へんなゆめをみたようなきがする。
油と砂と火薬、戦塵のにおい。抜けるように青い空。戦意高揚のための雄叫び。何と言ったか、俺の、数少ない戦の記憶。
「下に、下に」、出し続けて掠れた声。肩にのし掛かる熊の毛皮と、本体を覆う同じ材質の鞘。何度繰り返したか知れない、江戸と郷里──その時それがどこだったのかもよく思い出せないのだけれど、ともかくその二つを往き来する。参勤交代というやつだ。
ほんの少しばかり、それも穂そのものではなく柄に傷がついただけだというのに、上を下への大騒ぎになっている。ああ懐かしい。こんなことも有ったっけな。結局このあとはたしか、手入れの担当者だったかが責任を取って腹を切ることになったんだ。馬鹿だよなあ、ほんと。
そしてこれは、あれは、それは。
ああ、これは、走馬灯ってやつだ。
俺はもうすぐ、消えて無くなる。後には、似ても似つかぬとろけた鉄塊が残るだけ。
外が騒がしい。カンカンと五月蝿く響く鐘の音は、地を揺らす爆音をまたしても呼ぶのだろうか。始めこそ血と油と煤のにおいに戦が来たのかと喜んだけれど、こう何年も蔵の扉すらろくに開かれないようでは御手杵も、自分がお呼びではないのだと悟らざるをえなかった。
大地が揺れる。今日はまた随分と早い。地を揺らすこれは大砲の類いで、火と油はきっと火矢でも射かけられたのだろう。何を相手に戦っているのかまでは仕舞いこまれたままの御手杵には分からなかったが、どうも劣勢らしいことくらいは碌に明かりも差し込まぬ蔵に居ても伝わってきた。二月半ほど前の騒ぎに比べれば幾分ましだが、それでも御手杵には──
どおん、がらがら。
蔵の、天井が、崩れた音だった。今まではどれほど地が揺れようと何事もなかったのにも関わらず。
屋根瓦や砕けた梁、漆喰がぱらぱらと落ちてきて、「たからもの」たちの上に降りかかる。木箱などこれではひとたまりもないだろう。あの辺りには珍重された陶器や硝子の杯などが幾らもあったはずなのに、勿体ない。御手杵自身はそのやたらと嵩張る熊毛の鞘と共に反対の角に置かれていたから、何とはなしに眺めていただけだった。
瓦で潰された器たちが、不安で縮こませていた人型の身まで潰れて人間のように苦しむ様を。屋根の穴から覗く遥かな空の鋼の鳥を。桐箱に収められた鋼と同じように、人の姿をした彼も動くことはかなわなかったのだ。
人ならざる付喪の眼であれば、地上の光にも夜の帳にも惑わされることなく、高みから火矢を降らすその影を見ることができた。
わずかに見える空を、銀の鳥が飛んでいった。
べしゃり、と細長い金属の卵の欠片が砕けて黒い、どろりとした油が広がる。と、それは途端に燃え上がった。
人がどうだかは九十九の身には分からないが、大概の物は湿気を嫌った。だからそれを吸い込ませるために、家の人間はこの蔵に
一揃いの茶器が固まって、なんとかその場から移ろうとしている。付喪の身であれば、本体から離れることも本体を動かすこともできないのに。整理され行李に納められた着物や書物はもうすっかり諦めたようにぼんやりと、燃え盛る仲間たちを眺めていた。
死にたくない、と微かに聞こえる何かの声が、弾ける炎と地響きの音に紛れて消えていった。
灰と炭が明々と色付いて、百年、二百年の時を共にすごしてきた付喪らが、呆気なくほろほろと崩れていく。物陰にあって、あるいは敷かれた炭が薄く、今だ火の回っていない場所にあってすら、あまりの熱に壊れてしまったものも少なくなかった。
「誰か、誰か」
その囁きを聞くものも、もういない。まだ消えていないものも幾らかはいたが、皆それどころではなかったのだ。けれど火は、刃を焼くことはできてもこの鋼の姿を失わせるにはまだ不十分であるようで。もう遅いと分かっていても、何かに祈らないことなどできるはずがなかった。こんな時に何かに縋らずにいられるほど、御手杵は強くなかった。自分とて滅びかけているというのに強がれるほど、御手杵は上に立つことに慣れていない。彼はいつだってしるしであって、手本ではなかった。
誰か、俺を抜いてくれ。振るってくれ
この小さな蔵だけでこの惨状だ。きっと外では数十ではきかぬ人間が、焼けて死んでいることだろう。
だから、誰か。
雨だって、雪だって降らせてやれる。
食べ物が足りないと聞いた。飢饉か?それなら、竜神の助けが要るだろう。口を利いてやってもいい。
なあ、誰か。この煩わしい鎖をほどいてくれ。ここから俺たちを出してくれ。
まだ、還るには早いだろう。戦が、俺を待って、
昭和二〇年──皇紀二六〇五年、五月二六日。四千の人が死んで、東の槍が失われた。けれどまだ、夜は明けない。