怪物の弟子   作:あまんちゅ

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だいぶ時間が空きましたが一応投稿ということで。

大変遅くなりすみませんでした。


第四話 ときめき青春ナイン 始動

 高校生にとって昼休みとは特別な意味を持つ。午前の授業が終わり、皆腹を空かせ昼食を摂るために弁当を広げる者、購買で惣菜パンを買う者、食堂で出来立ての料理を頬張る者などがいるが、ほとんどの人間が誰かと共に時間を過ごす。それは互いの情報を共有するためである。相手の趣味趣向や最近の流行り物、共有するだけで親密になれる秘密の会話など、おおよそ実用的ではないものを中心に語り合う。三年間という短い時間の中で最も自由に使える時間であり、校舎内という不自由な環境での時間である昼休みは、特定の誰かと共に行動するだけで一種の親密性を抱かせる貴重な時間と言えるだろう。

 

 自由な時間を人と一緒に使う。とても小さい共感だが、一度や二度ではなく何度も積み重ねることでその感覚は大きくなる。高校生はそうやって自身のコミュニティを大きくしていくのだ。

 

 もちろん、人と接するだけではない。この時間に他人と差をつけるために一人で勉学に励む者や、所属するクラブの活動、また自主的に必要な能力を上げるためにトレーニングに励む者もいる。

 

 そして、そんな昼休みを有効的に使おうとしている三人組が、体育館の裏側でプラスチックの棒を振り回していた。

 

「ごめんね、矢部君に小波君。昼休みに呼び出したりしちゃって」

「いいよ雅ちゃん。俺たちも暇してたんだし」

「そうでやんす」

 

 ときめき青春高校の弱小野球部―弱小どころか試合にすら出来ない状態だが―の三人が、昼休みを使って練習をしている。内容は前日に教えてもらったピンボールやウィッフルボールでのバッティング練習である。

 

 この練習の意味と効果を小波達に話した雅が、実際に部活の練習メニューに組み込めるかどうか確認するために休みを使って、キャプテンである小波と副キャプテンの矢部を呼び出したのだ。

 

「それにしてもこんな練習方法があるなんて知らなかったよ。というか、練習というより遊びでしてることだし」

「オイラもよく小波君とするでやんスが、一球ごとに真面目にスイングとかしないでやんすしね」

「僕も最初は気にしてなかったんだけどね。ただ、やってみると結構難しいんだ」

 

 実際、小波と矢部はピンポン玉を使った変化球に対応しきれず、バットに当てた数は五割にも満たない。芯に当てた数まで突き詰めると一割を切っている。

 

「幸か不幸か僕たちは部員が多いとは言えないからね。一人当たりの練習量が増やせるとはいえ、少ない人数でも効率よく出来る練習をしないとこの先勝ち上がっていけない。練習の内容はより多く、質の高いものを選んでいかないと」

「それは俺も同感だな。グラウンドが使えない今は河川敷で練習しているけど、河川敷も使えない日の室内練習やロードワークといったメニューも考えておかないといけないし」

 

 つい最近部員が揃ったばかりの野球部にはグラウンドが使用出来る認可が下りておらず、近くの河川敷でのキャッチボールや軽いノック、ランニングや筋トレといった内容しか出来ないのが現状である。正式にグラウンドで練習が出来るまでバッティングや攻守の連携プレイといった複雑なメニューは組めない中、雅の出した案は狭い空間でも打撃力の向上が見込める練習と言えるだろう。雅の投げるピンポン玉を打ち返しながら小波は今後の内容の構想を練っていく。

 

「この練習ってあの平澤が教えてくれたんだっけ?」

「うん。部員の少ない高校に合った練習ってないか聞いたら教えてくれたんだ。実際平澤君もこの練習をしてたみたいだし」

「シニアでは雑誌に載るぐらい有名だったでやんすからね。高校で全く名前を聞かなくなったと思ったら怪我していたなんて」

「しかも、パワフル高校といったら電車で二駅のすぐそこだもんな。世の中って狭いって言うかなんて言うか……」

 

 今の高校球児たちに同世代最強と問えば必ずと言っていいほど名前が挙がるのが、あかつき大附属の猪狩守だろう。ノビのある140km/h後半の速球に針の穴を通すようなコントロール、キレのある多彩な変化球に野手顔負けの長打力。野球という球技のために存在しているような天性の才能を持つ彼を知らない者は存在しない。

 そして、かつてその天才児を打ち崩したことにより一躍全国に名を轟かせることになったスラッガー、平澤武志。猪狩から一試合二本塁打を放った強打者で、パワーもさることながら巧みなバットコントロールでどんな球も外野に弾き返す技量を持っている。そして、猪狩が唯一一度も抑えることが出来なかった打者でもある。

 

 猪狩と平澤の攻防は結局のところその一試合しか行われなかったものの、当時の試合は雑誌で大きく取り上げられプロアマ問わず全国的に話題になった。その後、お互いU-15日本代表に招集されバッテリーを組み、世界一の栄冠に大きく貢献したのだ。

 

 そんな、野球をするものなら誰でも知っているビッグ―ネームの一人が、自分たちの通う高校のすぐ傍の弱小高校に在学しているとは露程思わないだろう。

 

「普通にあかつきや帝王とか行ってると思ってたからなぁ……」

「猪狩守と平澤武志のバッテリーとか勝てる気がしないでやんす……」

 

 もしもの未来であかつき大附属との試合を想像する小波。猪狩に翻弄され味方のバットが空を切り、小波がどんなコースを突いても圧倒的な破壊力でスタンドまで運んでくる平澤。まさに敵無しのコンビネーション。

 

「他にも、大幹を鍛えるためのトレーニングだったり安定した送球が出来るようになる練習とか教えてもらったよ」

 

 前日教えられた内容を細かくメモにまとめていた雅は、実演しながら小波と矢部に説明していく。

 

「今の俺たちは九人しかいない。控えはいないし集まったばかりの継ぎ接ぎなチームだけど、俺は絶対甲子園に出たい。だから試合も練習もチームの連携も、全部本気でやりたいんだ。だって俺たちはあと一年しかここで野球が出来ないんだから」

「そうでやんす。オイラ達が目指しているのは甲子園でやんす。ここに来たことを後悔しないように全力で野球をするでやんすよ」

 

 小波君と矢部君が自身の気持ちを確認するように宣言する。青春の真っただ中である高校の三年間。その三年間を全て費やしてでも行きたい舞台、叶えたい夢があるんだと。それは彼らだけじゃなく僕自身の、そして全国の高校球児が掲げる夢。

 

『甲子園優勝』

 

 全国4000校以上の学校の頂点に立ちたい。そんな気持ちを胸に誰もが努力し戦うのだろう。だけど、その4000校の一人にすら入れない、戦うということが出来ない平澤君はどんな思いで今を過ごしているんだろう。

 

 自分の気持ちを確認しながらも、新たに芽生えた疑問が僕の心の中に小さなしこりとして残っていくのだった。

 

 

 

 

―――――――――

 

 

 

「連携の練習だ?」

「うん。メンバーも九人揃ったことだし、そろそろポジション別の練習やそれに応じた連携の確認なんかしていきたいんだ」

 

 授業が終了した放課後、とき青のナインたちが河川敷に集まっていた。基礎練習に慣れてきた今、キャプテンの小波が本格的な野球の練習をするためにポジションの確認やチームワークをメインとした練習法を提案したのだ。

 

「俺や矢部君は出来るポジションが分かっているけど、皆がどこを守れてどんなプレイが得意とか詳しくは知らないからさ。今ここでしっかり決めておこうと思ってさ」

 

 小波君はピッチャーと外野、矢部君は外野の中でもセンターが得意、僕はショートとセカンド。そして三森右京君と左京君の二人は足が速く守備力も高い外野手だそうだ。

 彼らは小波君と矢部君が交渉した結果入部したそうだ。

 

「俺のポジションはファーストだ。昔サードもやったことがあるが、正直ファースト以外で上手くできる自信は無いな」

 

 長く反り返るリーゼントと四角い眼鏡をした神宮寺光君。見た目はすごく怖いヤンキーだけど、野球への情熱は本物でよく皆にバッティングのアドバイスとかしてくれる。

 最初にその実力を見破ったのは小波君で、顔に似合わないほど綺麗な投球フォームをするらしい。

 

「俺はメインはセカンドでサブはショート、みたいな?」

 

 見た目がホストみたいで少しチャラい茶来元気君。言動は少し軽いけど、守備に就くと静かで堅実なプレイをする安定感のある内野手。

 

「ワイのポジションはサードYA。中学では長打も打っとったからクリーンナップやったDE」

 

中学ではシニアリーグで活躍していた稲田吾作君。最初小波君達の練習が温いと言って野球部に入って来たこともあり、自身の野球選手としての能力はすごく高い。守備から打撃にかけて幅広く部員の皆を牽引出来る実力の持ち主だ。

 ヒップホップが好きなようで、会話の語尾をやたら英語っぽく発音するのが特徴でもある。

 

「…………」

 

 捕手の鬼力剛君。ときめき青春高校でも有名で、『血まみれのバットを持ち歩く怪力モンスター』や『鬼の顔面』なんて呼ばれて非常に恐れられている生徒。だが実際は、表情が変化しにくく無口なだけで、ヤンキーなどではなく心優しい普通の青年だそうだ。血塗られたバットも、度重なる素振りによって手の血豆が潰れたものであり彼の野球に対する一途な努力が見受けられる。決してバットで人を殴りまわったものではないのだ。

 だが残念なことに、その真実を知る者は野球部の関係者以外いない。

 

「何と言うか……、綺麗に分かれたって言うかさ……」

 

 全員の得意ポジションの確認の結果、誰一人被ることなく見事に分かれる結果になった。投手の小波君に捕手の鬼力君。野手は一塁手から遊撃手まで神宮寺君、茶来君、稲田君に僕。外野手は三森君達と矢部君。誰か一人は被って正ポジションから外れると思っていたが、この結果なら今から他のポジションにコンバートする必要はないだろう。

 

「外野はどうするんだ? なんなら最速の足を持つこの右京様がセンターをやってやろうか?」

「何言ってんだ。最速の足を持つのはお前じゃなくこの三森左京だ」

「違うでやんすよ!打って走って守れる、三拍子そろった天才選手のオイラがセンターでやんすよ!」

「あぁ? 何寝ぼけてんだ瓶底メガネ。ブッ飛ばすぞ」

「ふざけんなクソメガネ。はっ倒すぞ」

「うぅ……。この二人口が悪いでやんす……」

 

 右左京君達より足が遅いとはいえ、矢部君もかなり足が速い選手だ。この三人の能力が似通っていることもあり外野のポジション決めはかなり難しくなるだろう。三人が口論する中、小波君はウンウンと考え込んでいる。

 

「センターは足が速い人が望ましいけど、皆速いしな……。捕球技術もそこまで差があるわけでもないし……」

「だったら矢部君をセンターにしたらどうかな?」

 

 僕の発言に皆がこっちに顔を向ける。矢部君は嬉しそうに、三森君達は恨めしそうに睨んでくる。

 

「おい小山、そりゃどういうことだよ」

「俺たちの中でセンターに相応しいのが矢部だと?」

「いいや、雅ちゃんの言うことは正しいでやんす。きっとオイラのあふれ出る才能に気が付いたんでやんすよ」

「だぁってろクソメガネ!」

「喋んじゃねぇアホメガネ!」

「ヒドイでやんす!?」

「三森君達は、レフトとライトに入ってもらって矢部君のカバーをしてもらいたいんだ」

 

 外野の中心であるセンターに矢部君を置くことで、俊足の二人が左右から矢部君を挟む。普通のレフトやライトよりも広く守れる二人をこの位置に置くことによって、フライやライナーを捕球出来る守備範囲を広げるのだ。レフト、センター、ライトというより三人のセンターで外野を守り切る。そのためには左右を広く守れる三森君兄弟がレフトとライトに入るのが理想的なのだ。

 

「まぁ確かに、このクソメガネじゃそんな大役は出来ねぇな」

「飾りのセンターで、本命は俺たち二人の広範囲守備だと」

 

 僕の説明に矢部君は恨めしそうに、三森君達は嬉しそうにする。

 

「それと、右京君はライトで左京君はレフトが好ましいかな?」

「右利きの右京はグラブを左手にはめる。ライト線のギリギリの打球をいち早く捕球するためには、グラブが左にある方が良い。それに、よく飛んでくるセンターとの間の右中間の打球は、捕ったあとそのままの体勢で送球出来るからな。左投げだと右で捕った後いちいちボールを左に持ってきてから投げなくてはいけないし」

 

 小波君が僕の考えに気付き補足を入れてくれた。

外野から内野への送球は0.1秒の世界である。少し遅れただけでアウトかセーフが分かれるため、少しでも速く動け、少しでも速く送球することが求められるのだ。右中間の打球を右投げのライトが捕球した時、体勢は左肩を前にした半身状態になる。これがグラブを右にはめる左投げの場合だと、捕球してから一回転して送球体勢に入らなくてはいけなくなる。一点で勝ち負けが決まるバックホームではこの余計な一動作は大きな時間のロスになるだろう。したがってライトは基本的に右利きの選手が良い。逆のレフトも同じ理屈で、左利きの左京君に守ってもらうのが良いだろう。

 

「分かったよ。そういうことなら仕方がねぇ。レフト、やってやるよ」

「俺もライトをやってやる。ただ、真の最速は俺だからな」

「何言ってんだ。俺だって言ってんだろ」

 

 再び口論し始める三森兄弟。喧嘩するほど仲が良いって言うし大丈夫だろう………。大丈夫だよね……。

 

「念願のセンターになれたはずなのに、素直に喜べないでやんす」

「大丈夫だよ矢部君。俺たち矢部君に期待してるからさ」

「ムキー! 何だか腹立つでやんす。絶対上手くなって見返してやるでやんす!」

 

 矢部君は怒りながらも自身のポジションであるセンターの定位置に走っていった。

 

 僕は別に矢部君に期待していないわけではない。彼は本当に才能ある選手だと思う。ただ少し怠ける癖があるのか基礎練習中も集中しているとは言い難い。今回の一件で彼が成長する切っ掛けになればとは思っている。

 

「それじゃあ僕たち内野はゲッツーやサインプレイの練習をしようか」

「そうだNA。ワイたち内野は細かい連係が多いやろうかRA」

 

 こうして本格的に野球の練習を始める僕達とき青ナイン。最後の大会まであと一年という短い時間の中、僕たちの高校野球がようやく始まったのだ。

 

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