怪物の弟子   作:あまんちゅ

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第五話 ゾーン

 ポジション別で別れての練習が始まって一ヶ月ほど経った今も、僕は部活後に師匠と二人で個別の練習をしている。初めの方は内容がキツ過ぎて、家に帰ると泥のように眠る日が続いたのだが、最近は体力も付いてきたのか練習後にその日の内容を復習することが出来るようにはなっている。とは言っても、体力が付けば付くほど、練習に慣れれば慣れるほどそれに合わせて内容が濃く多くなっていくため、身体機能が上昇しても楽になるということは無いのだが。

 

 そんな毎日を続けている僕だが、今日はいつもと違う練習をするらしく、ユニフォームではなく上下ともに冬のロードワークに使うようなウィンドブレーカーを着てくるように言われた。夏の終わりである八月末とはいえ、残暑が厳しいこの時期にこんな服持ってこさせることに嫌な予感を抱いてしまう。

 

 いつもの集合場所に赴くと師匠が既に素振りをしていた。力強いスイングをしながらも、鞭のようなしなやかな筋肉がインコース、アウトコースへのスイングをスムーズにしている。どんな球種、どんなコースにも対応できるような柔軟な一振りで自分と師匠の力の差を実感させられてしまう。自分ではまだそのスイングは出来ない。そう思いながらも僕は師匠の一振り一振りを注意深く観続ける。

 

師匠が言うには、どうやら僕は他人より観察眼が優れているようで、他人のプレイや癖、雰囲気などもよく観察するように言われている。他人の上手い動きを盗んで自分のモノにする。言葉にすれば簡単だがそんなすぐ出来るような芸当ではない。だが、その小さな積み重ねが、相手の心理状況や癖を把握してこちらの有利な状況を作り出したり、咄嗟の時に最善な選択ができるようになるのだとか。もちろん自身の能力の上昇も見込めるため、師匠に言われてから他人をよく観てよく聴いてよく考えるようにしている。

 

「なんだ、来てんなら声かけろよ」

 

 土手の上で見入っている僕に気付いた師匠が、河川敷から声をかけてきた。

 

「ごめん、ちょっとね……」

「まぁいいけど。どうせ今日は声すら上げられなくなるんだし」

「うわぁ……。帰りたくなってきたよ」

 

 邪悪な笑みを浮かべる師匠に不安を抱きながらも指示された通りにウィンドブレーカーを着こむのだった

 

 

 

 

 

 

「今日の練習はウィンドブレーカー着てひたすら走る。コースはこの土手を橋を渡りながらぐるぐる周回で」

 

 今日の練習はただ走ることのみ。けど、夕方とはいえ夏の炎天下の中でこの防寒着を着て走るのはかなりの体力が必要になるだろう。そんな疑念を他所に師匠も自前のウィンドブレーカーをジャージの上から着る。

 

「師匠も厚着して走るの?」

「そりゃな、俺の練習にもなるわけだし。それと、これはただのウィンドブレーカーじゃなくサウナスーツだ。発汗性を高めてくれる代物で、走るときはいつもこれを着てる」

「サウナスーツってダイエットとかに良いって聞くけど、実際はどうなの?」

 

 サウナスーツは気密性がありサウナ効果の得られるスーツである。よくボクサーの人が減量のためにサウナスーツを着て走ることがあるのだが、近年ではダイエット用品として販売されているものもある。しかし、サウナスーツにダイエット効果が無いという意見も度々出てきているのだ。

 

「サウナスーツにダイエット効果なんて無いよ」

「そうなの? けど、ボクサーとかの人が瘦せるためにあれを着て走ってる動画とか見たことあるんだけど」

「それは減量。ダイエットとは違う」

「?」

 

 うんうんと眉間に皺を寄せながら考えた後、師匠は内容を嚙み砕いて語りだした。

 

「サウナスーツは厳密に言うと汗を掻く事を目的に作られたもので、汗とは肉体内の水分が分泌したものであり言わばただの水だ。ボクサーがサウナスーツを着るのは水分を飛ばして肉体を絞り込むためで、脂肪燃焼という目的のダイエットには向かない」

「汗を掻くと痩せるイメージがあったんだけど違うんだ」

「水分量が減るから一時的には体重は減るけど、痩せることとは違うからな。むしろ、痩せたと勘違いして余計に飯食っちまうやつもいたりするし、脱水症状を起こしていつもより運動量やパフォーマンスが落ちることだってあるんだぜ」

 

 聞けば聞くほどサウナスーツの魅力が無くなっていく。ここまで酷評しているのだが、言ってる本人はそのサウナスーツを着ているという変な矛盾が生まれているのに気付いているのだろうか。

 

「でも、それじゃ何で師匠は今サウナスーツを着てるの?」

「肉体作りのため」

「……? ………はい?」

「サウナスーツを着ると発汗作用が高まるんだが、それによって新陳代謝が上がる。汗を多く掻き体内の老廃物を出す。適切に水分補給と発汗を繰り返すことによってデトックスの効果が得られるんだ。血液やリンパの流れを良くし、自律神経の正常化も見込める。簡単に言えば、ダイエットを効率良くするために身体を作り変えるのが目的だな」

 

 簡単に言えばダイエット前の下準備のようなものだろう。新陳代謝を上げることによって身体の毒素を抜く。それを繰り返すことで無駄なものを絞り出し脂肪の燃焼しやすい身体へと作り変え、ダイエットの効率を上げるのだろう。

 

「代謝を上げてからダイエットをするから脂肪が燃えるってこと?」

「そう。俺の場合は絞れるだけ絞るためって感じだな。癖で続けてる部分もあるが、そもそもこんな真夏にサウナスーツ着るような頭のおかしい人間は俺ぐらいだろうし」

「…………」

 

 師匠が頭のおかしい人間だというのは否定出来ないし、そもそもするつもりもない。ただ、この頭のおかしい格好をした頭のおかしい人の隣で、僕はそれに似たような格好をさせられているのだ。師匠の頭のおかしい発言は間接的に言えば僕も同じ頭のおかしい人間だと宣言しているようなもの。

 

 なんかムカつく……。

 

「んじゃ、そろそろ走るか。俺に付いてこれるなら付いてきたらいいさ。出来たらの話だけどな!」

「………………」

 

 僕を見て鼻で笑った後、目の前の頭のおかしい人間は先に土手の上を走り出した。

 

 あぁ……、なんだろう。ものすごくムカつく。

 

 最初はこの厚着でどれだけ走れるか不安だったが、今はそんなことは微塵も思っていない。アイツより速く長く走って見返してやる。そう思いながら僕は初っ端から全力疾走で走り出す。

 

 

 

 

 

 

 四十分ほど経った今、僕と師匠は並走していた。全力でスタートダッシュを決めた僕は初めの方こそ前を走り続けていたのだが、二十分もしない内に並ばれてしまったのだ。慣れない暑さやむさぐるしさの中四苦八苦しながら土手を駆けていると、横から悠々と師匠が抜き出した。意地になった僕は、彼との距離を離されるわけにはいかないと師匠の後をただただ無心で走り続けたのだ。

 

「おい、無理ならペース下げても良いんだぜ」

「……ッハ……ッハ……無理じゃ……ないですッ…!」

 

 いつも暑苦しい格好で走っているだけ、師匠には僕の何倍も余裕があるように見える。悔しさや腹立たしさといった感情で走っていたのだが、今となっては考えることすら億劫になってくる。

 

(……そろそろ頃合いかな)

「無理でも仕方ねぇよ。俺と比べられちゃ可哀想ってもんだ」

「………ッ………」

「まぁ俺は先に行ってるからお前は後からゆっくり来いよ」

「………………」

 

 どこにそんな余裕があるのか、師匠はさらにペースを上げ前に進む。ほとんどなかった僕との差をグングン広げていく。疲労と酸欠で思考がまとまらない中、僕は師匠の小さくなっていく背中をただぼんやりと眺めていた。

 

(分かってはいたけどなんだかな……)

 

 師匠と僕の差。ペースの違いによって生まれた物理的な差だが、この差こそが今の僕と師匠の野球選手としての差のように感じられてしまう。自分の遥か彼方先を走る師匠を見て、彼がどれほどレベルの高い選手なのか見せつけられるような感覚。彼に追いつきたくても、どれだけ走ってもどれだけ練習しても一向に縮まらない技術の差。それがただただ悔しくて。

 

(羨ましい……)

 

 別に自分が優秀な選手だとはこれっぽっちも思っていない。それどころか自分は他人より非力な選手だろう。それでも彼のようなプレイをしたいと思うのはごく自然の当たり前の事だろう。たった一振りで球場の空気を変える圧倒的なスイング。チームの窮地を一瞬で覆す震天動地なファインプレイ。今の自分には無理だがそんなプレイをする選手になってみたいと。それにはまず……。

 

(この差を埋めないと)

 

身体が怠く前に進むことを拒もうとする思考の片隅で、明確に宿った自分の意思を頼りに余計なものを排除していく。

 

(辛いとかしんどいとかは考えない)

 

 余計なことを考えずただ追いつく事だけを考える。目的を一つに絞り込み、それに必要な情報を必要な分だけ取捨選択していく。疲労で前かがみになった身体を起こし、力を逃さないようにする。親指の付け根に力を集中し地面の蹴る力を効率よく運用する。腕を振って前への全身運動に変える。

 

 ただ前に進むために、それでいて無駄なものは全て排除して最適な状態にするために思考を働かせる。

 

(なんだろう、よく分からないけど少し楽になった?)

 

 考えることすら億劫だった少し前とは違い、今は思考がクリアになり頭が冴えてくる。呼吸のリズムも一定になり走ることに余裕が生まれてきたのだ。身体の疲労が減ったわけでも夏の暑さに慣れたわけでもないが、今の自分は今までにないほど『動けている』。

 

 自分の意識だけが自分の肉体を第三者として後ろから眺めているような感覚。もちろん実際にそんなことは無いのだが、思考と肉体、理性と本能が二つに分離したような心地いい浮遊感が身体を包み込む。頭が命令しなくても勝手に走り続ける、意識だけ浮いているような感覚。調子が良いわけではない。ただ当たり前にするべきことをこなしているという一種の機械的な感覚だが、あれほど走り続けることが苦痛だったはずが今ではそれも取るに足らない出来事に感じてしまう。自分の事なのにまるで他人事のように冷静に客観的に汲み取る今の思考。

 

 分からない。何が起きているのか分からないが

 

(これなら追いつける)

 

 ペースを上げ遥か先を走る師匠を追いかける。少しずつだがスピードを上げ続けるも苦痛は一切感じられない。それどころかどんどん身体が楽になってくる。余裕が出来たおかげか、代り映えしないと感じていた河川敷の土手も走りながらという状況でも良く観えるようになってきた。

 

 200メートル以上あった差は少しずつだが縮まっていく。異様なまでのハイペースで駆け抜けるものの、身体はかつてないほどに軽い。長かった師匠との距離も、半分、四分の一と差を縮め、残り十数メートルまで来た。

 

(あと少し……。あと少しで……)

 

 走る、走る、走る。残り数メートルの差を埋めるためにさらに加速する。感覚の無い両足が羽のように軽やかに前へ前へと進む。これだけの距離を走り続けながらも、目の前の男には大して疲労の気配は見えない。それでも、先のことなど考えずに追いつき並走することだけに集中する。五メートル、四メートルと縮まる差に僕はラストスパートをかける。

 

 師匠がこちらを振り返り一瞬驚いた表情をするがもう遅い。加速した両足で、僕はそのまま流れるように師匠の横を追い抜いた。

 

「ッハァ!」

(やった! 出し抜いてやった!)

 

 体力的に限界が来て数百メートルも離された距離を、一瞬とはいえ抜かし返した僕は、歓喜に震えながらかつてないほどの充実感と達成感に満たされていた。非力な自分でも、勝手な自己満足ではあるが、ほんの少しだけでもこの人に勝ったということが何より嬉しい。だからだろう。集中力を欠いた僕は足を絡ませてしまったのだ。

 

「あ……、えっ……?」

(あれ……? 膝の力が急に抜けて……)

 

「グヘェ!?」

 

 そのまま土手の縁に頭から転倒した僕は、二転三転と転がりながら背中を打ち付けて急停止してしまった。先ほどの走りっぷりが嘘のように全身に力が入らない僕を、心配した師匠が転がり落ちたところまで駆けてきてくれた。

 

「おい、大丈夫か?」

「……うん」

 

心配してくれていることは素直に嬉しいが、今は一人にしてほしい。さっきまで勝ったとか幼稚なことを考えていただけ、その後直ぐに転倒してしまった自分が恥ずかしい。いつもは絶対にかけないような優しい声も、今の僕には色んな意味で身に染みる。

 

「まぁ、なんだ。ナイスファイト」

「…………うん」

 

 今日初めて、穴があったら入りたいと切実に思いました。

 

 

 

 

 

 

「転んだ場所が芝生の上で良かったよ。コンクリの上とかだったら今頃血まみれになってたな」

 

 あの後、転んだ拍子にどこか捻ったりしていないかと心配されたが、幸いなことに心の傷以外に怪我らしい怪我はしておらず、今は二人で土手の縁で腰を下ろして座っている。最初は羞恥心のあまり立ち上がってこの場から離れようとしたのだが、自分の両足に全く力が入らず立つことが出来なかったのだ。そのため、その場でストレッチとダウンだけしておけと言い残し、師匠は近くの自販機でスポーツドリンクを二本買ってきて僕の隣に腰かけたのだ。

 

 日が沈み涼しくなる時間帯とはいえ、一時間近くウィンドブレーカーを着て走っていたのだ。熱でのぼせた体温を冷えたスポドリが一気に冷やし、喉を潤していく。汗でベトベトになったウィンドブレーカーを脱ぎ捨て地面に放り投げる。ばっちぃ。

 

「それにしても最後凄かったな。自分でどんな状況だったか思い出せるか?」

 

 正直その話を蒸し返すのはやめてほしい。冷静に走っていたと思い込んでいたのだが、実際の所は妙にハイテンションで走っていたらしい。最後の最後でドヤ顔して抜き去ったと思ったらコレである。羞恥心を煽られるのがこれほど辛いとは思わなかった。もう勘弁してください。

 

「…………」

「……?」

「……………………」

「……あぁ、最後ってのは、こけたやつじゃなくて追いついた時の話な。限界ギリギリの状態からどうやってペース上げてきたかって話」

 

 どうやらあの話ではないらしい。けど、あれだけ恥ずかしい思いをしたせいか、何を考えても転んだ状況が頭の中で何度も繰り返されるのだ。

 

「まぁ、確かに転んだ時スゲェ声出てたもんな。『グヘェ』だもんな『グヘェ』って」

「…………」

 

 あの時の状況を思い出して羞恥心のあまり顔が熱くなる。恥ずかし過ぎて死にたくなる状況ってこういうことを言うんだろう。知りたくなかった。

 

「最後、俺は自分でも結構ペース上げて走ってたんだよ。かなり小山と距離離したつもりだったけど、最後は十分足らずで追いついてきたし」

 

 確かに自分でも不思議に思う。僕は引き離された時点で限界が近かったはずが、結果的にはペースを落とすことなかった師匠に追いついているのだから。

 

「自分でもよく分からない。けど、何故だか急に楽になった感じがしたんだ」

「どんな風に?」

 

 どんな状態だったかは良く思い出せないが、いつもより調子が良い時の感覚に似ている。思ったことが思った通りに動かせるような感覚。それでいて、自分の状況を冷静に分析できているような。言うなれば……。

 

「もう一人自分がいるような感覚」

 

 身体を動かし走り続けていた自分と、周りや身体の状況を冷静に判断していた自分。二つの自分がそれぞれ独立して僕自身を動かしているような不思議な感覚だ。例えで言うなら、ゲームでキャラクターを動かしている時、画面内のキャラクターを、コントローラーを持ったプレイヤーが動かしている感覚に近いのかもしれない。プレイヤーがキャラクターを第三者目線で操作しているように、思考が肉体を第三者目線で操作しているような。

 

 自分でも言っていることが判然としない意味不明な言動だが、言えるとしたらまさにこの一言だろう。だけど、師匠は何でまたそんな事を……?

 

「何でって顔してるな。まぁ何故かと言われると、ランナーズハイを体験してほしくてな」

「マラソンであるやつ」

「そうそう」

 

 師匠が言うには、ランナーズハイは運動により生じた筋肉の疲労や損傷による痛みを抑える為に、エンドルフィンという脳由来の麻薬物質が放出されることで起こる現象らしい。動物が筋肉を損傷するような激しい運動をするのは、獲物を捕まえる時や敵との闘争や逃走時によく起こり、生存の危機に瀕した際に痛みを緩和するエンドルフィンという物質が大量に出るのだとか。エンドルフィンの放出の際に一緒に出るホルモンの一種であるドーパミンの放出には快感が得られるという。そのため、身体や筋肉が危険な状態でも限界以上の運動が出来るのだとか。

 

「けど、そのランナーズハイは何か意味があるの」

「ランナーズハイと言うより、ランナーズハイ状態の感覚を知ってほしかったんだ。所謂疑似ゾーンかな」

 

 ゾーンという聞きなれない単語を口にする師匠が、頭の中でクエスチョンマークを浮かべている僕に説明すべく、噛み砕いて話してくれる。

 

「ゾーンって言うのは簡単に言えば、普段では入れない極限の集中状態のことを言うんだ。脳内の特定の領域の活動を抑え、必要となる領域を過度に活性化させることで、いつも以上のパフォーマンスを行うことが出来る。その状態をゾーンというんだ」

「それがさっき走ってた時の状態ってこと?」

「いや、ランナーズハイとゾーンは違う。けど、入ってる時の感覚は似てるんだよ」

 

 ゾーンの状態とランナーズハイ時の状態は似ているという師匠。走っている時の僕は肉体的には苦しい状態だったが、頭の中は冷静で思考もクリアになっていた。追いつくために余計なことを排除し目的を明確化していたことと、ランナーズハイによる限界突破が、結果的に疑似的なゾーン状態になっていたという。

 

「野球だけの話じゃなく、勝負事ってのは人間が行う以上その日の調子の良し悪しにも左右される。相手の方が地力は上だったとしても、相手の調子が悪かったり自分の調子が良かったりすると勝負の結果は変わってきたりもする。自分の能力を百パーセントでも百二十パーセントにでもすることが出来るゾーンに、自由自在に入ることが出来れば、それは試合において大きな戦力になるさ」

 

 試合において切り札になりうるというゾーン。疑似体験は出来たとはいえ、実際に僕が入ったのはゾーンではない。感覚は理解できたとは言え、確実に物にすることが出来るのはまだまだ先になるようだ。

 

「ゾーンの感覚は人それぞれ違うからな。言葉で説明して変な先入観を与えるより自身で感じ取ってもらいたかったんだ。もちろん今日ひたすら走らせた理由には、精神的に鍛えるという別の目的もあったし。夏の暑さの中での厳しい練習ってのは、今この時期でしか出来ないからさ。まぁ明日からはもう少し楽なメニューを考えてくるわ」

「ゾーンもそうだけど、長打が打てるようになるのもエラーの少ない堅実な守備が出来るようになるのも、まだまだずっと先になるんだろうね……」

「そりゃそうだ。一番重要なのは今すぐ出来る技術を身に付けることじゃない、自分のなりたい形、選手としての完成形を目指すこと。それも、何年もかけてじっくり成長させることが大事なんだ。目先の成長に囚われていたら、選手として大きく開花できないよ」

「やっぱり大変だな……」

 

 正直身体は怠いし頭も少し痛いけど、この練習は大きな意味を持つものだと感じることが出来た。筋力や体力、打撃や守備と言った純粋な技術や能力といったものを鍛えるのと同じぐらい、メンタルや試合度胸と言った精神面を鍛えるのも重要らしい。キチンとすれば瞑想も大切な練習になるのだとか。

 

(今日は特に疲れた……。早く帰ってもう寝たい……)

 

 疲労で意識が落ちそうになる中、唐突にスマホが光りだす。キャプテンの小波君からのメールのようだ。

 

「なんか練習試合が組めたみたい」

「へぇ、どことだって?」

「えっと……。……激闘第一高校」

 

 県内最強校である激闘第一高校。そんな強豪校との練習試合が僕達とき青ナインの初陣になったのだった。

 

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