わしを無能と呼ばないで!   作:東岸公

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第二話 ダモンの憂鬱

◆1935年3月27日~ガリア義勇軍司令部の一室~

 

「バーロット大尉。ウェルキン・ギュンター殿が到着しました」

「わかった。部屋に入れなさい」

 

衛兵が部屋の主である『エレノア・バーロット大尉』にそう告げると、バーロットは了承し彼を部屋に入れた。

 

「ウェルキン! お前も呼ばれたのか!」

 

彼が部屋に入った瞬間、バーロットよりも先に反応した人物がその部屋にいた。

 

「ファルディオじゃないか! 久しぶりじゃないか! 元気にしてたかい?」

「あぁ! そっちこそ元気そうじゃないか! お前がブルールに居ると聞いた時はヒヤッとしたが、お互い無事で何よりだな!」

 

ファルディオこと『ファルディオ・ランツァート』は、旧友との久しぶりの再会に心躍っていた。

だが、それも長くは続かなかった。

目の前にいるバーロットが2人に対して強い咳払いをしたので、2人は素直に整列した。

 

「改めて挨拶させてもらう。エレノア・バーロット大尉だ。今回、義勇軍第3中隊隊長に任命された。わかりやすく言えば貴方達の上官となる。早速だが、本日付で貴方達2人を『少尉』に任命し、ランツァート少尉には第1小隊を、ギュンター少尉には第7小隊を率いてもらう」

「「はッ!」」

 

バーロットは敬礼している2人を見た後、机の引き出しから2枚の紙を取り出した。

 

「これが『一応の』作戦指示書だ。後で…といっても1枚しかない。少し時間を作るので今見てもらって結構だ。」

 

上官がそう言うのであればと、2人はその指示書に目を通した。

そして一番初めにその内容に反応したのはファルディオであった。

 

「バーロット大尉! この内容は、本当なのですか!?」

 

ファルディオは指示書を机に叩きつけながらバーロットに抗議した。

 

「あぁ。私も気に食わないがな。その内容は全て事実である。『ガリア義勇軍はヴァーゼル橋を死守せよ』…だそうだ。」

 

そういってバーロットは温くなったコーヒーを啜りながらそう述べた。

その様子と表情は半ば諦めに近い。

 

「私も抗議したのだがな…。生憎、上層部は生まれ変わっても上層部だったと言う事らしい。確かにあの事件以降、横領などの不正は少なくなったが、それでも上は頭が固いまんまという事だ。帝国軍の足並みが揃っていない今の内に防衛線を構築すべきであると他の将校も進言したのだがな…」

「くっ…。貴族連中は首都さえ無事なら良いというのか…!」

 

ファルディオは歯を食いしばりながらガリア上層部に対してイライラが収まらなかった。

そんな彼を慰めるようにウェルキンはフォローした。

 

「ファルディオが怒るのも無理はないけど、僕はどっちでもいいかな」

「お、おいウェルキンまで何を言って――」

「まぁ聞いてよ。確かに防衛線を構築すれば帝国軍を足止めできるけど、逆に言えば僕達にはそこが限界だよ。なんたって軍人じゃないしそこまで訓練されていないから。今残ってる正規軍だって殆ど各地から退却してきた敗残兵で、数が少ないんだ。下手に足止めするよりも、固まって一部を強力に防衛したほうがいいのかも知れないよ?」

 

ウェルキンのフォローを受けてファルディオは少し冷静になった。

そうだ。別の解釈をすれば、なんとなく理に適っている作戦ではあるのだ。

ファルディオはウェルキンに「すまん。俺とした事が…」と謝罪をした。

 

「ギュンター少尉の意見が、今の所一番もっともらしい理由だな。指示書よりも立派だ」

「いえ。僕なんてまだまだです。それよりも生き残ったダモン将軍率いる防衛大隊の方々は今何処にいるんですか?」

「その事については、まだ話せない。とりあえずランツァート少尉とギュンター少尉は、所属の部隊に顔を見せに行ったほうが良いのではないか?」

「そうですね、了解しました。ではこれで失礼します」

 

ウェルキンがそういうとファルディオも習って敬礼し、部屋から退出した。

 

1人残ったバーロットはすっかり冷めてしまったコーヒーを飲み干すと、積み重なっている書類仕事に取り掛かった。

 

 

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◆同日~ナジアル平原にて~

 

「……伍長。これは一体どういう事なのかわしに説明してくれんか?」

「じ、自分にも一体何が起きているか理解できておりません…」

「友軍は? 防衛線を構築しているはずの友軍と義勇軍がいないではないかッッ!!!!」

「ひ、ヒィ!!」

 

わしは、生き残った防衛大隊と共にナジアル平原まで後退してきたのだが、今わしの眼前に広がる光景は、戦争とは無縁の広大な緑が"サー"と音を立てていた。

そう、『草原だけ』しかなかった。動いているのはわしが率いるガリア軍だけである。

 

「ダモン将軍! 西側よりガリアの車が1両だけこっちに向かってきております!」

 

見張りをしていた兵士は、双眼鏡に移った物をそのままダモンへ伝えていた。

 

「なに! それは本当か!?」

「間違いありません! 乗っているのは……バルドレン・ガッセナール大佐かと思われます!」

「他にはいないのだな!?」

「はい! 1両だけです!」

 

では援軍という訳ではないのか。

しかしガッセナール大佐だけというのも腑に落ちんな…。

ランドグリーズで何かあったのかもしれん…。

兎に角、話を聞かん限りには何も始まらんな。

そんな事を考えている内にガッセナール大佐が車から降りて、わしの方に小走りで来おった。

 

「ダモン閣下! 遅くなり申し訳ございません!」

「ガッセナール大佐。何故、今、此処に、友軍が居ないのか。どういう事か説明してはくれんか?」

「私もその事について自ら説明したいと思い、此処に来た次第であります。どうか、冷静さを保って話を聞いて頂きたく存じます」

 

そこからわしは、ランドグリーズで行われたと言う会議の内容を聞いた。

 

……わし、心折れそう。

わしのあの演説は一体なんだったのだろうか。

ギルランダイオ要塞で命を掛けて作った時間は一体何の為だったのであろうか。

祖国の救済の為に、要塞で散った我が誇り高きガリアの精鋭は……こんな意味のない形で…。

 

わしは余りの上層部の情けなさに、卒倒しそうになり、後ろにいた兵士に支えられていた。

ファウゼンは落ちない? 馬鹿者がッ! 相手は帝国なのだ! 間違いなくファウゼンは落ちるだろう。

…というか落ちたのだが。

 

「私にもう少し、説得できる力があれば…。誠に申し訳ありません…閣下。心中お察しいたします」

「……いや。寧ろよくそこまで粘ってくれた。礼を言うのはわしの方だ大佐。苦労をかけてすまぬ」

「閣下…」

「奴らの頭の固さは十分理解した。それで? 奴らはなんと言ってきておるのだ?」

「それについては、この封筒の中に詳細が。お目通しを。」

 

そう言われたのでわしは封筒をビリビリと破いて中身を見た。書いてあったのは以下の通りである。

 

『ゲオルグ・ダモン大将閣下。この度はよくぞギルランダイオ要塞で時間を稼いでくれた。お陰で我ら軍議会は有効的に"作戦会議を"進める事が出来た。当初は閣下の演説した内容に沿って、防衛線を構築するつもりであったが、予想以上に帝国軍による進撃が速い為、急遽内容を撤回し、ヴァーゼル橋に義勇軍と残りの正規軍で強力な防衛線を構築した。その為、閣下が率いるガリア主力軍と、それぞれ各地にいた方面軍を再編し、帝国軍に対して反撃を行っていく。ついては今後の会議を行いたい為、閣下には可及的速やかにランドグリーズに帰還して頂きたい』

 

至って普通の内容だが、言外に『お前抜きだと話にならないから早く帰って私達を守れ』といっているようなものだな。

 

「……だそうだ大佐。どうやら奴ら、自分達だけを守ってほしいらしいぞ」

「な、何という言い草だこれは! ふざけるのも大概にしろッ!」

 

そう言いながらガッセナール大佐は近くに置いてあった空の弾薬箱を蹴り飛ばした。

 

「落ち着くのだ大佐。いつの時代も上にいる奴らとは、えてしてそう言う奴らが多いものだ。かく言うわしも、そんな奴らと同じようなものだ」

「いえ、ダモン閣下は全ガリア軍の良心であり、希望でもあります。そのように卑屈にならないで下さい!」

「買いかぶり過ぎだ大佐。わしはそこまで素晴らしい軍人ではない。見よこの腹と体型を。これが立派な軍人と言えるか?できる事と言えば戦車に乗って撃つぐらいなのだぞ」

「ですから! そのように卑屈にならないで頂きたいと申しているのです! ガリアを愛する心さえあれば、体型などどうでもよい事なのですッ!」

「ハッハッハ! そう言ってくれるだけでも救われるものだな。だが話はこの辺で止めておこう。いずれにせよ、ランドグリーズまで戻らねば話にならん。急いで向かうとしよう」

 

そう言うとわしは麾下の全部隊に退却命令を出すと、全軍ランドグリーズに急いだ。

 

「わしがガリア軍の良心……か…」

 

わし以外にも、まともな奴はおるというのに…。

 

 

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◆3月30日~ガリア公国・首都ランドグリーズ~

 

この日、ランドグリーズでは、戦時中にも関わらず、多くの人々がお祭り騒ぎを起こしていた。

理由は撤退してきたダモンと彼に従い激戦を潜り抜けたギルランダイオ防衛大隊の兵士を一目見るためである。

一部の新聞やラジオではダモンを『救国の将軍』などと呼び、火に油を注いでいた。

 

いざダモン達がランドグリーズに到着するや否や、観衆は大きな喝采と共に彼らを褒め称える。

よくよく見ると、正規軍とは違う軍服を着ている者…義勇軍の兵士まで見物に来ていた。

 

「戦争に勝った訳でもなしに。寧ろ本土失陥の危機に瀕している現状で、よくもまぁラジオは嘘がつけるものだ」

「国民は英雄(ヒーロー)を求めているのです閣下。心の支えとでも言いましょうか」

「ならわしには無理だな大佐。だが、わしが民衆の心の支えになっているのであれば、無様な真似はできんな」

「はい。お言葉ですが、今のガリアの状況を鑑みれば、もはや我が軍に敗北は許されません」

「なら"一時的な後退"なら良いと言う訳だな?」

「ええ。"一時的な後退"なら仕方ありませんから」

「……ふんッ」

 

現在は兵士達にも少しだけ休養の時間を与えており、ランドグリーズの各地で各々の兵士が家族と再会したり、恋人と過ごしている。

ダモンとバルドレンは、ダモンの職務室で談義に講じていた。

そんな中、ダモンの部屋にとある人物が訪れた。

 

「ダモン殿。ご無事で何よりでしたな」

「おぉ! ボルグ宰相ではありませぬか!」

 

とある人物とはマウリッツ・ボルグ宰相であった。

バルドレンはすぐさま敬礼し、一言いって部屋を退出した。

因みにボルグ宰相の片手には何やら封筒を持っている。

 

「すみませぬな。わし自ら宰相殿の所に行くべきでありながら、お手数をかけるような…」

「いやいや。私がダモン殿に労いの言葉をお掛けしたくてですな、こうやってやってきた次第。それよりもですぞ。今のガリアは余り好ましい状況ではない事を、ダモン殿は理解しておりますな?」

「勿論」

「では、この封筒を受け取ってほしい」

「ふむ…」

 

そう言われながらダモンはボルグから封筒を受け取る。中々の厚みである。

ダモンは封筒の上部分をビリビリと横に破り、中の書類をペラペラと軽く目を通した。

因みに、1ページ目には大きな字で『ガリア反攻作戦ニ関スル内容』と書いてある。

 

「……わしを"ガリア中部方面軍総司令官に任命する"…か」

「うむ。中部方面と銘打ってはいるが、事実上の全ガリア軍の総司令として、活躍してもらいたい。北部方面軍と南部方面軍は、あくまで帝国軍に対する最低限の防衛戦力として再編する事となった」

「なるほど。南部と北部から抽出した兵力をそのまま中部方面軍に充てた。だからこそ事実上のガリア軍総司令官という訳ですな? それで中部方面を率いて帝国軍を撃退せよと」

「理解が早くて助かりますな。私の説明も不要という訳ですかな?」

「2つだけ、質問をしても?」

「私に答えられる質問であれば、何なりと」

 

ボルグがそういったので、ダモンは質問した。

 

「中部方面軍には、義勇軍も含んでいると考えて宜しいのですな?」

「無論」

「反攻作戦についてはわしが決定権を有している。これは間違いありませんな?」

「うむ。異論はない。全てダモン閣下にお任せするお積りだ」

 

逆に言えば『負けた時の全責任はお前に負わせる』と言っているようなもんである。

 

「結構。後から上層部が抗議の声をあげても、わしは知りませんぞ」

「うむ。では私は仕事があるのでな。失礼させてもらう」

「このダモン。粉骨砕身の覚悟で頑張らせて頂きますぞ」

「心強い! では頼みましたぞダモン殿!」

 

そう言ってボルグは部屋から出て行った。

それを見送ったダモンは、再び書類をペラペラと見返しながら呟く。

 

「そろそろ秘書が欲しいものだな……。わしの"意向を汲む"秘書が…」

 

ダモンは書類を机の引き出しにしまうと、別の引き出しから女性兵士の名前がずらっと並んでいる紙を取り出し、1人吟味するのであった。

 

 

 




同日、ヴァーゼル近郊にて、一部のガリア正規軍部隊が帝国軍を撃退する。
部隊を率いた隊長の名前は『クルト・アーヴィング少尉』。
この時はまだ表の正規軍に所属していた。

後に反逆罪を問われ【ネームレス】と呼ばれるガリア軍422部隊に左遷されるが、同部隊の練度を高め、"ガリア特殊部隊の父"と呼ばれるまでに成長する人物である。

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