直感スキルが働いた。直接冬木に上陸するのではなく、下水道から侵入して路地裏のマンホールから地上に上がる。私の服装では現代にはそぐわないようだが、それに関してはアインツベルンから拝借してきた金品がある。
残念ながら金に関しては様々な法があるようなので合法的な方法では手に入れられないようだが、非合法ならばいくらでもやりようはある。
犯罪者はどこの町にも存在する。死んで構わない人間から金品を回収し、その金で適当に現代風の衣装を買い付ける。それまでは死んでいい人間が保有していた男物の服でやり過ごすとする。
……しかし、なんとも罪人の多いことだ。人間が必要以上に集まって余裕が出てくると必ずこういったことが起きる。人間同士で争うことができるほどの余力があるからこそ、こうして罪人が増えていくのだろう。
もしも、人間以外に強大な敵が外に居たならば。そしてその敵を何とかしなければ間違いなく人間が滅ぶと言うことを全員が実感していたならば。人間同士で争うような愚かな真似はしなかっただろう。
まあ、そんな中でも余裕を見出だしてしまえば妙なことを考え始めるのが人間だ。特にある程度以上権力を持った裏方の者はかなり余裕を持ってしまうことが多い。自身から関係が遠いと思ってしまうと余計にそう言うことが多くなる。
魔術師が、自身以外の存在を踏み台にすることを一切躊躇わないのも、自分の破滅と関係の無いことだと本気で考えているからだ。魔術師は屑。はっきりわかる。マーリンはマーリンでまた別の意味で屑。半分人間だがどちらかと言うと夢魔としての在り方の方が強いし、何考えているかわからないし、夢の中で様々な女に手を出していたりと、人間的に見ればかなりの屑だ。
……む? 直感が働いた。こっちに行くか。
騎士王、地下水路の工房にてカレーの試作をしているキャスター組と出会うまであと二分。
ふと思い至った。そもそも神代の動植物から取ることのできる食料と、現代の食料では内包する神秘の濃度が違う。それはつまり、現代の食料は味の格差が非常に小さいと言うことだ。
神秘に満ちた場所で育った動植物は、様々な形で異常をきたす。強度が上がったり、耐熱性や耐冷性、耐刃性に優れたり、光に弱い代わりに再生力が凄まじく強くなったりと形は様々だ。
しかし、共通するのは『人間が理解していなかった場所を神秘が埋めていた』と言うことであり、神秘は様々な形で現実を塗り替えることもあった。
だからこそ神代の存在は様々な形で常識から逸脱していたし、常識から逸脱していたからこそカレーに使われるスパイスなどは様々な効果を持ち、現代のそれとは格の違う味や香り、効能を発揮していたわけだ。
つまり、この時代のスパイスを使ったところで神代の味には到達できない。全く同じスパイスでも神秘による強化や変化を受けていない物では、まともな味にはならないと言うことだ。
ましてやこの世界には自分がおらず、他の様々な神格も姿を消して久しい。そんな世界に神秘が満ちている筈もなく、ひたすらに平均化されたスパイスであれだけの味を出そうと言う方が無理なのだ。
だがしかし。だがしかし、である。だがしかし、この世界のどこかに自分が満足しうるカレーが存在すると、ギルガメッシュのスキルの一つである黄金率(カレー)が告げていた。
ギルガメッシュの黄金率(カレー)は、直感(カレー)、黄金率(財宝)、天性の肉体(カレー)などのスキルの複合スキルである。美味なるカレーを察知する直感(カレー)。代金を用意する黄金率(財宝)。そしてどれだけ食べても太るようなこともなく、むしろカレーに限定すれば身体を完全な状態に保持する天性の肉体(カレー)。それらの効果により、この冬木の町の近くに自身が納得するカレーの作り手がいると言うことを確実に認識していた。
何処だ……(CV譲治)
何処だ……!(CV譲治)
何処だっ!(CV譲治)
この英雄王の目から逃れられると思ったか……!首を出せ!
……いや、本当に首を出されても困る。美味いカレーを出せ。
……こっちか!?
英雄王、地下水路の工房にてカレーの試作をしているキャスター組と出会うまであと五分。
「カレー食べるかの?」
「……いや、恐らく今食べたら吐く。あと三十秒以上実体化されると干からびて死ぬ」
「そうか。残念よな」
もぐもぐとカレーを頬張る姿はとても神とは思えない。あと、カレーを食べた瞬間だけ凄まじい勢いで魔力が逆流してきて内側から魔術回路が引き裂かれそうになる。なんだあのカレーは。
「洩矢神……そのカレーはいったい……?」
「これか? ミシャグジ様のカレーの不完全な複製よ。食らえば魔力がみなぎり傷や欠損も直る」
消化できればの話だがの、と洩矢神はカカカと笑う。だが、そのお蔭で一瞬ではあるが魔力は回復し、即座に枯渇し、再び回復しを繰り返している。
「……死にそうなのだが」
「逆流を止めたらそれこそ死ぬがどうする? 残念ながら儂は大食いでな。お前一人の魔力でこうしているだけでもかなり破格なのだぞ?」
「……では、食べている間も私の問いに答えてもらいたい」
「構わんぞ。答える度にお前から向けられる信仰はこの世界のこの時代の者にしては中々だ。信仰に見合うだけの答えはくれてやろう。なにしろ儂は今はお前の『サーヴァント』なのだからの?」
カカカと笑う洩矢神に、綺礼は質問の内容を考えながら向き合う。かなりだるくはあるが、ようやく身体を起こすことくらいはできるようになった。立ち上がることができるようになるのも時間の問題だろう。
「……では、求道者よ、何を問う?」
言峰綺礼は、ゆっくりと口を開いた。
言峰綺礼、信仰心を抱き始める。
洩矢神、カレーは薬膳扱い。
メディアは白目を剥いた。目の前にカレーの香りを纏った剣を持つ騎士王と、カレー色の鎧を纏った英雄王が舌戦を繰り広げているのだ。
「……ふむ、成程。この香りに闘気、しかしてその信仰に満ちた瞳……ブリテンにて信仰で国家を治める円卓を率いる者、アーサー・ペンドラゴン(カレー)と見た」
「……そちらこそ、目に美しいカレー色の鎧に髪。放たれる神性、そして全身に染み付いたカレーの香気……原初の英雄、英雄王ギルガメッシュ(カレー)ですね?」
「ふ……弁えているではないか。よかろう、存在を許すぞ騎士王。彼の神を信仰する存在ならば我の後輩のようなものだ」
「そうか。ではここの払いは後輩である私が持とう。先輩に対しての敬意くらいは私にもある」
……どうなっているのかわからないけれど、とりあえず出すカレーが不味かったら殺されることが確定した気がする。
「ここは私が行くわ」
「……大丈夫なの? 相手は……」
「私だってあの方にカレーの基礎を叩き込まれた一端の料理人で、巫女よ? それなりの物は作れるし、作って見せるわ」
……色々と規格外な存在である私のマスターだけれど、そもそもあの神もまた怪物じみていたのね。ギリシャ神話の神格がメソポタミアに居るとか理解ができない……。
「ほぉ……? どうやらここは期待できるようだぞ?」
「ええ、そのようですね」
……どうなることやら……恐ろしいわね、まったく。
メディア、ガチでビビる。
メディア☆リリィ、やる気になる。
「……! マスター、少々時間をいただきます」
「お、おう、どうした」
「私に作れない美味さのカレーが作られようとしていますので、買って参ります。お土産を期待してください」
「……お、おう。よくわかるなお前……」
「カレー信仰の賜物です。それでは」
「……いってらっしゃい」
ランスロット、美味なるカレーに気付く。
間桐桜、見送る。
間桐雁夜、かなりマジで驚く。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………我が誘いに応える猛者はいないのかっ!」
ディルムッド、嘆く。
ケイネス・エルメロイ・アーチボルト、やることがない。
ソラウ・ヌァザレ・ソフィアリ、恋に盲目。
「……おらんのぅ」
「……どーすんだよライダー」
「何もできんわ。探しても見つからないのだから見付かるまで同じようなことを繰り返すのみよ」
「……はぁ……仕方ないかぁ」
イスカンダル・ズルカルナイン、敵を探し続けるも見当たらない。
ウェイバー・ベルベット、割と諦め空気。