わしを無能と呼ばないで!   作:東岸公

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待たせたな!(BIG BOSS風)

いや本当にお待たせしました。無事内定を頂けました。
後は卒論のようなもんだけなのでまた更新速度を徐々に戻していく所存です。

完結目指して鋭意執筆させて頂きますので、これからも生暖かく見守って下さると助かります。(´・ω・`)

後、長らく離れていたので色々矛盾が起きている箇所があるかも知れません()。

それでは本編どうぞ。。。


第二十九話 グレゴール、死す

征暦1935年8月9日~帝国軍 ファウゼン防衛前線~

 

帝国軍…それもグレゴール親衛隊は自軍の本拠地とも言えるこの地でガリア軍の猛攻を懸命に防いでいた。

それでも止めど無く続く弾丸の嵐は無情にも帝国軍の兵士数を減らしていく。

 

「応戦だァ! 応戦しろッ! 敵をこれ以上閣下の元へと近づけさせるなァ!!」

「帝国軍人の意地を見せろォ!我ら帝国軍親衛隊に〝撤退〟の2文字は無いと知れェ!」

 

ガリア軍…それはウェルキン率いる第7小隊の奇襲。

そして素早く部隊を展開するウェルキン達の前に、1人の老将は汗を垂らさない。

だが、決してこの状況を理解していない訳では無かった。

 

「……どうやら戦況は厳しいようだな?」

「グッ…! 閣下、申し訳ありません。敵の侵入をここまで許してしまうとは…」

「気にするな。この土地は元より奴らの物なのだ。我が軍が未だ認知していない抜け道でもあるのだろう。寧ろよく危険を冒してまで此処に辿り着いたものだなと私は思っている――」

 

眼鏡を整えながら老将は呟く。

ベルホルト・グレゴール少将。

齢51歳にして祖国である帝国への最後の奉公として、敬愛する皇帝から極秘裏にマクシミリアン準皇太子に対して『監視』という任務を受けつつもガリア侵攻戦に従事することとなった男は、眼前に展開するガリア軍と対峙していた。

 

クルト率いる正規軍422部隊による囮作戦、そしてウェルキン率いる義勇軍第7小隊による奇襲攻撃。

グレゴールをしてまんまと策に乗せられた帝国軍は主力を失った状態で彼らと対峙していた。

主力を欠いたファウゼンに残っている部隊は、グレゴールの親衛隊のみであり、数々の戦場を潜り抜けてきた第7小隊に後れをとる羽目となっていた。

肝心の主力部隊と言えば麓近くでガリアの本軍と交戦中だという。

 

「閣下、急いで下車し脱出の準備を! 閣下と主力軍が合流さえすれば敵など恐るるに足りません!」

「ふんっ。敵がこんな近くまで接近しているというのに敵に背を向けて逃げろと言うのか? ここで逃げては皇帝陛下に顔向け出来ぬわ」

「ですが、今ならば――!」

「准将は今頃、北の補給基地への撤退準備をしている筈だ。万が一に備え、作戦失敗の際にはそうしろと伝えてある。此処に至っては我らがガリア軍を引き付け、主力軍を逃す。これは決定事項だ」

 

――それに…帝国軍人としての意地もあるのだ。

 

部下からの進言をグレゴールはにべもなく一蹴した。

一指揮官としては部下の言葉は決して間違いではない。敵に背を向けてでも主力と合流し後退すべきであると。だが、此処で逃げてはグレゴールの名に傷がつくだけでなく、敵に北部の主導権を握られてしまうのだ。

今は我が軍の施設であっても元はガリアの施設。それに貴重なラグナイト資源を産出する最重要施設をみすみす手放す筈が無かった。

それに此方にはエーゼルがある。なぜ逃げる必要があるというのだ。これがある限り負けはしない。

 

何度も言うが、グレゴールに決して慢心や驕りがあった訳では無い。

寧ろドライ・シュテルンの中では一番様々な事態を考慮して作戦を練り続けてきた隙の無い男なのだ。

実際、ファウゼンの防衛司令官となるまではマクシミリアンに対して作戦の助言を遠慮なく行っており、序盤の快進撃の殆どはグレゴールの指揮による作戦展開が功を奏したものであった。

序盤の勢いをもってすれば、ガリア公国はあっという間に全土が占領されていた筈であり、今頃は帝国の支配下に入っていただろう。だが目の前の戦闘を見てそれが間違いであったと今は思わざるを得ない。

圧倒的な物量を尻目に進撃してきた帝国軍は、今や格下と考えていたガリア軍に無情にも押し返されている。

小国であるガリアが逆に帝国軍を物量で押し始めたのだから、皮肉としか言いようがなかった。

 

「これも全て、あの男の仕業という訳か……」

 

それまではガリアには真面目な将校などいる筈もないと高を括っていたのだが、予想は大きく外れてしまった。

 

「〝眠れる豚〟ではなく、〝眠れる猪〟を叩き起こしてしまったのが運の尽きかもしれん」

 

というよりも、ダモンという予想外の事柄以外は間違いなくグレゴールの予想通りだったのだ。

正規軍は汚職により腑抜け、貴族や政治家共に至っては中枢まで腐り、肝心の義勇軍とて時代遅れの教科書を元に教育された名ばかりの国民軍。この情報を知ってどうやって負けようというのか。

 

だが、この国にはまだ傑物と呼べる人物が残っていた。

 

ガリアの中にあって汚職の中心人物ではないかと考えられていた男による数々の粛清は、たちまちガリアという国を不死鳥の様に立ち直らせた。

元来粛清とは国力の最初の原点である〝人材〟を間引く事により激しく軍事力を低下させてしまう。

事実ガリア軍は兵卒・下士官と高級将校の間にいる下級将校を一気に間引いてしまったせいで、指揮系統に支障を来した。後の事は言わずもがなである。

 

――これでガリアは終わったな。国としても、軍としても――

 

そう思い、だがそれを見誤ったのがグレゴールにとって最大の誤算だった。

 

『ゲオルグ・ダモン』――この男によってグレゴールの計算は崩れていった。

この男は、この国に巣食う膿を血が滲むまで無理矢理出し切ると、手早く治療を施していった。

ガリアの強さは指揮官に非ず。ガリアの強さは個々の兵士に在り。

彼だけがガリア軍の強さの神髄を理解していたからこんな荒療治が出来たといえよう。帝国などでは絶対に行えない思い切った改革。その手腕は見事な物だった。

 

初めて会談で会った時に殺しておけば、こうならずには済んだのかもしれない。

そう思いつつも行動に移さなかったのは、ある意味騎士道精神に基づくのかもしれない。

1人の将軍として…男として真っ向から勝負をして勝たねば自分の生涯に傷が付くと思ってしまったのだ。

この好敵手を正面から討ち滅ぼしてこそ意味があるのだと。そう思わせる人間がこの小国に眠っていた。ならばこそ、応えるまでではないか。純粋にそう感じたのだ。

だからこそ、グレゴールは諦めた訳では無かった。

 

「まだ敗北と決まった訳ではない。エーゼルの力を以て此処でガリア軍を完膚なきまでに粉砕し、この国を…資源豊かなこの土地を皇帝陛下へと献上する。これは決定事項なのだ―――」

 

壁に掛けられた世界地図を見てグレゴールは呟く。

まるで自分を窘めているかのようにも思える言葉に、流石の部下も口出しできなかった。

けれども彼の額には一切の滲み汗がでていなかった。

彼はこの状況においても冷静…いや冷徹だったのだ。

 

「エーゼルの再装填を急ぐのだ。たかが1個小隊など簡単に吹き飛ばしてみせよう」

 

淡々と命令を下しつつもチェス盤に置かれた駒をグレゴールは移動させていく。

〝コン、コン〟と駒を置く音が車内で静かに木霊する。そしてまた顎に手を乗せ思案しながら駒を別の所へと移送させていく。

目の前には誰も座っていなかったが、グレゴールの前には間違いなく好敵手(ダモン)が座っていた。

 

「(悪いがダモン殿。私は負ける訳にはいかんのでな。戦場でも、チェスでも…)」

 

 

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◆同日~ガリア軍~

 

「ギュンター少尉はまだ攻撃中か!?」

「はっ! 敵の巨大兵器と目下交戦中との事です!」

「チッ、拙いのぅ。このままでは2発目が来てしまうではないか。その前に何としてでもファウゼンを落とさねば我が方の敗北は必定…」

 

今作戦もまたダモン専用軽戦車である『シオン』に跨り、軍を率いているダモンは軍帽を弄って悩んでいた。

予想していた時間になっても「敵の装甲列車は依然として健在である」という報告が上がってきたからだ。

幾ら敵の遠距離砲撃が無くなったと言えど、時間が経てばその内砲撃が再開されてしまう可能性がある。その懸念が彼の脳内を支配していた。

因みに『ルドベキア』は謎のエンジン火災によりシュミット技師による調整を受けている。

お蔭でダモンの士気は少しだけ下がっている。ほんの些細な程度だが。

 

「既に各部隊は動いております。今更作戦変更など到底無理な話です。このまま進軍致しましょう」

「うぅむ。仕方がないか…。他に報告はあるか、大佐?」

 

時折"ガクンッ"と大きく揺れる車内。ケツから伝わる戦車の駆動音が非常に心地よい。これでこそ生きる実感が湧くというものだ。

ガタガタと坂道を駆けあがっていく戦車の中でダモンは応答する。

 

「朗報かどうかは分かりませんが、敵の主力はファウゼンには退却しませんでした(・・・・・・・)

「なぬぅ? ではどこへ向かっているというのだ?」

「行き先は未だ判明しませんが、私の予想では更に北へと撤退したのではないかと考えております。ですが……」

「腑に落ちんか?」

「はい。これまで帝国軍は、我が国が保有していた基地や物資の集積地点を根城に激しい抵抗を繰り返してきました。それは奴らが新たに前線基地を設置する余裕が無いからです」

 

オドレイも敵が何故ファウゼンに戻らないのか分からず、疑問の種が尽きなかった。

此処より北には【マルベリー地区】と呼ばれるリゾート施設があるだけで、ガリアが作った基地は存在しない。帝国軍主力部隊はそんな場所に逃げているのだった。

 

「何故ファウゼンを見捨てて…うぅむ……あっ!」

「何か思いつきましたか?」

「敵は海で遊びたいのでは―――」

「いくら閣下と言えどこのような状況下でそんな戯言が許されるとでも?」

 

ダモンが冗談(ジョーク)で場を和ませようと思って出た言葉に、オドレイは死んだ魚のような目と共に低い声でそれに応えた。批判する視線を感じ取ったダモンは小さく咳払いをして話を続けた。

 

「そ、そんな目で見るな大佐。ちょっとした…そう、冗談というやつだ。敵の意図が全く読めなくては、幾らわしでも思考のしようがないわい」

「左様ですか…」

 

何か諦めにも近い様子でオドレイは言葉少なく返答する。

ダモンは内心「言わなければよかった」と後悔するが、直ぐに話を本題へと戻した。

 

「予定通り我が軍はこのまま山頂の敵本陣を目指す。あの馬鹿でかい砲弾が飛んでくる前に山を落とすぞ」

「了解しました」

 

頭を切り替えてオドレイはアクセルペダルを"グンッ"と強く踏み込み敵本陣を目指す。それに続いてガリア軍はドドドドッと砂埃を舞い上げて駆けてゆく。

そんな中、突如として彼らの鼓膜に"ゴゴゴゴッ"と大きな鉄塊同士が擦れるような音が鳴り響いた。

それと同時にダモンの無線機に新たな報告が上がってきた。

 

≪閣下大変です! 敵の装甲列車が動きました! …砲塔も動いておりまァす!!≫

 

たかが砲塔が動くだけでこんなに鈍い音が各所に響くとは誰も思わないだろう。

思いもよらない報告にダモンは唾を飛ばして応答した。

 

「ぬぁにぃ!? どっちだ…どっちに砲塔が向いておる!?」

≪……左! 敵の砲塔は第7小隊を目標として捉えましたッ!≫

「チィっ! わし等よりも先に足場を固めたか!」

 

斥候部隊の報告により地響きの正体は分かったが、非常に拙い事態になった。

砲塔を動かす。それはつまり再装填が完了し、いつでも発射可能な状態であるという事だった。

 

(ギュンター少尉よ。済まぬが今しばらく持ちこたえるのだ! もう少しで我が軍が到着する!)

 

先程までの思案顔は何処へやら。ダモン率いるガリア軍は尚も一路ファウゼンの中心部を目指して行軍する。その中には第7小隊の危機を察したバーロットの姿も見えた。

 

しかし、ダモンの心配とは裏腹に、山頂ではいよいよウェルキン達による橋の爆破が行われようとしていた。

 

 

==================================

 

◆同日~義勇軍第7小隊~

 

≪大将やべぇぜ! 列車砲がこっちを向きやがった! 時間がねぇぞ!≫

「分かってる!でももう少しだけ耐えてくれ!」

『ウェルキンッ! これ以上戦闘を続けると俺達がお陀仏だぞッ!? わかってんのか!?』

「あと少し…あと少しだけ前進すれば確実に装甲列車の息の根を止めることが出来るんだ…!」

 

グレゴールの足元でゲリラ的な戦闘を続けてかれこれ数時間。

未だに決断の時が来ない事に小隊は焦っていた。

爆弾の専門家ではないにしても、誰がどう見ても既定の範囲内に列車が移動しているのは明白。なのに小隊長であるウェルキンの許可が一向に下りなかったのだ。

 

「ふざけるんじゃないよッ! アタイ達にも限界ってのがあるんだ!」

「兄さん……」

 

普段から否定的な意見は言わない妹のイサラも、心配そうに兄の姿を見ている。

ウェルキンに対して怒りを隠さないロージー、尚も懸命に敵に対して短機関銃(マグス)で銃弾をばら撒く。身体中は砂埃と汗が入り交じり、顔の頬には弾が擦れた後もありで当人は「さっさと終わらせてほしい」と言わんばかりである。それでもウェルキンは橋をひたすらじっと見つめていた。

 

「今起爆しても橋にヒビが入るだけだ…!」

 

だが、皆の疑問はウェルキン自身が一番理解していた。

―――自分が余りにも過大に橋の固さを懸念しているだけなのかもしれない。自分が裁断を下せばこの戦いはガリアの勝利だ。これ以上無駄な血を流さずに済む。戦争が早く終わるかもしれない。でも、ここでミスを犯せば味方に多大な被害を出してしまう。そうなればこの戦争は1年では済まない。2年…いやそもそもその時、ガリアには継戦能力が残っているのか? 

 

考え始めると暗い未来しか想像できなくなってきたウェルキンは必死に頭を振った。

―――今の自分は軍人だ。国の行く末などは政治家達に任せれば良いのだ。余計な考えはただ混乱を招くだけだ。冷静に、冷静にならなければこの戦いは負けてしまう!

 

考えないようにすると余計に集中出来ず、ウェルキンは1人逡巡する。

 

しかし、再び双眼鏡を覗くとエーゼルは射角微調整の為にウェルキンが望む橋の先へと――動いた。それをウェルキンは見逃さず、すぐさま命令を下した。この時を待っていたと言わんばかりに、ウェルキンは覚悟を決めた。

 

「今だザカ! アレを終わらせてくれッ!」

 

普段から温厚なウェルキンが初めて大きく荒々しい声をあげて無線機に怒鳴った。

無線機の向こうでは喜々として命令を受諾するザカの声が応答した。

 

≪ハッーハッハッ!! まってたぜ大将ォ! 全員吹き飛ばされねぇよう伏せときなぁ!≫

 

ザカの言葉を聞いた部隊員は、それまでの迎撃を中止して一斉に物陰や窪地に隠れた。

 

――カチッ――

 

ウェルキンの指示に歯を見せて笑ったザカはスイッチを起動した。

直後に起爆装置に反応した爆薬が橋の支柱を粉々に吹き飛ばしていく。

 

――ドォォォォォォン…ズォォォォォォン……!――

 

「な、なんだ!?」

「一体何が…うわぁぁぁぁぁぁぁ!」

「ギャアァァァァァァァ!!」

「総員退避ッ! 総員退避ッーー!!!」

 

身を隠さなかった帝国軍の兵士達は、背中から襲ってきた炎と激しい爆風で各々無残にも命を散らしていく。中には少数だけ事態を理解した兵士は、近くの洞窟へと逃げたが、爆発の衝撃により無傷とはいかなかった。

 

誰もが待っていた。誰もがその瞬間を夢見ていた。

爆発によって崩れかけた支柱は、列車の重さに耐えられず次々と崩落していく。

傍目から見れば、陸地で花火をぶちまけたかのように、大きな黒い煙と炎が轟轟たる爆音と共に列車に積んであった弾薬庫へと次々に伝播していく様に、ウェルキン達第7小隊の面々は硬直してしまっていた。だが、次第に作戦を成功させたのだと理解していくと、各隊員は喜びを露わにした。

 

「やったぞウェルキン! 俺達の勝ちだ! 装甲列車が崩れ落ちていくぞ!」

 

流石のラルゴもこの時ばかりは満面の笑みを浮かべてウェルキンの肩を叩いた。

イサラやスージーは飛んで喜び、イーディやロージー達も〝やれやれ〟といった様子で安堵した。因みに、ホーマー・ピエローニ上等兵はこの戦いでの出来事を事細かく日記に記しており、遥か遠い未来では貴重な戦時中資料として後世に残っている。【ガリア戦記の転換期】として。

 

 

==================================

 

◆同時刻~ガリア軍~

 

ガリア軍一行は山が噴火したのかと一瞬思ってしまうほどの爆風と音に立ち止まっていた。

あともう少しで敵本陣に到着するという時に、ガリア軍兵士達にとてつもなく強い砂塵と衝撃が襲ってきたのだ。

戦車に乗っていた戦車兵達は、衝撃により足が竦んでしまい全車両が進撃を停止させてしまう。ダモンが搭乗する『シオン』もまたオドレイによって停車させられていた。

 

≪か、か、閣下ぁ! 橋が……橋が崩れましたぁぁぁ!!!≫

「そうか! 遂に少尉達はやったのだな!? そうなのだな!?」

≪そ、そうなのですが同時にエーゼルの弾薬庫までもが吹き飛んでしまって――≫

 

斥候部隊による細かい報告により、ダモンは初めてウェルキンの狙っていた作戦に感づいた。

ここまでガリア軍を焦らしたウェルキンの考えに、ダモンは呆れて眉を顰めた。

 

「弾薬庫……そうか! だからこんなにも作戦の時間が遅れておったのか! 全く少尉の奴め…。下手をすれば我が軍が負けていたぞ!」

≪ど、どういう事でありましょうか?≫

「要はだな、〝二度と列車砲が使えないように敢えて敵の急所部分を狙った〟という事よ。列車が橋から落ちても砲塔が沈黙したかどうかは別問題。少尉はそれを懸念しておったのだと思う。だがのぅ、そんな事せずとも砲撃が不可能になれば万事問題は無かったのだ。それを少尉は……ブツブツ」

 

ウェルキンの狙いを深読みしすぎたダモンの耳に、もはや斥候部隊の声が届く事は無かった。

――しかし、ダモンの無線機に突如として帝国軍将校の声が鳴り響いた。

 

≪――フフッ…さすがは……ダモン殿だ――≫

「ッ!? グレゴール殿か!?」

 

先程まで帝国軍の指揮を執っていた男からの声に、ダモンはたじろぐ。その様子と言葉を聞いたオドレイは、すぐに後ろに鎮座しているダモンに視線を向けた。だが会話が聞こえている様ではなかった。

回線が混線しているせいか。この会話はダモンとグレゴールの2人のみにしか聞こえないらしい。

 

≪…よもや、私の秘密兵器までもが…貴殿に…打ち破…られる日が……来ようとはな…≫

「――グレゴール殿…」

 

爆風と衝撃により全身を強く打ったグレゴールは肋骨とその他多くの骨を折っていた。

しかも、今現在エーゼルは崩れて落ちている最中。そんな中での無線通話など一瞬なのだが、両名からすれば十分ともいえるほど長い時間に感じられた。

 

≪…初めてだ。私が、イェーガー以外の人間に負けようとは…≫

「……戦争とは常にその時の運で左右される。今回はわしの方に女神が微笑んでくれただけの事」

≪フフッ…そんな、ことは、ない…――うぐぅッ!≫

 

ダモンは会話からグレゴールが吐血しながら話しているのだと感じた。

耳を澄ませば聞こえる苦悶の声に、グレゴールが必死に痛みを堪えている姿が容易に想像できた。

 

≪もっ…と、貴殿とチェスを…したかった…ものだ……≫

「それならご心配召されるな。わしも直にそちらへ行く。その時に思う存分相手になろう」

 

その言葉を聞いたグレゴールは、口から血が溢れているのも気にせず心地よい笑いでそれに応えた。

 

≪がふ……はっはっはっは! では…あの世で…待っているぞ、ダモン殿…≫

「うむ。首を長くして待っておるがよい。――さらばだ。また会おうぞ」

 

ダモンが言い終わると同時に回線がプツッと切れる。外から更に大きな爆発音が響いた。

以降、どれだけ耳を澄ましても、グレゴールから返答が来ることはなかった。ただ耳障りなノイズ音だけが、ダモンの鼓膜に伝わるだけだった。

 

「グレゴール殿。貴殿は間違いなく強かった。願わくば、平和な時に出会いたかったものよ……」

 

普段見せる事がない哀愁を漂わせながら、ダモンは戦車から乗り出ると、敵である名将の最後に敬意を表した。そして力強く、天に向かって敬礼を行った。ガリア軍兵士もダモンの姿に感化され、十余万の兵士達も足を揃えて敬礼を行った。

ファウゼンは幾度の戦闘と長き戦いの末、ガリア軍によって奪還されたのであった。

 

 

東ヨーロッパ帝国連合軍、ガリア北部方面軍司令官ベルホルト・グレゴール少将。享年51歳。

『帝国にその人あり』ともう一つの大国である大西洋連邦機構にも名が通った男は、ガリア公国との戦いによって生涯に幕を閉じた。彼の最後は【帝国軍人は斯くあるべし】と祖国の歴史書に記された。

 

ガリア公国軍総司令官ゲオルグ・ダモン元帥も、後に執筆する自伝の中で「開戦初期から続いた彼の男との戦いが一番ガリアを苦しめた」と何度も書かれており、彼の戦術が天才的であることが窺い知れる。そして、自伝の最後はこう締め括られていた。

 

『私は運が良かったに過ぎない。仮にもう一度戦えば確実に私が敗北するだろう。戦闘でも、チェスでも…』と。

 

 

 


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