死という名のプロローグ
織斑春。それは織斑千冬の汚点とされ、幼い頃から疎まれ続けた存在だ。
春は姉である千冬に迷惑をかけまいと必死に、それこそ死に物狂いで努力した。
__たとえ、周囲の人々がその努力に気づかず蔑み続けようとも。
__たとえ、肉親である兄二人から日々暴力や暴言を受け続けようとも。
それでも、春はただただ千冬という一人の人間に家族だと認めて欲しくて。
いつか、千冬が自分を認めてくれる刻が訪れると信じて。
……孤独な、哀れなる努力を続けた。
__だが、と春は思う。
だが、あの選択は間違いだった。
千冬や兄達が自分を認めることなぞ、永遠永久永劫訪れないのだ。
もし仮に、これまで続けてきた努力が報われたとしよう。
もし、報われているのなら……
__家族が誘拐された場合、真っ先に助けを求めるか、自ら助けに来るのではないだろうか。
「……チッ……駄目だ、繋がらねぇ!!」
銃と受話器片手に全身黒服の男が地団駄を踏む。
先の発言や行動からして、相当に怒り心頭のご様子だ。
「やっぱりあの噂は本当だったんですよぉ、兄貴ぃ……」
仲間と思われる、これまた全身黒服の男が言う。
その顔には不安が色濃く表されていた。
「ど、どうするんですか、兄貴。こ、このままだと、また自由を失いますぜ?」
三人の黒服男、その最後である一人が他二人を、主に兄貴と呼ばれている男を問いただす。
その発言をきっかけにあーでもない、こーでもないと言い争いが始まった。
織斑春はその光景をぼんやりと眺めていた。
体の至るところには殴られた痕があり、両手両足には太い縄が幾重にも巻き付けられている。
傍目から見ても只事ではない状況にしかし、救助の望みは既に断たれてしまっていた。
「クソッ!!本来なら織斑千冬をおびき出すだけの簡単な仕事だったのによぉ!!」
「ま、まさか自分の名声のため、に、肉親を見捨てるなんて……」
「とにかくぅ、今はコイツをどう処理するかぁ、検討しましょうよぉ」
春を指差しそう言い放つと、男達は何やら作戦会議を始めた。
__殺される。
春は直感した。
だが不思議と負の感情は湧かず、代わりに謎の喪失感に苛まれる。
もはや怒りも悲しみもない。
あるのは絶望という名の喪失感だけ。
(……終わった……)
会議を済ませた三人が自分に銃口を向けている、そんな状況でも単調な想いしか抱けない春。
ついぞ壊れた……のかもしれない。
「……まぁあれだ、テメェには何の恨みもないが、俺達の命のために死んでくれや」
「恨むならぁ、お前を売ったぁ、兄を恨むんだなぁ!!」
春の耳に男共の声が響く。
__自分を、売った……?
そう感じたと同時、乾いた発砲音が轟き、春の意識は闇へと葬られた。
これは酷い。