激闘第一高等学校。県内屈指の強豪校であり、野球留学として毎年多くの県外の選手達を集めてくる、スポーツ推薦があるのがこの学校の特色である。部員数は百を超え野球部専用のグラウンドを保有する激闘第一は、ここ十年で県内最多数の甲子園出場を誇る高校でもある。どうやって組んだのかは分からないが、監督がその高校との練習試合を取り付けたらしい。僕たちの初陣には不足ない相手どころか、今の自分達には荷が重い相手だろう。逆に相手の強さに呑まれてチームが総崩れしないか不安になってくる。
練習がある放課後の前の昼休みに、僕達とき青ナインは部室で試合に向けてのミーティングを行っていた。個人やチームにとって足りないものややるべきことが多々ある中、試合まで一週間を切った。この短い時間の中で何をどう重点的に練習するかが、激闘第一戦での重要なファクターになるだろう。
「今の俺たちは打力も守備力も連携も全然ダメだ。皆の基礎能力は高いと思うけど、試合へのブランクが長すぎてもうほとんど試合感覚なんて残ってないだろうし。だから試合までは何か一つに絞って練習しようと思うんだが」
「確かにそれが良いかもな。今からでも一つにだけ絞った練習なら、あの激闘第一ともいい試合出来るだろう。まぁ、俺が一番を打って試合をかき回せば、相手は強豪校だろうとも試合に勝てるがな」
「ふざけるな、一番を打つのはこの三森左京だ。断じてお前じゃねぇ、右京」
「んだとコラ」
「また喧嘩してるでやんす、この双子」
「双子じゃねぇっつってんだろクソメガネ」
「黙ってろアホメガネ」
「…………」
いつもお決まりの口喧嘩をする矢部君と三森君達。元気があるのは良いことだが、今はミーティングに集中したい。試合まで時間が無い中話を脱線されていては満足に練習が出来ないため、稲田君に三人の仲裁を頼んで落ち着かせてもらう。部活が終わっても師匠とあれだけ練習しているのに、部活中の練習が減ると考えてしまうあたり練習好きな師匠の影響を受け始めているのかもしれない。努力が出来る人間だと喜んでいいのか、頭のおかしい脳筋に一歩近づいてしまったと嘆いていいのか分からないな。
「やっぱ野球は点を取るスポーツやから、バッティングを中心に鍛えるべきだNA」
「それより守備練習っショ。エラーばっかりしてたらいつまで経っても野球にならないみたいな?」
「連携プレイはどうなんだ。牽制や守備シフトのサインだってキッチリ決まっているわけじゃないだろ」
次々と案が出されるがこれと言っていいと思えるようなものは無い。集まったばかりで未熟なチームとはいえ、それぞれの個性が疎らでまとまりが無さすぎるというのが問題の一つだろう。
「小波君はさ、どんなチームにしたいの?」
「どんなチームって?」
僕たちの武器と言えば強すぎる個性溢れる選手たちということだ。協調や安定という観点で言えば脆く不安定なチームだが、ハマった時の爆発力は計り知れない。どんなことでも無難にこなせる選手はいないが、足で、パワーで、ミート力で、それぞれの得意分野をうまく生かすことが出来れば、これからの大会でもそこそこの成績を出すことは出来るだろう。それだけのポテンシャルを皆は持っていると思うが、それだけでは決して頂上に辿り着くことが出来ないのもまた事実だ。
「みんなが目標を持って自分を鍛え続ければ、このチームは必ず強くなる。けど、強くなるだけじゃなく、チームの方針は明確にした方が良いと思うんだ」
「個人の目標とは別にってことか?」
「うん。無失点を目指すような守って勝つチーム、機動力を生かして相手を翻弄するチーム、マシンガン打線のような点を取り合って勝つチーム。全員が俊足になるとかホームランバッターになるとかは現実的じゃないけど、僕たちはどうやって勝ちを目指すかだけでも決めた方が良いと思う。何か明確な目標を持って練習する方が何倍も効率が良いしね」
「それが、この一週間で俺たちがするべき練習になるってことか……」
そう小波君が呟くと同時に部室内の皆が考え出した。自分の得意な事、苦手な事、チームに合う特色や勝つために必要な事。皆が必死に思案する中、そんな雰囲気をぶった切るように提案をした。
「僕はね、この一週間は特に練習を変える必要は無いと思う」
「は……、はぁ!?」
「何言ってんだよ小山!?」
「相手は激闘第一だぞ!? それなのに特別な練習も無しってどういう事だよ!?」
僕の意見を聞いた皆は一斉に抗議の声を上げる。どんなチームにするかという提案をしてそのために何が必要かと示唆した僕が、そのための練習が必要ないと言い出したのだ。皆の意見は妥当だろう。だが、それでは今後僕たちは勝ち上がっていけないと師匠は言うだろう。師匠と練習して、その人となりを見て少しは彼の事を理解したが、彼がこんな提案をしてくるとは予想外だった。だが、先日河原で言われた通り、僕達はこの一戦を上手く利用しなくてはいけない。
「僕はこの試合を、この一年のための計りにしようと思う」
「どういうことだ?」
「相手は県内屈指の強豪校、こんなチームと試合出来るなんてそうは無いと思う。だからこそ、そのチーム相手に現状の僕達は何が出来るのか把握しなくちゃいけない。何が通用して何が通用しないのか、僕達個々の武器は相手に通用するのか、どうやったらその武器を活かすことが出来るのか、何が足りなくて上手くいかないのか、どういったプレイをしたら上手くいくのか。この試合はきっと勝てないだろうけど、自分の能力不足を身をもって知るいい機会だと思う」
師匠が言ったのは、盛大に負けて自分たちの個々の能力を自覚するということだった。全国レベル相手に得意な事や苦手なことを一通り試し、それらを分析してこれからの方針に組み込むための比較にするのだとか。打撃の技術や守備力の把握だけではなく、打席に立った時の試合度胸や打ち込まれた際のメンタルの確認など、試合でしか味わえない緊張感の中で計るからこそ、より正確に不足している技術や能力が割り出せるというのだ。また、盛大に負けるからこそ、足りない部分をより強く自身に刻み込むことによって克服するための原動力にするのだとか。その結果、自信を無くしてしまう選手もいるのではないかと尋ねたのだが、『その程度で凹むような奴が、あんなヤンキーの溜まり場のような学校に通ってるわけないだろ』と一蹴されてしまった。理不尽な。
「……なんつーか……」
「……なぁ……」
師匠に言われたことを提案すると何故だか皆に白い目で見られていた。なんだろう、何か変なことを言ってしまったのかな。
「いや、勝ち目が薄い試合だってのは分かってるんだけど、そうはっきり言われるとさ……」
「しかも、ボロ負けしたうえで『自分の能力不足を身をもって知るいい機会だ』とか……」
「雅ちゃんがドS過ぎてどう反応していいか分からなくなったでやんす……」
「……え? ……えぇ!?」
師匠の意図を分かりやすく説明するために、昨日言われたことをそのまま皆に伝えたら何故か僕がヤバイ人みたいな扱いに。
「っち、違っ! 僕はただ、この練習試合で必要なことの確認を!」
「あぁ、分かってる分かってる。けどほら、もうチョイ言い方っつーかさ」
「もう少しオブラートに包んでも良かったでやんすよ」
「まったくだNA」
皆の口から非難の声がちらほらと上がる。僕だって好きでこんな趣味の悪い提案をしているわけではないのだが、自身の能力の確認は実際有用であり必要な取り組みであることは理解している。そのため師匠の指示を代わりに僕が代弁しているというのに、これじゃあ僕の性格が悪いみたいじゃないか。
まぁ確かに、僕が彼から教えを受けているのは小波君と矢部君にしか伝えていないし師匠からも他人に言いふらすなとは言われているから、誰かの意見を取り入れたんじゃなく僕自身が出した答えのように聞こえるかもしれないのは仕方がないけど。それでも皆の反応はあんまりじゃないかな。
「ほら、そう睨むなって。お前の意見は正しいんだし。……ククッ」
「フフッ、そうでやんすよ。仮に雅ちゃんがドSだったとしても些細なことでやんす」
「クククッ。そうそう、少しぐらい腹黒くても俺たち気にしねぇって」
「…………」
煽っているのかフォローしているのか分からない言葉を、鼻で笑いながら投げかけてくる外野手トリオの面々。その言葉に同意するように何度も頷く内野手達。こんなところで息の合った連携プレイをするぐらいなら、喧嘩せず普段の練習でしてくれませんかね。小波君は、僕の言葉が師匠から伝えられたものなのだろうと察しているのか、終始苦笑いですましている。そもそも、師匠に教えてもらっていると小波君に伝えた時矢部君は一緒に居たんだから、彼も小波君みたいに少しは察してくれてもいいんじゃないかな。
「おい、小山。顔、顔」
「目付きが悪くなってんぞ」
「雅ちゃん落ち着いて」
いつも師匠に良いように玩具にされて、その影響を受けた結果僕が腹黒認定されようとは……。僕って何で野球してるんだろうな……。
「……試合までの練習は個々の得意分野を伸ばせば良いんじゃないかな」
「雅ちゃん?」
「…………あとはバントや盗塁とかのチームサイン決めて連携系はシートノックの時に確認で」
「雅ちゃん大丈夫?」
「………………打撃練習は全体メニューにあるトスやティー以外は何度かフリーバッティングしつつそれ以上は個人の自主練に任せよう」
「ちょっ、雅ちゃんが壊れたラジオみたいにブツブツ唱えだしたんだけど!?」
「……………………基本はいつものメニューをベースに量を倍に増やして体力増強を兼ねて走り込みも数倍は多めにしないとあぁそうだ急増でもいいからもう一人控えの投手作らないとハハっやることがいっぱいだぁ」
「ちょっと!? 乾いた笑み浮かべながらえげつない事言い出したんだけど!?」
「ゴメン、謝るからいつも通りに戻って! そんな量の練習はさすがに耐えられない!」
今更何を言うか。僕なんか部活が終わった後、毎日鬼畜人間の下で死ぬほど走らされているんだぞ。いつもの練習の倍ぐらい何でもない。この後、死ぬまで走らせて死ぬまで守備錬させてやる。
「大丈夫、人間真夏の炎天下の下でサウナスーツ着て数十キロ走らせても死にはしないんだ。皆もやればできるよ。さぁ、一緒に川水浴でもしようじゃないか」
「それ絶対三途の川でやんすよね!? レクリエーション感覚で行くような場所じゃ無いでやんすよ!?」
矢部君が何か言っているが関係ない。元々練習量は増やす予定だったのだから、今出したメニュー倍の案は誰が何を言おうと既決である。この話し合いで僕の事を笑いものにしたんだ、今日の練習では一切笑えないようにしてやる。物理的に。
学校の授業が終わり部活の練習時間も終わって日が落ちかけた頃、グラウンドの端で八体の屍が転がっていた。皆が皆ピクリとも動かない中、金色の髪をした少年だけが一人でグラウンド整備に勤しんでいる。彼も決して余裕があるようには見えないが、他の八体の屍に比べれば幾分か動けており、自身のポジションである二、三塁間を中心に黙々とトンボをかけている。
「ほら、そんな所で寝転がっていないで皆も片付け手伝ってよ!」
彼が倒れている野球部の面々に声をかけるが、誰一人として起き上がろうとしない。いや、起き上がれないのだろう。何人かは立ち上がろうともがいているものの、疲労のせいか蹲ったまま立ち上がることが出来ないのだ。
「グゥ……。おかしいでやんす。雅ちゃんもオイラ達と同じ練習をしているのにピンピンしているでやんす」
「なんだよアイツ化け物かよ」
「足の感覚が無さ過ぎて棒みたいな?」
「だって僕、いつも練習後に自主練してるし」
キャプテンの小波と矢部以外が雅の言葉に唖然とする。自身が行っている自主練が部の練習に使えるかもしれないということもあり、練習後に平澤から教えを受けていることをキャプテンの小波には伝えている。そこにたまたま居合わせた矢部と共に練習メニューの改善などを行っているため、この二人は雅が人一倍練習していることを知っている。だが、他の部員からすれば寝耳に水も良いところだろう。部員の中で最も小柄で華奢な雅が、この中で誰よりも貪欲に己を鍛えていたのだ。
「僕だって初めは、今の皆より全然動けなかったよ。でも、死ぬほど走って死ぬほど練習したから、今は皆より少し動けるんだ」
練習の量だけではなく質にも重きを置いている雅の自主練は、とても濃く多い。野球部が始動してから一ヶ月半の間でここまで差が出来てしまったことに、部員の面々は歯噛みし固く拳を握る。
「来年の夏なんてあっと言う間だよ。だから、今からでも強くなるために頑張らないと間に合わなくなる」
彼の言葉を聞いた者たちが一人、また一人と立ち上がって整備道具を取りに行く。部員も少なく部費も今の段階ではほとんど支給されていない、グラウンドも満足に使用できる状態ではない弱小校だが、どこよりも熱い魂と根性を持つ彼らを見て雅は自分の選択が間違っていないと確信した。
このチームは強くなる。先ほどまで立ち上がれないほど疲弊していたはずなのに、雅の言葉一つで前を向き、力強い闘志をその目に宿しているのだから。
「それにしても、特別な練習しないとか言っていたくせに、めちゃくちゃ練習量増やしてんじゃねぇかよ」
「これが一週間も続くと思うとしんどいでやんすね」
「何言ってるの? そんなわけないじゃん?」
「雅ちゃん?」
「これからずっとこの量が平均だから。他の強豪校より時間も環境も足りてないんだから、練習量ぐらいはどんな学校よりもハードにいかないと。今日より増えることはあっても減ることは無いからね」
「……え?」
「それじゃ、僕もう上がるね。このあと十時まで練習入ってるから」
「………………」
ダウンとグラウンド整備を終わらせた雅が元気よく宣言すると、ユニフォームを着替える間も惜しいとそのままエナメルバッグを担いでグラウンドを出て行った。いつも以上に厳しい練習後だというのに、嬉々として自主練宣言をする雅に皆が戦慄する。
「……どうする?」
「どうって、決まってんじゃん」
そう言うと、小波はいそいそと道具を片付け部室から出てくる。両手にはバットが握られていた。
「俺、この後近くの公園で素振りして帰るよ。グラウンドは鍵を閉めないといけないからここではできないけど、素振りや走り込みは近所の公園でもできるしね」
「だったら、オイラも一緒に行くでやんす! オイラのストロングポイントは走塁でやんすが、それを活かすためには先ず打って塁に出ないと意味が無いでやんす」
「ワイも行くDE 他の奴がする言ってんのにワイだけしないわけにはいかへんからNA」
小波が提案し、矢部が同意し、皆が続く。試合までの間何もしないわけにはいかないし、無様な試合をすることなんてもっての外だ。強豪だろうが名門だろうが関係ない、どんな相手だろうと食らいついてやる。元々気の強いメンバーが集まったチームでもあるからか、自分の身体に鞭打ってでも上を目指す。
甲子園に行きたい、甲子園で勝ち上がりたいという雅の言動や姿勢が、少しずつだが燻っていた彼らを動かし始めていたのだ。
「今日からはバッティングの強化をする」
「うん」
部活の練習後、僕はいつもの河川敷に来ていた。前日に激闘第一との試合が決まったと師匠に言っていたためか、今日からは基礎体力やメンタルトレーニングを少なめにして打撃練習をメインにメニューを組んできたそうだ。この一週間は打撃をひたすら鍛え、チームの得点力を少しでも上げるらしい。元々守備に関しては得意分野であり、今の段階でもそこまで心配してはいないとの事。そのため、短期間で比較的技術が向上しやすい打撃を徹底的に鍛えていこうということになったのだ。
「じゃあトスやるからコッチ来て」
そう言ってバックネットの前に立たせたあと、師匠は色のついたボールが入った籠の上に座った。
「そのボール、テープでも巻いているの?」
「そうそう。赤、青、巻いてないヤツの三種な」
師匠が言うには、この三種のボールを同時に投げ、宣言した色のボールを瞬時に把握して打ち込む練習などだとか。
「判断する時間はほんの一瞬だからな。キチンと把握してしっかり振り抜かないとボールに当てられないぞ」
「結構難しそうだね」
「そりゃそうだ」
その後トスを上げてもらったが、赤、青、白とランダムに宣言する師匠の言葉に反応できず何度も何度も空振ってしまう。もちろん、合わせただけの手打ちなんてしても意味が無いと怒られてしまい、一球ごとにしっかりと腰を入れてスイングしている。籠が空になったら集め、またバックネットに向かってトスバッティングを繰り返す。最初はまぐれで一、二球ほど当たるぐらいだったが、百、二百と振っていく内に一籠二十回のトスの内の半分弱は狙って打てるようになっていた。
「構える時背筋反らすな。その構えじゃインパクトの瞬間に力入んねぇぞ」
「ハイ!」
「疲れで脇開いてきてんぞ。脇締めてスイングしろ」
「ハイッ!」
「軸足ブレてんぞ。重心移動で前に行き過ぎだ。ちゃんと後ろに体重残してスイングしねぇと強い打球は飛ばねぇぞ」
「ハイッ!!」
構えやスイングが乱れれば、逐一その歪みを報告してくれる。客観的に自分のスイングを観て正してくれる人がいるのは本当にありがたい。鋭く力強いスイングを心掛けて、一振り、また一振りとバットを振り続ける。
「んじゃ、次は別のトスバッティングな」
今籠の中に入っているボールを全て打ち尽くすと、それを回収しながら師匠が次のメニューを提示してきた。
「次は遠い距離からトスを上げるから。横から上げるのは変わらないけど、すぐ傍で上げるより勢いがあるからそこんトコ注意な。それが終わったら斜め後ろから、真後ろからと徐々に角度をつけていくから」
ボールがどこを通過するかきちんと把握していなければ強い打球は打てないという。バットコントロールをさらに鍛え、どんなコースでもバットの芯に当てることが出来るようになるためには必要な練習なのだとか。
師匠の指示に従いバットを振り続ける。師匠に出会って、ずっとバットを振っているように指示を受けてから、手の皮は何度もめくれ今では固いタコが出来ている。最初は手にタコが出来るのが嫌だったが、師匠はこの手を見て美しい手だと言っていた。妥協せず、努力し、何度も振り続けないと出来ない手だとか。前を向いて目標に向かって走り続けている人間にしか出来ない、尊敬するべき手だと。それから僕は、バットを握る前は必ず自分の両の掌を見るようにしている。この手を作るために何千、何万というスイングが僕の自信となり、練習への活力になっているのだ。
これも、師匠が言うにはメンタルトレーニングの一環として良いらしい。
「ラスト十球! しっかり振り抜け!」
「ハイッ!」
師匠がトスを上げ僕が打つ。疲労で重い身体を奮い立たせ、一球ごと集中して振り切る。まだ足りない。もっと強く、もっと鋭く。
「ラスト三!」
大きく踏み込み腰を回す。脇を占めてシャープに振り抜く。
「二!」
イメージするのは身体を中心に綺麗な円を描くレベルスイング。軸足に体重を残しつつインパクトの瞬間に力を爆発させるようなスイング。
「ラストォ!」
壁を作り、回転に合わせ上半身、下半身から集めた威力を腰へ。腰からボールを飛ばすイメージで最後のボールを思いっきり振り抜いた。
「ほい、お疲れさん。球拾いとかは俺がやっとくから、軽くランニングした後入念にストレッチしておけよ」
「はい、ありがとうございました」
師匠の言葉に返事した後、僕は軽く河川敷のグラウンドを回りだした。今日は部内の練習をいつも以上にハードにした分疲れが溜まっている気がする。今日は帰ったらすぐお風呂に入って寝ちゃおう。数学の授業で出た宿題は、提出期間が先だしまた今度でいいや。
「スゲー眠そうだな」
「もう疲れてすごく眠い……」
「帰って風呂入ったらすぐ寝ろよ。明日も今日と同じ練習するからな」
「うん、分かった」
重い瞼や眠気と戦い、ランニングを済ましストレッチを終わらせた僕は、師匠と一緒に途中まで自転車を漕いで帰路に就いたのだった。
「テメェだけは絶対ぇに許さねぇ!」
何故彼が僕の目の前にいるのだろうか。
「……テメェのせいであの時、俺は野球が出来なくなったってのに!」
自分の力を高め、全力を尽くすために今日まで数々の努力をしてきた。
「俺の前で悠々と野球しやがって!」
その努力と自信が崩れ落ちるように悪寒や吐き気が駆け巡り、体中の熱や気力を奪っていく。
「俺と勝負しろ!」
その憎悪の籠った視線を受け、僕は立ち竦んでしまう。
「今日俺から一本も打てなかったら―――テメェは野球を辞めやがれ!!」
かつて同じシニアで仲間だった男。そして、怪我をさせ引退に追い込んでしまった相手、鶴屋勝が、激闘第一高校のエースとして僕に宣戦布告をしてきたのだ。