気が付くと土の感触が足から伝わっていた。草の匂いが鼻に触れ。まだ暖かな風が肌を触る。
分解された感覚の残る身体が、しっかりとこの場にある事を実感した。
レイシフトは、滞りなく成功したのだ。
ゆっくりと目を開けると、転移した場所は平地。
黄土色の砂利道と若々しい草の群れしかない開けた場所だ。
「無事に転移することが出来ましたね、先輩。セージさん。
前回は事故による転移でしたが、今回はコフィンによる正常な転移です。身体状況も問題ありません。」
「別々の場所に転移されるかと一瞬だけ思ったけど、そんなことはなかったな。
こういう過去ダイブ系の話だと離れ離れが主流だと思ってた。」
「フォーウ フォーウ!」
「あれ、フォウさん!? また着いてきてしまったんですか!?」
一度レイシフトを経験しているからか、具田総司とマシュは落ち着きがあった。
具田総司に至っては何処か余裕そうに感じられ、何が彼をそう思わせるのか俺は不思議でならない。
リスっぽい魔獣フォウがまたもや、何処からともなく現われ驚かせている。
「キューン?」
「また着いてきちゃったのか・・・・・・。
というか、フォウもレイシフト出来るんだ」
「この中の誰かのコフィンに潜りこんでいたのでしょう。
幸い、フォウさんに異常は見受けられません」
「俺の部屋にもいつの間にか侵入していたが、
この魔獣は転移系の魔術でも付与されているようにしか思えないな」
「セージさん。フォウさんは魔獣ではなくフォウさんです。間違えないようにしてください」
突っ込むところは其処ではないだろう
得体のしれない摩訶不思議生命体フォウの可能性を試算したというのに、それに触れないということは
親しい彼女にもフォウのことは実際、よく解っていないということだと察した。
「フォウさんはわたしたちどちらかに固定されているのですから、わたしたちが帰還すれば自動的に帰還できます」
「そうか、ならフォウの為にも頑張って帰られないといけないな」
「目的は変わらない、特異点の修正を果たすだけだ。
それで、この特異点の時間軸は何処だ、何時の時代に俺達はダイブしている?」
純粋な疑問をマシュへと聞いた。
ドクターロマンからそれについての話はされていない。
ただ一番揺らぎが低い、他と比べればまだほんの一握りは安全だということだけしか解っていない。
時代に適応し、迅速に行動する為にこの特異点がいったい何を示しているのか、ターニングポイントとしての在り方を知る必要がある。
「はい、どうやら場所はフランス、時系列は1431年となっていますね」
「百年戦争の時代か、それも聖処女の死没の時期、か」
「ええ、そのようです。
この時期ではもう既に処刑された後、戦争も休止期間の状態ですね」
「百年戦争なのに、休止期間なんてあるのか?」
「・・・・・・百年戦争と言っても、終始戦争を続けていたわけではない。
間欠的なもので、間が空きながら続けていた、多くは捕虜とされた騎士の釈放関係が・・・・・・「なあ、アレはなんだ?」
話している途中、言葉を遮られた。
質問をしてきた本人、具田総司によるものだった、昨日のことへの当てつけだろうか。
いや、それはない、この男はそんなこと考えていない。
顔を頭上に上げ、空を見ている。
アレとは、おそらく天上のことを指しているのだろうが、此方から見えるその表情目を見開き、言葉を失っているようだった。
何を見ているのか、マシュと共に自分も空を見上げた。
「・・・・・・え?」
「―――――――――――」
言葉が出なかった。
一般人であるこの男もその存在に対して異様なものだと解ることが出来るほど天に浮かぶ巨大な輪。
アレは魔術式だ。尋常ではない魔力を宿し、星を包もうとしている輝く光。
これ程の大術式は在り得ない、それに気づくことも出来なかったこと自体、異常とも言える。
『よし、回線が繋がった!画像は粗いけど映像も通るようになったぞ!
あれ? どうしたんだい? 皆して空を見上げちゃって・・・・・・』
ようやく此方との意思疎通を可能としたロマンが喜々とした声が伝わってくる。
それに反応出来る状態ではない。
何か、異常を察した様子で静かに何があったのかを聞いてきた。
「ドクター、映像を送ります。アレはいったいなんですか?」
『これは。、光の輪……いや、衛星軌道上に展開した何らかの魔術式か……?
セージくん、君は何か知らないかい?』
「・・・・・・事前に知っていたのなら、こんなに驚いてはいないさ。
ただ、あの魔術式は人間じゃまず造り上げられない、人外の行いだということは確実だ。
俺の見た歴史に、この時代にあんなものが発生した記録もない。
ドクター、貴方が観測された記録には・・・・・・?」
『残念だけどないよ、1431年にこんな現象が起きたという記録はない。
間違いなく未来消失の理由の一端だろう。アレはこちらで解析するしかないな……。
君たちは現地の調査を続け、霊脈の確保に専念して欲しい』
その声は非情に重々しいものだった。
サポートする一方で、光輪の解析作業、局員の統率。
彼へ掛かる負荷は大きいものだ。
「ドクターの言う通りです。
周囲の探索、この時代の人間との接触、召喚サークルの設置……やるべきことは山ほどあります。」
「じゃあ、まずは街に行くべきかな、マシュ?
必ず人がいるだろうし、今が戦争休止中なら問題なく話が聞けそうだし」
「そうですね、先輩。
街を目指すことが始めにするべきことです。セージさん、よろしいですね。移動しましょう。・・・・・・セージさん?」
総司たちの声は聞こえていた。
けれど、俺は光の輪をじっと見つめている。
今の俺に映っているのは絶望であり、驚嘆でもあり、そして陶酔でもあった。
到底、辿りつくことが出来ない極地があの術式。
人間として恐怖するべき怪奇。魔術師として求めるべき奇蹟。
自分の身体は少しばかり、震えていた。
「どうしたんだ、セージ? 行かないのか?
あっ、もしかして・・・・・・怖がってたり?」
少し笑みを浮かべている。
おそらく、彼の言ってることは冗談だろう。
もしくは此方の様子を案じてのことか。
俺の心の内を読んで言葉を選び、発しているわけじゃない。
けれど、その何気ない言葉は素晴らしく的を得ていた。
見透かされてはいない、ただ、またもや俺はこの男に敗けているのだ。
この男は光輪に驚きはした、だが、今はもう一切気に留めていない。
前へ向かってひたむきに歩もうとしている。
何が、彼をそうさせる。
理解出来ない苛立ちは、積もってゆくだけ。
「・・・・・・さあな」
吐き捨てるように告げ、俺は先を行く彼らを追った。
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・・・・・・
・・・
・
同じ景色が続いている。
宮殿のようなものや、城砦が遠くに見えるが、まだまだ遠いように見える。
地図もない状態、霊脈を探しながらの路。
時間が掛かるのは仕方がないことなのだ。
「あれは……」
何かを見つけた様子のマシュが、呟いた。
「何か見つけたのか、マシュ」
「はい、先輩、セージさん。止まってください。
……如何やら、フランスの斥候部隊のようですね。
どうしましょう?接触を試みますか?」
「危なくないか? 斥候部隊っていうんなら俺達敵と勘違いされるんじゃ……」
「見たところヒューマノイド、人間です。
話し会えばきっと平和的に解決します。」
具田総司はマシュの考えに対し、それは止めて置いたほうがいいんじゃないかと進言している。
当たり前だろう、鎧を着て巨大な盾を持った少女と見知らぬ服装の男2名。
怪しまれないはずがない。初めてこの男と考えが合った気がした。
だが、マシュは謎の自信を持ち、話を聞かないようだ。
俺も流石に巻き込まれたくはないと、助け船を出そうとしたが、結局、間に合うことはなく。
「ヘイ、エクスキューズミー。
こんにちは。わたしたちは旅の者なのですが―――――」
集団と離れていた兵士と思われる男に掛けより、気の抜けた挨拶を繰り出した。
その兵士長の反応はというと、やはり
「…………。」
「ヒ……! 敵襲! 敵襲だー!!」
敵性因子への雄たけびだろう。
マシュは予想だにしていなかったようで、目を見開き呆けている。
此奴、この少女もまた、まともではないのだと、俺は理解した。
兵士は統率の取れた動きで俺達、3名を取り囲み、槍やら両手剣、短刀を握りしめ、此方に向けている。
その間、通信に再度やってきたドクターとマシュがまた余計なことを行い、
兵士たちから更なる反感と疑いの眼差し、敵対意志が確定的にしてきた。
何をしているんだろうか、戦闘するべきかしないか、内輪で揉めている。
無駄な戦闘はするべきではないだろうに
「よし! 峰打ちだ、マシュ!
大丈夫!きっとうまくやれるから峰打ち!」
「え? 盾で峰打ちってそれただの打撃……ド、ドクター! マシュも乗り気にならない!」
総司が二人に対し突っ込みを入れている。
常識はまだあるようだが、あまり必死さも伝わってこない。
チラチラ此方を見ているが、いったい何を期待している。
しかし、此方としても戦闘の巻き添えは御免であり、情報源に気絶されては困るといもの。
元々、こういう役目を受け持つのは想定内ではある。
ひっそりと、服の内側にある袋かを開け、袋から漏れ出た粒子が風に乗り、周囲へと降り注いだ。
「・・・・・・もう戦う必要はない、盾を降ろしてくれ、マシュ」
「・・・・・・え?」
「彼らに暗示を掛けた、一般の人間程度なら軽い暗示で十分な効果が得られる。倒す必要は無い。
聞くことは限られているが、この先に街があることは確か? なにか異常はあるか?」
暗示の掛かった兵士の一人が俺の問いに答えた。
感情の一切籠っていない無の表情で口が開いていく。
「この先を行けば町は在る、けれど町は戦争の被害を受けボロボロだ。
死傷者、負傷者で溢れかえっている。城壁ももはや無いも同然さ。」
俺達は顔を見合わせている。
もう既に、この特異点の破壊は行われていることを認識した。
続けて、マシュが顔を顰めて疑問を聞く。
「・・・・・・戦争? それはどういうことですか?
この時代、1431年にはフランス側のシャルル七世がイギリス側についたフィリップ三世と休戦条約を結んだはずです。
多少の小競り合いはあったかもしれませんが、なにが?」
「王ならば死んだ。魔女の炎に焼かれこの世から消え去った」
暗示を掛けられているせいか兵士の様子は変わることはない。
だが、その淡々とした返答が余計に不安を煽ってくるように感じられた。
「待て、魔女だと?
それは誰のことを言っている、まさか聖処女がそうだとは言わないだろうな?」
既に現代では彼女が魔女ではないことが解明されている。
狂気的なまでに純粋に、信仰を良しとした聖人、ジャンヌ・ダルク。
それが王を殺すことなどするのか。
「そうだ、聖処女が甦った。
悪魔と取引をして甦ったんだ。」
暗示状態にある者は嘘を吐くことはない。兵士から聞いた言葉は全て真実だ。
聖処女が人理の破壊者・・・・・・その事実は動揺誘うようなものだった。
情報を整理する為に少し考え事をしていると
「セージ。街に行くぞ!急げ!早くしないと間に合わないぞ!!」
総司がそう力強く叫んでいた。自分の方を見ず、既にマシュと共に駆け出し、ただ一点、この先にある街を目指していた。
兵士から街の方へ眼を向けると、煙が舞い上がっているのが、少しばかり離れているこの場からでもはっきりと解る。
魔力反応に加え、人の力ではない破壊音。魔獣のような咆哮。
急がねば不味い状況が其処に起きていた。
「―――――――クソッ」
「フォーウ!!」
そして何も考えず、身体に魔力を流し、全力で大地を踏み抜いた。
植物魔術(プラント・マギア)
植物魔術を扱う魔術師が一般的に持ち歩いているのが、魔術的処置を施した種や花粉である。
元々、霊的存在が宿るとされる植物の核であるため、暗示や機能を宝石同様に刻み込めることが容易に行える。
ただし、戦闘に関係する属性が付与しにくいというのが特徴。
霊薬や魔除けとしての意味が大半を占めており、使い捨てのアミュレットと言える。