俺は竈の女神様   作:真暇 日間

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竈の巫女、土下座される

 

 俺の目の前にあるものを挙げていこう。

 まずロンゴミニアド。ロンの槍とも言われる槍であり、世界の最果てを示しあらゆる粛清から国を守る槍であり、世界の表と裏を繋ぎ止める神造兵器。

 続いてモルデュール。魔法を無効化し、鉄でも石でも防ぐことができないとされる宝剣。

 さらには二つのプリドゥェン。美しく無駄の無い船と、女性の描かれた楯。

 そしてラムレイ。灰色の跳躍者とも呼ばれる漆黒の巨馬。

 そうした宝物の数々が並べられ、加えてずらっと並ぶ後頭部。その前には各々が持つ武装の数々。

 

「お願いします!どうかその大釜を譲ってください!」

 

 信じられるか? これ、へす印の大釜一つの代金として差し出された物の一覧なんだぜ? 騎士一人二人くらいなら首ごと持っていって良いとすら言ったし、王すら抱きたければ抱いて良いとまで言われた。必死すぎてもう笑えないよなこれ。

 しかし、民のためにここまでのことができるとは、なんとも人間味の無い王様だこと。『王は人の心がわからない』と言われたことがあるって逸話も現実味を帯びてきたな。ここまで滅私できる奴が相手なら、その言葉もかなり痛かっただろう。天秤に人はついてこない、ってのも事実ではあるわけだし。

 だが、俺は必要なものは大体自分で作ってしまうし、形が残る芸術にも興味がない。音楽や歌なら俺が楽しむために多少はたしなんでいるが、形に残すのは俺の趣味じゃない。陶器とかなら作ることもあるが、基本的にどれもこれも実用するものだ。遊び場まで作っちゃったわけだしな。まだ本格的な起動はしてないけども。

 

「……二つ、欲しいものがある」

「言ってくれ。なんでもしよう」

 

 だからまあ、興味があるとすれば……形の残らないものを残していくことや、後は誰もが何も失うこと無く器量の一つで全てが納められるようなものが望ましい訳だ。

 

「一つ目。王になりたいわけではなく、権力が欲しいわけでもなく、ただ玉座と言うものに座ってみたい。認めろとは言わないから、目を瞑れ」

「……座る、だけか?」

「座るだけだ。誰もが何も失わず、アーサー王と円卓の騎士達の器量の問題でしかない。命令することもないし、例え命令したとしてもそれを聞く必要もない。ただ座るだけだ」

「……」

 

 アーサー王は無言で立ち上がると、俺の手を取って玉座の前へと歩み始めた。

 そして俺を玉座に座らせると、まるで侍従のようにすぐ横に立つ。

 

 …………あー、うむ、正直なところこの場に座っても何の感慨もないな。上に剣がぶら下がっているわけでもなし、拘束されて拷問が始まる訳でもなし、責任もなければ意味もなし……やっぱりこれは義務があってこその権威であって自負な訳か。

 

「……ありがとよ。堪能した」

「この程度の事ならばいくらでも。貴女が感じた通り、玉座などただの椅子でしかないのです」

「ああ。それがよくわかった。まあ、やっぱり王なんて人間がなろうとしてなるもんじゃないってこともな。……尊敬するよ、キングアーサー」

 

 あんなものを全部背負おうとするとか、人間の身には余るだろうに。見た感じ龍が混じっているようだが、それでも精神構造は人間のそれだ。よくもまあそんな無茶をするもんだ。

 

「……さて、二つ目だが……カレーを作ってやるから、作り方を覚えろ。俺の知る限り完全食だ」

 

 いや、どちらかと言うと俺が完全食にしたんだが。概念的に完全食になってしまったんだよな。勝手に。やっぱアンブロシアやネクタルのある意味上位互換として扱われ続けたのが問題か。

 あと、この国だと食料が少ない上にそもそも土地が痩せていてかつ様々な物の北限ギリギリだから肉も野菜も魚もあまり取れない。人間もギリギリ生活できる領域だが余裕はない、と言うことであり、恐らく使う材料はそのほぼ全てが大釜に依存することだろう。

 

 ……そう言えば、ボーマンと言う騎士は一時期厨房で働いていたらしいな。即戦力に───ああ、ここはブリテンだったか。しかも余裕が欠片もない時期の。

 


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