英語ができない魔法使い   作:おべん・チャラー

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111話

 式は滞りなく終わり、弔問客達は三々五々別れて、一時間後に出るホグワーツ特急を待つのみとなった。一人湖畔に佇むオーシャンの隣に、セドリックはそっと寄り添う。

「体調は大丈夫かい? まだ、あまり無理をしないほうがいい」

 

「……もう、大丈夫。それより、すぐにでもあいつらとっ捕まえて、目にものを見せてやりたいわ」

 ぐすっ、と鼻を一回鳴らしたオーシャンの瞳は、涙を堪えていた。セドリックはごく自然な動作で、ダンブルドアが眠る湖の小島に顔を向ける。

「……君らしいよ」

 

 ふと、オーシャンはその横顔を見上げる。静かに故人を思うその横顔に、すっかり大人になった彼の姿を見て、世界が自分をおいてきぼりにしてしまったような感覚になった。過ぎた時間は等しく平等の筈なのに、オーシャンだけが、子どものように泣きじゃくっている。

「……あの時、助けに来てくれたわよね。ありがとう」

 

 その言葉にはっとしたセドリックが顔を戻すと、オーシャンの深い青の瞳がこちらを見上げていた。彼女がこんなに小さく、華奢に見えたのは始めてで、息を飲む。なんだか、触れたら壊れてしまいそうな儚さだった。

 

「助けにだなんて。命からがら逃げてきた君の姿を、城の中で見つけただけだ」

 頭を振ってその考えを追い出したセドリックだったが、その仕草をオーシャンは『NO』と捉えた。

 

 本当は『誰が』オーシャンを逃がしたのか、それを彼女はまだ誰にも伝えることができていなかった。まだみんな悲しみの渦中にいるし、正直オーシャン自身も、混乱している。

 

 何故あの男がオーシャンの命を救って、ダンブルドアの命を摘み取ったのか、何も分からない。

 ただ、あの日に自分を救ってくれたのは、決して一人だけでは無かった。

 

「いえ。……私、あの時、色んな感情が渦巻いてて、動けなくなってしまって……。でも、貴方の声が聞こえたとき……ほんのちょっとだけど、確かに、ほっとしたの。そうしたら、胸にあったものがふっと軽くなった気がして……」

 

 あの時天文台の塔で、オーシャンの心が壊れないように寄り添ってくれたのは、紛れもない彼だった。

 

「貴方は私を『いつもたすけて』くれるわね。本当に助かったわ。セド……ありがとう」

 まだ影を残したオーシャンの微笑みに、セドリックは何度か口を開き、やっとの事で言葉を絞り出す。

「…………キスしていい?」

 

「バッ――ダッ、ダメに決まってるじゃない! お葬式の席で……不謹慎にも程があるわ!」

 途端に顔を真っ赤に染めたオーシャンは、腕を組んでそっぽを向く。真面目に礼を述べたのが、途端に馬鹿馬鹿しく感じた。

 

 目を向けた方では、紋付き袴姿の三郎、騎士団の面々や、ウィーズリーの家族達がこちらを見ていた。見られていた事に気付いて、また頭に血が上る。

 

 その中にハリー達の姿が無い事に少しだけほっとした所で、ウィーズリーの双子を押しのけて先頭にまろび出てきた姿に、息を飲んだ。一番会いたかった ―― 一番に心配をかけた親友の名を、オーシャンは呼ぶ。

 

「……アンジェリーナ……?」

 

 瞬間、呼ばれた彼女の涙腺が崩壊した。子どものように飛びついてきた彼女の顔は、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっている。

 あまりの勢いに、オーシャンは思わず一歩後退る。しかし、その背中をセドリックの両手がしっかりと支えた。

「おっと、大丈夫かい? アンジェリーナ、あまり彼女に無理させないで。まだ全快じゃないんだから……」

 

 そんな小言は、アンジェリーナの耳に入っていなかった。涙の間に何度もオーシャンの名を呼び、生きて再会できた事を言葉にならない声で何度も叫ぶ。そんな姿に、オーシャンの涙腺も耐えきれなかった。

 その二人の姿にアリシア、ケイティも駆け寄ってきて、二人を抱きしめてはまた泣いた。

 

 女子五人から閉め出されたセドリックが手持ち無沙汰にしていると、フレッドとジョージが彼に近づいてその胸を小突く。そして女子達からオーシャンを奪うと、二人でその体を胴上げし始めた。

「やだ、ちょっ ―― やめてちょうだい、二人とも!」

 

 困惑する様子の彼女を助けようと、セドリックが腕を伸ばす。しかしその役目はアンジェリーナに奪われた。オーシャンを救い出した彼女は、泣きはらした顔で親友を抱きしめて双子を睨みあげた。

「お葬式で胴上げなんて、どういう神経してんのよ」

 

 しかしフレッドとジョージは悪びれる様子も無く、「ダンブルドアがこの様子を見て、嫌そうな顔をすると思うか?」とニヤリとした。

 

 双子に問われて、全員の頭の中に、白い髭を嬉しそうに扱きながら、この光景を微笑ましく見守るダンブルドアが浮かび上がった。誰からとも無く、ぷっと吹き出す。

「確かに、文句があるわけも無いわね」

 

 目尻を拭って言ったアリシアに、みんなが笑って同意する。彼らを遠巻きに見ている三郎は、その姿をしみじみと眺めながら隣に立つ黒い犬に言った。

「本当に、良い葬式でござるな……」

 

 故人が愛された事をこんなにも感じられる葬式は、三郎には経験が無い。黒い犬もといシリウス・ブラックは、嬉しそうに舌を出して三郎を見返した。ブラックと微笑み合って、彼は湖畔で女性と手を繋いだまま話し込む従兄弟に、また目を戻す。

「海も、友人達に恵まれたのでござるな……」

 

 家族の一人が遠いこの地でこんなにも愛されている ―― その事実が、三郎には何よりも嬉しかった。自然と足が彼らへと向く。

 ゆっくりと歩み寄った彼の姿に最初に気付いたのは、セドリックだった。「ゴザル」

 

 その場で三郎は、静かに頭を下げる。友人達みんなが、突然現れた日本人の仕草に驚いた。頭を下げたまま、彼は心からの感謝を口にする。

「諸兄姉、海が大変世話になった。感謝申し上げる」

 

 ほとんどの者はその日本語を理解できずに、目を白黒とさせている。従兄弟の突然の行動に、オーシャンはまた顔を真っ赤にして狼狽えた。

「さっ、三郎、突然どうしたのよ ―― あ、あっ、みんな、大丈夫よ、心配しないで! そいつは従兄弟で、今日は格好が違うから一見して分からないけど、学校で度々話題に出したことのある忍者の ―― 」

 

 三郎と初対面の女子達に向けてわたわたと説明をしていたオーシャンだったが、続く彼の言葉に耳を疑った。

「海、少し帰国を遅らせるか」

 

「 ―― えっ?」

 

 みんな、言葉を切ったオーシャンと彼女に向き合う三郎を交互に見る。三郎が再び、口を開いた。

「今更、二三日帰国を伸ばした所で、変わるものでもあるまい。……友人達と、積もる話もあるであろう」

 

 三郎からの心遣いにみるみる明るくなったオーシャンの顔を見て、仲間達は通訳を望んで、彼女に問いかける。「えっ、何々? 彼、何て言ったの?」

 

「……元々、私が動けるようになったら、二人で日本に帰るって話をしていたの。でも、帰国を少し遅らせようって。貴女達と過ごす時間を、少しくれるみたい」

 

 オーシャンの訳してくれた三郎の言葉を、みんなが跳び上がって喜んだ。アンジェリーナは感謝を伝えるべく、オーシャンに彼の名を聞く。彼女は従兄弟の名を、喜んで教えた。

 

「三郎よ」

「サボロー、アリガト!」

 

 片言日本語で感謝を語るアンジェリーナが手を差し出したので、三郎はそれをしっかりと握り返す。

 セドリックはきょとんとして、ひっそりとオーシャンに問いかける。

 

「サヴォローって? 彼の名前は、ゴザルじゃないの?」

 二人とも微妙に発音が上手くいってない事に苦笑しつつ、オーシャンの中で一つの謎が解けて、彼女は声を高くした。

「だから貴方、三郎の事をずっと『ゴザル』って呼んでいたのね!?」

 

 

 *

 

 

 高名なダンブルドア教授の訃報は海を隔てた日本にも届いていた。生ける伝説とも言えた魔法戦士が死喰い人に葬られるという前代未聞のニュースはしかし、日本時間で半日もすれば次第に話題にも上らなくなった。伝説の戦士の訃報であっても、それは所詮、ほとんどの日本人魔法使いにとっては対岸の火事の一つでしか無かった。

 

 上野宗二郎は自宅の居間であぐらを掻き、夕刊千里眼新聞を穴の空くほど見つめていた。見出しも目立たず、飾り気の無いその記事は、購読者でも興味が無ければ素通りしてしまうだろう、という程には小さい。朝刊では一応一面に出てはいたが、それでも日本魔法芸能界のビッグカップル誕生のおめでたい記事に潰されかかっていた。そして、朝刊と夕刊のどちらにも、娘の安否は載っていない。

 

 数年の間、夏ごとに直々に修行を付けた娘の力には、宗二郎自身絶対の信頼を持っていたが、こうなってしまうと話は別だ。拐かされた娘の情報が出てくる代わりに、彼女が通う学校長の訃報が流れた。詳細が語られていないその記事では、因果関係を読み解く事はできない。

 新聞を開く手に力が入る。薄い紙面がくしゃりと音を立てた。美空は料理を置いて、そんな彼の隣に腰を下ろす。

「あなた…………」

 

 ちゃぶ台に並べられた献立の立てる湯気が、空々しさを強調させる。娘の空は、まだ部屋から出てきていない。朝刊で知った海の向こうの教授の訃報に、父と同じ思いを感じ取っているに違いなかった。

 

 こんな時、ざわつく胸に蓋をするのは決して悪い事ではないと、美空は知っている。メディアは男女が二人揃えば熱愛の記事としてすっぱ抜くし、醜聞なんて大好物だ。その真偽は文字の下に隠して、記事を売るのが彼らの仕事だから。

 

 長い芸能生活で、至る所から湧いてくる自分の情報に触れない事が困難だった時期もあった。そんなときは、当事者であるからこそ、胸のざわつきに心を疲弊させない事こそが重要なのだ。不安に打ち勝ち、その先の対応、対策、行動を考える事こそが勝利の鍵。自分にも、世間にも。

 そうやって、彼女は娘を育てた。彼女にもそう教えてきた。

 

「……冷めない内に食べて、宗二郎さん。そんなんじゃ、海を探し出す前にあなたが倒れてしまうわよ」

 

 落ち着いた声音に宗二郎が顔を上げる。不安で強ばったしかめ面に、美空は慈愛の微笑みを向けた。

 からくり人形の菊に空を呼んでくる様に言いつけて夫にお茶を淹れると、玄関で呼び鈴が鳴った。出迎えを待たずして、扉をガタガタと言わせている。

 

「はいはい」

 夫が緩慢な動きでもそもそ食事をし始めたのを確認してから、美空は腰を上げて玄関に向かった。

 

 扉を開けると、そこにいたのは夫の弟だった。息を随分と乱している彼は、握りしめたままの手紙を美空の前に突きつけた。

 

「海が見つかったぞ……!」 

 




長らくお待たせしました! この二次創作書き始めて10年経ったことに気づき、震えております。いまだにあたたかいコメントをくれるそこのあなた、ありがとうございます

早く死の秘宝編に取りかかりたいのですが、謎プリ編あと一話だけ書かせていただきます。本当はここで終わる予定だったのですが、字数の関係でハリー達とも話せてないのが気になり、小説としてもう少しきれいな終わり方(本当か?)を模索しております

それはそうとドラマ版のハリポタで界隈が盛り上がってますが……おべん・チャラーは多分観ないでしょう
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