それが明確になった途端に貴重に思えるのが時間。
時間。
過ぎ去ってしまっては二度と取り返すことが出来ない唯一の力。
絶対的な力を持ってしても叶えられない理想。
人生において、最大の難関であるのが夢の前の挫折。
限りある時間には、膨大な力を働いており、それでもなお壊せるかどうかも分からない強固な存在。
時間を消費すればするほど、焦りが生まれてくる。
それに対して人の生が縮んでいく。
夢を追うってことは、命を使っていると同義なのではないだろうか。
理想の将来。
つまり夢ってのを思い描いたその瞬間、ソイツを掴み取ろうとする挑戦を始めた。
必死にもがいて。
必死に足掻いて。
それまで適当に過ごしてきた時間が急に価値あるものに思い始めたんだ。
どうしてもっと早くに夢を持たなかったんだろうと。
自分自身の人生を振り返る。
あの頃はまだ、適当に遊んで、適当なところで就職して、稼いだ金を趣味や生活費に使う。
そして、また稼いできた金で同じことを繰り返す。
それで良いんだと、満足な生活だろと思い描いていた子供時代。
でも、実際にそんな現実を体験してみて初めて思ったんだ。
つまらない。
職に就いたのはいいが、特にやりたい仕事でもねえし、そこで上の地位に上り詰めたからって嬉しくもねえ。
朝、同じ時間に家を出て。
夜、同じ時間に帰って来る。
飯喰って、風呂入って。残った時間を趣味に当てる。
自動的に来る毎日を淡々とこなす。こんな僕はまるでロボットみたいだ。或いは使い勝手のいい社会の奴隷か。
やりがいもねえ。向上心もねえ。
こんなつまらない人生、選ぶんじゃなかった。
後悔したところで何も変わらねえし、始まらない。
時間は巻き戻せない様に出来ている。未来にしか進めない様に出来ている。
一度やった一日をコピーして、次の日に上書きする。
僕の毎日はそんな感じだった。だから――
そんな自分を変えたくて――
昨日みたいな今日から抜けだしたくて――
何かねえかと、僕にだって何か出来ることはないか。
そんなとき、いつも繰り返していた趣味が目に留まった。
これしかない。これこそがループから外れるためのカギだ。
その日――趣味が夢に変わったんだ。
好きだったアニメや映画。ゲームに読書。
そんな世界に僕も飛び込んでいこうと思った。
けど、気づいたんだ。僕にはなんの才能もなければ、技術もない。
適当に考えていた未来像だったから、身に付けていたものは何もなかった。
やっぱりダメかもな。そう諦めていたけど、僕には人並み外れて数々の物語に触れてきた。
物語。
僕が好きなものには欠かせない要素。
そうだ。僕にはこれがある。
なんだっていい。魅力的に感じた物語を繋ぎ合わせたり、こういう展開の方が劇的だ。とか感じていたモノを作ればいいんだ。
動き始める日常。
次第に今までの人生から外れていくことが楽しくなってきた。
気付けば、もうこんな時間か。もう寝なきゃ明日がやってられない。
辛い。苦しい。しんどい。でも楽しい。
四苦八苦してようやく完成した物語。
コイツを誰かに読んでもらいたい。何か言われたい。
思い切って、電子の海に流してみた。
帰ってきたのは世界の厳しさだった。
次の分が書けた。また流した。悲しいことに帰って来るものはいつもの無反応と既読すらされない日々だった。
また自己満足みたいな小説書きやがってと、お前みたいな作家には付き合いきれねえとばかりに次々と打ち切っていく読者。
そうは言うが、僕にはこれしか書けねえんだ。誰かと違うということは僕だけの武器にもなるんだ。
だから、絶対に負けたくねえし。武器も捨てたくねえ。僕は僕のやり方でこれからもずっと書き続けたいんだ。
この信念だけは曲げたくないんだ。
流行、王道、設定。読者の望みは叶えられそうにない。
頑固で馬鹿な僕だったから、とうとう身体を壊してしまった。
寝る間も惜しんで、擦り切れるまで酷使して、諦めたくなくて。体力を消費し続けていたのが原因だ。
そうまでして書いていた作品は、やっぱり自己満足な小説だったのかもしれない。
自分ではそんなことない。読者のことも考えていた。
けど、現実見ればやっぱり読者の言う通りだったのかもしれない。
誰かに読んでもらいたければ、まず読者の好みを知らなきゃならない。そして、書くしかない。
そんな当たり前のことも出来ないで、夢なんて叶えることなんて無理だった。
また、失敗した。
今度こそ、成功するように分析する。
いや、待て。そんなもんに意味なんてあるのか。出来上がったところで僕の作品だと言えるのだろうか。
違う。それは僕のじゃない。
読者のための物だ。
読ませたいものを書くことこそが、僕の正しい在り方だ。
読んでもらうために書いちまったら、僕はただの生み出すだけの機械になってしまう。
ありふれたよくある物語に埋もれて、UFOキャッチャーみたいに適当に掘り起こされたくない。
そんなもんになり果てるもんか。
ぜってぇ負けたくねえ。武器をへし折りたくないから、僕のスタイルを貫いて、振り向かせてやる。
そうすりゃきっと、いままで無視してきた人たちも群がってきてくれる。
途中で去ってしまった人たちや自己満足だと罵った人たちも手の平返して戻ってきてくれる。
そいつらには、どうだ、やってやったぜ。ざまあみろ――って一泡吹かせてやりたい。
同時に、今どきの話題性あるものに触れなくても、最後まで自分だけの武器で戦い抜けば、勝利できるんだと証明してやりたい。
やってやる。
体調が回復した僕は再び書き始めた。
前よりも更に己を見返して、これがやりたかったんだというのを詰め込んだ。
僕を見ろ。
これは誰にも真似できない。させない。
たった一人の人間にしか書けない世紀の一作を書き進める。
全力だった。
必死だった。
脳内に造りだした未来の居場所へと向けて、列車を走り出させた。
もう、過去には戻れねえ。未来に進みてえ。
あそこには帰りたくなくて、新たに作り出した居場所へとたどり着きたくて始めたんだ。
脱線しないように付け足していく線路。もう一つ。もう一つと更に付け足していく。
追いかけても追いかけても離れていく理想。
一向に晴れない霧の中を掻い潜った。
いや、待ってくれ。冗談はよしてくれ。
霧は一層深くなっていくばかりで、未来は照らされることなんてなかった。
道を見失った。
筆を折った理由は、僕が目指していたのは蜃気楼だったからだ。
進み過ぎた時間は、活動の終わりに近づいていた。
もう、帰ろう。
あの日をもう一度コピーして、明日に上書きした。
オフィス、工事現場、掃除人。なんだっていい。どうせ、どれもやりたくない。本当にやりたかったことは潰えたんだ。
同じこと繰り返して、ボロボロになるまで働いて飯喰って、風呂に入って趣味に浸かる。
自動的に繰り返される毎日。生きていくために、金を稼ぐロボットになる。
人らしさを取り戻すときは趣味に浸るとき。何十と生み出してきた愛すべき作品たちを読み返していくうちに涙が流れてきた。
何もなかった俺が積み重ねた努力で手に入れたのが、こんな悔しい涙だなんてみっともなくて誰にも語れねえ。
頑張ったな。お前はよくやったよ。なんて言われちまったら余計に悔しくなる。
だから誰にも語れねえ。
ひっそりと胸の中に閉じ込めておく。
戻ってこなくていい時間が帰ってきた。あのループにまた嵌まった。
自暴自棄。無気力。不完全燃焼。
僕の人生は負け続けた。
土砂降りに振りだした雨は僕の心象か。はたまた僕の人生を覗き見した神が同情しているのか。
どっちにしろ、僕に光は射さない。
こんな人生意味があったのだろうか。所詮は天に巣食っている神の退屈しのぎぐらいになったぐらいだ。
ダメだ。やり直せない。見返せねえ。いい歳して夢追っかけ回すことなんて出来る気がしねえ。
あのとき、抱いた野心は戻ってきてくれない。もし、生まれ変われたら初めから宿っていてくれやしないか。
ビルの屋上からの落下途中、そう願った。