わしを無能と呼ばないで!   作:東岸公

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第七話 ダモンとクルトとグスルグ

征暦1935年4月15日~アスロン郊外 ネームレス宿舎~

 

「クルト。どうやらガリア軍はアスロンを完全に保護下に置いたそうだ。被害はやはり多かったらしいが」

 

「俺達が敵の防御陣地を壊滅させたからまだマシな方だろう。市街戦というのは、攻める側の方が必然的に被害が大きくなる。これは仕方のない事なんだ、グスルグ」

 

『春の嵐』作戦が完了してから丸一日。422部隊は束の間の休息を得ていた。

クルト率いるネームレスはアスロン近郊に構築していた帝国軍の防御陣地を撃破後、味方のガリア軍がアスロンに突入しやすいように、陰ながら援護を行っていた。

動けなかったウェルキンとアリシアを助けたのも彼らであった。

 

1週間前に貰った指示書を手にもってクルトが部隊を訪れた時は、僅か3人しか彼の元へ集まらなかった422部隊。

1人目は『グスルグ』という名のダルクス人男性。階級は曹長で戦車長。過激なダルクス人権活動家であった為、ネームレスへ送られてきたのだ。彼は今のダルクス人の不遇の扱いを改善したいと願っていた。

 

2人目は『リエラ・マルセリス』というガリア人女性だが、"赤と白"という珍しい色の髪が長く伸びていた。彼女は、過去に配属された部隊が5回も全滅したのだが、尽く1人だけ生き残り、『死神』という不名誉な名前が付けられていた。その影響もあり、彼女は422部隊の中ですら孤立しており、今回の作戦でも単身で敵と交戦していた。性格も消極的で、あまり話さない。

 

3人目は『イムカ』という名のダルクス人女性である。その戦闘力は部隊内でもトップクラスであり、数々の修羅場を潜り抜けてきた猛者であった。だが、彼女はリエラと違い、進んで孤立を選んでおり、作戦では命令を無視して独断で戦い続けている。彼女は過去に自分が住んでいた村が、ヴァルキュリアによって滅ぼされており、その復讐の為に生きていた。

 

いずれも癖が強いネームレスの隊員であったが、唯一、クルトに好意的に接してくれたグスルグの勧めで、クルトは、手始めにアスロン近郊を警備していた帝国軍小隊を"たったの4人"で壊滅させた。

しかし、指示書に載ってある帝国軍の防御陣地を壊滅させるには、もっと人員が必要であるので、彼はこの1週間を有効的に使用し、部隊の半数を説得していた。とはいっても、名前を教えてくれないだけで、部隊全員がクルトの指示で動いていたが。

 

ネームレスには、信用できた者にしか自分の名前を明かさない暗黙のルールが存在していた。

グスルグは初めてクルトに名前を明かした人物であり、クルトにとってはかけがえのない戦友となっていた。

 

「全く! とんだノロマな奴らなのね正規軍は! 教育が必要だわ!」

 

クルトとグスルグの会話をよそに、乗馬用の鞭を手にした女性が声を荒げた。

女性の名は『レイラ・ピエローニ』。番号はNo.23であり、いまだクルトに名を明かしていない人物の1人である。

因みに義勇軍第3中隊の第7小隊に所属する『ホーマー・ピエローニ』は彼女の弟である。

姉であるレイラは根っからのドSであり、弟のホーマーのドMっぷりは、姉の性格からきている。

ネームレスへ送られた理由も、部隊でセクハラを行っていた上官に対して"教育"をしたからである。

しかし、彼女のその行動が、必然的にネームレス内の風紀を正していた。

 

No.23(トゥエンティスリー)は、まだクルトの事を認めていないのか?」

「当然じゃない。一応No.7の指示には従っているけど、私を納得させるには、まだまだ功績が足りないわ」

 

グスルグの問いに、鞭を左手に添えながらレイラは答えた。

その答えに対して、クルトは不満とも思わず、口を開いた。

 

「勿論だ。俺もこの程度の結果で皆に認められようとは思わない。言いたい事があるならどんどん言ってほしい。俺はそれに対して行動で示すつもりだ」

「ふ~ん。結構言うじゃない。その言葉、反故にしたら私が強烈な教育をするわよ?覚悟しておきなさい」

「あぁ。期待してもらって結構だ」

 

クルトの言葉を聞くと、レイラは宿舎に戻っていった。

グスルグはレイラの言葉に、苦笑いをした。

 

「しかし、これから様々な作戦をするにあたって、俺達には少し問題があるぞ、クルト。食料は大丈夫だが、如何せんそれ以外の物資・弾薬が少ない」

 

「その事は俺もクロウ中佐に打診したんだが……あまりいい答えは返ってこなかった。クロウ中佐が悪いのではく、その中佐より上の奴らが、補給を送らないように工作しているらしい」

 

「上層部は俺達の事を捨て駒だと思っているんだ。今までもそうだったからな。一応聞いてみたかっただけだ」

 

グスルグは右手で髪の毛をクシャクシャと掻きながら、上層部の不満を愚痴った。

因みに、ネームレスもとい422部隊の上司は、クロウ中佐ではなく、カール・アイスラー少将である。

ガリア諜報部自体、ラムゼイ・クロウ中佐とその部下を除いて、全員アイスラーの傀儡なので、正規軍と義勇軍とは異なりダモンの統括下にはないのだ。

 

「どうにかしないといけないのは、俺も理解しているんだが……」

 

クルトもグスルグと同じように悩んでいると、1両の車がネームレスの元へやって来た。

2人は乗っている兵士の服装が、普通のガリア軍兵士ではないと直感し、警戒する。

兵士は車から降りると2人に口を開いた。

 

「失礼します。こちらにクルト・アーヴィング少尉はおりますでしょうか?」

 

その兵士はクルトを探しているようだった。

 

「私がクルト・アーヴィング少尉だ。一体何の用でココへ?」

「自分は、ダモン大将隷下の老親衛隊に所属する隊員です。申し訳ありませんが、名前は伏せさせて頂きます。ダモン将軍から、アーヴィング少尉宛にと手紙を届けに参りました」

 

そう言いながら兵士は、手紙をクルトへ手渡した。サインも書いてあり、まず間違いなく本物である。

グスルグは隣で隊員の服装をまじまじと観察していた。

 

「老親衛隊と言えば、ギルランダイオ要塞での活躍を元にそこから選りすぐられた兵士達だ。君達も、俺達と同じように、正規軍とは違う特別な軍服を着ているんだな?」

「はい。この軍服は、我らのダモン将軍への絶対的な忠誠の証であり、誇りでもあります。将軍の為ならば、この命を差し出す事も厭わない覚悟です」

「そういえば、ダモン将軍と言えば、今はアスロンに設置した第2司令部に居るんだったな。クルト、手紙にはなんて書いてあるんだ?」

 

グスルグと隊員が雑談をしている最中に、クルトは手紙の内容を読んでいた。

その表情は、とても悩ましい感じが浮き出ていた。いや、理解できないという感じと言う方が正しかった。

 

「簡単に言えば、俺と"グスルグ"に出頭せよと書いてある。でも一体なぜ2人なのか分からない。普通の用なら俺だけでいい筈だ」

「俺の名前も? ちょっと手紙を見せて貰ってもいいか?」

 

クルトから手紙を受け取ったグスルグは、しかとその目で手紙に書いてある自分の名前を確認した。

それもご丁寧に"曹長"とまで書かれている。ネームレス番号は載っていなかった。

基本的にダルクス人は、軍隊勤務中であっても、その差別から自身の階級はあまり呼称されない。

 

「とりあえず行くに越した事はない。グスルグ、行こう」

「あ、あぁ。そうだな」

 

グスルグは戸惑いながらも、クルトに答えた。

 

「では自分の車にお乗りください。司令部まで送ります」

「それは助かる。是非頼む」

 

クルト達は、隊員の言葉に感謝し、車に乗り込んだ。

 

 

 

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◆同日~アスロン第2司令部 ダモンの職務室~

 

ダモンは椅子に腰かけ、新聞を読んでいた。一面に『作戦成功』の文字が記載され、正規軍義勇軍問わずに、戦果を残した兵士の名前がズラッと載っていた。

 

正規軍では『ユベール・ブリクサム中尉』が名を上げていた。その狙撃の腕はガリア軍トップであり、帝国軍から付いた異名が『蒼い死神』である。なお、所属はバルドレン大佐の指揮する中隊である。

義勇軍では『レオン・ハーデンス軍曹』がその名を上げていた。対戦車兵でありながら、各拠点で果敢に戦うその姿は『赤き獅子』の異名を取っていた。弟はアバン・ハーデンスと言い、メルフェア市で自警団の1人として帝国軍に対して勇敢に戦っている。

しかし、こんな事を新聞に載せれば、敵に「狙って下さい」と言っている様な物であると、ダモンは少し不満に思っていながら、新聞を畳む。

 

("赤と蒼"、見事に正規軍と義勇軍に分かれて渾名が付いたな。これで味方の士気も上がるはずだ)

 

今やガリア全域で反撃の狼煙が上り始めている。

特にメルフェア市・ユエル市などは自警団の歴史が古く、その実力は帝国軍に占領されず互角に渡り合っている程であった。

しかし、アスロンを奪還すると、それに呼応するように帝国軍は、南部と北部に攻勢をかけ、勢力を拡大していった。

特に北部のファウゼン工業地帯に籠もるガリア軍の被害は尋常ではなく、現地では既に医薬品が底をついており、麻酔や鎮痛剤無しで怪我人の治療を施していた。現地からの報告では『想像ヲ絶スル状況ニアリ』と言われる程である。

このファウゼンを救うにはスメイク・アインドン両市を奪還する他無く、刻一刻と陥落の時が迫っていた。

 

未だ孤立しながらも戦い続けるファウゼンを思うと、ダモンは目頭が熱くなった。

彼らは、必ずや味方の援軍が来ると信じて、腕無くし、足無くそうとも、歯で敵に食らいつきながら、ファウゼンで抗戦を続けているのだ。

ガリア軍総大将でありながら、自分は余りにも無力で何もできないと感じる度に、歯を食いしばった。

何としてでも、彼らを救わなければならない。彼らの希望を、潰えさせてはならない。

アスロンを奪還した今、ガリアは南北に戦線を構築し、帝国に対して攻撃を仕掛け、帝国を追い返さねばならない。

ここまで粘ってくれているのに「はい負けました」では戦死した兵士に申し訳が立たないのだ。

 

部屋で1人、机の上に敷いている地図の中にある【ファウゼン】と記載された場所を見ながら思いを馳せていると、"コンコン"と扉をノックする音が、ダモンの耳に届いた。

因みに、秘書であるオドレイは現在、被害に遭った建物や道の復興作業の指揮に赴いており、この場には居なかった。

 

「閣下。クルト・アーヴィング少尉、並びにグスルグ曹長をお連れしました」

 

「む。そうか。鍵はかけておらん」

 

ダモンがそう言うと、老親衛隊の隊員が扉を開いた。

クルトとグスルグは言われるがまま部屋に入ると、姿勢を正して、ダモンに敬礼した。

 

「クルト・アーヴィング。出頭命令に従い、参りました」

「同じくグスルグ。出頭命令に従い、参りました」

 

隊員は2人の敬礼を見ると、すぐさま部屋から退出した。

 

「うむ。今日2人を呼んだのは他でもない。この度のアスロン奪還作戦の事だ。よくぞ敵の防御陣地を撃破してくれた。お陰で味方の被害も抑えられた。その事でわし直々に礼を言いたかったのだ。もし防御陣地が健在であれば、恐らくガリア軍は南北に兵力を分けられなかったであろう。アーヴィング少尉、本当に感謝する」

 

「そんな…我々は命令に従っただけです。それに我々は番号での呼称が義務付けられています。名前ではなく番号でお呼びした方が……」

 

「ふんッ。このガリアに住まう人間は皆、名をもっている。アイスラーが勝手に作った規則など、知った事ではないわ。わしより歳が下の奴らは全て息子や娘の様なものだ。番号などで呼べるものか」

 

そう言うとダモンは、2人を背にして窓を見つめた。太陽の光が眩しかった。

クルトとグスルグは、そんなダモンの言葉に唖然としていた。

この人がガリア軍全ての上に立つ人間。ゲオルグ・ダモン大将なのか…と。まるで父親の様であると、2人は感じた。

 

「お主ら、補給が滞って困っているのだろう?」

「……何故その様な事を知っているのですか?」

「ふんっ。わしの耳と目はそんじょそこらの奴らとは違う。この司令部の裏にトラックを2台停めてある。帰る時に持っていくがよい。許可は出してある」

 

そう言いながらダモンは2人の方に振り返る。

よく見れば少しだけ口角が上がっているのを、クルトは見逃さなかった。

 

「将軍。失礼ながら、何故自分のようなダルクス人までもお呼びになったのです?真意をお聞かせ下さい」

 

隣で2人の話を聞いていたグスルグは、何故自分まで呼ばれたかの理由を聞きたかった。

この程度の用事であれば、自分は来なくてもいいと思っていたグスルグは、ダモンに質問をした。

 

「ふむ。実は、そっちの方が本題ではあるのだ。曹長。まずはわしの質問に答えてくれ」

 

ダモンは一呼吸置くと、グスルグに質問を投げかけた。

 

「曹長。もしも『同胞であるダルクス人を撃て』と命令されたら従う事は出来るか?」

「できません。ダルクス人は祖国を持たない、故にその繋がりを重視します。例え命令であっても、それはできません」

 

即答であった。グスルグは断固たる意志でその質問に答えた。

 

「では、そのダルクス人が裏切っていたら?お主はガリアに住む1人の国民である。それでも尚、同胞は撃てぬか?」

「………何故そのような質問を?ダルクス人は信用が出来ないと、将軍は仰るのですか?」

「曹長。わしは別にダルクス人を差別している訳ではない。わしは公平がモットーである。同じガリアの地に住む者は、全て同じ仲間なのだ」

 

グスルグは、ますますダモンの言葉の意味が分からなかった。

何の意味があってこんな質問をするのか。その思いが彼の頭を占めていた。

 

「少尉、曹長。これから話す内容は、絶対に口外してはならんぞ」

「は?」

 

いきなり話しかけられたクルトも、グスルグと同じ思いであった。

 

「……まだ確定ではないが、ガリア上層部に裏切り者がいる。そしてそやつは、戦闘記録が残らぬお主らネームレスを酷使し、必ず何かをやらかすであろうと、わしは踏んでおる。国際条約ですら無視する程にな」

 

少ない言葉ではあったが、2人を驚愕させるには十分な爆弾発言であった。

しかも国際条約などと言う単語が含まれていたので2人は絶句した。

ダモンは話を続けた。

 

「その時、その裏切り者はダルクス人を使って内部分裂を起こすであろう。言っている意味が分かるな?」

「まさか…将軍!」

 

グスルグはダモンを力強く見つめた。

 

「グスルグ曹長。そしてアーヴィング少尉。もし何かおかしな命令や"砲弾"が届いた場合、わしの名を使って、早急に報告してほしいのだ。特にグスルグ曹長。お主は、ダルクス人である事を利用されるかもしれん。逐一気を付けておいてくれ。わしからは以上だ」

 

衝撃に次ぐ衝撃で、2人は首を縦に振る事しかできなかった。

2人は「帰っていい」と言われたので、部屋から退出する事にした。

その際、ダモンはもう1つだけ、グスルグに言葉をかけた。

 

「曹長。第7小隊では、年端もいかぬ少女が戦車を動かしておる」

「それが、何か?」

「その少女もまた、ダルクス人なのだ。この前行った時にな、知ったのだ。誠、賢い娘であったわ」

「ダルクス人と会話を? 軍人貴族である将軍がですか?」

「曹長。もう一度言っておくが、わしは差別主義者ではない。もしまた補給が滞った時には、わしを頼るがよい。それだけだ」

 

そう言うとダモンは新聞を手に取り、再び読み始める。

グスルグは、そんなダモンを観察するように見た後、部屋から退出した。

 

(……あれがダモン将軍。まるで国王のような器を持っている男だ。人種を問わずに誰とでも接している。ガリアの上層部が全員ダモン将軍のような考えを持っていたら、どれだけ幸せな事か。いや、ダモン将軍だからこそこんな考えを持っているのか? ……どっちにしろ、まだガリアにはまともな奴がいるんだな)

 

グスルグは廊下で、ダモンに対する評価を改めた。

同時に、「食えないお人だ」とも思い、ニヤッとしながら、クルトと共に用意してくれたトラックの元へ行くのだった。

 

 

 


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