pixivからの転載。銀英伝の世界観の、帝国軍ロイエンタール艦隊麾下の軍人だった青年とその部下の話。
▼pixivでの企画「モブ中心企画」に参加させて貰ったものです。屹度こういうモブもいただろうなぁと。
自分の慕っている上官が叛乱を起こした時、飽くまで皇帝の臣である、と決めた臣下はでもきっと幸せにはなれないよね、と思い。破滅についていければ、屹度幸せ。
お題は「<a href=http://www11.plala.or.jp/harutake/banka/banka_top.html target=_blank>晩霞</a>」より。

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離すべき手

 ロイエンタール提督が、陛下を殺しかけた。そして叛乱を起こそうとしている。慌てて転げた部下がもたらした情報は、俄には信じがたい。しかし、どこか納得できるところもあった。自身の上官は、梟雄めいた、あるいは梟雄であろうとする側面がある。だから自身は、転んだ部下の服の埃を払ってやったのち、通信司令官に声をかけた。通信司令官は当初、心得たようにロイエンタール艦隊へと連絡を取ろうとした。しかしこの部隊を纏める若き准将は、頭を振る。

「ミッターマイヤー提督に連絡を」

「は」

「俺達は皇帝陛下の臣だ。それ以上に何がある」

 ぎょっとして、振り返る。腕を組む彼は、常にない程表情を消している。幼さの抜けきらない顔から、努めて、感情を殺しているようだった。

「ロイエンタール提督に恩義はある。それに、俺達は元を正せば、彼の部隊だ。ロイエンタール艦隊所属の部隊として、陛下に駆り出されている」

「だから」

「だから、俺達の旗色をしっかりと示さないといけない。俺達は飽くまで陛下の臣。提督の私兵ではない。フェザーンに駐留している今、ミッターマイヤー提督に従う事にする。飽くまで彼の補佐として、今はフェザーンを統治している訳だからな」

 思わず呆然と見上げてくる。自身も、この上官には世話になった。部下を大切にする人だ。彼がまだ佐官だった頃から、部下だった自分はストレスが減った事を自覚していた。そんな彼が最も世話になった人物が誰かを知っていたから、顔を伏せた時に一瞬だけ見せた、苦渋に満ちた顔にやるせなくなる。

「賭けてもいい。ロイエンタール提督に勝機はない。しかし、彼に従う艦隊は多く、彼の指揮能力は高すぎる。帝国軍に混乱を招くだろう。その隙を同盟軍につけ入れられたらどうする」

「それは」

「そうなれば被害は拡大する。その時に、出来るだけ戦力を温存しておく事が、俺達に出来る事だ。それに」

 彼は頭を振った。

「俺は、部下を犠牲にする事は出来ない」

 思ったよりも小さなその言葉は、しかし、周りの部下に頭を擡げさせる。

 それが最大の理由なのだ。この優しすぎた上官に、部下達は何もいえなかった。

 それは名も無きある部隊の話。本来ロイエンタール艦隊の麾下に戻るだろうと予想されていた彼らが、早々にラインハルトへの恭順の旗色を見せた、全体を見れば名も無き小さな小さな、挿話だ。

 

「本当にいいのですか、閣下」

 沈黙を守っていた司令官に、副官が問う。席に着いていた彼は、出させたコーヒーを飲んでいるところだった。部隊の旗艦は既にフェザーンから出て、ミッターマイヤーの艦隊に合流する用意が出来ている。重い沈黙は時間の経過で幾分か回復し、それでも司令官席には誰も近付こうとはしなかった。そんな中、これから臨む会戦に、はじめて発言したのが副官の彼だった。ラインハルトの臣下は若者が多い。提督と呼ばれる階級の者が20代である事はざらだ。その部下が年上である事も一再でない。この部隊もその例のひとつだ。司令官より3才年上の副官である中佐は、かねてから部下達が抱いていた不安を指摘した。目線だけで中佐にいらえる司令官に、中佐は続ける。

「閣下。失礼ながら、貴男は本当はロイエンタール提督の元に下りたいのでしょう。こうして戦闘に臨む以上、私達部下の犠牲は出ます。なのに、なぜ飽くまで陛下の臣として打って出るというのです」

 中佐は知っている。彼が中佐より階級が下だった頃があった時から、この司令官がロイエンタールの元で働いていたのを。その理由さえも、嘗ての貴族連合軍との戦いを通して知ってしまっていた。

 この准将は若い。辛うじて20代というところだ。ラインハルトやミュラーとは比ぶべくもないが、同期の中では破格の出世だ。准将に任ぜられたのはラグナロック作戦においてだが、その元々の出世の切欠は、彼が門閥貴族の縁者だったからだ。

 フェザーンにて、この部隊がその統治の補佐を任されたのは、偏にこの司令官が経済や流通に詳しいからだ。彼の家はさる門閥貴族の本家。彼の家は代々商売に熱を入れており、特にフェザーンが成立してからは、その貿易に携わる事が多かった。

 彼は、その本家の長男だった。本来なら、家でちやほやと育てられ、士官学校を卒業し、そして貴族連合軍に与して今頃生きていなかっただろう。その正反対の生き方をしているのは、偏に彼が生まれた当時、本家より分家の方がゴールデンバウム王朝に与していた事。そして御しにくい長男を厭い、幼年学校を卒業後、早々に軍に放り込んだからだ。出来ればどこかの辺境の星で死ぬ事を望まれていたのは疑いようがない。

「ロイエンタール提督の麾下に偶々属していなければ、今頃どこかの前線で野垂れ死んでいたとは、あの会戦の最中に貴男がいっていた事でしょう。謂わば彼は貴男の命の恩人です。本当に、閣下はこのままミッターマイヤー提督と共に彼と戦う気ですか」

 カップを握る、司令官の顔は相変わらず無表情だ。いつもならば緊張感のない笑みを湛えている顔に、今は何も映っていない。貴族連合軍との戦いの最中にも、時折見た気がした顔だった。

 司令官の実家は、本家と分家で与する陣営を分裂させた。というよりも、分家がラインハルトを忌避し、貴族連合軍に与したから、本家はラインハルトの元へと「味方だ」と旗色を示すよう、軍に入っていた長男に要請したのだ。その時点でロイエンタール艦隊の麾下にいた彼は、分家と本家では意志が違う事を表明。マリーンドルフ家に倣った。そもそも分家の行動に驚いた、とは、当時既に副官となっていた自身にこぼした司令官の言葉だ。

『分家の方も、本家がローエングラム公に与するとは思ってもみなかったみたいだよ。跡継ぎの俺が彼の麾下にいるっていうのに』

 結果、分家は離散。死んだか、降伏したか、亡命したか。中にはフェザーンでうまくやっている者もいると聞く。どちらにせよ、分家が軍に長男を放り込ませた事で、本家はこれを機に返り咲いた。彼の実家は、現在彼の弟が庶民に向けた商売を切り盛りしている。そのうち帝国の文化の中心となるだろうフェザーンにも手を広げるだろう。彼はそれに関連して、主に経済面においてローエングラム王朝の土台を築き、出世を重ねていた。目立たないのはその功績が内政に向いていおり、飽くまで誰かの陰で補佐に徹しているからだ。これ以上の栄達は望まないと本人は語っているが、そのうちフェザーンでも経済を安定させる事だろう。いずれひょっとしたら落ち延びた分家と再会する事になるかも知れないが、その時はその時だと語っているという。閑話休題、副官の中佐は、半ば睨むように上官を見遣る。彼は相変わらず堅い無表情だ。このままでいいのか、と自身は思うのだ。

「貴男は別に、分家の意志に従って唯々諾々と軍で死んでもよかったといっていた。貴男はそういう人ですからね。でも、そんな貴男を生かしたのがロイエンタール提督閣下だったのでしょう。直接の面識はなくとも、確かに彼は貴男を生かした」

 そして、眼を配る。いつの間にか、自分達の会話に、他の部下達も耳を欹てていた。

 皆、考えている事は一緒だ。帝国の人間は、理性より感情を優先させる傾向にある。だから、常に部下を優先し、時に部下を庇い、別の上官を敵に回す事も厭わないこの司令官を、かなしませるよりも喜ばせたいと願っていた。そして何よりも。

「後悔しませんか、この選択を。今からでも遅くない。本当に、戦いますか。貴男は」

「感情を優先すればね、提督についていきたかったよ」

 過去形だった。彼の答えは静かなものだった。コーヒーの水面。艦橋に、低い声が響く。

 強張った無表情。屹度、今も無理をしている。心を痛めている。世話になった、恩義のある上官に直接逆らう事となる。彼は常に周りの意志に従うように生きていた。それは、彼が唯々諾々と軍に入る事を承諾したという事だけで伝わった。ならば、彼を生かすようにしてくれた恩人を誅する事を、この場で誰よりも嘆いているのは彼の筈だった。しかし、そんなものは、吐息よりも静かに潜めていた。

「でもね。俺は銀河帝国の軍人だ。ローエングラム王朝は、民衆の為に動いている。ロイエンタール提督の叛乱は、謂わば私戦だ。提督が万が一にもこの戦いに勝っても、屹度国はついてこない」

 司令官は語る。静かな声で。

「陛下だけだ。ゴールデンバウム王朝を壊すと考えたのは。……俺は常に周りの為に動いてきた。それなら俺は、より大きくモノを考える人についていくよ。どんなに力強く引っ張ってきてくれた手でも、連れて行かれる先が崖ならば、この手は離すべきなんだ」

 そういって、カップをソーサーに降ろす。そして、右手を挙げた。それなりに武骨な手が、軍人らしさを感じさせる。そして、その眼を見て、副官は司令官の絶望を知る。

 意識しているかはわからない。しかし、この司令官は、精神的に共和主義者だ。常に少数より多数の意志を優先する。過去より未来を。既得権益は捨てるもの。上官よりも、部下の為に。ひいては、部下の為に、弱きものの為になる上官の手を探す。

 その度に、掴んでいた手が離すべきものだと知ったのだろう。そして今、自分を支えてきてくれた手が、離すべきものだと知ってしまった。

「……あんたは、帝国に生まれるべきじゃなかったんですよ」

 悔し紛れだろう、砕けた口調で存在理由を否定する。しかし、司令官は、苦笑いするだけだった。

「奇遇だね。俺もそう思っていたところだ。何で俺は感情を優先できないんだろうね。帝国では、それが当然の事なのに。俺には出来ないんだ。今はお前らが少しでも欠けないようにする方法しか、考えられないんだ」

 同盟ならば、彼の手を離しはしなかっただろう。大義名分として、民主主義という大きな手を持つ彼らならば。

(同盟を出たあの魔術師も、この人のような絶望を抱いていたのだろうか)

 凶弾に撃たれた敵の名将を思い出しながら、漸く僅かに微笑んでみせた司令官の前から辞した。

 決して自らは幸福になろうとしない彼が、いつか幸せになれる手を掴める事を祈りながら。

 

 

離すべき手

 

 

「『俺はロイエンタール提督についていく。反対する者は今すぐ俺を殺して陛下の元に下り許しを請え』。そういえたら、屹度俺はもう少し幸せでいられただろうな」

 絶対に口にする事はないだろう言葉は、彼の諦観の微笑みの下にかき消えていった。

 

 第2次ランテマリオ会戦、新帝国暦2年11月16日。同時刻、ミッターマイヤー提督が、親友の姿がかき消えた画面の前で、怒声というには悲痛な罵倒を上げた。

 

 

End.



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