強い艦になりたい。
おそらく私が再び生を受けたときに一番強く感じたことだと思い返す。
私の最期はひどく曖昧なものだった。いつ誰の弾を受けたのか、誰に弾を当てたのか。人々は私のことを強い娘だというが、そもそも私は本当にそのような活躍をしたのか。真実は夜の闇に消えてしまって今ではわからない。
私は強い艦になりたい。
今度は幻の戦果なんていらない。霧など倒したところで何の自慢にもならない。
実体を持つ本物の的でなければいけない。
相手の殺意を正面から受けて、でも私は進んだ。相対するは重巡リ級、駆逐艦の身からすれば強大な敵であることは明確だ。一歩々々、相手のキルゾーンに踏み入れるたび、リ級の8 inch主砲が必殺の砲撃を飛ばす。私の周りに無数の白い水柱が高く上がるが、命中弾はない。
「ヘタクソッ、そんなんじゃ当たらないっぽい」
怒号を吐くと、相手に向かってさらに増速する。リ級の火砲はさらに苛烈さを増し、副砲、対空砲までも用いて私の進撃を阻む。
攻撃はまだ行わない。ただ必殺の距離まで最短で進む反航戦。時折、手に持つ主砲で測距しながらイメージを高める。狙うのは首、機能としては艦橋になるのだろうか。必殺の一撃を一番効果的に叩き込むことが誉れ。
そして――。
「さあ、最高に素敵なパーティしましょ」
十分な距離に入っただろう。人間が小銃にするように、槓桿を引き、砲弾を砲室に送る。測距の結果からイメージに従い、砲弾を発射する。主砲の先から発火炎が噴き上がり、23.5 kgの砲弾が飛翔する。砲弾は飛んで、飛んで、リ級のさらに奥に着弾した。立ち昇る水柱を見つめながら、誤差と変化した彼我の距離を頭に入れて新たな砲弾軌道を描く。この50口径12.7 cm砲の連射速度なら即座に撃つことができる。何度も何度も修正を繰り返す。彼我の距離がどんどんなくなり、都合7発目にして命中弾が出た。
当てたのは私。狙ったのは首。ならば当たったのも首。顔の半分が吹き飛び、重油のような黒い体液を撒き散らしながら、リ級の動きが明らかに鈍くなる。艦娘だって深海棲艦だって一番大事な機能を持つのは頭に違いない。
だから、機能を失ったリ級に攻撃の手段がない。
だから、ここで確実に仕留めなければならない
沈黙するリ級にさらに接近する。目的は単純、奴をこの世から消すために。
腰の懸架帯から九三式酸素魚雷を取り出し構える。赤く染まった双眸がリ級を捉える。
可哀想だとは思わない。奴らは文字通り、人類種の敵でしかない。ならば――。
「殺す。私たちの名前の通りに、すべて駆逐する」
圧縮空気に押され、酸素魚雷が海中を走る。自慢の水雷妖精さんたちが整備した酸素魚雷はその特性上航跡を残さず、敵に致命的な速度で迫る。
「さあ――止めよ」
ゼロカウント。必殺の酸素魚雷が命中し、2本の水柱と共にリ級の船体が大きく傾く。特大の崩壊音を生じながらゆっくりゆっくりと崩れていき――、あともう少しで素敵なお腹が見えるというところで止まってしまった。
その光景にちょっとだけ呆気を取られた。状況だけ見れば生き残ってしまったのだろ。機能を停止し、酸素魚雷を食らいながらも運よく生きてしまった。敵ながらなんという豪運と感心してしまう。
だけど面倒だな。リ級の身体はちょうど手を伸ばせば顔に触れられるくらいに沈みかけていた。吹き飛んでいない左頬をやさしく撫でる。こんなにも私たちに似ているのに何故争わなければならないのだろうか。
提督が艦政本部の人と話していたことを思い出す。艦娘も深海棲艦も本質的には同一の存在なのだと。だから私たち艦娘は人間よりも深海棲艦にシンパシーを感じるのかもしれない。
でも私たちは敵同士。あなたたちが人間を襲うなら私たちはそれを食い止めなければならない。そして私にとって貴女とは、血と肉を持った本物の敵なのだ。
「貴女の死によって私は新しい私に生まれ変われるっぽい」
幻の戦果なんかいらない。今度は見逃さない結果が欲しい。だから私が手ずから殺してやろう。
頬を撫でた優しいその手でリ級の首を持ち上げる。紅眼を吊り上げ、黄金に光る髪を靡かせ、端正な顔立ちを歓喜に歪ませる。
ああ、嬉しいぞ。実体のある敵を葬ることが、目の前にいる敵に死を宣すことが。
そして何よりも――、
「私が強いと明確な結果を以って言えることが、私は何よりも堪らなくうれしいっぽい!」
駆逐艦「夕立」。ソロモンの悪夢とも言われた幻の武勲艦は今新たな生を実感できた。
今度は幻なんかじゃないのだ。自らの拳を抉れたリ級の頭部に振り下ろすたびに、その感触が、その快感が、私の戦場を満たしていく。
相手の肉が削がれ骨が砕かれ、それで私の拳が汚れ傷つくことに、ひどく興奮した。殴るたびに下腹部が湿るのも分かったし、呼吸が荒くなるのも聞こえた。
「まだこんなもんじゃないんだから、死んじゃわないでよ」
私が経験したはずの、なのに私が覚えていない戦場をもっと教えて。私の戦ったソロモン海の記憶を千分の一でも貴女から学びたい、思い出したい。
その記憶を持って、私は共に戦争を戦った仲間たちと対等に語らいたいのだから。
右拳にあらん限りの力を籠めて振り抜く。リ級の頭部の残骸が終に首から引きちぎれて、その躰が何度も痙攣する。左腕に掛かる重さを増した。私はゆっくりと手を離し彼女を沈めてあげた。頭から被った黒い体液をまるで祝杯のように感じながら、三日月のように口を吊り上げて笑う。
「くふっ、うふふ、あはははははは――」
感極まって笑いが漏れてしまう。ついに、私は処女航海を終えたのだ。それは艦娘としての夕立の新たな船出に違いない。
「次はもっと強い敵と戦いたいな。そのためにももっともっと鍛えなきゃ!」
この世界は7つの大洋で出来ているのだから、私たちの戦争は終わらない。最期に立つが私たちか、彼女たちなのかはわからないけど、人類に与する以上はどちらかが死滅するまで終わらない。
でも今はとりあえず、戦闘を伝えるために長距離無線を入れる。相手は護衛船団と一緒にいるはずの私たちの提督。
「夕立ったら結構頑張ったよ。提督さん、褒めて褒めて~」
夕立から狂犬の人格はなり潜め、歳相応の少女の笑顔が浮かぶ。夕立は提督に褒められることが一番好きだ。それが艦娘として造られたときに与えられたプログラムだという娘もいるが、実際嬉しいのだから関係ないしどうでもよい。
私はこれからも提督に褒められたい。少ないながらもこれは夕立の幸せの一つだから。
だから私はこれからも強くありたい。
どんな敵でも殺せるような強い艦でありたいと願うのだ。
夕立改二が実装されて数か月たったころに書いたものだと思います。
他の人の評価が知りたくて上げさせていただきました。
よろしければ感想などをいただけると嬉しいです。