わしを無能と呼ばないで!   作:東岸公

19 / 31
活動報告に、これからの投稿について色々書きました。
目を通して頂けると嬉しいです。


第十八話 各地の動き

◆征暦1935年7月10日~ネームレス422部隊~

 

「クルト、今朝の新聞を読んだか?」

 

彼らが秘密裏に行った、帝国領内に存在している東部国境補給基地を壊滅させてから早1ヶ月。

ネームレス422部隊は、次なる戦い『山の嘶き』作戦に参加すべく北進していた。

彼らは正規軍でありながら懲罰部隊である為、他の部隊と違い休みなどは存在しない。

正に馬車馬の如く、毎回厳しい戦いを各地で繰り広げていた。だが、ネームレスはそんな激戦を潜り抜け、未だに死傷者0人という快挙を成し遂げていた。クルトが着任する前は、必ず誰かが戦死していた状態から一転、クルトが隊長に就くと、ピタリと誰も死ななくなった。初めは小隊の半分しか彼を認めなかった隊員達が、気付けばレイラを含めた残り半分も、彼をネームレスの隊長と認めていた。だが、残り半分はまだ名前を名乗ってはいなかった。

しかし、ダハウ大尉率いるカラミティ・レーヴェンだけには幾度なく敗北を喫しており、完璧主義者であるクルトにとっては、数少ないコンプレックスと成りつつあった。

 

それでも、彼らは友軍の為に命を賭して、自ら進んで激戦地に飛び込まなければならない。

それが懲罰部隊としての定めであった。

そんな中、クルトは部隊の士気を上げるべく、上官であるクロウ中佐から1日だけ休暇を得る。それを聞いた各隊員は手を上げて喜んだ。だが"作戦が成功したら"という条件付きなので、油断は出来なかった。

その為に、行軍中であるにも関わらず、クルトはどう動けば被害が如何に防げるか、どう指揮すれば作戦を成功に導けるのかを考え込んでいた。

つまるところ、グスルグの問いかけには気が付かなかった。

 

「おいクルト。聞いているのか?」

「あ…すまない。少し考え事をしていた。それで、何か用かグスルグ?」

 

ガタガタと揺れる2台の輸送トラックの荷台には、各隊員がすし詰め状態で、各々休眠を取っていた。3台目の輸送トラックにはネームレス戦車が積まれている。

その内の1台に、クルトとグスルグが、対面となる様に座り込んでいた。因みに、グスルグの隣では"グーグー"と(いびき)をかいて眠るジュリオが座っている。

 

「全く、君と言う奴は……ダモン大将とボルゲーゼ大将の事だよ。『陸軍と海軍が対立した』って記事の」

「あぁ、その事か」

 

グスルグが言った新聞の内容。それは、前回ダモンとリックが話し合いをして決めた"芝居"の事が大きく書かれており、記事の上にはでかでかと『陸・海対立ッ!ダモン陸軍大将とボルゲーゼ海軍大将が衝突!』と書かれていた。無論、当人であるダモンとリックの2人にとっては国民を相手取った大掛かりな演劇である。

狙いは勿論ガリア上層部に蔓延る裏切り者の炙り出しであり、国民の反応は副産物であった。

 

「恐らく、ファウゼン攻略に関する会議の中で衝突したのではないかと、俺は踏んでいる」

「ま、それしか無いだろう。しかし、衝突はともかく、あの海軍が声を上げるとはなぁ。正直に言って、この戦争では海は余り重要じゃないから、一言も喋らないだろうと俺は思っていた。全くの予想外だよ」

 

話ながらグスルグは、いつもの癖で首にかけてあるヘッドセットを右手で掴んだ。

時偶に大きく"ガタン"と揺れる際、ジュリオが寝ぼけて目を覚ますが、直ぐに目を閉じて眠りに入る。そんな様子を横目で見ながら、別の人物が話に食い込んできた。

 

「新聞っていうのは、表向きの事しか書かないもんだぜ、お二方?」

「なんだアルフォンス。起きていたのか」

「あぁ。こうも両サイドに美女が居ると、寝るに寝れないからな。特に、いつも怒っているあのレイラが、素晴らしい程の澄まし顔で寝ているんだぜ?寝るなんて損だな」

 

話に食い込んできたアルフォンスの両隣には、エイミーとレイラが寄りかかって眠っており、彼は一種のハーレムの中に居た。だが、それを気にせず、アルフォンスは話を続けた。

 

「おれの集めた情報では、この一連の騒動はダモン大将が考えた自作自演らしいぜ?なんでも、ガリア上層部に巣食う害虫を、炙り出す為とか何とか」

 

アルフォンスの口から出た言葉は、全て事実に近いものであった。

彼の本職は、探偵である。それもホームズ顔負けの洞察力と推理力を兼ね備えている。だが、彼の情報収集能力の高さの要因は、異常な程の執着心の強さにある。言うなれば、狙った獲物は絶対に逃さないというスタンスなのだ。そこに、先ほどの能力が加わっている為、偵察兵としてみれば、彼は正に適性があったと言わざるを得ない。

彼は、その持ち前の能力と速さを活かして今まで情報を集めており、ネームレスにもたらされる情報の多くは、アルフォンス産であった。ワルド卿の一件も、彼が探偵だった時代から追いかけていた。まさに、執念と言わざるを得ない。彼に目を付けられたら最後、ありとあらゆる情報が暴かれてしまうだろう。

 

「へぇ。よくそんな情報を知っているな。何処からだ?」

「探偵は秘密主義が基本だ。いくらグスルグと言えど、これだけは言えないな」

「なるほど。聞かん方が身の為だな」

 

そこまで気になっている訳でもないので、グスルグは適当に話を切り上げると、荷台から見える景色に目を向けた。クルトも作戦の考えが纏まると、何気なしにグスルグとは違う方向の景色を見つめる。その時、遠くの方で煙が上がっているのを見つけた。

クルトはそれを確認すると、トラックを運転しているフェリクスに、急遽その煙が立ち上る場所へと急行するように命令。

その煙の下では、グスタフ・エーベルハルト伯爵の1人娘である『ユリアナ・エーベルハルト』が、ランシール王立士官学校候補生達を率いて、帝国軍部隊と交戦中であった。

 

 

==================================

 

 

◆7月17日 ファウゼン近郊に位置する山岳要塞

 

陸と海のいざこざが新聞で報じられてから4日後。

7月14日。ダモンの号令一下、『山の(いなな)き』作戦が発令された。

前回のスメイク決戦程では無いが、帝国軍もガリア軍をファウゼンへ近寄らせない為に、要塞を起点に各拠点でゲリラ戦を展開。前回とは打って変わって、ガリア軍は苦戦を強いられていた。山岳要塞内部には、無数の洞窟が掘られ、山1つが要塞と化していた。つまり、自走砲による砲撃の効果が薄れてしまい、殆ど意味を成さなかった。

開戦から3日後の17日になっても、ガリア軍は帝国軍のトーチカに阻まれ、山の(ふもと)までしか進軍が出来ていなかった。

 

その為、ガリア軍の主力部隊である義勇軍は、正規軍から借り受けた火炎放射器を各兵士に装着させ、洞窟の穴1つ1つに対して放射・殲滅していくという攻撃方法を採った。しかし、その洞窟も多方面に繋がっている為、言わばモグラ叩きをしている現状であった。

 

「チッ。こそこそと帝国軍め……」

 

第3中隊隊長のエレノア・バーロット大尉は、普段の冷静さを少し欠いていた。

勿論、遅々として進まない作戦が原因である。この作戦には、虎の子部隊である第7小隊が参加していない。

というのも、彼らは再びバリアス砂漠に展開する残存帝国軍部隊を殲滅すべく、1週間前から中隊を離脱しており、殲滅後はそのままランドグリーズへと戻る手筈になっていた。だが、彼らは戦いを終えた後、ランドグリーズへ帰還中に、道中の森で帝国軍の伏兵に遭い、包囲網を敷かれるという危機的状況に現在陥っていた。

結果、第3中隊の(かなめ)ともいえる第7小隊が抜けたせいもあり、第3中隊は普段の突破力を発揮できないでいた。

 

「第4小隊はまだ到着しないのか!」

「大尉。落ち着いて下さい。そのように功を焦れば更に被害が------」

「分かっている!……仕方ない。各部隊に後退命令を出せ!!」

 

このままでは埒が明かないと考えたバーロットは、義勇軍第4小隊を側面に回り込ませ、正面と横からの2方向からの攻撃に作戦を転換する事を決定。その際、第4小隊は422部隊(ネームレス)と合流し、共同で作戦に当たる事になったのだ。しかし、未だ連絡が来ない事に、バーロットは苛立ちを隠せないでいた。

だが、近くで待機している兵士達が怯えて少しづつ距離を離した頃、遂に待ちわびていた連絡がバーロットの元へとやって来た。

 

≪バーロット大尉。422部隊隊長のNo.7です。連絡が遅くなり申し訳ありませんでした。≫

「待ちわびたぞ!こちらの準備は既に整っている。そちらの状況はどうか?」

≪問題ありません。第4小隊とも合流できたので、これより攻撃を開始します≫

「了解した。こちらも攻撃を開始する。武運を祈る」

 

プツンと通信が切れる音がした後、バーロットは声高々に全部隊に対して攻撃命令を下した。

ここで初めて、彼女は普段の冷静さを取り戻すのであった。

 

 

==================================

 

 

◆同日~山岳要塞内部に侵入した422部隊~

 

「このジメジメ感は、やっぱり好きにはなれませんね…」

「なに悠長な事を言ってるんだい。さっさと敵を撃たないと、自分が死ぬ事になるよ」

 

要塞内部に突入したネームレスは、クルトの指示で各拠点へと散らばっていた。

クルトは、第4小隊副隊長のレオン・ハーデンスと作戦会議を行い、両部隊を再編。大人数の陽動部隊と少数精鋭の突撃部隊の2つに隊を分けた。これが、クルトがずっと考え込んでいた作戦である。

エイミーとグロリアは、その指示に従いながら要塞内部で"派手"に小銃(ライフル)を鳴らしていた。グロリアは(もっぱ)ら対戦車槍を、ラグナイトが詰まった箱に当ててその音を楽しんでいたが。

 

「グロリアさん!もう少し静かに撃ちましょうよ!このままだと耳がおかしくなりそうです!」

「何言ってるんだい。これは隊長さんの命令だからやってるんだよ。私が好きでこんな事する訳ないじゃないのさ」

「そんな笑顔で言われても説得力ありません!」

 

物陰に隠れ、小銃のリロードをしながら、エイミーはグロリアに抗議したが、対戦車槍を次々と当ててはニヤニヤしている老婆の前には、その抗議も意味が無かった。

そんな2人の元へ、フェリクスがサブマシンガンを撃ちながら駆け寄ってきた。彼もまた、陽動部隊の1人である。

 

「何2人で話し込んでんだよ。それじゃあ陽動の意味が無いだろ」

「おやおや。女の会話が気になってやって来たのかい?」

「そんなんじゃねえよ。ほら、さっさと撃ちまくれ!」

 

そう言いながらフェリクスは、物陰から身を出すと同時にサブマシンガンの引き金を引く。散らばる弾丸から避ける為に、敵はすぐさま身を隠した。そのタイミングを見計らいながら、グロリアによる対戦車槍が物陰目掛けて発射されていく。敵に当たらずとも、弾による爆風により敵兵士のバランスを崩し、そして陽動の為の大きな音となった。

 

「もっと撃ちたい所だけど、生憎、残弾数が心許無くなってきたねぇ。フェリクス、あんたの方は?」

「俺もそろそろ弾が厳しいな……。そういえば、エイミーの奴はどうした?」

 

フェリクスは、グロリアの質問に答えながら辺りを見渡すと、ひっそりと気絶しているエイミーを見つけた。敵に撃たれたのではない。爆風に伴う爆音によって、目が回ってしまったのだ。

 

「おいエイミー!起きろ!戦闘中だぞ!」

「ふぇ!?……あ、フェリクスさん」

「仕方ないな……お前はもう下がれ。他の隊員達の援護に行け。後は俺に任せろ!」

「りょ、了解しました!」

 

エイミーは再び立ち上がると全速力で違う場所へと走って行った。残ったのはグロリアとフェリクスだけである。

 

「婆さんはまだまだいけるのか?」

「ふんッ。余計なお節介だよ」

 

フェリクスの気遣いに文句を言いつつも、グロリアは何度目かすら忘れたリロードを行う。

その後、2人は全ての弾薬が尽きるまで要塞内部で派手に銃を撃ち続けるのだった。

 

 

==================================

 

 

◆同日~首都ランドグリーズ ランドグリーズ城内~

 

バーロット率いる第3中隊が激戦を繰り広げる中、首都ランドグリーズでは戦争を行っているとは思えないほど、至って平和な日常を享受していた。

 

「………」

 

とある少女は、首都の名前の元になっている【ランドグリーズ城】に(そび)え立つ大きな塔から、下に映る街を見下ろす。その先には、義勇兵として徴兵されていない子供達が、空き地や道路の端で遊んでいた。近くには年寄りが彼らを見守っている。

 

「………ふふっ…」

 

当然の事だが、大人と違い、子供である彼らは、戦争と言うものがまだ理解できていない。

だからこそ、あのような無邪気な笑顔を作れるのだろう。

少女は笑う子供達の光景を見て、少しだけ自身も笑った。

 

「幸せそう……」

 

窓を見ながら少女は呟く。

少女の名は『コーデリア・ギ・ランドグリーズ』。代々ガリア公国を治めている大公家に連なる1人である。頭には特徴的な被り物をしていた。

しかし、その正体は、大昔に同胞を裏切り、ヴァルキュリア人に魂を売り、見返りとしてガリアと言う大地を得たダルクス人の末裔である。髪の色を隠す為に被り物をしているのだ。この事実は、大公家と密接にあり、且つ信用に足る者しか知り得ない秘密であった。

だが、コーデリアは宰相であるボルグにすら、まともに口を開こうとはしなかった。

彼女の父親は、若くして早世してしまう。それと同時期に、大公家の秘密を知る人間も後を追うように亡くなった。つまり、彼女を理解する人間が居なくなったのだ。この2つの出来事が、彼女の心に深い傷を負わせてしまい、心を閉ざしてしまう原因となってしまった。

これ以降、彼女は自分の意志で、他人と話す事が無くなった。

そしてその失意から、本来座るべきはずの大公家当主という椅子から離れ、一切の(まつりごと)に関わらなくなった。現実から目を逸らしてしまったのだ。

その後、ガリア公国は物の見事にボルグによる親政体制となり、コーデリアは単なる傀儡と化してしまう。すなわち、立憲君主国としての建前だけの為にしか、彼女の価値は無くなった。

 

気付けば、コーデリアは城から一度も外へと出なくなっていた。それどころか、最近はボルグの姿すら見ていない。

第3者の目で見れば、現在の彼女の状態は、鳥籠に入れられた1羽のインコの様なものであった。

 

それでも、不思議とコーデリアは苦痛とは思わなかった。と言うよりも、完全に部屋の外に対する関心が無くなっているからこそ、苦痛と感じないのだろう。

今日も彼女は、窓から見える光景を一日中眺めていた。"コンコン"という扉をノックする音がするまでは。

 

「………誰です?私は誰とも御会いしたくありません」

 

窓から離れず、それでも聞こえるように、コーデリアは言った。

 

「姫様、わしです。ダモンで御座いまする」

 

普段の来る召使だと思っていたコーデリアは、予想外過ぎる人物の訪問に少し驚いてしまった。

いくら外界に疎い彼女でも、ガリアの中枢に所属する人物の名前くらいは憶えている。

しかし、軍のトップが何故此処に来たのか分からない彼女は、多少の暇潰し程度にはなるだろうと、珍しく部屋の外へ興味を持った。

 

「入りなさい。鍵はかけていません」

 

その声が届くと同時に、ダモンはドアノブを回して扉を開けた。

 

「失礼しますぞ、姫様」

 

訪問したダモンは、いつもの軍服とは違い、茶色のスーツを身に着け、革靴を履き、ボーラーハットを被っていた。おまけに右手にはステッキを持っている。所謂(いわゆる)ダモン流のオシャレなのだ。この姿で街を歩いていたら、いつも秘書をしているオドレイですら、ダモンには気が付かないだろう。

部屋に入ると、ハットを脱ぎ、ベッドの近くに設置されているテーブルに置いた。

 

「今日は、姫様と少しお話がしたくて参った次第。爺の戯言として、話を聞いて下され」

 

「いいでしょう。時間なら有りますから…」

 

コーデリアはテーブルに付属してあるソファに静かに座ると、ダモンもそれに習うように、対面に座った。傍目から見れば、祖父と孫のようにも見える。ステッキを突きながら、やがてダモンは話を始めた。

 

「姫様。わしが、大公家の秘密を知っていると言ったら、どうしますか?」

 

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。