寂れたバッティングセンターで固い握手を交わした俺たちは今、近くのファミレスで向かい合っていた。小山の熱意とその場の勢いで彼の技術指導を受け持つことになったのだが、実際は互いのこともよく分かっていない初対面どうしということもあり、自己紹介も兼ねて今後の方針について話し合うことになったのだ。
「まぁ、俺はさっきも言った通り、パワフル高校の二年の平澤武志だ。ポジションはキャッチャー。中学時代は武蔵野シニアで五番打ってた」
「僕は小山雅。ポジションはショートだよ。守備には自信があるけど打撃の方があんまりよくなくて、いつもは七番か八番辺りを行ったり来たりかな。それにしても武蔵野シニアって、全国大会で準優勝したところだよね」
「まぁ、決勝であかつきシニアに負けちまったけどな」
全国大会決勝で当たったあかつきシニア。そこには、現在あかつき大付属高校のエースで甲子園優勝を経験した怪物投手、猪狩守がいた。当時中学生ながらも140km/hをもの速球に内側を抉るようなスライダー、緩急がつき落差の大きいカーブを武器に奪三振の山を築き、投手としてのタイトルを総なめしていったのだ。その猪狩守を擁するあかつきシニアと俺の所属する武蔵野シニアは約二年前の決勝で雌雄を決したのだ。
猪狩守の好投であかつきシニアの完封が予想されていた決勝は、武蔵野シニアの猛打が爆発し事前予想は大きく裏切られることになった。試合は両チームの乱打戦になり互いに二ケタの得点を叩き出すも、投手力で上回るあかつきシニアが逃げ切り武蔵野シニアは優勝を逃すことになった。だが、この試合で二本のホームランを放ちチームの半数近くである五打点を叩き出したこの男は、当時のスポーツ記者達に大きく取り上げられ日本球界では一躍時の人になったのである。
「僕もよく月刊ミゾットを読んでいたから知っているよ。僕と同じ年の人がプロ顔負けの試合をしたって。その本人がまさか目の前にいるなんて……」
「バッティングが上手い人がいて、話しかけたらまさかってやつか」
「そうだね……日本一の高校球児にするとか言い出すから、一体どんな危ない人に声をかけてしまったんだろうって思っちゃったけど、その相手がまさかあの平澤選手だったなんてね」
普通は思わないよ、と微笑みながら彼は注文したミルクティーを口につける。確かに少し仰々しく言ってみたが何もそんな言い方はなかろうて。小山君は素直ないい子だと思っていたけど、少し素直すぎる気がする。
俺がジッと抗議の視線を向けていると、彼がふと疑問をぶつけてきた
「でも、それなら平澤君はどうしてパワフル高校にいるの? あそこは、昔は強かったみたいだけど今はお世辞にも強豪とは言えないんじゃない。平澤君ならもっと有名校から推薦来てもおかしくないと思うんだけど」
「あぁ、ちょっと中学の時に色々あってな」
「色々って?」
「肘を壊したんだ……」
「えっ!? それって大丈夫なの?」
右肘を擦りながら今の状態を説明すると、小山が驚きの声を上げながら聞いてきた。
「確かに、一時期はボールが投げられない状態だったけど、今は回復してきている。高校では野球は出来ないだろうが、大学までには完治しているし、今も軽い練習ぐらいなら問題ない」
全力投球などは出来ないが、ランニングや筋力トレーニング、素振りやストレッチなどは毎日行っているし、丈夫な腕にするためにダンベルで少しずつ右ひじに負荷をかけるトレーニングも始めているのだ。ただ、部活として野球をすることは出来ないため、高校では野球部に入らず近くのパワフル高校に通いながらリハビリを続けている状態だ。
それを説明すると、小山は申し訳なさそうにする。怪我をしている人間に教わるのは気が引けるのだろう。顔に出ていて分かりやすいやつだ。
「別にそこまで気にする必要はない。治るまでの調整期間みたいなものだ」
「……そうかもしれないけど」
「まぁこれで、念願の目標を叶えることができそうだな」
「目標?」
「猪狩守を叩きのめす」
「えっ!?」
そう、これだ。猪狩守にリベンジすること。確かに全中時代は猪狩守から五安打五打点二本塁打と、徹底的に叩きのめはしたのだが、試合の結果を言えば俺たち武蔵野シニアは猪狩のあかつきシニアに敗北している。これでは勝ったとは言えないではないだろうか。それに、高校でリベンジを果たそうと意気込んでいたのもつかの間、俺は無理が祟って野球選手の生命線でもある肘を故障してしまったのだ。
結果として、猪狩はあかつき大付属高校で華々しいデビューを飾り、俺はと言うと日々リハビリに励みながら苦々しい毎日を送っている。
簡単に言えば子供じみた嫉妬心からくるものだが、あれだけ叩きのめした相手が輝いているのは腹が立つ。そこで俺は彼を見て閃いたのだ。「俺が戦えないのなら、俺の弟子を戦わせば良いじゃないか」と。
「と言うことで、君には俺の代わりに猪狩守を叩きのめしてほしいワケです」
「何がどういうわけか分からないけど、僕にできるのかな……」
「大丈夫だ。お前を俺の全盛期並みに仕上げてやる。その代り、毎日血反吐吐くまで扱いてやるからな!」
「確かに上手くなりたいけど、僕はとんでもない人に頼み込んでしまったのかもしれない……」
「いやぁ、『こいつは俺が育てたんだぜ』とか言ってみたかったんだよな!」
「全然人の話聞かないよ……」
アッハッハーとか高笑いしていると、小山が目の前で苦笑いをしている。まぁ、今日ぐらいは許してやろう。明日からは一切笑えない生活が待っているんだから。
「でも、どうして了承してくれたの? 自分で言うのもなんだけど、いきなり無茶なお願いをしたと思うんだけど……」
「いくつか理由はあるよ。トレーニングだけでつまらなかったし、何より楽しくないし」
「え? 僕は君の面白みだけで引き受けられたの」
「まぁ、何よりは君のやる気だけどね」
「僕のやる気?」
「周りがどんどん上手くなる、ライバルたちが色んな経験をしていく、そんな中で一人変われずにいる恐怖」
「っ!?」
「自分ではどうしていいか分からない。必死に足掻いても答えが見つからないから不安で仕方ないってね。俺も怪我で取り残されたときは絶望したし、この先どうしていいか分からなくなったんだよ」
「……平澤君も?」
「そうだ」
能力の限界を感じたり、思いもよらないアクシデントを引き起こしたり。例えどんなに恵まれている人間だろうと必ずぶち当たるであろう世界という壁。もちろんそれは人それぞれ大きさは異なるものだろう。だが己を押しつぶそうとする世の中の壁を乗り越えることの出来る人間は案外少ないものだ。ほとんどの人間は諦めたり、見ないふりをしたりしてしまう。
諦めたりしてしまう人間が悪いとは言わないし、それも正しい選択の一つだと言える。意見を変えたり価値観を変えることは社会にとって必要不可欠であり、人間社会の枠組みを作り上げることおいて互いに影響しあっている証拠でもある。
だが、彼はそれでも諦めたくなかったんだろう。自分に出来ないことを、足りないこと認めつつ、それでも食らいついていきたい。どうしても野球がしたいと、そういう目をしていた。
「俺も一人では立ち直れなかったからその気持ちはよく分かる。だから、本気でどうにかしたいと思っている小山の力になりたいと思った」
まぁ、ほとんどは自己満足なんだけどな。全国の頂点を決めるところまで進んで、世界に名前を残したことに誇りを持っていた。だが、そんな俺は高校野球という世界に立つことすら出来なかった。そんな時にやってきたのがこの少年だ。俺はこの背の小さい華奢な見た目の、弱っちい少年を全国レベルのスラッガーにすることで、平岩武志という人間を高校野球界の歴史に爪痕を残してやる。そんな自分勝手な思い半分、彼の力になってやりたいと思う半分。
あと、猪狩守はぶっ飛ばす。
あいつは確かにいいピッチャーだけど、個人的に気に入らない。
「だから、俺は小山をサポートすることにした。お前が本気で臨むなら甲子園を目指そう。俺の知識と経験を持ってして、俺の全てをお前に注いでやるよ」
コイツを徹底的に鍛えて、もう一人の俺として全国に名を轟かしてやる。
だから俺は、真っ直ぐに目の前の少年を見つめ、勢いよく人指し指を向け宣言する。
「つーことで、今日からお前は全部俺の物だ!」
「――うぇっ!?」
「今日から俺のことは師匠と呼びなさい!」
「えっ!? えっ!? そんな……まだ僕達には早いような……」
小山は顔を真っ赤にさせながらもじもじと自分の両手を絡ませている。テーブルの上に組まれた手の人差し指がせわしなく交互に動かしているのを眺めながら、俺は温くなったオレンジジュースを一杯やる。さっきから何やってんだコイツ。
「よし、弟子よ。トレーニングメニューを作りたいから、明日は部活後に河川敷に来てくれ。今のお前の能力を詳しく知りたいからな」
「あっ……うん、分かったよ。えっと……師匠…」
「……」
うん。「師匠」良い響きだ。
俺はそんなアホなことを考えつつ弟子と別れた。どんなタイプの選手に魔改造しようかとニヤニヤしながら考え帰路につく。
猪狩守を倒し全国に名を轟かすまで、あと十一ヶ月。
オリ主は少し自己中な感じに。
実力のある天狗が怪我で少し丸くなったって感じですかね。
これから雅ちゃんと向き合っていく中で、人を成長させる喜びと師として導くことの責任を感じていく。そんな主人公を描けたらと思います。
雅ちゃん目線もちょくちょく書いていきます。
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