色々と要因が重なって、伊織さんが長谷部くんのシャツをお借りする話。彼シャツってなんなんですかね。この2人も10cmちょっと身長差のある男女だから、彼シャツらしい彼シャツが出来るんでしょうかね。


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彼シャツとかよくわからないし
いつも以上に着地点が見えないけど
気にしたら負けですよ。




君を身につける

 

歪ながらも手製特有の温かみのある照る照る坊主が下がる窓。その向こう側では、大粒の雫が庭を濡らしてゆく。

 

「まぁた雨かよ…ほんと、こう毎日毎日これだと気が滅入るぜ……」

外を眺めながら不機嫌そうな声で呟いたのは、和泉守兼定だった。本格的な梅雨に突入したこともあり、この辺りではここ数日、毎日のようにこうして雨が降っている。今日は珍しく曇りだという予報が出ていたのだが、ほんの数刻前から、外れたなどという言葉では片づけられないような酷い雨が降り出した。

「本当にね。こう雨ばかりだと洗濯物も乾かないし、何より干す場所がなくなる」

籠を片手にやれやれといった様子で部屋に入ってきたのは、歌仙兼定。雨が降り出したので急遽洗濯物を取り込んで帰ってきたようで、籠にはまだ水気を含んだ洋服が籠から溢れんばかりに詰まっている。

「そろそろ着る服もなくなるよなあ」

「そうだね…替えの少ない子はもう既に普段着がなくなってるとか…」

特に外で過ごすことが多く、代謝が良いのかよく汗をかく短刀達は、普段着や内番用の服を多めに用意されていたにも関わらず、全て洗濯に出てしまい、仕方なく体格の似ている刀剣の服を一時的に借りている、などという事態が起きているほどだ。

 

「そういや、こんな天気の中彼奴は外出てんだろ?ほんと働き者っつーかなんつーか…」

「ああ、主か。確かに、態々こんな天気の日に行かずとも……ああでも、予報では一応曇りだったから今日行くしかなかったのかな」

この本丸の審神者―伊織は、現在定期報告と書類の提出を兼ねて政府に向かっている。週間天気予報では今日くらいしか雨でない日が無かったからこの日を選んだのであろうが、この天気ではそれも意味がない。

「ま、濡れて帰ってこなきゃ良いけどなあ。風邪でも引かれちゃ手合わせしてもらえなくなるし」

「どうだろうね…この雨、まだまだ酷くなりそうだし、傘が意味を成すのか心配な所だよ」

雨は段々とひどくなっていく。庭にちょっとした池が出来てしまうのではないかと思うほどに。

 

 

......................................................

 

 

「……ただいま…」

がらがらと扉の開く音とともに、玄関に響く、誰に届くともない声が、伊織の帰りを知らせる。

「主!?」

廊下の奥から声がする。ばたばたと駆けてきたのは、この本丸の近侍・へし切長谷部だった。本丸一の機動は今日も健在であるようだ。手にはバスタオルとフェイスタオルを2枚ずつ持っている。伊織が濡れて帰ってくるかもしれないとの思いから、予め準備していたものだ。

「ああ…長谷部か、今帰った……そのタオル、借りてもいいか?」

伊織はその用心深い性格から、念の為と折り畳み傘は持参していたのだが、普通の傘でさえ役に立たないかもしれないこの雨だ。折り畳み傘が役目を果たせるわけがなかった。結果、着ていたスーツは全体的に、特にパンツを中心にずぶ濡れに近い状態。髪も程よく水気を吸っていた。

「は、はい!どうぞ」

慌てて長谷部がタオルを渡す。礼を言ってそれを受け取り、手早く水分を吸い込ませていく。とりあえず、応急処置にはなったかといった程度ではあったが、先程よりは随分ましになった。

「風呂に入った方が宜しいですね、体が冷えておられます」

「ああ、そうだな、すぐに部屋に戻って……」

すぐに湯を張ってきます!と言い残し、長谷部がまた奥へと消えていく。

「…それくらい自分で出来るんだがな……」

そう呟いて、靴を脱ぐ。靴の中までぐちゃぐちゃになってしまい、伊織の気分は最悪だった。冷静な彼もつい、心の中で舌打ちをする程に。

 

 

「すぐ沸くと思われますので」

「ああ。有難う……だが」

「?はい」

「態々ここまでしなくても大丈夫だぞ?…お前は私の執事ではないんだから、もっとこう…」

「…俺がやりたいのです、駄目ですか?」

少し気落ちした様子でそう聞かれては、伊織も邪険にすることは出来ず、お前がそうしたいなら、多少は、とだけ答えた。

 

「では入ってくる。もう下に降りてて大丈夫……あれ」

「どうかなさいましたか?」

「……着替えのシャツが無い…そうか、ここ数日洋装ばかりしてたから…」

「それでしたら俺が取ってきますよ、主が入っておられるあいだに」

「………そうか?なら、頼む」

一刻も早くこの冷えた体を温めたいこと、綺麗にしたいことを考えると、またこの三階から一階へ降りるのは少し面倒に感じた。たまには素直に好意に甘えてみようと、伊織はその申し出を受け入れた。そうして一人、脱衣所に入る。

 

 

「…………え?」

「だから、申し訳ないんだけど今誰の洗濯物も乾いてないんだよ…伊織くんが自分のより僕らの洗濯物を優先しろって言ってたから、そうしてたんだけど、その僕らのでさえまだ乾ききってないんだ、今は…だから伊織くんのシャツも……」

申し訳なさそうに燭台切が頭を掻く。何ということだ。それでは主の着替えが……

「今すぐに必要なんだよね?」

「ああ、濡れて帰ってこられたからな、今風呂に入っておられるが…」

「………じゃあ、さ」

「?」

「長谷部くんのシャツ、一時的に貸してあげたら?」

「……………は?」

俺は唖然とした。主に、俺のシャツを貸すだと?

 

「お前、何を言って」

「そうするしか無いかなって。それか事情話して和服着てもらうかだけど…なんか最近はシャツ多いよね、彼」

「………」

主は本丸にいる間は和装を好まれる。というのも主は男性として振る舞ってはいるが、実は女性で、和服の方が体の()()()が出にくい?から袴を着ておられるようだが……外出時は専ら洋装をなさる。和服は女性であることを隠しやすくはあるが、洋装に慣れておられる主にとっては、やはり動きにくいそうだ。加えてここ数日の雨で真面に出陣も出来ていないため、手合せをしたがる刀剣が多い。恐れ多くも主を指名する者も居る。…間違いなく、洋装でなくては嫌だと仰るだろう。

「…分かった、そうしよう」

「うん、僕らも除湿機とか使ってなんとか頑張ってみるからさ、よろしく言っておいて」

「ああ」

 

俺は一度自分の部屋に寄って、予備のシャツを取ってから、主の私室へと向かった。…俺のシャツはまだ残っていてよかった。

 

 

「…………」

風呂から上がって、長谷部が置いておくと言っていた着替えを前に私は疑問符を浮かべるしかない状況にあった。

下着を身につけたまでは良かったのだが、いざシャツを着ようと手に取ると、明らかに私のものではないことが伺い知れた。大きいのだ。私のものより。

よく見ると、近侍の彼が着ているものによく似ている。否、よく似ているのではない。これは間違いなく彼のシャツだ。待て。何故私の着替えとして彼奴の服が置かれているんだ。確かに私はシャツを持ってきてくれるよう頼んだ。頼んだが持ってくるなら普通に考えて私のものだろう。何故私が彼奴のシャツを着ることになってるんだ。サイズが合わないだろう!身長差もあるのに!惨めな気持ちにさせる気か此奴は!

 

…などと考えていると、扉の向こうから、主、もう上がられましたか、と声がかけられた。

「上がったが…お前…」

「ああ、その、説明が遅れましたが…燭台切に聞いたところ、主のシャツがまだ乾いてないそうで」

「…ああ、それでお前のシャツを…?」

「はい…本日ももし手合せの予定があるのなら、洋装の方がお好みと思い、勝手ながら俺の服を…」

「いや、考えがあっての事なら構わん。気遣ってくれたんだろう。済まんな」

「いえ、これしきの事…」

 

手早く長谷部のシャツの袖に腕を通す。人のシャツというものはどことなく違和感があるものだが、彼のものもまた例外ではない。…というか、やはり男女差というものはあるもので、サイズが大きい。少し袖が余るのが気になる。はて、今日は手合せはあったかな。袖を捲って参加せねばならんか?

 

脱衣所から出ると、長谷部が待っていた。

「…………あるじ……」

「…何だ、サイズは少し大きいがこの程度なら袖を少し捲れば……」

やはり袖が余るのが気になるのか、長谷部が微かに震えている。笑うなら笑えばいいのに。と思っていると、

「お可愛らしいですっ………!」

「は?」

長谷部の背後に、桃色が広がる。刀剣男士特有の、彼らの幸福の象徴たる桜の花弁が、ひらりひらりと舞って、床を彩っていく。

「……」

「っあ、申し訳ありません…」

私が黙っていると、長谷部が慌てて頭を下げてくる。私が「可愛い」という単語で褒められるのが好きではないことを彼は知っている筈なのだが、どうしても時々こうして私に可愛いと言ってくる。嫌悪感を覚える、とまで言うと言い過ぎだが、どうも慣れなくて苦手だ。思わず溜息が出る。

 

「…構わん、さて、お前はもう下に降りていても大丈夫だぞ。私も直ぐに向かう」

「分かりました」

そう言って長谷部が下がる。麩が完全に閉まってから、改めて彼のシャツを見つめる。普段見ている彼の服を、自分が着ているというのはなんとも妙な感覚がするが。

 

………彼の服からは、洗剤の香りに混ざって、ほんのりと、彼の匂いがした。柔らかくて暖かな、大事なひとの匂いが。着る前は違和感しか感じていなかったのに、今は不思議と、安心さえ感じる。自然と笑みが零れていく心地がした。

 

袖を丁寧に捲り、軽く身なりを整えて部屋を出る。

今日の手合せは、誰が相手だったかな。


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