初めに目に入ったのは、真っ暗な世界だった。光がなくて、ただただひたすらに暗くて、自分がどこにいるのか。自分がどんな姿なのか。自分とはいったいなんなのか。何もわからない、とてもとても恐ろしい世界だった。
けれど、そんな真っ暗な世界は長くは続かなかった。
真っ暗だった世界の中、僕の目の前に突然現れたのは、とても明るい光の玉と、そんなものがくすんでしまうくらいに明るい綺麗な笑顔だった。
僕は何もわからないままに、神として知り得る情報を集めた。
ここは、父であるクロノスの腹の中にできた封印の中。この封印の中には僕を除いて三柱の神がいて、暮らしているらしい。
一柱目。僕の姉三号ことヘラ姉さん。僕のことをよく弄ってくるし、ずっと意識を向けないでいると勝手に拗ねる。三柱いる姉の中で一番中身が子供っぽいのがヘラ姉さんだろうと思う。
二柱目。僕の姉二号ことデメテル姉さん。直接的に面倒を見てもらった回数では一番多いかもしれない。とってものんびり屋でとてもおおらかで、そしてこの中では怒ると二番目に怖い存在。普段怒らないものほど怒ると怖いと言うけれど、そういった話はそのほぼ全てがヘスティア姉さんに持っていかれてしまうため、普段ならもしかしたら一番目立たないかもしれない。
そして、一番上の姉さん。ヘスティア姉さん。きっと僕達の中で一番強くて、一番優しくて、けれど怒ると一番怖い。けれどヘスティア姉さんが怒る時には毎回原因があって、理不尽に怒ることは一度もなかった。行動は理不尽なことが多かったけどね。
そんな三柱と一緒にここで過ごしているうちに、僕以外の三柱の中では一番子供に見えるヘスティア姉さんがこの中で真ん中にいることが分かった。そして、僕達をちゃんと育てるために色々なことをしていると言うことも。
ヘスティア姉さんは畑を作っていた。その畑は今はデメテル姉さんが使っているけれど、デメテル姉さんがちゃんと使えるようになるまではヘスティア姉さんが使っていた。
ここの硬い土地を耕して柔らかくして、そのままでは植物が絶対に芽を出さないようになっていたのを解決して芽を出させるようにして、水をやって、太陽を作って光を与え、植物たちが成長するのにちょうどいい温度を保つように太陽の距離と火力を調整し、何をどうやったのか竈の神様なのに水を出していた。
ヘスティア姉さんは服を作ってくれた。成長したときに伸びた僕の髪に何かをすると髪が金属に変わり、その金属を糸のようにして服の形に布を織り上げた。
けれど、金属はそう多くない。だからはじめの内はヘスティア姉さんの服は本当に必要最低限の場所が隠れていればいいと言うような服で、僕はそんなヘスティア姉さんを見て恥ずかしいやら申し訳無いやらと複雑な気分だった。
材料に余裕ができてヘスティア姉さんが自分の服をちゃんと作ったあとに僕の服がどんなのがいいかと聞かれたので、ドレスを頼んでお嫁さんにしてほしいと言ったらなんだか複雑な表情をされた。後で聞いてみたら、男の人はお嫁さんじゃなくてお婿さんになるんだって。ヘラ姉さんが辛い辛い料理を食べていた時にそっと体温より少し温度が高い水を渡しておいた。
ヘスティア姉さんは食事を作ってくれた。ヘラ姉さんが作る料理も嫌いじゃないけれど、ヘスティア姉さんの料理はまた一味違う。使っている材料は同じなのに、出来上がるものが全く違うのだ。
味は好みが別れるだろうから明言はしないでおくが、ヘラ姉さんの作った料理は何故か甘味が強いものが多く、ヘスティア姉さんの作る料理は塩気を少し感じる程度の薄味であることが多い。ただ、ヘスティア姉さんの場合は塩気や甘味、苦味や辛味と言う分かりやすい味のかわりに、確かにそこにあるにも関わらず何と表現していいのかわからない複雑な味がある。ヘスティア姉さんはそれを『旨味』と言っていた。デメテル姉さんがウマニと聞き違えたところ、餡掛け固焼きそばをたっぷりと口の中に流し込まれてお腹一杯になってトドのようにぐったりと転がるはめになっていた。美味しくはあったらしい。
そして時々、ヘスティア姉さんは変になる。竈の前でひたすら何かを呟きながら金属を素手で叩き続けていたり、人の形をした人形に拳や蹴りを叩き込みながら何かを呟き続けていたりしている。
一体なんだろう……?
『これはデメテルの分、これもデメテルの分、これもデメテルの分、これもデメテルの分、これもデメテルの分、これもデメテルの分、これもデメテルの分、これもデメテルの分、これもデメテルの分、これもデメテルの分、これもデメテルの分、これもデメテルの分、これもデメテルの分、これもデメテルの分、これもデメテルの分、これもデメテルの分、これもデメテルの分、これもデメテルの分、これもデメテルの分、これもデメテルの分、これもデメテルの分、これもデメテルの分、これもデメテルの分───5000。よし次はヘラの分、これもヘラの分、これも───』
……怖い。と言うか、よく見てみたら人形の顔に『
……ちなみにヘラ姉さんの分の5000回が終わったら僕の分が一回入ったところで人形がダメになってしまった。見た感じアダマスなんだけど……拳でアダマスって砕けるのか。神秘だね。