作ってまどかの安全を最優先に確保する。鋭く空を裂くリボンの音が、守られるまどかにとって頼もしく聞こえていた。

 

「これでいいんでしょう?」

「…敵わないわね」

 

 微笑みかけるマミに、ほむらは見透かされたことを称賛する。次いで盾から一丁の銃を引きずり出して発砲すれば、周囲に集り始めていた一つ目ネズミのような使い魔を撃ち殺す。正確にばら撒かれた弾丸の合間を縫って、マミは吹き飛ばした魔女「シャルロッテ」の方向に使いなれた標準サイズのマスケット銃を向けた。

 

「消えなさい」

 

 引き金を絞り、直後に撃った方を投げ捨て次の銃を召喚。絶え間なく響く銃声をBGMに、その繰り返しで確実に弾丸の雨をシャルロッテの小さな体に浴びせて行く。そこには優雅さなど感じられず、マミが宣言した通りとなるような蹂躙劇が開幕を告げる。しかし魔女とて黙って弾丸を受け止める様な木偶では無い。その身を一度大きく震わせたかと思うと、ひよこのくちばしよりも小さな口から巨大な何かを吐きだしていた。

 黒っぽいソレは牙をむき、未だ銃を構えたままのマミの頭へと襲いかかるのだ。

 

 

 

 また一匹、この世界で二体目である赤子の姿をしたネクロモーフが切り捨てられる。脊髄の辺りから生え、骨の弾丸を飛ばす三本の特徴的な触手。さやかはそれを正確に狙って斬り捨てると、次なる目標に向けてその白き刃を閃かせていた。数瞬の後、赤子だったモノはゴトリと横に倒れる。

 

「詰めが甘い。例え赤子でもネクロモーフは―――」

 

 アイザックはそんなさやかに語り聞かせるように片足を上げ、寄って来ていたスラッシャーの両腕をラインガンの一線で上半身ごと焼き払う。そして、勢いよく右足を振り下ろし、赤子だったモノの死体をミンチもかくやというほどに踏み砕いた。

 

「こうする他ない。Ahhh! Fuck!」

 

 口汚い言葉が出る事も構わず、赤子もろとも近くのネクロモーフの死体を踏み砕いてどす黒く酸化した元血液の名残を全身に浴びる。ベッタリとこびり付いた血糊の内、視界に関係するバイザー部分だけを洗浄にかけてさやかの方向を見ると、彼女は顔を髪の毛よりも青くさせながらアイザックの忠告通りに死体を更に細切れの挽肉へと変えていった。

 

 それから数十分。ようやくネクロモーフの襲撃は終わり、辺りに散らばっている死骸の数はざっと見て30以上。そのうち、大半が面影も無いほどに細切れの肉塊へと変貌させられていることを踏まえれば数は更に多かったことになる。

 アイザックは忌々しげな感情とこれを持ちこんでしまった罪悪感を交えた視線を骸の群れに向けて放つと、盛大な溜息と共に近くのビルの壁を殴りつけた。アイザックにとって旧世代の構造でできているビルは強化スーツの拳がめり込み、蜘蛛の巣の様な罅を広げてしまっている。

 さやかは息を切らしながらアイザックの元へ歩いて行くと、マミのように新たに作り出すことも出来ず、たった一本しかない己の武器を杖代わりにして、その場に崩れ落ちた。極度の疲労と緊張。そして溜めこんできたモノが最後の最後で押し寄せてきたのか、その口からは透明な胃液が漏れ出ている。これでは、喉は相当に痛みを訴えている事だろう。

 

「……人として生きるからには、戦いの間はネクロモーフの事を人間ではないと思いこまなければならない。親しい人間が交じっていれば……私も躊躇いが生まれるだろうが、最終的には迷いを振り切ることしかできない。そうしなければ、狂気に呑まれてしまう」

 

 この場には静寂が満ちていた。

 ネクロモーフ達の獣の様な唸り声も無ければ、アイザックとさやかの己を鼓舞するための雄たけびも無い。ただ、そこに闘いがあったという名残である血と、戦いの終わりを示す無情なまでに穏やかな時間だった。

 

「……アイザックさん、アンタは一体…どんな地獄を経験してきたんですか」

「地獄か」

 

 自嘲するように、彼は笑った。

 

「あながち間違ってはいないのだろう。同僚は目の前でだ。更には犬死にで命を終え、脱出を手伝ってくれると信じていた相手は敵となって私の気持ちを裏切り、助けようとしてくれた狂った科学者は幻想を抱いたまま目の前で殺された」

 

 その名は生涯忘れられないだろう。「Hammond」「Kendra」「Dr.Kyne」。彼らの死は、これまで見て来たどんなことよりも衝撃的で、呆気ないものだった。

 

「僅かな船の生き残りも、よほどに精神を侵されていたのか。私を目にした途端、頭が弾け飛ぶ爆弾を使ったり、自らの喉を掻っ切って死んだ。最後まで抗った猛者達は、報われることなく人間に殺されていた…」

 

 思い返せど、一度も希望が見えた事は無かった。…いや、訂正しよう。真に希望に辿り着く事は許されていなかった。まごうことなき死の空間(Dead Space)となったIshimuraを駆け回った中で、何かの度に何らかの希望を捨てる事態が訪れていたのだ。

 最悪の連鎖が、この目の前で横たわるネクロモーフ達に投影される。船員として乗っていた皆が血溜まりに沈み、人口抑制のために成長を維持されていた、名も知れぬ赤子の検体が内側から破った水槽のガラス。だが、此処にいたのはそんな名も知れぬ管理された赤子では無い。命に価値を付ける事もナンセンスだが、アレらは正真正銘、両親から愛を受けて生まれた子供だったのだ。

 

「正気を保つために、必死に己を保つんだ。多少の絶望も己の糧として行くしかない。……こいつらと相対した君には、その覚悟と意味をしっかりと持っていてほしい。理不尽など、こうして死体になるほどに転がっているんだと。君達魔法少女にとっても、絶望は重要なファクターだという事も、覚えてほしい」

 

 さやかは、割り切ってしまったアイザックの感性に酷い衝撃を受けた。

 自覚してからは、人の面影を残したアレらが襲ってくる光景が恐ろしいものに見えていた。だが、手を動かそうとすれば目の前の人だったモノを切り捨てなければならない。さやかは、その中で自分の命が失われることに恐怖して剣を振るった。その結果が、魔法少女の筋力で容易く飛んで行くネクロモーフのバラバラになった残骸。

 普通の感性を取り戻したさやかにとって、アイザックのように「正しく狂う」ことは非常に難しく、それでいて理解しかけている自分がどこかにいるのだとも思えてしまった。この時点で、自分は前までの我武者羅に「悪い事」に首を突っ込む美樹さやかとは変わってしまっているという、そんな自覚さえ浮かび上がってくる。

 

「最悪よ。ホント、あたしみたいなのが魔法少女になるんじゃなかった」

「だが、君は既に契約している」

「分かってる! 分かってるよそんな事!! ……だからじゃん。だから、あたしはこうやって怖がってる……。惨めに、自分が殺した死体に怖がってるんだよ! それに、覚えろって…? ただの中学生で、バカなあたしには……難しいよ…!」

 

 目眩が酷くなった。バランスが保てなくなり、寄りかかっていた剣とは別方向に倒れ込む。それでも、未練は残っているのだろう。剣を握りしめる手は、決して開かれる事は無く己が武器を握り続けていた。まるで最後の心の拠り所であるかのように。

 さやかは意識が途切れる寸前、硬質な金属に抱きかかえられる感触を感じて、視界を暗転させた。

 

「……無理も無い。…グリーフシードはこの辺りだったか」

 

 収納領域からほむらに渡されたグリーフシードを取り出し、半分ほどまで黒く染まっている彼女のソウルジェムに近づける。戦闘の消耗と、この事態に遭遇した事。そして一日二日の間を一人で駆け巡った事。それらの積み重ねが、一気に黒い染みを広がらせる要因だったのだろう。

 グリーフシードはそんな絶望を取り除くかのように、当たり前だと言わんばかりに黒い汚れを取り出した。吸収量が多かったためか、ブルブルと震えたグリーフシードは今にも魔女が生まれそうだとも感じられる。ただ、これは表面張力のレベルにすら達していないのだ。そう、ほむらからのレクチャーで教えられてはいたが、実際に目にしてみると何とも不安を湧かせる。

 

 とにかく、アイザックは気を失ったさやかを乗せてビルの影の中に紛れていった。変身も解除されているようなので、魔力を無駄に失う事も無いだろう。ただ、彼女の幸せそうな寝顔を見るには、夢の中で何かを掴んだのかもしれないな。アイザックは、そう思って微笑むのだった。

 

「…………」

 

 路地裏から、一人の男がその後ろ姿を見届ける。ただ、動きは素人のものではない。一見何処にでもいそうな私服に身を包んだ男は、携帯を取り出すと目の前の肉塊から込み上げる腐臭と肉の焼ける匂いに顔をいぶかしめながらも、とある相手に連絡を取った。

 

「……はい、見つけました。想像以上に…いえ、人知の及ばない程におぞましいものだと思います。……し、しかし!? それでは貴方の感性や、教育上………わ、分かりました。貴方がそこまで望まれるのでしたら。私も仕事ですので、答えざるを得ません」

 

 携帯の発達したカメラ機能で空しい機械音が鳴り響く。一瞬のフラッシュがネクロモーフの残骸を覆い、次の瞬間に男の姿も消えていた。あれほど特徴の無さそうな、良くいる初老の男性だ。服を変えてしまえば誰にも正体を知ることはできないだろう。

 今度こそ、場には死の静寂が訪れる。夕方頃に傾き始めた日の光は、それらを隠すようにビルの影を伸ばしてしまうのだった。

 

 

 

 魔女の牙が眼前に在った。

 もはや、銃弾程度ではこの場を逃れる事は出来ない。既に相手の牙に首をつままれているのだ。下手に動かせば、この首が飛んで行くだろうと、マミはほんのわずかな一瞬の間に感想を述べていた。

 

 視界の端には、驚愕に目を見開いたまどかの姿がある。ほむらは視界に入らなかったが、唯一つ気がかりがあった。

 

 ―――結局、理由聞けなかったじゃない。

 

 ………。

 ……。

 

 …………はて? 世界はこんなにモノクロームだったろうか。

 

「巴さんッ!」

 

 寸での所で、マミの体はシャルロッテの禍々しい顎の範囲から逃れていた。気が抜けたのか、他の要因が重なっていたのか、どんな事象が働いたのかは窮地から逃れる事が出来た彼女でさえ分からない。いつの間にか体は、すれ違いそうなほどに魔女の巨体を眼前に捉えてなお生き伸びていたのだから。

 ただ、一つ言えるとするならば、巴マミという人物がこの場で消える事を、運命ですら望まなかったという点であろう。

 

 難を逃れた事を認識したマミは一転。足を踏みしめて側面に飛び跳ねた。魔女の体の形に合わせて沿って行く移動の後に、無防備な横腹に当たる箇所へ到達。瞬間、己の右手に握られている銃の引き金をあらん限りの力で引き絞った。同時に、その勝利への渇望と生への執着が魔法の力に通じたのか、いつの間にか背後に出現していた数々の大砲からも魔法の銃弾が吐き出されている。

 煙幕で巨体が埋め尽くされたと同時、危険を感じたマミはその場から飛び退いた。その直後に魔女の体が目の前を通り過ぎ、ほむらが喰われそうになったマミの代わりに投げていた手榴弾を口の中に呑みこんでしまう。

 

 その結果は―――爆発だ。

 

「ギャァァァァァァアァァァァアアァァァァアアアアアアアア!!」

 

 口の中からの攻撃に、形態移行したシャルロッテは元の小さな人形体にまでダメージを浸透させられる。せめてこの忌まわしき魔法少女共からのダメージを和らげようと、蟲の成長速度を遥かに超える脱皮で新たな身体を形成、再び襲いかかろうとするが、晴れた煙幕の先にマミの姿は無く、ご丁寧に人の形に整えられた爆発物の塊が鎮座するばかり。

 巨大な恵方巻きは、ほむらのルアーフィッシングにまんまと釣られてしまったのだ。魔女が自覚した瞬間、眼球を一瞬で焼きつくす程の閃光が浄化の光のように眩く―――

 

 

 

「まどか、大丈夫?」

「ちょっと、耳が痛いかな…」

「ごめん」

「ちょっと~? 二人とも先輩の脱出劇には何もない訳?」

 

 死の危険から脱出したばかりで、全身から汗を吹きだしたマミがそこにいた。流石の魔法少女と言えど、再生速度はともかく全ての汗腺を閉じるという行為は不可能らしい。

 

「危なかったけど…無事で何よりね」

「暁美さん、あの時間停止は使えなかったの?」

「最初から触れている人じゃないと動かせないの。あなたのリボンや銃みたいに、制約は当然存在するわ」

「そっか……そんなに都合のいい話なんて、そうそう無いものね」

 

 巴マミの生還。

 そのことに喜びを覚えると同時に、ほむらは一種の疑念が生まれていた。

 本来、このシャルロッテと言う魔女は巴マミの戦法には相性が悪く、更には文字通りな初見殺しの形態変化で不意を打たれて死亡するという「歴史」が非常に多かった。だが、何の「因果」が働いたのかは定かではないが、覚悟を決めた彼女でさえ反応しきれなかったあの時、僅かに体が下がるという奇跡が起こって一命を取り留めることになる。更には、決定的な反撃のチャンスとまで相成ったのだ。

 ほむらには確実に感じられた。史実にズレ(・・)が生じているのだと。そして、そのズレは今のところ巴マミの生存という利点を齎しているが、美樹さやかの契約を早める結果に繋がっている。

 

 時期が近い。いや、時が来た(・・・・)のかもしれない。

 ほむらは、紫色のソウルジェムの輝きを見ながら、思った。

 

「あ、結界が…!」

「魔女もこれで完全に消滅したようだね。そこにグリーフシードがあるから、ソウルジェムの穢れを吸い取らせたら、僕に渡してくれ」

「あら、いたのね」

「冷たいなぁ。ほむらは」

 

 今までまどかばかりで、初めて魔法少女二人にキュゥべえの存在が認知される。唐の肩に乗せていたまどかもすっかり忘れていたようで、あ、と小さく声をこぼしていた。

 

「…キュゥべえの言う事ももっともよね。とにかくソウルジェムの穢れを吸わせましょうか。そうそう、暁美さん、先に使う?」

「今回は使わせてもらうわ。此処までの間に魔力を消耗してるから」

「そう? じゃ、お先にどうぞ。私はまだ余裕があるから」

 

 ソウルジェムを投げ渡されたほむらは、他の魔法少女と同様に穢れを吸い取らせていった。穢れが膨張してグリーフシードから溢れそうになるも、近くにキュゥべえが居るのなら。そう思って、マミにも投げ渡す。

 

「限界近いみたいだけど…」

「その程度なら僕が回収すれば問題ないよ」

「そう? 分かったわ」

 

 コツンとグリーフシードを当てて、マミのソウルジェムも黄金色の輝きを取り戻す。常に光り輝いていなければならない魔法少女の使命と相重なって、その最たる例であるマミのジェムはほむらにはとても眩しいものに見えた。

 結界も無くなり、穢れも浄化した事で二人は魔法少女の変身を解く。元の見滝原中学校の制服に身を包んだ姿を見て、まどかはようやく日常が戻って来たんだと安心した。待っている間は長くも感じたが、いざ戦うとなると、傍観者であるまどかには時間が直ぐに過ぎているように思えた。

 

「…うん、それじゃ鹿目さんもいることだし、聞かせてくれる?」

「覚えてたのね」

「当然。それが私の協力する理由にするって決めたもの」

「え、え…? どうしたんですか、マミさん」

「彼女、私達の知らない事を知ってるって。だから聞いておこうかと思ったのよ。ね、暁美さん?」

 

 制服姿に戻っても、魔法少女としての剛毅な性格が取り除かれる訳ではない。ちょうどほむらも、時期が来たのではないかとある意味で諦めの境地に入っていた所だ。

 ただ、その話をするにはこの場所では頭の痛い女子中学生に思われても仕方がない。

 

「分かったわ。話をつけるから、キュゥべえも連れてアイザックと落ちあいましょう。多分美樹さやかを確保しているだろうから―――」

「さやかがそっちにいるって!? それは本当なのか!」

「上条さん! あなたはまだ検査が終わってません! 落ちついて下さい!」

 

 突如としてほむらにかみつく様に言葉を浴びせたのは、看護師に止められている上条恭介その人だった。病院服は余程の無理をして此処まで来たのかあちこちが汚れており、必死に止める看護師の姿が少しずつ増えていくにつれて彼の姿も病院に返されようとしている。

 

「え……上条君?」

「鹿目さん、彼は……」

 

 事情を知らないマミがまどかに訪ねたが、まどかは彼が元気になっていることに対してさやかの魔法少女としての願いを嫌と言うほどに思い知らされた。それだけ、親友が危険な現場に関わってしまっている事がどうにも、まどかの中に在る感情に引っ掛かりを覚えさせる。

 

「頼む! さやかの元に行かせてくれ! 鹿目さん、知っているんならどうか、お願いだ…! さやかが僕を治してくれたって言うのに…彼女は……!」

「上条さん! あの写真がショックだったのは分かりましたから、どうかお願いです。戻ってください。親御さんもせっかく手が治ったと喜んでいらっしゃるのに、このままでは」

「黙っていてくれ! そんな事(バイオリン)より幼馴染が危険にさらされている方が!」

「……仕方ないわね」

「暁美さん? まさか」

 

 このままでは押し問答が続くのみ。

 そう判断したほむらは、つかつかと彼の前に歩いて行くと、モノクロームな世界に入った。魔法少女は、固有の能力を変身しなくともその一端を使う事が出来る。ほむらの場合は時間停止を数秒程度に扱えるというモノだったが、彼女にとってはそれで十分だった。

 上条恭介の体を看護師達からあらん限りの力で引っ張り出し、看護師達をソウルジェムの魔法の力で気絶させ、近くの木陰に座らせる。時が止まった世界で数秒と言うのもおかしな話だが、その短時間で全ての事は為された。

 

「―――あれ?」

「上条恭介。美樹さやかにそこまで会いたいの?」

「…君は、いや。会いたいさ。会って、正面から話さなければならない事があるんだ」

「………分かったわ。付いてきて」

「ちょっと、暁美さん!?」

「いいの、巴先輩。彼には知る権利がある。少なくとも、数週間後に現れるワルプルギスの夜の為、町もろとも命運の一端を手にした彼にはね」

「ワルプルギスって……本当に、貴女は」

 

 絶句する一同。此処に来て、暁美ほむらと言う人物の得体の知れなさが次々と当人の口から吐き出されていく。真実と、占い師の様などこか説得力のある言葉。まさしく魔を扱う少女として相応しい雰囲気を醸しながら、ほむらは言った。

 

「ついてきて」

 

 他の面々は、その揺るぎない意志の元に頷きを返すことしかできなかった。

 

 

 

 

「……まだ私だけか。やれやれ、此処まで来るのに私服さえあればな」

 

 とはいっても、ほむらもそのような私服は持っていない上にまさかこの格好のままで買い物に行くわけにもいかない。選択肢の全てをはぎ取られているような現状に対し、アイザックは苦笑を洩らした。

 

 さやかをソファーに寝かせ、不可思議な地図や戦略図が中央から垂れさがっているほむらの部屋を見回す。まるでフワフワと不定形な宇宙がそこに在る様な感覚で、ファンタジーとSFが混ざった印象さえ与えるこの場所は、隔絶された空間としてエンジニアであるアイザックにとっては理想の場所だった。ここなら、騒音を出しても近所迷惑にならない。

 

 早速と言わんばかりに工具を取り出し、先の戦いで用いたラインガンの残弾を補充する。エンジニアとしてやっているうちに、時間さえかければこう言ったものの補充をするための小道具は作れるようになっている。石村にいた時はそんな暇すら与えられない為に背後を気にしながらショップを利用していたが、ここでは実に、安息の時間が取れていると笑みを漏らした。

 

「……だが、ネクロモーフはああまで増えるものなのか…?」

 

 石村脱出を胸に、駆け回っていた時。ネクロモーフの成り立ちについて知らざるを得ない機会に恵まれてしまったが、それでもまだ、彼のネクロモーフと言う未知の怪物についての知識は十全のものではない。彼はネクロモーフはが単体で細胞分裂を起こして増える事も知らないし、新たに増えたネクロモーフがデトネイターを作り出す事も知らない。

 だが、今回ばかりはそれでよかった。この世界に、既にネクロモーフは最後の一匹しか残っていない。しかも、それはアイザックが連れて来た古株であり、細胞分裂も限界数を越えている。だが、果たしてソレは本当の終わりと言えるのかは、分からない。

 

 そんな事を知らないアイザックは、補充して限界まで弾を込めたラインガンの調整を終え、次なる工具である丸鋸射出装置、リッパーの点検に移った。実際に使いどころはいいが、弾が手に入った際は弾の単価が高いので石村ストアで換金して別の武器を調達していたか。そんな事を思い出す。

 しかし、その武器が今後に重要な使われ方をするとは、彼は思いもよらない。

 

「……ぅ、ううん……」

「目が覚めたか」

「アイザックさん…? 此処どこ」

「アケミの家だ。ああ、今から煩くなるから耳をふさいでいろ」

「へ?」

 

 気の抜けた返事の直後、凄まじい金切り音が響き渡る。

 ギャルリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリィッ!!

 

「ぃぃいいいい…!?」

「Hum、射出口に緩みがあるな。動力を停止して点検するか」

「い、いたたたた……」

 

 さやかの目も覚めるどころかぶっ飛ぶようなリアクションには目もくれず、彼は只管に自分の工具を点検する。自分の命綱の一つでもあるそれに、慢心して油断を晒すことはできない。エンジニアの性からしても、こうした道具の入念なチェックは彼の癖でもあった。

 

 そうしていると、玄関の辺りから誰かが入ってくる気配がした。アイザックは磨いていた工具を傍に置くと、入口を向いて出迎える準備をする。同じくさやかも、其方の方を見て―――驚愕に目を見開いた。

 

「恭介…!? アンタ、なんでここに……」

「さやか? やっと見つけた!」

「そこまで。嬉しいのは分かったが……アケミ、アレの為(・・・・)に連れて来たんだな?」

「ええ、赤い槍が居ないけど、少し予定を早めてでも知っておく必要があると判断したの。そっちはどう思う?」

「私は……いや、君がそれでいいと思うのならいいのだろう」

「……ありがとう」

 

 いつの間に、この男にここまで心を許したのだろうか。だが、ほむらは不思議な安心感と包まれるような父性をアイザックに感じていた。彼の境遇は話で聞いて知っていたが、もしかしたら彼も自分を居たかも知れない娘に重ねているのかもしれない。

 ただ、その温かさはこの絶望に満ちた現状に対しては最高のファクターだ。ほむらは彼に背中を押されるような錯覚を受けながら、重い口を開いて真実を語ろうとする。二人の会話で場の空気を呼んだ残りの人間は、アイザックの手の誘導で各々がソファーに座ってほむらに視線を集めていた。

 

「それじゃ、覚悟して聞いてちょうだい。魔法少女の―――真実を」

 




な、何とか書き上げました……

時間ももう無くて書き上げただけで誤字とか多いかもしれませんが、後日に修正しておきます。

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