俺は竈の女神様   作:真暇 日間

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竈の女神、見渡す

 

 さて、人間の集まりである村が街になり、ポリスと呼ばれる都市国家となった。ここまで来れば俺が何かをしなくとも、つまりある程度守ってやるだけで普通に過ごして行けるようになるだろう。

 それに、俺以外の神格……つまりゼウスを始めとするオリュンポス十二神の多くが地上に目を向け始め、自身が気に入った国に加護を与え、ある種の支配を行っている。非常に原始的な王権神授のようなものだが、それぞれがある程度上手くやっていると思える。加護と言う力を得たことで増長した結果、神の怒りを買って滅ぼされたり、あるいはのんびりと必要な分だけ畑を耕し、必要な分だけ自然から糧を得て慎ましく暮らして行く村もあった。

 

 凄まじく今更の話だが、人間達はこの世界において俺よりも後に産まれている。ギリシャ神話の本編では、黄金時代、つまりクロノスが世界を支配している頃から人間は存在していたと書かれている。その頃の人間は不死でこそ無かったが不老長寿であり、争いも犯罪もなく、自然はどんな時でも常に実りを生み出し、誰であろうと全く働く必要もなく生き、そして誰もが争うことなく安らかに死んでいったとされている。

 実際にはそんなことは無かったのだが、そう描かれている以上は後の世界ではそう信じられるのだろう。人間の認識など所詮はその程度の物だ。人間がかつて知恵を持たぬ動物であり、より大きな獣に食われるだけの獲物でしかなく、植物でも死肉でも喰らうことができなければ簡単に死に絶えてしまうような弱い生物であったなどと認めたくはなかったのだ。

 

 そんな人間達がいくつもの国を作り、時に和平を結び、時に争いながら数を増やし、あるいは減らしている。今の俺からするとまるで実験室のモルモットでも見ているかのような気分になれるが、それもまあおかしくは無いだろう。人間は俺から見ればこの世界において最も愚かで最も価値が無く最も進化した生命でしかない。

 まあ、そんな愚かな生命だからこそ。自分達の首を自ら絞めに行くような愚か者だからこそ、人間と言う生き物は愛おしいのだがな。どこぞの無貌の神、あるいは月に吠えるもの、あるいは顔の無い黒いスフィンクスが言っていた。人間が自身の意思で作り上げたあの神は、人間の愚かしさをこそ慈しむ。言ってみれば、手のかかる子ほど可愛い、と言う奴の亜種なのかもしれない。実際にどうなのかは知らんがな。

 

 そんな中で地上を見渡してみれば、当然ながらギリシャ神話ではない神話の世界が存在している。近場で言えばローマ神話であったり、あるいは北欧神話やケルト神話もそれなりに近い場所に存在する。だが、この時点で最も近い場所と言えば、間違いなくシュメール神話を主とするメソポタミア神話群だろう。

 今が西暦に直して何年になるのかは知らないが……いや、知ろうとすれば知れるだろうが、知ってしまうとこうして生きて行くのが億劫になってしまうのでやらないようにしているだけなのだが、今の俺はともかくそれを知らない。恐らく紀元前だろうとは思うが、少なくともまだユダヤ教は存在すらしていない。確かそう言った物が確立され始めるのが紀元前1300あたり。メソポタミア神話群として存在している現在、恐らく紀元前にして五、六千年と言ったところだろうか。文字が存在していないのでその辺りだと推察するが、もしかしたらもっと昔かもしれない。

 日本では一万二千年ほど昔は縄文時代の草創期。その頃から名前は無くとも自然の中の大きなものに祈る習慣はあったようだし、神と言う名前が定着しているかどうかはわからないし、神話体系として成り立っているのかはわからないからまだ手を出すことはしないでおくが……まあ、それなりにしっかりと神話体系が出来上がるまで、恐らく一万年もかからない。億より長く、兆にすら届きえる時の中で生きてきた俺にとっては、一万年などちょっとした時間でしかない。人間で言ってしまえば、昼寝するには少し短い程度の時間、と言う感覚だろうか。まあ、何にしろ大したことは無い。

 

 もう少し。もう少し……と。

 


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