わしを無能と呼ばないで!   作:東岸公

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今回は丸々コーデリア回です。


第十九話 ダモンとコーデリア

◆征暦1935年7月17日~ランドグリーズ城 コーデリア室~

 

「………一体何を仰っているのか、分かりません」

 

ダモンから発せられたランドグリーズ家の秘密について、コーデリアは一瞬だけたじろいたが、直ぐにそれについて白を切った。だが、額には少しばかり汗が滲んだ。

一瞬の無言。その顔は冷静だが、目には焦りが浮かんでいる。

ダモンはそれらを確認すると、話を続けた。

 

「言葉を発するまでの間。額の汗。表情は変化させていませぬが、わしには分かる。隠しても無駄ですぞ。人を見る目でしたら、わしの方が些か()がある。(まつりごと)の一切を投げ出した姫様には、腹の内の隠し方と言うものをご存じないですからのう」

 

「………」

 

ダモンの言葉に、コーデリアは反論できなかった。

この男は完全に自分の心を見抜いている。恐らくどう言ったとしても、全て返されてしまう。迂闊に発言はできない。まず間違いなく墓穴を掘られてしまうだろう。

コーデリアは座りながら固まってしまった。その間も彼女は至って冷静を保っているように見せるが、震える唇は隠せなかった。

 

「そのように固まられては、話す事も話せませぬ。そう怖がらないで下され」

「………何が…目的なのですか?」

 

「怖がるな」と老人は言うが、簡単には信用できなかった。

老人…ダモンは、自分の一族の秘密を知っていると言っている。圧倒的な自信が、彼から溢れ出ているのが分かる。恐らく自分…いや、本当にランドグリーズ家の秘密を知っているのだろう。

だとすれば、次に知らなければならない事は彼の目的だ。まずはそれを聞かなくては。

 

コーデリアは、自分の秘密がバレたとあっても、努めて冷静に彼の言葉に反応した。

 

「目的?……そうですなぁ…」

 

わざとらしくダモンは、顎に手を乗せながら笑みを浮かべる。まるで悪役のような表情をしながら目を泳がせた。

傍目から見れば、完全に大公家を脅している様にしか見えなかった。

 

「わしが姫様に取って代わり大公家になる……と、言うのも一興ですのぅ。あっ…そうなれば姫様は、本当に用無しになりますなぁ。どう致しますか?わしの元で妾となり、その体に新たな価値を見出しますかの?」

「ッ!!!」

 

ダモンはコーデリアの目の前まで右手を上げ、真っ直ぐ伸ばすと、空気を握り潰す様に、拳をグッと握った。

それまでソファに座りながら冷静にダモンの発言を聞いていたコーデリアは、遂に勢いよく立ち上がった。その顔には怒りと焦り、そして恐怖が入り交じった表情を表していた。

コーデリアは、ヨーロッパの大名門ランドグリーズ家の嫡女である前に、1人の女性である。

ダモンの言葉は、完全に女性を侮辱していた。世の女性が聞けば、十中八九で大激怒するだろう。

彼女は、すぐさまダモンに反論した。

 

「無礼です!大公家だけでなく、私まで侮辱するのですか!それでもガリア軍人ですか!?」

「えぇ軍人ですとも。現在もこの国に忠を尽くしている一介の老将ですぞ?ですが、姫様は国政を放り出しただけでなく、こうやって部屋に引きこもっている。一体どちらが国の為となっているのですかな?」

 

キレるコーデリアの言葉を軽く受け流しながら、ダモンは「何を当たり前な事を」と言いたげな風で、彼女の言葉に対して反論する。そしてそのまま彼は話を続けた。飄々と受け答えするダモンに、コーデリアは更に怒りの炎が燃え上がった。

コーデリアは、ダモンを査問会に送るべく、自身に対する不敬の罪状を言い始めた。

 

「ゲオルグ・ダモン…私は貴方に失望しました!話で聞いている人物とは到底思えない言動の数々、そして大公家……ランドグリーズ家に対する冒涜!直ぐにでも兵士を呼んで------」

 

「ほう。失望と仰りますか。前大公の崩御の後、次期大公位に就かず、長らく空位にさせた上、ボルグの専横を許し、挙句の果てには部屋に籠り、ありとあらゆる全てを放り出した姫様の方が、わしは失望していますがのう。兵士を呼ぶ?…"国"を捨てた姫様に、如何程の者がついて行くとお思いか?……如何程の者が姫様に忠誠を誓うというのかッッ!!!」

 

淡々と語りながら、中盤以降いきなり語気を強めた後、最後にダモンは激怒した。

何処からそんな大音量の声が出せるかと言うほどの声が、コーデリアの全身を貫通した。

突然の豹変と怒気に、コーデリアは先程まで纏っていた怒りの炎が一瞬で鎮火する。

 

「な、なにを------」

「なにを……ですと?ここまで言って、まだ分からんのかッ!!この馬鹿者がッ!」

 

そう言うや否や、ダモンはソファから立ち上がるとコーデリアの頬と"パァン"と(はた)いた。

叩いた反動で、コーデリアはそのまま崩れ落ちるように、床に倒れた。そして、髪を隠していた被り物が床に転がった。

唐突の事であったが、その痛みは本物で、叩かれた右の頬は赤くなっていた。

 

叩かれたコーデリアは、一瞬の事で呆然としたが、徐々に痛みが顔に広がると同時に、目から涙が零れ落ちた。

 

「大公家に……ランドグリーズ家の嫡女に……暴力など……貴方はどこまで…」

 

「だから何だと言うのか!お主は嫡女であって大公ではない!現実から目を背け続ける哀れで無知なただの小娘だ!そんな者を叩いた所で、なんの罪に問われると言うのだ!不敬罪が適用されるのは大公であって、断じてお主ではない!寧ろ民草を蔑ろにしたお主に裁かれるなぞ、言語道断であるッ!」

 

ダモンは遂にコーデリアの事を『姫』と呼ばなくなった。いや、呼ぶ必要が無くなったと言う方が正しいだろう。倒れ伏せるコーデリアに指を指しながら、ダモンは尚も語気の強さを緩めず、声を荒げた。

その姿は、幼気(いたいけ)な少女に対して手を上げて怒る父親の様にも見えた。

 

「…………では……」

 

コーデリアの声は震え、捻れば折れそうな程の細く薄い声であった。

目から涙がボロボロと床に零れ落ちながらも、コーデリアは必死にダモンの言葉に対抗した。

しかも、今までのような意志の無い言葉ではなく、自身の意志を込めた言葉を、コーデリアは初めて口にした。

 

「では……どうすれば良いと…。無力な私に、どうしろと言うのですか……うぅ……」

 

力無く嘆き始めるコーデリアを見ながら、ダモンは吊り上げていた眉をゆっくりと下げた。

 

「……やっと……"自分の"言葉が出せましたな。姫様」

 

両手で顔を覆い泣き続けるコーデリアが発した言葉を、ダモンはしかとその耳で捕えた。

今まで言われるがままだった彼女が初めて「どうすればいいのか」と言ったのだ。

この言葉こそ、彼が最も望んでいた言葉であった。

ダモンの言った事が分からないコーデリアは、指で涙を拭きながらその続きを待った。

 

「ご安心下され。わしが、姫様を支えまする。わしが、姫様の盾となり矛となりまする。わしが、姫様の進む道を"手助け"致しまする。なので姫様、共にガリアをお救い致しましょうぞ。姫様が表舞台に立てば、国民の士気は大いに上がるばかりか、姫様の勅命が有れば、未だ蔓延るガリアの裏切り者共を一掃できまする」

 

澱み無く語り続けるダモンの姿は、大猪の渾名の如く威風堂々としてその場に直立した。既に先程の怒気は消えており、その語気は忠臣たる者のみが発せられる強さであった。

下から見上げたコーデリアは、その光景に父の面影を見た。昔叱られた事を、不意に彼女は思い出した。天井に吊るされたシャンデリアの光がまるでダモンの後光の様に見えた。

一瞬だけ、前途に光明を見出した様な感覚になったコーデリアは、しかし直ぐに顔を下に向ける。

 

「私が……いえ…やはりその様な事…父と同じ様にはなれません…」

 

次第に涙が止まり、鼻声となりながら、それでもコーデリアは「自分は大公にはなれない」と力弱く項垂れながら、ダモンに告げた。

そんな彼女の姿を見るダモンは、小さく溜息を吐き出した。

 

「何を当たり前のことを言っておるのですか…。この世に生きている人間の中で同じ人間なぞ、おりはしませぬぞ。誰も前大公の様になれとは言ってはいませぬ。姫様が思い、考えた大公になればよいのです」

 

次第に元の穏やかな口調になりながら、尚もダモンはコーデリアに対して説き続けた。

すると次の瞬間、ダモンは地面に倒れ続けるコーデリアに跪いた。これでもかと言わんばかりに、その姿はコーデリアに対して、低く跪いていた。

 

「…姫様…。これまでの非礼、誠に申し訳ありませぬ。許せとは乞いませぬ。わしは貴族として…軍人として言ってはならない言葉を発言しましたゆえ。しかし、姫がわしに対して恨みと怒りが収まらないのであれば、コレでわしを御撃ち下され。既に言いたい事を吐き出したので、悔いはありませぬ。どうぞ、ご自由になさって下され」

 

跪きながら、ダモンは腰に掛けてあった拳銃を取り出すと、コーデリアの前に献上した。

一瞬の戸惑いが彼女の中に生まれたが、瞼を閉ざすとその献上を却下した。

涙は乾き、コーデリアは改めてその場に立ち上がった。

 

「……今、私が此処で撃てば、私の中にある貴方に対する不満は消えるでしょう。ですが、それは一時の解消であり、永遠に無くなる事はありません。そればかりか、その愚かなる行為を犯せば、間違いなくガリアは滅びの道へと進む事になるでしょう」

 

打って変わり、今度はコーデリアが話を続けた。

その立ち振る舞いや話し方を見て、ダモンは前大公を彷彿させた。コーデリアの父である前大公はとても厳格で、正に国民が称える位の統治者であった。

その有能さは、彼の死後、急速にガリア上層部に汚職が蔓延った事を見れば、一目瞭然である。

 

「いやいや姫様。わしなど居なくとも、この国には数多の勇士がおりますぞ。その勇士達にかかれば、わしの様な一介の爺なぞ、何の価値もありませぬ。どうぞ、ご遠慮なさらずに-----」

 

「先程貴方は『私の盾となり矛となる』と言ったではありませんか。その言葉を反故にするお積りですか?改めて言います。私は貴方を撃ちませんし、罰しません。ですが、私に行った数々の行いも忘れはしません。それ相応の対価を貴方に課します。いいですね?」

 

転がった被り物を、再び被るとコーデリアは初めの時と同じように冷静に話をする。

だが、その目に宿る意志は、間違いなく違っていた。

それに彼女は「課す」と告げた。つまり、部屋から出て表舞台に立つという事を暗に示している。

たった2文字ではあるが、その2文字に含まれている意味をダモンは理解した。

 

「分かりましたぞ。この命、どうぞ姫様のお好きなようになさって下され」

「えぇ。楽しみにしていてください。……では、まず私は何をすればよいのですか?」

 

一波乱が去った後、2人は再度ソファに座り直す。そこでコーデリアは、何をしたらいいのかをダモンに質問した。まるで別人にでもなったようだと、ダモンは本来持つ本当の笑みを浮かべた。

 

「そうですなぁ。とりあえず戦争が終わるまでは大公位に就くのは色々面倒なので、まずは今月下旬に行われる叙勲式で、将兵達に労いの言葉をかけてやりなされ。何事も順序が大事なのです。何処かの異国ではこう言う格言があるそうですぞ。『偉業を成すのも小さな一歩から』と」

 

ステッキを床に突きながら、ダモンはコーデリアに対して初の公務となる叙勲式のアドバイスを言い渡す。

そもそも大公位に就いていないので、彼女に出来る事は元々限られているのだ。しかし、彼女が出来ない業務を行うのが、大公家に仕える家臣の務めでもある。

逆に家臣足るダモンが出来ない業務と言うのが、ガリア上層部に巣食う害虫の炙り出しである。

 

ダモン側は既に裏切り者の名前や罪状に手を回せているが、これらを一気に逮捕してしまうと、軍部の越権行為となり国政に支障をきたしてしまう。いくら奴らを消したいからと言って自分が軍部の権力を越えてしまうと、そのままブーメランのように自分にも罪が生まれてしまうのだ。この罪を無効にしない限り、ダモンは絶対に上層部を炙り出すことが出来ない。

 

だが、コーデリアによる『勅命』を受ければ、ダモンはその罪を無効化し、上層部を浄化する事ができるのだ。これをダモンは狙っている。その為にダモンは、部屋に籠り続けるコーデリアの説得に赴いたという訳である。必然的にコーデリアを表舞台に引きずり出さなければならなかったのだ。

 

「それと、叙勲式の際、わしに『裏切り者を討て』と命じて下され。これくらいであれば姫様でも出来まする。その後の事はわしに任せてもらいましょう」

「何か考えがあるのですね。分かりました」

「うむうむ。今の姫様の顔、とても凛々しいものでしたぞ。それでは、わしは部屋から退散しまする」

 

ボーラーハットを再び被ると、ダモンはゆっくり立ち上がり扉の方へと歩き出した。

その際、コーデリアはダモンが腰にかけている拳銃を見て、ふと思い出したかのように後ろから声をかけた。

 

ダモン(・・・)。もし私が拳銃を拾い貴方を撃っていたら、貴方はどうしていたのですか?」

 

背後からの質問を受け、ダモンは立ち止まる。そして三度(みたび)コーデリアの方へ振り返ると、(おもむろ)に腰から拳銃を取り出した。無言のままダモンは拳銃から弾倉(マガジン)と抜くと、コーデリアへ軽く投げ渡した。いきなり投げられたマガジンを、コーデリアは咄嗟に両手でキャッチした。

 

「………あっ……」

 

キャッチしたマガジンを見ると、コーデリアは間の抜けた声を出した。

マガジンには、弾が1発も入っていなかったのである。

驚くコーデリアを尻目に、ダモンは次に拳銃のスライドを引いた後、その中身も見せた。

 

「大丈夫。そもそも姫様と会う前に衛兵に弾を預けましたからのう。元々弾など入れてはおらぬのですよ」

 

ダモンはニカッと白い歯を見せ、コーデリアにウィンクを送りながらネタをばらした。

ばらされたコーデリアは、呆れながらも小さく笑い、ダモンの元へマガジンを返す。

今まで無表情に近かったコーデリアが見せた意志ある笑みであった。

しかし、コーデリアはもう1つの疑問をダモンに問う。

 

「後もう1つだけ聞きたい事が有ります。……いつからランドグリーズ家がダルクス人の血統であると気が付いたのですか?この事実を知る者は、今や私だけの筈です。どこでその事を?」

「今知りましたぞ。まさか姫様ご自身から暴露されるとは思ってもおりませんでしたが。」

「…………え!?」

 

無論ダモンはギルランダイオ要塞に居る頃からこの事実を知っているので、この発言は嘘である。

だが、敢えて嘘を吐く事で、コーデリアに"駆け引き"と言うものを教える事にしたのだ。

 

「そ、そんな!私は何という事を…!!」

「ハッハッハ。これが駆け引きと言うものですぞ。政治の世界に出るのであれば必要不可欠なスキルゆえ、姫様も早く覚える事ですな。嘘を吐くのは悪い事ですが、時と場合によっては言わねばならん時も御座いまする。よく言うではありませんか。『嘘も方便』だと」

「ひ、酷いです!やはり、私は貴方が嫌いです!さっさと部屋から出て行って下さい!」

 

ダモンはコーデリアに背中を押されながら部屋を退出した。退出させられたと言うべきだが…。

コーデリアは"バタン"と強く扉を閉めると同時に鍵をかけた。余程怒っているらしい。

しかし、その怒り方も歳相応で、まるで『勝手に部屋を見られた思春期の女の子』と言うくらいの怒り方であった。

 

「(よし。これでやっと全ての手筈が整ったか。しかし、わしにはこういう事は向いておらんな。芝居とはいえ、年端もいかぬ娘に手を上げてしまった。いかんいかん。中佐にバレたら半殺しにされるやもしれぬ……どうかバレませんようにと祈るしかないのう…)」

 

しかし、ダモンはコーデリアの怒りよりもオドレイの怒りの方が心配で仕方無かった。

改めてスーツを整えると、ダモンはついでとばかりにランドグリーズで子供達のお土産を買い漁り、車に荷物を載せると自分の職務室があるアスロンへと帰還するのであった。

 

 

因みに、店屋を回るスーツ姿のダモンは、結局アスロンに戻るまで誰にも気付かれなかった。

 

 


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