わしを無能と呼ばないで!   作:東岸公

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この時期を舐めてました…。
とてもじゃないですが書く時間が無さ過ぎました…。
11月になったら少しマシになるので、もう暫くお待ちください<(_ _)>


第二十話 連邦という国家

◆征暦1935年7月

 

エレノア・バーロット大尉率いる義勇軍第3中隊は、正規軍422部隊の助力を得た後、5日間という長い時間をかけて帝国軍が支配していた山岳要塞を陥落させた。

これまでの平地での戦闘と違い、山に籠る敵を討つという事が容易では無い事を心得ていたバーロットでさえ、力攻めをせざるを得ない状況に追い込んだ帝国軍の強さは、改めて義勇軍に恐怖心を抱かせる結果となった。

山岳要塞に籠っていた帝国軍は、散々義勇軍を苦しめたが、422部隊と第4小隊の共同作戦である背後からの強襲により敗北。そのまま逃げるようにファウゼンへと退却した。

ガリアは確かに勝利した。だが、義勇軍第3中隊の損害は思いのほか大きく、追撃戦に移行する事は出来なかった。また、今回の戦いについて、バーロットは指揮下の小隊長に対して上官でありながら異例の謝罪を行う。内容は、作戦中に冷静さを欠いて被害を拡大させた事が主だった。責任感が強い女性士官である。ウェルキン率いる義勇軍第7小隊は第3中隊よりも一足先にランドグリーズへと帰還した。副隊長であるアリシアが軽傷を負った以外は、特に問題は無かったという。

 

首都ランドグリーズでは、新聞やラジオを通じて今回の『山の嘶き』作戦完了の旨が報じられた。

それと同時にガリア上層部は今迄の各将兵の戦いを称える為、7月22日に叙勲式及び小隊長以上の者のみ参加できる晩餐会を開く事に決定した。尚、勲章だけでなく昇進関係もその場で行う。

他にも、今まで公に姿を見せていなかったコーデリア姫も出席するという事で、ランドグリーズ家に忠誠を誓っている兵士達は、大いに喜んだという。

無論、ガリア軍総司令官であるダモンもこの2つの行事に参加する。

 

そんな中、422部隊(ネームレス)は『山の嘶き』作戦の後、北部からやって来る避難民護衛作戦に従事させられる事になったのだが、此処で歴史が分かたれた。

史実ではガリア正規軍が北部からやって来る避難民の内、ダルクス人だけを残して跳ね橋を上げ、帝国軍によるダルクス人大量虐殺を引き起こし、ネームレスに所属するグスルグ曹長離反の遠因を作ってしまう。

だが今回、ガリア正規軍は"全ての避難民"を救う為に橋を上げなかったのだ。現地の指揮官が1つの英断を下したのである。結果としてガリア正規軍は数で勝る帝国軍から手痛い反撃を食らってしまうが、何とか帝国軍を押し留め、ダルクス人を含む避難民を救出。その後ネームレスと共に跳ね橋を上げてランドグリーズへと無事に撤退する事に成功したのである。

この時、現地指揮官はこうコメントを残した。

 

「自分は、ダモン将軍の意志を継いだだけだ」

 

ダモンの一貫して差別を許さない意志は、末端の指揮官にまで浸透していたのだ。これが歴史を変えた大きな要因であろう。

過去に様々な差別を受けたグスルグにとって、ダルクス人は見捨てられるかもしれないという疑念が長らく彼の中を支配していたが、理由はどうあれダルクス人を救ってくれた事に対して現地指揮官に大いに感謝し、自らもガリアの一部であると自身が持つ疑念を晴らした。相当嬉しかったらしく、戦闘後の彼は今迄見た事がない位に上機嫌だったという。少なくともいつもは飲まない酒類を飲むほどには。

 

 

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◆7月22日~首都ランドグリーズ ダモン私室~

 

「やはり、朝に飲むオレンジジュースは格別に美味いのう」

 

いつもはアスロン第2司令部で寝泊まりしているダモンだが、今日は午後からランドグリーズ城で開かれる叙勲式に出席する為、明日まで首都ランドグリーズに滞在する事になったのだ。

朝日を背に受けながら、ダモンはジュースをゴクゴクと飲む。

 

「しかし、本当に中佐は大丈夫なのだろうか?別段辛そうには見えんかったが…」

 

いつもダモンが別の用事でアスロンから離れる際は、代理人としてオドレイに業務を任せている。

だが、今回は叙勲式である。秘書とはいえど、オドレイはれっきとした佐官である。なので基本的に叙勲式には参加しなくてはならないのだ。だが、彼女は「体調が悪い」と言って参加を拒否。体調が悪いと告げるオドレイをダモンは見るが、はっきり言っていつもの彼女にしか見えなかった。しかし無下にする事も出来ず、気を利かせてアスロンに残してきたのだ。ダモンの秘書で無ければ間違いなく降格ものである。

因みに、彼女は本当に体調を崩しており、熱を出している。ただ顔に出ないタイプなのだ。

 

腰に手を当てオレンジジュースを飲み干すと、テーブルの上に置いてある封筒から書類を取り出した。言わずもがな、今日の叙勲式と晩餐会についての事である。

軍隊の総司令官となれば、色々やる事が出てくるもので、珍しく老眼鏡をかけたダモンは、今日一日のスケジュールを見直した。

 

「今の時刻は午前8時前。午前11時から叙勲式で、その後軽い観兵式。午後18時から晩餐会か。まだまだ時間に余裕があるな」

 

観兵式というのは、俗にいう軍事パレードの事である。「軽い」とついているのは、必ずしも全兵士が参加する訳では無いので、ランドグリーズ城の近くを整列して行進するくらいと言う意味だ。

ただ歩くだけなら簡単なのだが、行進中は基本的にずっと国民に対して敬礼を続ける為、意外ときつかったりする。ダモンは大将なので歩かずに車の後部座席で立ちながら敬礼する事になっている。

 

「しかし、ただの観兵式だとつまらんな。なにか良いアイデアは無いもんかのう」

 

「ダモン将軍、おはようございます。研究開発部より、お手紙が届いております」

 

1人部屋で"う~ん"と考え込んでいる最中、扉の向こうから声が響いた。兵士の声だった。

ダモンは即座に反応すると、扉を開けて手紙を受け取った。

 

「リオン・シュミット……あやつか」

 

手紙が入っている封筒の端をビリビリと破き、中身を取り出す。すると1枚の白い無地の紙が出てきた。ダモンは手紙を開いて内容を確認する。たった1枚の手紙だが、内容を呼んでいくと全身が沸き立つような感覚に陥った。正に、ダモンが待ち望んでいた物。そして何より、良いアイデアが浮かんだからであった。

 

「ぐふ……ぐふふふふ………いい。これはいいぞ…。観兵式で皆をあっと驚かせてやるとするか!」

 

自身が未だに寝間着姿である事を忘れ、ダモンは備え付けてある窓から高らかに吠えた。

その後、突然窓から聞こえた声に反応した警備兵は、窓から見えるダモンの姿を確認すると、事情聴取を行うためにダモンの部屋に駆けつけ、次に「何事か」と感じ取ってとゾロゾロと野次馬達もやって来てしまい、色々騒動が起きてしまったのは、後の祭りである。

 

 

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◆同日午前~首都ランドグリーズ~

 

数時間前の騒動を治めた後、ダモンはいつもの軍服ではなく、礼服を着用して部屋を出た。

特に、礼帽に関してダモンは力を入れており、白色の羽根を帽子に装飾している。お蔭で誰でもコレを見れば一目でダモンだと分かるのだ。

 

腕時計をチラッと見る。針はもう少しで10時30分を指そうとしていた。

先程の騒動のせいで余計な時間を食ってしまったと、ダモンは内心愚痴を溢した。

スケジュールではもう既に会場に入っていなければならない時間である。普段は太っているのでトボトボ歩いて車の所まで出向いているのだが、今回ばかりは流石のダモンも駆け足で車の場所へと向かっていた。

 

「遅いなぁ……あっ、親父殿!」

「ハァハァ……い、急げ……わしが遅刻しては…ハァハァ…色々まず…ゲホゲホッ!」

「お、落ち着いて下さい!運転は自分がするので、まずは座席に座って息を整えてください!」

 

車の前でそわそわと待機していた親衛隊の1人は、ダモンの姿を確認する。

隊員は汗を掻いて息切れしているダモンの背中を摩りながら、半ば無理矢理後部座席へと押し込んだ。

ダモンが座席に座ると、車に載せてあった水筒を取り出してダモンに手渡した。

 

「水か、すまぬ。やはり痩せた方が…よいな…」

「痩せる以前に、親父殿はもう歳です。無理せんで下さい」

 

ダモンは54歳で、お世辞にも若いとは言えない。だが、ダモンが居るからこそ、軍部の派閥勢力のバランスが取れており、国民や軍人の士気が上がっている。もしダモンが引退するのであれば、彼と同じ様な考えや手腕を持つ者でなければ、今後のガリア軍内部のバランスを保つ事が出来ない。

言ってしまえば、その様な人物が現れない限り、ダモンは引退できないのだ。

その事を理解しつつも、隊員はこの戦争が終わればダモンに引退して貰って、後は悠々自適に暮らして欲しかった。隊員にとって、ダモンと言う存在は第2の父である。老骨に鞭打ってまで、自分達の世話など、してほしくはない。寧ろ自分達がダモンを支えなければならないのだ。

 

「それよりも早く車を出さんか。このままでは遅れてしまう」

「あ、そうでしたね。ちょっと飛ばしますよ!」

 

隊員は未来の事を心配しつつも、取りあえず今を頑張る事にした。

腕時計を指しながら催促してくるダモンを横目に、隊員は勢いよくアクセルを踏み込むのであった。

 

 

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◆同日~ランドグリーズ城~

 

隊員の言葉通り、車を勢いよく飛ばしたおかげで、ダモンは遅刻をせずに式に間に合った。

崖から転げ落ちるように車を降りたダモンを迎えたのは、連邦大使であるジャン・タウンゼントであった。

 

「おぉダモン殿!御着きになられましたか!てっきり来ないのかと思っていましたぞ」

「すいませぬ。ちと面倒事に巻き込まれてしまいまして…」

「それはそれは…大変で御座いましたな。では直ぐにでも参列して頂きたい。他の将校たちは既に到着しております。あとはダモン殿だけですぞ」

 

タウンゼントの言葉を聞いてダモンは腕時計を確認する。時刻は10時40分、まだ余裕がある。

にも関わらず、ダモン以外の軍関係者は既に城内入りを果たしていたのだ。

 

「な、なんと!直ぐに向かわねば!タウンゼント殿、これにて失礼する。お主は車を停めて自由に休んでおれ」

「了解しました親父殿。くれぐれもお気を付け下さい」

 

運転席に乗っている隊員に命令を下すと、ダモンは急ぎ階段を駆け上がる。

その後ろ姿をみながら、タウンゼントは意味あり気な笑みを浮かべた。

 

ランドグリーズ城の大きな門をくぐると、そこには正規軍義勇軍問わず、多くの軍人がそれぞれと話し込んでいた。その中にはカール・アイスラー少将の他、身近な者ではグスタフ・エーベルハルト参謀総長(・・・・)、ローレンス・クライファート中将、リック・ボルゲーゼ海軍大将ら3人が輪を作って話し込んでいる。ギルベルト・ガッセナール少将など、普段目にしない軍人も数多く見受けられた。

 

エーベルハルト少将の肩書が変わっているのは、参謀本部が再び体制改革を行ったからである。参謀本部内では『参謀』が作戦及びその他の業務の多くを請け負う。そして『参謀長』がそれぞれの部門のリーダーとして参謀達を率いる。その参謀長たちを統括するのが、新たに設立された『参謀総長』の役目である。参謀本部議長であるクライファート中将と違うのは、【参謀本部自体の責任者が議長】であり、【参謀本部内における総司令官が参謀総長】という感じである。

まぁ、簡単に『会長』と『社長』の違い程度に思ってもらえると良い。

 

「閣下、ご無沙汰しております」

「おお!大……准将か!」

「好きなようにお呼び下さい。閣下のお陰で今の地位にいるのです。大佐でも構いません」

「そうはいかん。佐官から将官になったのだ。大佐呼称では色々問題が出てしまうわい」

 

誰よりも早くダモンに気が付いたのは、開戦から縁のあるバルドレン・ガッセナール准将だった。

一時はダモンに対して不信感を抱くまでに陥ったが、幸いその不信感が拭えたので、前の時と同じように2人は接している。ただ立場の違いから、それほど顔を合わせる機会がないので、感覚的には「久しぶり」という面が強かった。

 

バルドレンが話しかけると、そのまま流れるように彼の父であるギルベルトも近づいて来た。

特徴的なサングラスが、太陽光をこれでもかと反射させている。

 

「ダモン殿。久方ぶりですな。倅がいつも迷惑をかけているようで…」

「いやいやガッセナール殿。バルドレン准将は本当にいつも良くやってくれている。まさに、次代のガッセナール家に相応しい知識と経験を兼ね備えておる。准将が居ればガリアも安泰ですぞ」

「何の何の。倅は未だ年も浅く、視野が狭い。それこそ大佐から准将に格上げしてもらうなど、私が礼を尽くさねば。これからも不肖ながら、倅の事を、宜しくお願いしたい」

 

ギルベルトはガリア軍による南部開放の後、最低限の戦力だけで南西部の国境警備を行っており、実質ガッセナール家の作戦指揮権は息子であるバルドレンに譲っていた。その為、彼自身が表立ってガリア反攻作戦に参加した事は無く、どちらかと言うとガリア軍の兵站を主に担っていた。

しかし、兵站あってこその軍である。誰もが戦功を上げようと躍起になっている中、ギルベルトは静かにガリア軍全ての補給線を裏で確実に固めており、各地でガリア軍が何の問題も無く作戦を立てられるのは、その手腕のお蔭であった。その功績は人目にはつかないが、兵站を第一に考えているダモンからすれば、誇ってもいい程だ。

 

帝国軍は、南部のクローデンと東部国境に設置していた補給基地が無力化されてからずっとギルランダイオ要塞からの補給で成り立っている。しかし、その補給線は伸びきっており、各地で敗北を重ねる帝国軍の弱体化を見れば、戦争において如何に兵站が重要かを如実に表していた。

対するガリア軍は、着実に勢力を盛り返している。それは一重にギルベルトが構築し続ける補給線のお蔭であった。そしてもっと言えば、今まで無理な戦線拡大を行わなかったダモンの指揮の甲斐あって、ガリア軍は好きな場所で時間を選ばず、反抗作戦を実行する事が出来るのだ。

 

「いやいや。ガッセナール殿のお蔭で今のガリア戦線が成り立っている事。このダモン、忘れた日はありませんぞ。准将はわしがおらずとも成果を出してくれる。そうであろう、バルドレン准将?」

「お任せを。私の手で憎き帝国軍を、完膚無きまでに叩きのめしてご覧に入れましょう」

 

ずっと父の後ろで話を聞いていたバルドレンは、ダモンの問いに対して忽然と答えた。

息子の意気込みを聞いたギルベルトは、少し苦笑すると、また別の軍人に挨拶すべくダモンに別れを告げてその場を離れた。それに続くように、バルドレンもダモンの元を離れていった。

 

「やはり、親子というものは似るものなんですなぁ」

「おぉエーベルハルト殿。彼らとの話はもう済んだのですかな?」

 

そして交代するかのように、すぐにダモンの元へ新たな人間が現れる。グスタフ・エーベルハルト参謀総長であった。威厳ある髭を撫でながらガッセナール親子を見つめていたらしい。

 

「えぇ。あの海軍大将とも雑談させて頂きましたが、あの歳でよく海軍を率いているもんだと感心させられましてなぁ。海軍には勿体無い軍人ですぞ」

「うむうむ。リッキーの良さは話し合ってみるまで分からんですからのう。気に入ってくれて何よりですぞ。それよりもご息女は息災ですかな?」

「お恥ずかしい限りですが、元気すぎて疲れますな。年頃の女性という訳ではなく、あの男勝りな性格が災いしていないか心配で心配で……。この前も勝手に士官候補生を率いて帝国軍と交戦したのです」

 

彼の1人娘であるユリアナ・エーベルハルトは、現在ランシール王立士官学校に在学している。しかし過去に無断で同じ士官候補生を率いて帝国軍と交戦を行っており、その時はネームレスの助力もあって無事に事なきを得た。その後父であるグスタフから手痛い説教を受けたにも関わらず、彼女はそれを反省せずに次なる戦いに向けて色々試行錯誤中らしく、グスタフは何回も溜息を吐いたという。

 

「子供というものは、どうして無茶ばかりするのでしょうなぁ……」

 

親として、娘の無茶は止めたい気持ちがある。しかし娘のやりたい事を止めるのは如何なものか。

現在行われている戦いよりも、グスタフは娘の教育のほうが断トツに難しい問題となっていた。

雑談を行うのかと思いきや、口を開けば娘の事ばかりを言うグスタフの相手を、ダモンは叙勲式が始まるまで苦笑いをしながら聞かされる羽目になっていた。

 

 

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同日~ランドグリーズ城 とある一室~

 

普段ランドグリーズ城内にある滅多に使われる事がない一室で、1人の男が紅茶を啜りながら逡巡していた。

 

(やはり”国父”と呼ばれている程度には、あの御仁は頭が回るらしい)

 

それはダモンを一番初めに迎えたジャン・タウンゼントであった。

ダモンが去った後、人知れず城内に戻った彼は、今夜決行する秘密作戦の事について準備を行っていた。その作戦は、ガリア公国を保護国化すべく、君主であるコーデリア姫を誘拐するというものであった。

後世においては、今尚悪名高い『7月事件』である。

ガリア公国宰相であるボルグがタウンゼントに対して「今夜決行すべし」との旨を通知したのだ。

 

よもや誰もが思うまい。一国の宰相が国を裏切って潜在的敵国に対し保護国化を目指していたなど。

曲がりなりにも宰相である。宰相とは国政を担い未来への準備を仕切るリーダーである。そのリーダーが国を売っているのだ。ダモンは既に知っているようなモノなので泳がせているが、もしこれが他の者にでもバレてしまえば、公開処刑どころかランドグリーズ城の門前で逆さ吊りで晒され、最後はその家名と共に葬り去られるだろう。だが、そんな危険を冒してでも、マウリッツ・ボルグという男は己が野望を実現させる為に、その余りにも危険すぎる綱を渡っていた。

 

そんなボルグの事を"能無し"と心の中で蔑みながら、連邦特命全権大使であるタウンゼントは、作戦を必ず完遂させるべく、作戦の障害となるありとあらゆる可能性を考慮して、何度も何度も脳内で繰り返しシミュレーションを行っていた。そして、そのシミュレーションの中でどうしても避ける事ができない大きな障害が、彼をより狡猾にさせていく。

 

(ゲオルグ・ダモン。この男がいる限り、作戦が成功して能無しボルグが元首となってもガリアは連邦に従わないだろう。最悪内戦が起きて連邦がそれに巻き込まれてしまい、そこに帝国も加わる危険性がある。このまま作戦を決行するのは些か問題があるな。)

 

冷め切った紅茶を啜りながら、タウンゼントは祖国である連邦を第一に考える。国土的に見ればガリアは所詮小国である。人口も約432万人しかいない。そんな小さな国の地下に大量のラグナイト資源が眠っている。あいつらには余りにも勿体ない代物だ。

 

連邦は帝国とは違い民主主義を国是としている国家である。しかし国土を広げるその実態は、帝国のそれよりも手口が巧妙で、人間性を鑑みれば、間違いなく連邦に軍配が上がるだろう。

詰まる所、連邦という国家そのものが天才詐欺師なのだ。国内では『いかに民主主義が素晴らしいか』を国民に教育し、片や他国には『いかに絶対王政が駄目であるか』という事を広め、民主主義を押し付けている。

 

確かに民主主義というものはよく出来たシステムである。だが、地球上に存在している全ての国家が、必ずしも民主主義に適応するかと言えば、それは違う。国家の中にある民族性を見れば、多数決制度に合わない国家もまた存在するのだ。

民主主義というのは諸刃の剣である。政治家1人1人が哲人であれば、このシステムは万能で、無駄なく機能するだろう。だが、1人でも堕落した政治家がいれば、そこから癌のように堕落が広まっていく。その結果システムが機能しなくなる。それにより、役に立たない政治家による無政策的な政治が行われ、衆愚政治という目も当てられない状態になってしまう。話が逸れた。

 

連邦はその歴史の長さ故に、民主主義が成り立っている。そして御多分に漏れず、タウンゼントは民主主義の虜である。即ちその根底には『手段を問わない』という考えが根付いているのだ。

ボルグが死んだ後、ガリアを共和国化させる。それがタウンゼント…引いては連邦が目指している最終的な結末だった。

タウンゼントはテーブルの上に設置している電話を取ると、部下に連絡を入れた。

 

「私だ。今夜の晩餐会の後、予定通り作戦を実行する。だがコーデリア姫の事はお前達に任せる。私は別の案件を始末してくる。」

 

電話越しでタウンゼントに質問した部下に対して、彼は静かに答えた。

 

「今後の連邦の為にも、あいつだけは始末しなくてはならない。ガリア軍総司令官…ゲオルグ・ダモンという男をな……。あぁ……いいだろう。それはお前達の好きにしていい。私は叙勲式に行ってくる。これ以降の連絡はなしだ。しくじるなよ」

 

"ガチャ"っと受話器を元の鞘に戻すと、彼は懐から拳銃を取り出し、残弾を確認した。

黒色のマガジンの中で、黄金色の弾丸が鈍く光を放っていた。

 

「すまないダモン殿。これも貴方の宿命という事だ。おとなしく空からガリアの行く末を見守るがいい」

 

彼は再び懐に拳銃を戻すと、紅茶の器をタンスの中へと隠してその部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 


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