軍師と天馬騎士のお話。
互いの眼に相手はどのように映るのか――

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初めての小説投稿です。これを足掛かりに、いろいろな作品をもとにした二次創作にチャレンジしてみたいですね。


異伝 ~『  』~

異伝 ~『  』~

 

真っ白な空間。何もないはずのその場所に、二つの影があった。

 

その影は全く同じ姿をしていた。

 

――ただひとつ、違うところがあるとすれば、その影は白と黒の相反する色だということであろう――

 

白い影は問う。

 

     ――■■■、何を求める――

 

黒い影は答える。

 

     ――暗い、闇を――

 

白は重ねて問う。

 

     ――■■■、何処に求める――

 

     ――ただ、己が内にのみ――

 

黒が砂のようにその影を崩していく。

 

崩れていく『俺』。顔の形をした影だけを残して、言葉は声にならず消えた。

 

     ――知れたこと。この世の果て、永劫の死の世界を――

 

そうして、世界は白く染まった――

 

 

 

目が覚める。色の無い世界から。体を起こして周りを見れば、夕焼けに照らされてキラキラと輝く緑の絨毯と、清らかな水をコンコンと湧き出す小さな泉が目に入った。

 

しかし、彼の眼には夢も現実もさして変わらぬように思えた。

 

     ――俺の内には、何も無い――

 

生まれた時から、己の価値はただ『器』としてのものだけであった。周りの視線も想いも、この『器』に対してのもの。故に彼には己の内から、人として湧き上がるであろう当然の感情が存在しなかった。

 

「……ねぇ、ねぇってば!」

 

そんな声に彼の意識は現実に引き戻された。胡乱な目で見上げれば、鮮やかな紅が目の前に広がった。少し視線を引いていくと、自分を見つめるどこか遠慮がちな顔が映った。

 

「ティアモか」

 

天馬に乗る者としての機動性を重視した革の軽鎧。その上から利き腕である右腕までを、関節を重視して覆う銀の胸当て。自分の目の前に立つ彼女は、この軍の要。天馬に跨って戦端を切り開く、謂わばエースともいえる存在だ。

 

「どうしたの?ボーッとしちゃって。何か悩み事?」

 

その言葉に男は泉に己の顔を映しながら、一つ息をついて答えた。

 

「フム。まぁそう捉えても間違いではなかろうな」

 

「それじゃあ話してみてよ。ホラ、誰かに話してスッキリすることもあるだろうし。それに……あなたには……その、いろいろと相談に乗ってもらったし……」

 

それはただ善意からくる一言だったのだろう。事実、彼女は嘗て自分に相談を持ちかけ、そして自身もまたその相談に答えたこともある。

 

しかし彼はそれを詮無きことと切って捨てた。

 

「いや、これは己が内にのみ、その答えがあるものだ。故に誰かに話すという行為は雑念であり、また無価値だ」

 

そういって、彼は彼女をけむに巻いた。

 

「……そう」

 

ただ一言、そう答える彼女の顔はどことなく自分では彼の役に立てないのだと、己自身を責め立てているもののように思えて、男は何かを告げようと唇を動かすが、結局それは言葉にならず、ただ虚しい吐息となって消えた。

 

――沈黙がその場を支配する。

 

男の目に映る彼女の表情は、彼女が常にその身に纏っている憂いをいつも以上に色濃くしているようであった。

 

 

 

     ――初めて彼女を目にした時、彼が思ったものは『苦悩』であった――

 

 

 

同じ軍の人間の話を伺うと、彼女には『天才』という言葉が附いて回るらしい。

 

――曰く、彼女の槍捌きには常人ならざるモノが存在する――

 

――曰く、彼女の佇まいには、どこか自信に満ち溢れるものがある――

 

――曰く、彼女は自らのみでなく、他人のおよび知らぬ箇所にまで気が回る――

 

などと、他にも数多く存在しているらしいのだが、彼彼女らの話を統合すると、天馬騎士ティアモという人間は、才の塊であり、またそれに奢ることなく自らを磨き上げる宝石の如き存在であるといったものであった。

 

しかし、彼の眼には彼女はそのように映らなかった。

 

――彼女の槍捌きには、大なり小なり資質の違いはあれども、長い訓練に裏打ちされたものが、そこにはあった――

 

――彼女の佇まいには、人と自らの距離を測りかねている、そんな恐れがあった――

 

――彼女の気遣いは、そんな自身と他人の距離が分からない彼女の、精一杯の行動に思えた――

 

このように、彼には天馬騎士ティアモは、誰にもその胸の内を理解されないがゆえの孤独に迷っているように思えて仕方がなかった。

 

 

 

「あなたはさ、何で軍師を目指そうと思ったの?」

 

唐突に彼女は、男にそんな問いを投げかけてきた。

 

彼女はただ何気なく、このどこか重い空気を打破しようとしたにすぎないのかもしれない。

 

しかし、その問いは男の意識を内に埋没させるだけのものであった。

 

再び黙りこくってしまった彼によって生み出された長い沈黙に耐えられなくなり、何か声を掛けようとした彼女に、己の内から帰ってきた男は語りだした。

 

「『ワタシ』には、誰も救えない」

 

「え?」

 

『男』は淡々と語りだす。

 

「ヒトはどうしようなく死ぬものだ。世界を呪いながら死ぬモノがいた。幼子の明日を祈りながら死ぬモノがいた。飢餓に耐えられず死ぬモノがいた。死は理不尽だ。誰しもに襲い掛かり、その人間がそれまでに築いてきたものでさえも、死の前には何の意味も持たない。それを救うための――旅をしていた。だが、救えない。そこで悟ったのだよ」

 

「……」

 

彼女は、目の前で淡々と吐き出される男の言葉に何も言えなかった。

 

男の吐き出す言葉は、軍議の際に聞く事務的な声よりも――まるで屍兵のように聞こえた。

 

「それからの私は記録を始めた。人の価値とは如何に生きたかではなく、如何に死んだかであると理解したから。そのために今、この世で一番効率よく死の蒐集ができるものが――これ――だった。ただそれだけのことだ」

 

「――」

 

頭にはいまだに空白がある。しかし、それを無視してでも彼女は目の前の軍師に話を続けさせなければと、半ば使命感のように思った。

 

「でも、その言葉を額面通りに捉えるなら、あなたは、軍師に何てならずに傭兵なんかをやっていたほうが良かったんじゃないの?」

 

それは苦し紛れの一言だった。彼女はこの会話に致命的な欠陥があると認めてしまったうえでなお、それを続けようとしているのだから。

 

「――否。渦中にいてはならん。蒐集は常に俯瞰でなければならないのだ。たとえそれを集めるために、何らかの姦計を講じたとしても、蒐集の際には俯瞰でなければならない。そういったものを探して――私はここに至った」

 

そう間髪入れずに即答した軍師は、己を語りつくしたのか、はたまた己の口の軽さを恥じたのか。おもむろに腰を上げた。

 

「――少し口が過ぎたな。時期ここも夜のとばりが下りるだろう。軍師の立場として言わせてもらえば、軍の要であるお前があまりフラフラと陣を留守にするのはよくないぞ」

 

そんな心にもない言葉を残して、彼は自軍の陣へと引き返していった。

 

紫紺の外套が翻る。

 

そこに描かれた三連の眼は、この世のすべてを憎んでいるようであった。




初めまして、デジタル眼鏡です。今までは読み専だったのですが、このたび、晴れて執筆側に廻らせていただきました。
次は別の作品で長編を連載していこうと考えています。
初めての投稿作品なので、至らぬ点はあるかと思いますが、評価をよろしくお願いします。

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