それと、今回の台詞は、様々な作品を参考にしています。聞いた事があるセリフもあるかも知れません。
征暦1935年6月12日~スメイク近郊~
ガリア軍は、第2次反攻作戦への足掛かりとして、帝国軍の支配下に置かれていたスメイク・アインドン両市の奪還へ向けて、遂に北進した。バリアス砂漠での帝国軍が後退した事により、後顧の憂いを無くしたダモンは行動を開始したのだ。当初は「直ぐにファウゼンへと撤退するであろう」と予測していたダモンだが、先日から帝国軍は防衛網を強化しており、撤退する素振りを見せなかった。事此処に至り、ただの足掛かりとしての作戦は、一大決戦の様相を呈していた。
帝国軍はスメイクを第1線、アインドンを第2線と見なし防衛線を構築する。対するガリア軍は、アインドンに少数の牽制部隊を送っただけに留まった。これはダモンの意向が強く反映されていた。
現在の帝国軍は、ガリア軍に対して優勢を保ち続けているが、ここで帝国軍を撃破し、スメイク・アインドンを奪還すれば、ガリアと帝国の戦況は五分になる。そう考えて作戦を立案した。
この一大決戦を前に、無線から飛び込んでくる味方の報告を受けながら、ダモンはそわそわしていた。
≪主力である第2軍は既に敵と接触。交戦状態に入りつつあり≫
≪第4旅団はこのまま進軍し、作戦が開始され次第、展開する帝国軍と交戦する。大丈夫です。負けるつもりはありませんよ≫
≪義勇軍は現在待機中。将軍の許可が下り次第、攻撃を開始します≫
≪おい!左翼に展開している部隊を指揮しているのは誰なんだ!勝手に動くんじゃない!≫
≪弾は惜しまず使え。使いきれないほどの弾薬物資を持って来ているからな!≫
≪なら遠慮なく使わせてもらうぜ!帝国軍め、今に見てろ!≫
≪駆逐戦車の威力を見せてやる。俺はこいつをうまく扱えるんだ。見ていてください将軍!≫
≪正規軍第3中隊は、右翼に展開する。各員、後れをとるなよ?≫
≪俺、この戦いが終わったら、結婚するんだ…≫
緩やかな丘の上に建てられた前線司令部の中に、設置された大量の無線機からは、部隊を展開中の味方の声が
ヴァーゼル橋にまで至る敗走が嘘の様に、各部隊では士気が上がっていた。
現在、一番前に出ている第2軍以外のガリア軍は、攻撃準備に取り掛かっていた。
「第2軍の馬鹿者共め…。勝手に先走りおって…。砲撃の射程内に入ってもわしは知らんぞ」
第2軍では、血気盛んな兵士により、既に一部の敵と交戦中であった。自走砲部隊による砲撃前にも関わらずである。彼らが所属する第2軍は、今回の戦いでガリア軍の主力として編成されていた。その中に、兵科訓練が終わったばかりの新兵が多く配属されていたのだ。
ダモンは、そんな味方を卑下するように吐き捨てた。
「閣下。あと数刻ほどで自走砲部隊の展開が終了します」
「うむ。ここまでは順調だな。しかし帝国軍め、そのまま北部に後退すればよいものを…。お蔭で戦力の殆どを出さねばならんとは……。奴らも必死という訳か」
「それはそうでしょう。優勢とは言いつつも、現在の帝国軍は各地で連戦連敗です。ここで負ければ、形勢は逆転します。恐らく死に物狂いで我らに噛みついてくるかと」
オドレイの報告を聞きながらダモンは紅茶を啜る。不満を愚痴るダモンだが、反面嬉しい事もあった。
半壊していたシオンが、完璧に修理されたお蔭で、前線に出られる様になったのだ。ラビニアの腕をまじまじと見せつけられたダモンは大いに喜び、今回の戦いに出撃する旨をオドレイに告げた。
無論オドレイは反対したのだが、先日の恥ずかしい失態をダモンに突き付けられ、仕方なく了承したのである。
どうせ出撃するのであれば、ルドベキアのような新型ですればいい。何故旧来の軽戦車なのだろうかと、何度もオドレイは思ったのだが、ダモンの強い意向には勝てず、説得を諦めた。
ダモンは根っからの戦車乗りである。それこそ車種を問わない。で、あればこそ、今まで愛用していた愛車…戦友に乗って、最後の花道を飾りたいと願っていた。開戦から早3ヶ月、逆にいえば、3ヶ月でガリア軍は反撃に転じようとしていた。この機を逃してはならない。どうせならここ一番の大舞台で、戦友を活躍させたかったのだ。今がまさにその時であった。
ダモンはテントから出ると、遠くの方に展開する帝国軍戦車を双眼鏡で覗いた。
「ぐふふふふ……おるわおるわ。まるでわしに撃ってほしいと言わんばかりではないか…!」
双眼鏡に映る敵の戦車を見ながらダモンは、獰猛な笑みを浮かべた。その姿は、一種の戦闘狂を思わせた。
そんなダモンの隣では、「またか」と言わんばかりに呆れたオドレイが立っていた。
「閣下。テントにお戻りください。閣下の出撃は、まだ先です」
「分かっておる。…中佐はいちいちうるさいのう」
「閣下の為を思ってですッ!」
「わかったわかった。それより、機甲部隊には通達しておるだろうな?」
オドレイに怒られながら、ダモンは自軍の機甲部隊に関して、オドレイに質問した。
この機甲部隊と言うのは、駆逐戦車の事ではなく、旧来の軽戦車で構成された機甲部隊である。
既に駆逐戦車に主役の座を奪われた軽戦車だが、使いようによってはまだまだ現役であった。
今回はとある戦術を採る為に、ダモンが密かに命令を下していた。
「それなら滞りなくすんでいます。エーベルハルト参謀長が、既に部隊を動かしておりますので」
「流石は参謀長。わしの意向通りに動いてくれておるな。カラミティ・レーヴェンの情報は入ってきておるか?」
「いえ、来ておりません。目撃情報も無いので、今回の戦闘には参加していないようです」
「ならばよいのだ。奴らの戦闘力は頭1つ抜けておる。いたら厄介だと思っていただけに、良い知らせだ」
そういうとダモンは再びテントの中へと戻った。オドレイもそれに続く。
テントの中では、多くの無線兵が各部隊との連携をとる為に手を休ませず動かしていた。
そんな彼らをチラリと見ながら、ダモンは椅子に座る。その時だった。1つの声が無線機より発せられた。
≪我、決戦の火蓋を切り、勝利への号砲と成す≫
その声は、自走砲部隊を指揮する部隊長から発せられた声だった。言い終わった直後"ドォン!ドォンッ!"と大地を揺るがすほどの大きな轟音が、スメイク近郊に轟いた。
一斉射撃された自走砲の砲弾は、敵の陣地を目掛けて無作為に落ち、爆発した。幸い第2軍は射程圏外に居たため、同士討ちとはならなかった。しかし、敵は頭上から降りかかる砲弾から逃げ延びようと、あろうことかガリア軍陣地を目指して突撃を開始したのである。此処に至り、ガリア軍と帝国軍の戦端が開かれた。
自走砲部隊による絶え間ない砲撃は、塹壕に潜む帝国軍兵士達を容赦なく潰し、つんであった土嚢を粉々に吹き飛ばした。着弾した敵戦車は、そのまま火を噴き、爆発四散した。搭乗員は、逃げる暇も無かった。
≪最終弾着ぅ!≫
再び無線から自走砲部隊隊長の声が響いた。最終弾着、つまり、撃ち尽くしたという事だ。
正面及び側面に展開している各部隊は、その無線を聞いた後、行動を開始した。対する帝国軍は、砲撃が止むと、生き残った兵士と共に、ガリア軍に対して掃射した。機関銃・戦車・ライフル全ての武器が、戦場に鳴り響いた。
≪突撃!突撃開始ー!弾幕を突き破れェ!≫
≪気を付けろ!奴ら落とし穴まで作ってやがる!足に注意しろー!≫
≪そんな暇あるかァ!!!駆逐戦車を前面に押し出すんだァ!≫
≪正規軍第6歩兵部隊は何をしているんだ!さっさと敵を突き崩せェ!≫
≪こちら左翼に展開する正規軍第5中隊!敵の攻撃激しく、突破できない!支援を求むッ!≫
≪マリアーーー!!-------プッ≫
前線からは、激しい雑音と共に各地で無線が飛び交っていた。土煙や砲撃で抉れた地面に身を隠しながら、ガリア軍は前進を開始した。正面に展開する義勇軍も、ダモンから攻撃命令が下りたので、第7小隊もそれに応じた。
帝国軍も続々と進撃してくるガリア軍を迎え撃つ為、自走砲が起こした土煙の中に弾をばら撒いて牽制する。
その戦場の光景は、さながら地獄の釜のようであった。
そんな中、ダモンは指揮権をエーベルハルト参謀長に委任し、オドレイと共に司令部から姿を消した。
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◆同日~義勇軍第3中隊第7小隊~
「こりゃあ…えげつねぇな…。人間の本性が丸出しだぜ」
「それが戦争だからね。僕たちもその内の1人だよラルゴ」
第7小隊では、ダモンによる攻撃命令が下りた後、味方の兵士達と共に、帝国軍に対して攻撃を行っていた。
帝国軍には南部から敗走してきた部隊も含まれていた為、流石に数が多かった。ウェルキンはエーデルワイス号を起点に、進軍していた。ガリア軍では唯一の中戦車であるエーデルワイス号。その戦闘力と姿は、近くで戦う味方に安心をもたらしていた。
「んで、どうすんのさ?このままここで支援攻撃ってのも、アタイは構わないけど」
「いや、僕達は他の部隊と違ってエーデルワイス号がいる。此処は前線に出た方がいい」
「わかったよ。でも、他の戦車は一体何処に行っちまったんだい?見た所、駆逐戦車しかガリア軍の戦車は居ないじゃないか」
ウェルキンはロージーの会話を聞いて、砲塔から体を乗り出した。手持ちの双眼鏡を片手で覗いて各方面をみるウェルキンは、確かに"軽戦車"の姿がどこにもいない事を確かめた。各部隊では駆逐戦車ではなく、軽戦車を運用する部隊もあったはずだと、彼は思う。
「……変だね。前線を押し上げるには、少なくとも戦車がいるのに、何処にも見当たらない」
「ふん。怖気づいて逃げちまったんだろうさ。さ、隊長。アタイらも前に出るよ!」
奇妙な違和感を感じつつも、ウェルキンはロージーの声に応じて、部隊に出撃命令を下した。
だが、軽戦車が不在でも、敵は止めど無く攻撃を仕掛けてくる。機銃が付いていない駆逐戦車は、味方の歩兵と共に攻撃を続けた。
≪ウェルキン!いま私、イーディと一緒に右側に居る敵と交戦中なの!エーデルワイス号で支援して!≫
戦車の無線機に繋いでいるイヤホンからアリシアの声が届く。アリシア達はウェルキンよりも一足先に前線へと到着していた。偵察兵でもある為、情報収集も兼ねていたのだが、敵に捕捉されてしまい、動けなくなっていた。
「任せてくれアリシア!イサラ、この地点までエーデルワイス号を動かせるかい?」
ウェルキンはポケットに入れていた小さな地図に印を入れると、義妹であるイサラに手渡した。
「はい。問題ありません。ですが、この地点にはガリア軍が余りいません。エーデルワイス号だけで突出するのは危険です。小隊と共に進軍すべきです」
イサラは、アリシア達がいる場所を確認した後、エーデルワイス号だけでなく、第7小隊も動かす必要性を説いた。戦車1両だけでは、とても帝国軍には太刀打ちできない。忘れがちだが、現在交戦中の敵は、あの帝国軍である。兵器や戦車の質は、ガリア軍の上をいっているのだ。
「分かったよ、イサラ。僕たちがここまで前線を押し上げればいいんだね?」
「一番望ましいのは、アリシアさん達だけでなく、前線で孤立気味の味方も支援できればいいと思います。」
「うん。いい案だね。それで行こう!」
イサラの提案を受けて、ウェルキンは各地に広がっている味方にも聞こえるように、無線を開いた。
「これより第7小隊は、正面右側に孤立している友軍の支援に向かう!進軍開始!」
≪おぉ!義勇軍第7小隊が動くのか!≫
≪上手く前線を押し上げてくれ!出来得る限りの支援をさせてもらう!≫
ウェルキンの声を聴いた付近のガリア軍部隊は、最近戦果をあげている第7小隊を支援すべく、その声に応じた。史実では義勇軍を見下していた正規軍。しかし、本来有る筈の軋轢はダモンが行った軍紀の引き締めもあり、両者は良好な関係を築いていた。
ウェルキンの命令を聞いた第7小隊各隊員は、弾丸が飛び交う中、なるべく姿勢を低くしつつ行動に移った。
そんな中、ネームレスに所属しているレイラ・ピエローニの弟である『ホーマー・ピエローニ上等兵』は、支援兵の特技を生かしつつ、各隊員に弾薬を補充していく。その片手間に、彼は『陣中日誌』を記録していた。
戦場特有の嫌な臭い。それは、何かが焦げた臭いや、人が死んだ後の腐臭も含まれる。また、男女問わず、人間と言う物は汗をかく。ひたすら走り続ける戦場となればそれ以上に汗をかく。当然シャワーなど浴びれるはずも無く、そういう臭いは風に乗って様々な場所へと移動する。特に何日間も続く戦闘では、その臭いが進化し、とても近寄れるものでは無かった。塹壕は通気性を考えて作られている訳ではない。初めはカラカラの土道が、気付けば何かの水がその場に存在し、衛生状態を悪くした。そしてそこに籠る人間の熱が、その水と交わる為、また嫌な湿気が自身の身体を襲うのだ。この前はロージーに助けられたのだが、度重なる戦闘により衛生状態が悪かったのか、女性とは思えない体臭を醸し出していたのをホーマーは覚えている。だが、ホーマーにとっては、それは"良い匂い"であった事も覚えていた。戦闘が終わった後に「なにアタイの体を嗅いでいるんだ!」と怒られた事も……。
ホーマーは、そんな事も含めて、日誌に記録を残していた。戦争が終わるのは、確かに素晴らしい事だ。だが、後に戦争を知らない世代が生まれてしまうのも定めである。その事を考えて、自分のような一兵士による記録が残れば後世で役に立つはずだと、そう考えて日誌を書き始めたのである。
だが、彼の残した記録は、少し違う形で有名な記録として後の歴史に残される。
事の始まりは、無線が混乱している中、帝国軍の兵士が発した言葉であった。
≪おい!ガリア軍は本当に前だけにしかいないんだよな!?≫
≪当たり前だ!俺達が後ろにいるんだぞ!≫
≪だったら、俺達を後ろから攻撃している奴は誰-------プッ≫
戦闘が始まって5時間弱、日が暮れ始めている中、帝国軍におかしな動きがある事を、各地のガリア軍も感じ取っていた。戦闘当初の統制が取れていた帝国軍が、バラバラに動いていたのだ。
「隊長…これは一体……」
「わからん……。何か向こうで問題が起きたのか、それとも罠か…」
前線で果敢に戦う、とある正規軍部隊の兵士は、部隊長に質問をしていた。対する部隊長も理解できないとして、帝国軍の動きを注視していた。しかし、その疑問は直ぐに解決される事になる。それは、再び混線状態になった無線機から飛び込んできた敵の声のお蔭だった。
≪ガ……ガリア軍の---だァ!!!------プッ≫
≪後ろにガ---軍の---が------プッ≫
≪なんでスメイクの方から……どうなっている-----プッ≫
聞こえてくる全ての声が、最後まで言う前に全て切れていった。部隊長は首から下げていた双眼鏡を持つと、塹壕に隠れながら敵を覗いた。そこに映った敵兵士は皆、スメイク…もっと細かく言えば北西部を向いていた。
それに習って部隊長も北西部の方へ双眼鏡を移すと、そこには大きな土煙が上がっていた。
「……何か走っているのか?」
再び目を凝らして双眼鏡を覗くと、先程とは違い、走っている物体を捕えることが出来た。
そして、徐々に近づいてくる物体の正体が、一体何なのかが分かった時、部隊長は全身に鳥肌が立つのを感じた。
「あ…あ……」
「隊長、どうしたんですか?」
「ま、間違いない…。新たに水色と金色の塗装がされた戦車と言ったら、1両しかいない……!」
部隊長がそう言った後、全ガリア軍の無線機に、1人の男の声が戦場に響いた。
≪待たせたな!ヒヨッコ共ッ!≫
その声の主を理解した瞬間、全ての前線でガリア軍兵士が雄叫びを上げた。
それは、軽戦車で編成された機甲部隊を率いて敵後ろに回り込み、ベルゲン・ギュンター将軍が行った浸透戦術を再び行ったガリアの老将軍。ゲオルグ・ダモンの声であった。
ゲオルグ・ダモン将軍、遂に出陣す…