わしを無能と呼ばないで!   作:東岸公

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今回はもの凄く中途半端です。
次回からアスロンの話をします。

そして、少しだけ裏の英雄さんを登場させました。
彼の行動が、後々の未来を書き換えていく……はずです。




第五話 反撃の準備

征暦1935年4月6日 ガリア軍、帝国軍の撃退に成功する。

 

この出来事は再び多くのラジオや新聞によって首都ランドグリーズに広められた。

中規模とはいえ、ガリア軍が帝国に勝利したという事実は、ガリアの国民を勇気づけた。

この戦闘の指揮を執ったゲオルグ・ダモンと挟撃作戦を実行した第7小隊は、新聞によって一躍時の人となった。

お蔭で「エレット」という記者は現在、第7小隊隊長のウェルキンにぞっこんなのだと言う。

なお、ダモンは記者会見などでそんな時間は全くなかった。

ダモンは記者に「わしをもっと写してほしい」と駄々をこねたが、その思いは届かなかった。

 

同時に、帝国軍と交戦したガリア軍も、初の勝利に皆が皆、喜びの雄叫びを上げていた。

あの地獄を生き抜いた者・抗戦虚しく散って行った者・勝利したものの、仲間の死体を見て何とも言えない者。

三者三様だが、過程はどうあれ、勝ったという結果に、各兵士は一応の安心を得るのであった。

 

もしヴァーゼル橋が落ちていたらどうなっていたのか。そう考えるたびに震えると語る指揮官も存在した。

そんな中で心の支えになったのは、ガリア軍総司令官であるダモンの存在であるのは明白であった。

帝国軍と真っ向から戦う姿は、後ろから続く兵士それぞれの士気を向上させていた。

 

ガリア上層部は、この勝利の勢いを持ってアスロン奪還を決断。総司令官であるダモンに攻略命令を下した。

ダモンは喜々としてそれを受けいれ、同時に作戦名を『春の嵐』作戦と命名した。

だが、思った以上にガリア軍の被害が大きかったのもあり、再度の編成と兵站を含め、ダモンの思惑通りに事は進まず、作戦実行日時は4月中旬と曖昧になってしまうのであった。

 

 

 

 

◆4月9日~ガリア公国・ダモンの職務室~

 

この日、眼鏡をかけたダモンは『春の嵐』作戦実行に向け、兵站やら補給物資やらガリア軍の編成やらが記載されている大量の書類にサインや指示を記していた。彼ももう歳である。老眼鏡が無ければ小さな文字が読めなかった。

 

帝国軍は先日のヴァーゼル攻勢失敗を受けて、アスロンまで後退。

物資が底を尽きかけている帝国軍は、何としてでもアスロンを死守する為、兵士に攻撃を禁じていた。

お陰で、未だ喉元にナイフが突き出されているにも関わらず、ガリア公国は一時の平穏を謳歌していた。

だが、戦争は始まったばかり。ダモンは尚も気を引き締め、全力でガリア勝利に向けた作戦を練っていた。

 

「閣下。研究開発班より報告が来ております。どうやら新たな兵器についてだそうです」

「ほう。意外と早かったな」

「はい。以前閣下がガリア軍の火力不足に悩んでいるのを聞いて、兵器廠も本気を出したのでしょう。こちらに目をお通しください」

 

そう言うとオドレイは3つの紙の束をダモンに手渡した。

どれもこれも、1ページ目には『新兵器ニ関スル内容』と書かれていた。

だが、副題がそれぞれ違っており、中に書いてある図には、見た事も無い形の戦車が記載されていた。

1つ目は後ろがやたらと角ばった戦車で、2つ目は逆に三角形に近い台形の戦車であった。

 

「遠距離火力を増大させた戦車と、対戦車に特化した戦車。そして最後は開発中の量産型中戦車か。見た目はともかく、性能さえ足りておれば、わしは許可を出すつもりなのだが?」

「それでも一応説明をしてもよろしいですか?」

「うむ。見落としがあるやも知れんからな。爺にも分かりやすい説明を頼む」

「…善処します」

 

そう言ってオドレイは1つ1つの束の説明に入るのであった。

 

「第1の戦車案についてです。これは、『間接射撃』を重点的に改良した遠距離砲撃用戦車、通称『自走砲(じそうほう)』です。設計図を見て貰えば分かりますが、既存のガリア軽戦車を基軸として、砲塔部分を無くし、車体の後ろ側に鉄の箱のような物を乗せています。この部分に、榴弾砲を乗せて運用します。これらの戦場でのメリットは、今まで中途半端に榴弾・徹甲弾を併用していた軽戦車の弾薬の少なさを、全て榴弾にする事で、榴弾に特化した攻撃を長時間運用することにあります。同時に、既存の車体をそのまま流用する事で、部品関係の整備や改修が容易である事も大きな利点です。予算も軽戦車以下と言う点も魅力です」

 

ダモンは顎に手を乗せ、オドレイの説明を静かに聞いていた。

 

「デメリットは、軽戦車の最大の利点である速さを、(ことごと)く潰している点です。同時に、軽戦車よりも薄くなった装甲も問題です。突撃銃やライフルであれば跳ね返せますが、戦車の砲弾はいとも簡単に貫くでしょう。それと、仰角(ぎょうかく)(砲塔を上に向かせる角度)を稼ぐ為に、天井を無くしております。敵歩兵の接近を許せば、容易に上から手榴弾を投げ込まれるでしょうね。一応、運転席に副武装として車載機銃を取り付けていますが、こちらも焼け石に水程度で、防御できるかどうかと問われれば、まず無理でしょう。」

 

「だが、この戦車は元々遠距離からの攻撃を想定しておる。そもそも敵が近い所で運用する物ではない。そう考えてみれば、メリットの方に軍配が上がるな。よし、量産許可を出そう」

 

オドレイから手渡された書類にダモンは1つ目のサインを書いた。

 

「次に、第2の戦車案についてです。こちらの戦車は、逆に自走砲とは真逆の『対戦車戦』に重点を置きました。通称『駆逐戦車(くちくせんしゃ)』です。榴弾及び対歩兵用武装を全て取り外し、対戦車砲弾である徹甲弾に特化させております。同時に、テイマー技師が第7小隊に所属するエーデルワイス号に施した『自動装填機構』を取り入れ、改良した『簡易自動装填機構』を導入した結果、この戦車は搭乗員1人という偉業を達成しました。装甲面で言えば、『傾斜装甲』も取り入れました。この戦車のメリットも自走砲と同じく、元はガリア軽戦車ですので、部品の互換性・整備のしやすさ・対戦車特化に伴う徹甲弾の弾薬数及び威力の増加。威力で言えば、容易に帝国戦車を撃破できます。そして何よりも、自走砲で失っていた機動力を、この戦車はそのまま軽戦車と同じ速度を出せるという点にあります。こちらも予算は軽戦車以下です」

 

腕を組んでオドレイの説明を聞いていたダモンは喜びの声を上げた。

 

「素晴らしい戦車ではないか! まさにわしの望んでいる戦車像にピッタリだ!」

 

「まだ説明は終わっていません。デメリットは、これらの性能(スペック)を維持する為に、砲塔を無くしました。よって、微調整程度には主砲は動かせますが、敵を狙う時は、車体そのものを敵に向けなくてはなりません。つまり、防衛は得意ですが、肝心の攻撃は不得意なのです。そして、自走砲と同じく、対歩兵では余り役に立ちません。近づかれてしまえば、簡単に後ろを取られてしまうでしょう。こちらも味方歩兵との連携が不可欠です」

 

そう言われたダモンは、眼鏡を取ると、深いため息を吐く。

 

「そう…か。そんな旨い話が有る筈もないか。だが予算を抑えられるという事は上層部の奴らも、嫌とは言わんはず。寧ろ大歓迎するであろうな」

「ですが、その分軽戦車の生産を抑え、新たな戦車タイプを2つも量産するとなると、ガリアの工業力で全て賄えるか分かりません。お言葉ですが、とても中戦車の生産は出来ません」

「あぁ。それは大丈夫だ。"軽戦車の生産を止める"からな」

「…………は?」

 

ダモンはそう言うと、再び眼鏡をかけ、試作戦車の書類を見直す。

 

「考えてもみよ。いくら軽戦車の方が早く作れるとはいえ、今の帝国軍戦車にははっきり言って歯が立たん。わし愛用の戦車は、砲塔の性能を少し上げている軽戦車だが、量産型は違う。帝国の戦車は、こちらの戦車の射程圏外からバンバン撃ってくるのだ。それに対抗するには、この『駆逐戦車』の方が都合が良い。作るだけ無駄なのだ、中佐」

「ですが、それを上層部が許すでしょうか?弱いとはいえ、2つの機能を軽戦車は持っています」

「ふんッ。そこはわしに任せて貰おう。元々この2つの戦車1両の単価は低い。そこを突いてやれば、嫌とは言わんであろう。無念だが、中戦車に関してはまだ時期尚早かも知れん。中佐。この紙を研究開発班に渡してきてくれ。生産体制が整い次第、量産に入ってくれとも伝えてほしい」

 

自信満々にダモンがそう言うので、オドレイはそれを信じる他なかった。

紙を受け取りながら、オドレイは「了解しました」と言う。

 

「それと、"もう1つの方"はどうであった?」

「はい。閣下の仰った通り、人事部は『クルト・アーヴィング少尉』を『国家反逆罪』の罪で、ガリア諜報部所属の第422部隊、通称【ネームレス】に転属辞令を下しました。」

「そうか。報告ご苦労であった。行ってよいぞ」

「了解しました。では、失礼します」

 

オドレイが部屋から出て行くと、ダモンは立ち上がり、背中に手を当てながら窓から見える景色を見つめた。

 

「そろそろ、もう1つの種を蒔く頃合いか。わしが生き残る為に働いてもらうぞ。アーヴィング少尉…」

 

1人言葉を漏らすダモンの声は、誰もいない職務室に響く様に消えていった。

 

 

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◆4月7日~ガリア諜報部 ラムゼイ・クロウ中佐職務室~

 

この度、ガリア公国軍所属のクルト・アーヴィング少尉は、謂れの無い反逆罪で、第422部隊…通称【ネームレス】に送られた。

彼は大変不服であったが、ランシール王立士官学校で習った"軍人の基本"に沿って、転属辞令を受け入れた。

そして、これから上司になる人物に、挨拶もかねて諜報部の部屋にやって来ていた。

だが、部屋に入って早々、彼は上司に文句を言われる羽目となった。

 

「おいおい。こういう時は普通何か持ってくるもんだろ? 酒とかさぁ」

「生憎、自分は初めての挨拶で、酒を持っていくという事を存じておりません」

「ちっ。つれねぇ奴だな。お前さんは…。ラムゼイ・クロウだ。階級は中佐だ」

 

そう名乗る男の風貌は、軍服が(はだ)け、中のシャツが丸見え。口元を見ればタバコを咥えており、とても軍人とは思えない人物であった。よく見れば部屋も汚い。

 

「クルト・アーヴィ――」

 

彼はそこまで言うと、上司のクロウからダメ出しを食らった。

 

「違う違う。お前さんはこれからネームレス(名無し)へ行くんだ。名前なんてないんだよ」

「なッ!?」

「今日からお前さんの名前は『No.7(セブン)』だ。宜しくな、No.7。それと、これが新しい軍服だ。隣の部屋で着替えて来い。話はそれからだ」

 

反論する余地も無く、彼は隣の部屋で新たな軍服に着替える。

背中には部隊番号である422。胸元には自身の番号である『07』と『口を縛られた犬』が印刷されていた。

 

(なんなんだこの部隊は…。懲罰部隊とは聞いてはいたが、名前まで奪われるとは…。余程知られたくない作戦でもしているのだろうか?)

 

そう思いつつも、首元までネクタイをきちんと締め、部屋から出てくると、クロウは笑った。

 

「おー似合ってるじゃねぇか! これなら部隊を安心して預けられそうだ!」

「前の隊長はどうなされたのですか?」

「どうって…戦死に決まってんだろ? 俺さんが見た訳じゃないから保証は出来んがな。」

 

自身の部下の事すら把握していないのに、コレを上司と言っていいのか、クルトは顔を覆いたくなった。

ハッキリ言ってしまえば、この部隊は異常である。

そんな思いがクルトの心を占めていた。

 

「そんな顔したところで、罪が許される訳じゃあ無いんだぞ。」

「ではッ! どうすれば許されると言うのですか!?」

「そりゃあ戦果をあげて懲罰恩赦を受けるしかねぇな。ま、そんな奴今まで見た事もねーけど」

「……では自分は、その恩赦を勝ち取り、原隊へ復帰します」

「ほ~ん。ま、精々頑張る事だな。それよりも……お、あったあった。ほれ」

 

クルトに恩赦の説明を簡単にすると、クロウは中がグチャグチャの引き出しから1つの作戦指示書をクルトへ放り投げた。咄嗟の行動であったが、クルトはそれを受け止める。

 

「後1週間くらいで、正規軍と義勇軍がアスロン奪還に向けた反撃を行うのは、知っているよな?」

「はい。存じております」

「そこでだ。お前達422部隊に新たな命令が下った。中を見てみろ」

 

クロウがそう言うので、クルトは指示書をめくる。

 

「………アスロンへの道筋を、我々が作れと?」

「おう。帝国軍はアスロンへ撤退したが、未だ一部の部隊は、命令を無視して頑強に抵抗を続けているらしい。そいつらを消して来い。話は以上だ。ほら、ボサっとしてないでさっさと部隊纏めて行ってこい!」

 

説明と言うほどの説明を受けないまま、クルトは部屋からほっぽり出されてしまった。

不満しかないが、命令に逆らえば即銃殺である事を思い出した彼は、軽く舌を打つと、冷静に考え始めた。

 

(恩赦を勝ち取るためには、敗北は許されない。どっちにしろ、やるしかないと言う訳か…。だが、俺は絶対に恩赦を勝ち取って見せる! そして、この無実の罪を晴らす!必ずだッ!)

 

廊下で1人、新たな決意をした男は、422部隊の所へ急いで向かうのであった。

 

 

 

 

だが、そんな男の背を遠くから見守る人物がいた。

 

「アーヴィング少尉…。本当に残念だよ。君と共に戦えない事が…。だが、もし手紙の中身を知っているのであれば、私は君を消さなくてはならない。君が中身を見ていない事を、切に願っているよ。」

 

その男は、ガリア上層部に所属する1人の将校、カール・アイスラー少将。

クルトをネームレスへ送った張本人であり、裏でユグド教団のボルジア枢機卿と繋がっている人物であった。

 

 

 

 

 

 




新たに登場した戦車は、とある方のコメントを採用させて頂きました。
少しでも話が盛り上がればと思った次第です。


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