怪物の弟子   作:あまんちゅ

3 / 6
第三話 練習開始

 ファミレスで別れた翌日の放課後、俺たちは近くの河川敷に来ていた。この河川敷のグラウンドは、よく中学野球大会の予選や社会人野球の練習に使われたりしている。野球グラウンドは全部で三ヵ所存在し、その横にサッカーのピッチが連なるなど比較的大きい造りとなっており、近所の子供たちの遊び場としても使えるような場所だ。

 

 今日は弟子となった小山の身体能力を測るため、ダッシュや遠投、フリーバッティングなどいくつかの種目を行うことにした。

 

「それじゃあ、まずは50メートル走から始めようか」

 

「うん。お願いします」

 

 実際にキッチリ50メートルを測って走るわけではないが、大体の足の速さが知りたいため大まかな距離を走ってもらうことにする。

 

 スタートラインに立った小山が屈伸を繰り返す。彼の準備が整うまで手元のストップウォッチを操作しながら今後のメニュー候補の草案を練る。

 

(小山の見た目的に、むやみに筋力をつけても意味が無いだろう。メディシンボールを使って体全体にしなやかな筋肉をつけるべきだろうな。筋力よりも筋持久力を重点的に……)

 

 

「ししょーう! もう良いですよー!」

 

「おう、んじゃぁいくぞー!」

 

ストップウォッチを握った右手を高く掲げる。

 

「よーい…ドンッ!」

 

 右手を振り下ろすのと同時に小山がクラウチングスタートを切る。後ろに結った髪を左右に揺らしながら、俺のいるゴールに向かってグングン伸びる。地面を力強く蹴りトップスピードを維持したまま小山はゴールラインを切った。

 

 

 おぉ……これは……。

 

 

「おぉ、小山」

 

「……はぁ…はぁ……。どうでしたか…師匠……」

 

「うん。お前、クソ遅ぇ」

 

「うぐぅっ!?」

 

 小山が叩き出した記録は8秒02。これは高校男子の平均タイムからしたら約1秒ほど遅い。

 

(確かに遅いが、スタートダッシュは悪くなかった。タイミングを見極める反射的な判断力はあるのかもしれない)

 

「まぁ、まずは8秒台を切るところからだな。きちっと距離を測ってないとはいえ、この遅さではお話になりませんな」

 

「うぅ……頑張ったんだけどな…」

 

「それも練習で速くしないとな。んじゃぁ次のテスト行ってみようか」

 

 

 

 

 

 

 次のテストは遠投。野手だろうが投手だろうが、肩の強さは野球をするにおいて重要な項目の一つである。軽くキャッチボールをしながら彼の投球動作を確認する。

 

(綺麗なフォームで投げているし、きちんと胸元に投げ込んでくる。コントロールは悪くないが球の質はそこまで良いとは言えないな)

 

塁間ほどの距離まで幅を広げつつ数分間キャッチボールを続け、肩を温める。

 

「よし、助走つけていいからそのボールを思いっきり遠くに投げろ」

 

 そう言うと、二、三歩助走をつけると右腕を鞭のように撓らせながらボールをリリースする。振りぬいた右腕は左手にはめたグローブを包み込むように体の左側に巻き付ける。遠投でも綺麗な投球動作を行うものの、飛距離はおおよそ50メートルから60メートルといったところだった。

 

 

 

 

 

 

その後いくつかのテストを行い、小山の大体の能力値を手帳に書き込んでいく。

 

(パワーが無く足が遅い。さらに肩が弱い。ミートと守備が上手い。バントもうまくて一歩目の判断が早い……)

 

「師匠、僕はどうでしたか」

 

「うん、ダメダメだね。そもそも基本的な身体能力が低すぎる。今のままじゃ小技を織り交ぜても限界が見えるね。まぁ、それを理解して頼み込んできたんだろうけど」

 

「うぅっ……」

 

 あまりにもストレートな酷評に思わず涙目になる弟子1号。そんな顔をされると嗜虐心がくすぐられるのでやめてほしい。

 

「まぁでも、これからどうやって鍛えていけばいいか分かったし。それにきちんとトレーニングを積めばもっと成長できると思うよ。伸びしろは有りそうだし」

 

「本当ですか!?」

 

「あぁ」

 

 これは本当だ。確かにコイツはそれなりに上手い選手だと言える。だが、早めに今のスタイルを作り上げたためか、身体の作り方がかなり甘いのである。パワーでは勝てないからと筋力トレーニングを疎かにしたり、一歩目の踏み出しが早いために速く走る練習を後回しにしたりと。

 

 試行錯誤を繰り返し自分に合ったスタイルを確立するのは決して悪いことではないが、鍛えられる余地を残しながらも向き不向きと早々に見限ってしまうのはいただけない。彼は決して潜在能力の低い選手ではないが、バランスよく鍛えることをしなかったため壁に当たってしまったのだろう。

 

 まぁ、日本一の高校球児にすると決めたんだ。今まで疎かにしてきたであろう分野も徹底的に鍛え上げてやる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃぁまず、俺がいなくても出来る練習メニューを教えとく」

 

「一人でやるメニューですか?」

 

「あぁ、俺が教えてやれるのは部活終わり。せいぜい二時間から三時間が良いところだ。ハッキリ言って時間が足りなさすぎる」

 

 本当は一から十まで小山に合わせて練習した方が良いのだが、そもそも俺たちは通っている学校が違うし野球部の練習だってある。小山が部活を終わらせてここに来るとすると、練習時間は一日二、三時間。今はまだ日が高いが季節が暮れるにつれ日没までの時間が短くなる。そんな状況ではたとえナイターが着いていたとしても満足な練習なんて出来やしない。

 

 そのため、一人で出来るであろう筋力トレーニングは家や学校の休み時間内にしてもらうことになるだろう。効率よく鍛えなくては一年という短い期間では間にあわない。

 

 俺はそう言うと、メモした紙を彼に渡す。

 

「基本的にはここに書かれている数をこなしていけ。細かいところはもう一枚の方に詳しく書いてあるから」

 

 渡したメニューの指示をしながら、エナメルバッグから取り出した卓球のピンポン球とプラスチックバットを取り出す。

 

「んじゃ、今からミート練習するから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 小山からだいたい7、8メートル離れたところでバットを構えるように促す。俺の行動が読めないのか小山はプラスチックバットを構えながら小首をかしげる。

 

「ミート練習って言ったけど、これっていったい何の練習なの?」

 

「クラスの男子が休み時間に、リコーダーとかをバット代わりにして野球してるの見たことない?」

 

「たまにしている人はいるけど……」

 

「まぁ、簡単に言えば、その遊びの応用だ」

 

「遊び?」

 

「そう。それじゃあここからなげるからしっかり打ってくれよ」

 

「えっ? うん!」

 

 俺は急かすように小山を立たせ、ピンポン球を浅く握りなおす。このボールは初見では打てないだろう。

 

 大きく振りかぶり、バットを構えている小山の頭部付近にピンポン球を投げる。予想外の所に投げられたのか彼は大きく体勢を崩すが、頭部に真っ直ぐに投げられたピンポン球は急にブレーキをかけながら小山の膝下に縦に抉るように落ちていった。

 

 大きく弧を描いたカーブに対応できず、小山の振りぬいたプラスチックバットは空を切る。

 

 

 

 

 

 

「ハイ、空振りしたので腕立て10回ね」

 

「っえぇ!?」

 

「ホラホラ早くー」

 

 小山に腕立てをさせながらこの練習の意味を解説していく。

 

「このピンポン球はプラスチックで出来ている。さらに中が空洞でものすごく軽い。この軽いピンポン球に回転を与えてやることでさっきのカーブみたいに簡単に大きく変化する。実際の硬球とはもちろん感触は違うが、変化球に対応する力を身に着けるにはこの練習はとても効率が良いんだ」

 

「……ふぅ。それがミート練習になるってこと?」

 

「そう、球の軌道を見極める練習だね。このプラスチックバットも、きちんと芯で捉えなきゃ前に飛ばない。大きく変化するボールをバットの芯に当てることが出来れば、金属バットを使う高校野球なら多少威力のある球でも外野に弾き返すことが出来る。これは所謂そのための練習だ」

 

「確かに、これならいちいちマシンで打撃練習するよりも簡単だしいいかもしれない」

 

「まぁ、例え遊びだとしても、本気で取り組めば立派な練習になるってことだな。んじゃ、これは誰か適当に誘って、昼休み辺りにでも練習してください」

 

「うん、わかったよ」

 

「よーし、次はボールのキレを良くするための練習だけど………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの後20時半近くまで練習した僕達は、最後に師匠のメニュー表のチェックを受けてから解散した。初めてする練習ばかりで、身体が慣れていないのか今日はとても疲れた。師匠が言うには本格的な練習は明日かららしいけど……。本当に付いていけるのかな。

 

(ううん、上手くなるチャンスなんだもん。諦めちゃダメだ!)

 

 小波君や矢部君達がみんなを集めてやっと出来た野球部。一度諦めてしまったけど、もう一度野球をするんだって決めたんだ。みんなに置いて行かれるのは絶対に嫌だ。

 

 師匠からもらったトレーニング表を見ながら、これまた師匠から借りたダンベルを取り出す。

 

「えっと…『ダンベルを上げる時は三秒、下げる時は五秒ほどの間隔で上下させる』か……」

 

 カチャカチャと鳴らしながら10キロほどのダンベルを持ち上げる。

 

 上げ方によって鍛えられる筋肉が違うなんて思わなかった。時間や持ち方によって負荷のかかる場所が変わってくる。

 

それにしても、どうして師匠は僕に練習を付けてくれるんだろう。別に同じ高校というわけでもかつてのチームメイトというわけでもない。ただあの時話しかけた。それだけの関係だったのに。

 

(全国クラスのスラッガーに直接教えてもらう機会なんて普通じゃありえないよね)

 

 例え師匠の気まぐれだとしても、あそこまで僕のために考えて付き合ってくれているんだ。その期待に応えたい。

 

「そのためにもまずは、師匠の言う新しい僕のスタイルを目指さないと!」

 

 

 自分の部屋で一人決意を新たにした雅は、その日の夜遅くまでトレーニングに励むのだった。

 




作者は実際野球をやっていましたし、キックボクシングや柔道といったスポーツをいくつかしていました。
その中でも面白かったトレーニングや学んだ技術なんかを上手く書いていければいいなと思っています。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。