俺は竈の女神様   作:真暇 日間

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竈の巫女、独白する

 

 正義と悪の話なんてのはよくある物だ。物語ではどちらかが正義でどちらかが悪だとしっかり決まっていることが多いが、現実においてそんな簡単に物事が進むようなことはありえない。お互いが正義だと思っていることもあれば、綺麗事を唱えるだけ唱えて多くの存在を扇動したにも拘らず自分は自分のやりたいように堕落するような存在もいるし、あるいはお互いに自分たちが悪だと認識している場合すらある。正義も悪も表裏一体であるという話もあるし、立場による見解の違いから同じものを見ても正義と悪と変わってしまうだけでこの世に悪など存在せず、無数の正義があるだけだと説くものもいる。

 

 心底、どうでもいい。態々そんなどうでもいいことを真面目に考えているやつとか、少々どころでなく理解できない。

 結局のところ、人間も神も自分のやりたいことをやりたいようにやるだけでしかないのだから、悪だの正義だのと考えている暇があるのならば行動した方がよほど建設的だ。やりたいことをやるために正義や悪について考えているんだったらそれはそれでいいと思うがね。

 例えば、民衆は正義と言う言葉が大好きだ。自分たちが絶対的な正義の中に居ると考え、敵が絶対的な悪であると感じたならば、敵に対してどんなことをしても心を痛めることもなく行動できる。そう言った物が差別やら何やらに繋がったりするんだが、特に酷かったのは人間だった頃の俺が知る範囲で言えばキリスト教とそれ以外の宗教の対立だな。キリスト教徒は自分達こそが正しき神に仕える存在であると考え、他の宗教の信者をひたすらに弾圧した。結果的に俺の知る2000年代までキリスト教が残ったことを考えれば当時の狂信者共にとっては万々歳だっただろうが、やられる側としてはたまった物じゃない。誰がどんな神を信仰するのも勝手だが、その信仰を他人にまで押し付けるのは良くないだろうに。俺だって誰かに信仰を押し付けたことは無いぞ? しなくてもかなり信仰されているせいもあるし、以前戦争の時に一人の巫女の祈りに応えて魂と存在を貰って一時的に俺の外部端末にしてその国を守ったりもしたせいだと思うがね。

 

 で、この国における正義の神官団はうち二人を欠いたが戦いを続けている。千年首飾りを使ってディアバウンドとその宿主を探し、千年錠で国民一人一人の心を覗き、千年錫杖で罪人になる前に魔物を抜き出して石板に封ずる。封じるのはあくまでも魔物であって精霊ではないため死人も出ないし、はっきり言ってディアバウンドを探すついでにやっていることなので手間と言う訳でもない。ディアバウンドを封じるにはさらに大きな封印石を用意しなければならないが、それももうすぐ完成する。

 次にディアバウンドが現れたのならば、恐らくすぐにでも捕らえられて封印されるだろう。これまでと何も変わっていなければ、の話だが。

 

 それと、このゲームの在り方もわかった。世界の枠の決まったTRPGのような物なのだろう。プレイヤーは恐らく狂信者と王、そしてよくわからないもう一人。誰かは知らないが、誰かが居る。誰かは知らないが。

 TRPGならではの戦略と柔軟性、そしてどんどんと予定と予想から離れて行くプレイヤー。ついでにNPC。さて、このゲームはいったいどこまで乖離していくのかね?

 




 
 今回のバクラ&アテム

バクラ「おいふざけんなもう少し予想通りに動けよ」
アテム「ふざけるな予想通りに動いたら死ぬだろ」
バクラ「死ねって言ってるんだよ」
アテム「誰が死ぬか」
バクラ「あ? やるか?」
アテム「やってもいいがお前その身体でやるのか?」
バクラ「死霊ゾーマ召喚!」キェェェェェ……
アテム「ブラックマジシャン召喚!先制魔連弾!」
バクラ「ぐわぁぁぁぁぁぁぁ(イワァァァァァァク)!」
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