審神者と近侍の混浴話。
伊織さんはひととお風呂に入るのに慣れてないから緊張しそう。長谷部は大浴場で皆と入るのが普通だけど、女性とは初めてだから、うん……うん………(?)
へしさになんだろうかさにへしなんだろうか。
つかこいつら付き合ってないよねまだ。
作者もびっくりです。どうぞ。↓
「……手紙ですよ」
伊織が私室で本を捲っていると、開いた襖から薄桃色が覗く。宗三左文字が、封筒を手にそこに立っていた。
「…これはまた、珍しい
驚いて少し目を見開く。別に仲が悪いというわけではないが、特別親しくしているわけでもないこの二人がこうして仕事以外で接触するのは少し珍しいものだった。
「遠征に行く前のへし切に頼まれたんですよ…貴方に渡してくれ、と」
「長谷部に?……手紙くらい自分で取りに行くのに」
「良いんじゃないですか?あれは
呆れたように溜息をひとつこぼし、伊織に封筒を渡した。高級感のある和紙でできたそれは、差出人もまたそれなりの位にある者であると知らせていた。そして伊織にも、その相手が容易に予測できた。
「……まあ、何はともあれ、ありがとう」
「いいえ、別に構いませんよ、では僕はこれで」
宗三が袈裟を翻しながら去っていく。
手にした封筒に目を落とし、机の引き出しからペーパーナイフを取り出した。―手紙の差出人は、政府。
「…何の用だろうか、急な任務かな」
丁寧に封を開け、中の便箋に素早く目を通す。……段々と色を失う顔。目が便箋の文字を全て捉え終わるときには、色は完全に消え去っていた。
「…………は……?」
......................................................
「主、遠征部隊、ただいま帰還しました。報告をしたいのですが、入ってもよろしいですか?」
日も傾き始めた頃、遠征部隊が帰ってきた。日帰りで済む程度のものだった為、日の沈む前の帰城が叶った。
足早に長谷部が伊織の執務室に向かうと、少しの間を置いて、ああ、頼む、と声が帰ってくる。
「失礼します」
障子を開けて中へ入る。文机について書類を片付けていた伊織が立ち上がり、中央に置かれた座布団を彼に勧める。一礼をして座る相手を見て、伊織もまた腰を下ろした。
「…それで、結果は」
「はい、今回は―――」
長谷部は簡潔に、どれほどの資材が得られたか、敵の出現はあったか、道中何か問題はあったか、といった必要な内容を伝えていく。それを素早く手元の紙に書き留めながら、ただ黙って聞いている彼の主。その様子は、いつもと少し違っているように思えて、長谷部は報告を終えると、目の前の相手をじっと見つめた。視線に気づいたのか伊織も顔を上げる。
「……何だ?」
「いえ、その…主、何かありましたか?俺がいない間に」
「何故」
訝しげな目をされ、長谷部は少し萎縮するが、それでも尚続ける。
「いえ…本日のご様子がいつもと違うようでしたので」
「………ああ…分かるか…」
「矢張り何かあったのですね?…あまり強く問い詰めるような真似はしたくありませんが、俺は貴方にそんな顔をして欲しくはありません…もし宜しければ、話していただけませんか」
心配そうに伊織を見つめる藤色の瞳。透き通る宝石のようなそれは、まるで目の前の伊織を吸い込んでしまいそうだった。綺麗なその目に見つめられては、彼も邪険にはできない。仕方なく、悩みを告白する。
彼はその日1日調子が思わしくなかった。それは別に体調不良によるものではなく、昼前にもらった手紙が原因だった。
それは政府からのある命令を伝えるもので、その内容は、一言で言うと「近侍との混浴」。
男性の審神者であればなんということのない命令だろう。しかし伊織は、
「……と、言うわけでだな」
「…………」
長谷部はぽかん、としている。開いた口が塞がらない、とはこういう事を言うのだろうか。そんな顔だった。
「動揺する気持ちはわかる。私も正直、今でも混乱している。…とにかくだな、何とかして断る方法を考えたいんだが…報告書の偽装は流石に拙いかな……」
あれこれ唸る主人を前に、長谷部が漸く口を開く。
「…あの、水着の着用が可能ということは、完全な裸体ではないわけですし、入れる…の、では。………俺は、主が良ければ構いませんが」
「………は」
「っあ、いえ!決して邪な気持ちで言ったわけでは…!ただ、その命の事で悩まれる主を見ているのは…俺もいたたまれないというか……その…」
赤くなってしどろもどろの弁解をする彼を見ていると、思わず失笑してしまった。
「っ、なんでそんなにムキになって……はは」
伊織にしては珍しく、声を上げて笑っている。長谷部は嬉しいやら恥ずかしいやらで、どんな顔をしていいかわからなかった。
「…そこまで笑わずとも」
「はは…悪い悪い。つい、な」
少しむっとした表情をする長谷部に、まだ笑いの余韻を残しながら伊織が謝罪する。
「……まあ、君がそう言うなら私は……ただ、大浴場は危ないから私の部屋の風呂で良いかな」
「…はい、構いません」
「しかしなんで急にこんな命令をしてきたかな。お偉いがたの考えることは私には分からんよ、いくつになっても」
やれやれ、と言いながら立ち上がり、
「私の入浴時間は大体7時過ぎだ。…その頃に部屋に」
とだけ伝えた。
「……かしこまりました」
恭しく頭を下げる。
では一旦失礼します、と一礼し、長谷部が部屋を出た。残された伊織は改めて命令の事を考え、頭を抱えた。
「……温泉以外で混浴をするのも初めてだというのに…男性と、とはな…………はあ…………本当に私が男に生まれていたら良かったのに」
誰に届くともない願いは、宙に消えた。
......................................................
「…………」
「…………」
午後七時を少し回った頃。
伊織の私室には、彼と彼の近侍が居るわけだが、いざ入浴しようとなって、二人は怖気づいていた。
「…主」
「なんだ」
「…入ら、ないのですか」
「……入るが、…私からなのか?」
「俺からの方がよろしいですか?」
「いや…………」
二人とも着替えを手に脱衣所の前で硬直していた。主と部下。ひとと刀。それ以前に二人は仮にも女と男である。ほいほいと共に湯に入るなど普通なら考えられないことだ。二人がこうなるのも、無理はないのかもしれない。
とはいえいつまでもこうしている訳にもいかないのもまた事実だ。入浴後は夕食だ。早めに入って階下に降りなければ、二人共居ないとなると何かと怪しまれるかもしれない。普段他の刀剣達が入浴するのが七時半頃であるのに対して、少し早めに集まったのは、余計な詮索をさせない為に早めに全て終わらせておくためだった。なのにこうまごついていては意味がない。――それを考えてか、長谷部がでは、俺が先に入りますから、主は後でいらしてください、と言い、頬を仄かな桃に染めながら扉の向こうへと消えていった。
「…………そうだな、覚悟を決めなくては」
彼が向かうのは戦場ではなく風呂場なのだが、その姿はまるで今から戦に向かう戦士のそれであり、その目は今にも敵の一人や二人斬り倒せそうな光を放っていた。
現世にいる彼の相棒も常々思っているそうだが、伊織はどこかずれている、というのはこういう所を指すのだろうか。
✱
かちゃり、と音がしてゆっくりと扉が開く。
ぺたり、と踏み入れられる足は、彼が女性であることを否応なしに感じさせた。水着を着ることは許されていたものの伊織は水着を持っていないという危機的状況。仕方なく、彼は厚手のタオルを巻いて入浴することにした。伊織は体術を得意とする者として鍛えているから、程よく筋肉がつき、余分な脂肪を極力付けてない体つきをしているのだが、矢張り歳が歳なのか、女性らしい丸みを帯びているところもあり、タオルのせいでそれが際立っている。覚悟は決めて入ってきたわけだがそれでも羞恥心は消えず、視線は彷徨うばかり。
一方の長谷部は、こちらも程よく筋肉が付いた細身の体。彼は腰にタオルを巻く形で入浴していた。伊織が暫く入ってこなかったので一足先に体を洗い、既に浴槽に浸かっている。彼の視線もまた、伊織を捉えることができない。
伊織が頭を洗い始め、長谷部は後ろを向く。お互い一言も発することがないまま、無言の時が流れる。
体まで洗い、改めてタオルを巻き直したところで漸く言葉を発したのは伊織のほうだった。
「……私も浴槽に入りたいのだが……その………」
「ああ、はい…すぐに上がります」
「いや……別に、もう少し右に寄ってくれたらそれでだな……」
相も変わらず視線を交えないまま、会話を続ける。押し問答の末、結局長谷部が少し端により、二人仲良く湯に浸かることとなった。
「………済まんな、命令とはいえこんな事になってしまって」
「いえ、俺は別に……寧ろ、少し主と距離が近くなったようで…。主は、お嫌ですか?俺は嬉しいのですが…素直に」
長谷部が伊織の顔を見つめて、小首を傾げる。ここではじめて、両者の目が合う。伊織一人のために作られたため、浴槽はそう大きくない。向き合うと距離の近さを目に見える形で実感する。灰青と藤色が暫し見つめあったのちに、沈黙を破るのはまたしても伊織の声。
「…嫌だったら態々一緒に風呂になど入るものか。それなら近侍を一時的に短刀に変えてでもこの事態を乗り切っていたさ…今回少し躊躇したのは嫌だからではなく、君に配慮したのと、…慣れないものだから少し、な」
濡れた髪をかき上げながら、小さな声で、しかしさらりとそう言う。瞬間、湯船に桜の花弁が浮かぶ。
「……ありがとうございます。今回ばかりは政府に感謝ですね」
へら、と笑いながらそう言う長谷部を尻目に、伊織はふう、と息をひとつ。
「……ま、風呂は一人で入る方が好きだが、誰かと入るのも悪くは無いな…」
「…そうですね」
二人の顔には、花が咲いたような、穏やかな笑みが浮かんでいた。
それから少し、何とはない話をして、伊織から先に湯船を出る。暫くして、長谷部がその後を追った。
思ったよりも長風呂になってしまった。夕餉に間に合うだろうかと心配しながら、二人は手早く髪を乾かし、身なりを整えて階下へと降りていった。