わしを無能と呼ばないで!   作:東岸公

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第二十六話 ファウゼンの戦い(前編)

◆8月7日~ファウゼン近郊 ガリア軍~

 

ダモンの作戦開始宣言により、ガリア軍はまず作戦の第1段階であるファウゼン近郊の村々を奪還せしめんと攻撃を開始した。

各地の村々に展開していた帝国軍はガリア軍の攻撃を受けると即座に反応。平静が保たれてきたガリア北部で、再びガリアと帝国は戦火を交える事となった。

グレゴール将軍率いる北部帝国軍の殆どは鉱山都市に集中しており、各拠点の帝国軍防衛部隊の数はとても少なく、ガリア軍はその数で帝国軍部隊を押し潰していった。

 

「全ての家屋をくまなく調べ上げろ!潜んでいる帝国軍を炙り出せッ!」

 

ドカドカと軍靴を鳴らして村中にある小屋や家の扉を蹴り破り、中に潜んでいる帝国軍を次々と駆逐していくガリア軍。(さなが)ら暴徒とも勘違いしそうな勢いであった。

 

「く、クソッ!敵の動きが速すぎる!対処できない!」

「撤退!撤退だーッ!!」

 

対する帝国軍防衛部隊は、バルドレン直々の指揮によって鬼気迫る勢いのガリア軍に反撃の隙を突くことすらままならぬ状況に陥り、各指揮官達は撤退を命令。逃げ遅れた者は暫くすると自ら手を挙げて投降し始めていく事態となっていった。

 

この時先陣を切って帝国軍部隊に切り込んだバルドレン少将は、その巧みな戦術を用いて電撃的に近郊に散らばる帝国軍の拠点を制圧していき、ガリア軍はほぼ無傷で作戦の第1段階を終了させた。序盤の戦いではあるが、この戦いでガッセナール家は更に名を轟かせたといっても過言ではない。

 

「ガッセナールの名に恥じぬ働きよのう。ギルベルト殿も鼻が高いであろうなぁ。はぁ…わしも結婚しておれば今頃は…。ともかく、序盤から先行きの良い結果となったことに感謝せねばな」

 

前線に設置された司令部にはダモンが居座っており、そこから各地の状況を聞いていた。彼の隣にはエーベルハルト参謀総長が派遣した有能な参謀達が、必死に報告書と睨めっこをしている。情報の中には各地の前線についても記載されており、彼らは余念なく神経を集中させているのだった。

 

「お兄――コホン、バルドレン少将のお蔭で、作戦の第1段階は無事完了いたしました。続いて自走砲部隊並びにロケット砲部隊をファウゼン近郊に展開させます。護衛部隊も問題ないそうです」

「うむうむ。やはり物事は滞りなく進むと気分が良くなるものだ」

 

ダモンは次に自走砲部隊を奪還した村々の近くに配備した。

ファウゼン鉱山都市に至るまでの道のりにはトーチカを中心とした強固な防衛線がグレゴールによって構築されており、これらを破壊しない限りガリア軍はファウゼンに近づくことすら出来ないのだ。

それだけでなくとも、装甲列車エーゼルの射程に入らないよう細心の注意を払わなければならず、各兵士達は尚も気を張り巡らせていた。

 

「閣下。自走砲部隊の展開及び攻撃準備が完了いたしました。護衛には親衛隊を付けてよかったのですね?」

「うむ。それで構わん。親衛隊でも付けてやれば大砲屋達も少しは安心するであろう。なにより最近は働かせておらんかったからの。ハーデンス軍曹や他の奴らに仕事を割り振らねば色々と不貞腐れてしまうわ。それよりも大佐、義勇軍第7小隊と422部隊は鉱山内部へ侵入できたか?」

「はっ。それについては先ほど無線で連絡が御座いました。無事侵入することが出来たそうです。あとは閣下の号令待ちです」

 

テント内で騒がしく話している通信士達の声を掻き消すように、オドレイはダモンの耳元で報告する。

今回の戦いでもオドレイはダモンの隣で彼の右腕として働いていた。内政面においては兄であるバルドレンにも引けを取らない程である。彼女もまたガッセナール家という看板を背負うに足る人物であった。

 

「よぉし…。では盛大にパァーッと打ち上げてやるとするか!通信士、回線を繋げぃ!」

 

報告を聞いたダモンは手を擦り意気揚々と声を上げた。

命令を受けた通信士は即座に通信機器のダイヤルをかりかりと回す。その後マイク付きのヘッドホンを首から取るとダモンに手渡した。ヘッドホンの向こうからは(いき)り立つエンジン音と共に多くの人の声が聞こえた。

 

「これより、敵の目を此方に向けるべくファウゼンに対して遠距離攻撃を開始する!帝国に天罰を下してやれぃ!」

≪そんなの言われるまでもないですぜ。聞いたかお前らァ!大将からの攻撃命令が下ったぞォ!≫

≪ッしゃあ!派手にぶちかますぞォ!≫

≪奴らに目にもの見せてやるぜぇぇl!≫

 

喉を潰してしまうのではないかと思うくらいに自走砲指揮者は大きく叫んだ。それに続いて熱烈士気が天を打つガリア自走砲部隊の面々も同じくらいに大声で叫ぶ。

プッと通信が切れるとダモンはヘッドホンを投げすて、即座にテントから駆け出した。

すわ何事かと近くでテントの警備をしていた兵士達もダモンの後を追った。

 

遠くの場所まで目が行き届くように、小高い丘の上に設置された司令部。

ダモンは、その丘からグレゴールが鎮座するファウゼンを眺めた。後から追いついた兵士達の言葉を聞きもせず、彼は真っすぐとファウゼンを睨んだ。その瞬間だった。

 

――自走砲の口から一斉射撃された砲弾による凄まじい爆音と地響き。

ロケット弾の飛翔音は耳を劈く程の金切音を戦場に響かせ、自走砲の砲弾と共に弧を描きながらファウゼンへと落ちていく。ただ自走砲とは違い、ロケット砲の音は一度だけではなかった。

多連装ロケット砲最大の欠点である精度の低さ。それを補うようにロケット砲は同時大量発射による広域制圧射撃を行ったのだから、一度では済む筈も無かったのである。

 

≪な――なんなんだこの音は!?≫

≪う、うるさくて鼓膜が破けちまいそうだ!≫

≪嘘だろ!?敵のトーチカが弾けたぞ!?≫

≪俺たちは一体何を見ているんだ…≫

≪音がデカすぎて――無線が壊れそうだ…!≫

 

無線を開けば一様に兵士達が動揺しているのが伝わる。曇天とした空を割る様に数多の閃光が異様な雰囲気を生み出しながら空を翔けていくのだから驚かないわけがなかった。

全ガリア軍兵士達が一斉にその場で耳を塞ぐ程の風を切る音は、4分間止まらなかった。いや、止められなかった。ロケットという封印から解放された悪魔の声は、いやがおうにも前線にいる全ての兵士達の心にその音ははっきりと刻まれた。無論恐怖という意味で。

 

しかし、ダモンはそれらの火砲に対して不思議と嫌とも怖いとも思わなかった。寧ろ美しいとさえ捉えていた。――まるでクラシック音楽を聴いているかの如くであると。今自分は指揮者なのではないかと錯覚さえした。

 

「これが火砲の威力なのか。ロケット砲の美しさなのか――」

 

自走砲による発射音が打楽器とするならば、多連装ロケット砲による飛翔音は止まることを知らないオルガンであった。正に弾丸によるオーケストラが戦場という舞台で奏でられていた。そして忘れた頃に装填が完了した自走砲による力強い砲撃音が加わる。

これらの光景は音のみならず、眩い光を放ちながら虹のようなアーチ状でファウゼンへと落ちていく。それは一種の神々しい絵画であるかと思わずにはいられなかった。他にも彼の後ろで耳を塞ぎながらその場で立ちすくむ兵士達。うるさく戦場に音が響き渡る中、1人の警備兵がダモンの顔を覗き込んだ。

 

「……閣下?」

 

一応呼びかけはしたのだが、砲撃音が大きすぎて警備兵の声にダモンは気が付かない。

しかし、警備兵はダモンの表情を見てギョッとした。ダモン自身は気が付かないが、警備兵の目に映った彼の表情は狂気を感じさせる程に不気味な笑みを浮かべていたのだから。

 

「む?どうかしたのか?」

「あ、いえ、別に…」

 

警備兵は言えなかった。

今の表情は、敵よりも恐ろしく感じてしまったなどと言える筈もなかった。

ダモンは現在のガリア軍を統括している総大将であり、自身の上司である。

戦争は人を変えると言う。だが、警備兵に言わせてみれば、人が戦争を変えるのではないかと思う。

ダモンが浮かべた表情と祖国ガリアが開発した新兵器が、そう思わざるを得ないのだ。

今は普通のいつもの表情に戻っているが、あの一瞬だけは間違いなく狂人のそれであったと。

 

ふと、気が付けば味方の遠距離攻撃は終了していた。あれだけの爆音が止まると、前線は異常とも思えるほどの静けさの余韻に浸っていた。皆が何も発さず、只呆然としていた。

 

「さて、どう"指して"くる?ベルホルト・グレゴール。これで焦る貴殿ではあるまい…」

 

奇妙な静けさの中でダモンは顎に手を当てつつ、敵の次なる出方について思案するのだった。

 

 

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◆同日同時刻~ファウゼン鉱山都市 帝国軍司令室~

 

「ふむ。これが"あの男"の奥の手というやつか。…やってくれるな」

 

攻撃を受けた帝国軍北部方面軍は、一体何が起きたのか分からず大混乱に陥っていた。

緒戦で敗走しつつも十二分に防衛陣地を整えていた北部帝国軍兵士達の頭上に、突如として大量の砲弾と謎の新型弾が降り注いできたのだ。しかも新型弾の方は真っ直ぐには飛ばず、予測不可能な動きで山々の表面に落ちてくるのだから溜まったものではなかった。敵の飽和攻撃に気づいた味方の指揮官たちは直ぐに部隊を後退させようとしたが、そもそも何処に着弾するのか予測できないくらいに新型弾の弾道が歪んでいたため、帝国軍は右往左往しながら鉱山の更に奥へと引っ込んでいった。斜面に築かれた味方の防御陣地は瞬く間に灰塵となっていき、緩やかな下り坂であった道はボコボコに吹き飛んでいた。

 

しかし、この様な状況下でありながら帝国切っての名将ベルホルト・グレゴールは動じなかった。

寧ろダモンが仕掛けてきた攻撃に対して、冷静に物事を見ていた。

 

「各陣地の損害状況を知らせよ。崩落した洞窟があれば速やかに排除し陣地を立て直すのだ」

 

グレゴールは混乱する帝国軍を横目に、自身の几帳面さも相まって綿密に練られた防衛戦術を元に至ってシンプルに命令を下していく。

斜面沿いに設けられた洞窟陣地はグレゴールが指示して構築された代物で、ガリア領であった時にはなかった防御陣地であった。

 

「報告しますッ!正斜面側に構築していた第1防衛陣地と第4防衛陣地が先ほどの攻撃で崩落!死傷者多数とのことです!」

「早急に撤去せよと106歩兵小隊・104技工隊に連絡しろ。慌てる必要はない」

 

至って冷静なグレゴールはそれだけ言うと兵士を下がらせた。

そして冷静だからこそ、ガリアの繰り出してきた兵器について看破した。

 

「"ロケット"とはまた珍しい兵器を開発したものだ。我が国の最先端を操る技術者達が余興で調べている代物をまさか実用化させたとはな。しかもこの私にその威力を知らしめてくれた。ガリアの技術者達には敬意を表したいものだ」

 

薄らと笑みを浮かべるグレゴール。

暇つぶし程度とはいえ、ロケットそのものについては彼以外のイェーガー将軍やセルベリア大佐も知っている。寧ろ知らない司令官など居るのだろうかと彼は思う。

グレゴールはこの攻撃に使用されたロケット砲について手早く簡潔に手紙に綴る。宛名は帝国本土の技術開発部であった。

 

「だが悲しいことに、我が帝国では第一次大戦で時間が止まったままの将軍達が権威をもっている。彼らが居なくならない限り、帝国はロケット技術において他国より数段遅れるだろう。少なくともガリアよりは」

 

手紙を綴りながら1人愚痴るグレゴール。しかし現実問題として彼は今日(こんにち)の祖国の状況を嘆いていた。帝国は連邦に比べると国土は広いが、工業力・経済力に関しては間違いなく連邦の下であった。無論それを補助するように言うならば、人口は帝国の方に軍配が上がる。このような一長一短が双方の2大国の均衡を保たせているのも事実であった。しかし、連邦のような自由を帝国は許しておらず、結果として戦車以外の技術に関しては二の足を踏んでいた。

 

「―――ふむ。これぐらいで十分か」

 

内容は主にロケットの威力と飛距離についてであった。

書き終わった手紙を引き出しに仕舞うと、ドアをノックする音がグレゴールの部屋に木霊した。

 

「誰だ?」

「はっ。帝国軍遊撃部隊カラミティ・レーヴェンのダハウです。失礼しても宜しいでしょうか?」

 

眼鏡をクイッと上にあげつつ、グレゴールは相手の事を思うこともなく露骨に嫌な表情をしながら、入室の許可を下した。ダハウとて、この様な扱いには既に慣れきっており、特段何も考えはしなかった。

 

「私は今非常に忙しい。手短に話せ」

「ありがとうございます。5分で済みます」

「……フンッ」

 

グレゴールは名将ではあるが、それは帝国人に限ってのことで、ヨーロッパ各地で迫害されているダルクス人に対しては道端に落ちているゴミを見るような目で普段から接していた。それは相手が帝国軍に所属するダルクス人であったとしてもだった。

 

「閣下も既にご存知かと思われますが、敵の新型兵器についてです。微弱ながら、我々遊撃隊がそれら砲撃部隊が展開している場所を発見いたしました。敵の動きから察するに、再び攻撃準備に入っている模様」

「それがどうした。その程度のことであれば私も承知の上だ」

 

そんな事ダルクス人に指摘されなくても分かっていると言いたげな感じでグレゴールは顔を顰める。

対してダハウは何も思わず話を進めた。

 

「流石は閣下です。しかしアレを何度も撃ち込まれると軍の士気に影響が出てきます。そこでなのですが、まだ我が軍の士気が高いうちに打って出てはいかがでしょうか?ガリアは総大将自らが指揮をせねばならぬ程に足並みが崩れています。何より遠距離攻撃の目標は此処ファウゼン。籠っていれば敵にされるがままです。あの砲撃を避ける為にも、私は今ここでガリアを撃つべき時であると進言致します」

 

ダハウから伝えられた提案に、グレゴールは思案した。

彼は差別こそするが、真っ当な意見であればそれなりに耳を傾ける。

確かにこのダルクス人の言うことは尤もである。自分とて指をくわえて見ているつもりは毛頭ないのだ。しかし、この提案がダルクス人から出たというのが気に食わない。それでは私がダルクス人の考えに同調したかのように思えて仕方がないのだ。ただ、この男の言葉は正に理に適っている。今帝国にとって打つべき手を言葉にしてくれたのだ。だが、ダルクス人の言葉というのが不満なのだ。

 

第一次ヨーロッパ大戦の際にもこのような似た出来事があった気がすると、不意にグレゴールは当時の事を振り返る。あの時もただの一兵卒が伯爵家出身の自分に対して進言をしてきたことがあった。初めは嫌だったが、結果として受け入れた後、局地的にではあるがヨーロッパ戦線の一部を盛り返した。その時の判断を、今ここでもう一度下すのもいいだろう。しかし、相手がダルクス人であることだけが唯一の不満だが。

少しばかりの時間が過ぎた後、グレゴールは遂に決断を下した。

 

「――フンッ。癪ではあるが…いいだろう。だが私がここから動いては敵の思う壺だ。奴らは私を野戦に引っ張り出そうとしている節がある。よって副官であるアーヒェン准将に攻撃命令を下す。反論は許さん」

「私めのような人間の意見を取り入れて頂き誠に有難うございます。閣下の寛大な決断に言葉もありません」

「貴様にどう言われたところで私はどうとも思わん――5分だ。約束通り出て行くがいい」

「はっ。貴重な時間を割いて頂き有難う御座いました。失礼いたします」

 

ダハウはグレゴールの部屋から退出した。

あの男がダルクス人でなければ、もっと違う扱いであったと彼は1人考えるが、直ぐに脳からそのような世迷言を捨てた。

 

「それよりも執務室で指揮を執っていれば的確な指示が下せんな。やはりエーゼルの車内から指揮を執るか」

 

趣味であるチェスを後にして、ベルホルト・グレゴールは必要な物だけを部下に持たせると一路装甲列車エーゼルの指揮車両を目指してゆっくりと廊下を歩く。しかし、その遠く後ろではダハウが陰から顔を覗かせ笑みを浮かべていた。

 

「これで帝国軍はグレゴールの護衛を除いてファウゼンから出張る事になる。つまり潜入しているガリア軍は容易にエーゼルへと近づく事も可能になったわけだ。見させてもらうぞガリア軍…いや、ゲオルグ・ダモン。あの機械の化物を、貴方の作戦で撃破できるかどうかをな…」

 

漆黒のマントを翻しながら、ダハウはグレゴールとは逆の通路へと消えていく。

今生の見納めのように、ダハウは二度とグレゴールの元へ赴くことはなかった。

 

 

 


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