上野宗太郎の突然の訪問により、上野家は再び動き出した。宗太郎が茶の間に通された時、今朝から部屋に引きこもってしまっていると聞いていた姪が実父と共に静かにちゃぶ台を囲っていたのを見て、おや、と口を開く。しかしその声は、娘とは打って変わった様子で兄を振り返った弟の上擦った声に遮られた。
「宗太郎……う、海は……海の安否が分かったのか?」
「おお、占い師がいるとさすがに話が早いな。どこまで『視』えた?」
大儀そうに腰を下ろした伯父に、伏し目がちの空が答える。
「ちょっと前に、手紙を握りしめてうちへ走ってくる伯父様の姿が『視』えたから、覚悟を決めて出てきただけ。こうなったら、結果がどうあれきちんと受け止めなければ、海ねぇも浮かばれないわ」
結果がどうあれと言う癖に、浮かばれないと滅多な言葉を使う。姪の相反する表現に、宗太郎は口元を緩ませて言った。
「二人とも喜べ。海は生きておる」
・ ・ ・
夕食の席はどんちゃん騒ぎだった。息子の手紙を弟一家に読み聞かせた宗太郎は、そのまま美空手製の夕食をごちそうになり、弟自ら用意した熱燗で一杯やっていくことになった。そのうちに徳利が二本三本と増えていき、酔いで顔を赤くした宗二郎は娘の思い出話なんかを初めて、同じ顔色に出来上がったその兄は涙腺を緩ませながら、泣き所の一つも無いその話をうんうんと頷いて聞いている。
母と一緒に食器を片付けて再び卓袱台に落ち着いた空は、氷菓を舐めながらその光景を呆れて眺めた。父の思い出話は留まる気配が無い。
「空が生まれた時なんて、ひょっとしてわしはもう死んでしまうんじゃ無いかなんて思ったもんだ。美しい妻に可愛い娘が二人も……」
『美しい妻』という言葉に、空の隣に腰を下ろした美空が「まぁ」と頬を染めた。素直になれない日本男児の不意の褒め言葉に弱い大和撫子である。その様子にもまた、呆れたため息が出る。
綻ばせた顔を隠そうともしないで、美空は空に話しかけた。
「良かったわ、海が無事で……また今年の夏には、家族揃ってスイカを食べられるわね」
しみじみそう言う美空だが、空にはそれに関して気がかりがある。おもむろに「伯父様」と声を上げると、宗太郎の赤ら顔がこちらを向いた。
「もう一度、御手紙を読んで聞かせてくださる?」
何をもったいぶるのか、宗太郎は酔っ払い親父の悪い顔をして、懐に手を入れる。「しょうがないなぁ」
そして蛇腹に折りたたんだ手紙を取り出しすと、ばっと派手に広げた。その口を通して、彼の息子・三郎からの言葉が紡がれる。
「『父上、叔父上、叔母上に空。連絡が遅くなり、大変申し訳ない。昨日、やっと海が見つかり、急いで筆を執った次第である。大分衰弱が見えるが、命に別状は無く大きな外傷も見受けられない。海の回復を待って、共に帰国する予定である。海の母校の素晴らしい保護医に看て貰っているので、心配することは無い。加えて、素晴らしい婚約者も傍にいるので、すぐに動けるようになるであろう』」
「それ! 何、婚約者って!?」
最後の一行を読み上げる伯父の顔に、空は声高に指を突きつけた。「姿を消していた間に、何でそんな面白そうな事になってるの!?」
手紙を読み上げる兄の後ろでぽやぽやとしていた宗二郎はその言葉にハッとなって、顔色を赤から紫、そして青へと目まぐるしく変化させた。美空も目を丸くして、揃えた指先で唇に蓋をする。
宗二郎の指先から力が抜けて、空のお猪口が畳を転がった。彼は震えながら娘に向けて声を発する。
「そそそそそそっそそそ、空、落ち着っ、落ち落ちっ、落ち着くのだ」
「貴方、落ち着いて。深呼吸」
背中に添えられた美空の手に撫でつけられながら、宗二郎は促されるまま深く呼吸をした後、掌に人の字を三回書いて飲み込んだ。からくり人形の菊が運んできた湯飲みが妻から夫の手に渡り、ぐいと飲み干される。口元を茶で濡らした宗二郎は、まるで死闘の直後の様に肩で息をしていた。
「何がどうなったのかは分からんが……察するにあの『先生』と――い、いい関係になったらしいな……それにしても二人揃っての挨拶も無く婚約とは……昨年見えた時はまともな男に見えたが……けしからん……けしからんぞ、海……!」
*
「ぇっきし!」
「やだ、リーマス、風邪?」
「――いや、ごめん、そんなことは無いはずなんだけど……。おかしいな」
そろそろホグズミード村に入ろうかという頃合い。リーマス・ルーピンとニンファドーラ・トンクスの夫妻は、黒い大型犬を連れて街道を歩いていた。親友のくしゃみに、犬もなんだか可笑しそうに舌を出す。
犬の姿のまま列車に乗ろうとしたブラックだったが、彼の軽率な行動から予想されるトラブルを見越したルーピンとモリー・ウィーズリーに押しとどめられ、仕舞いには久々の再会を果たした『飼い主』に蹴り出された。
結果、ルーピンとトンクスの夫妻が成り行き上彼を連れて帰る事となり、ホグズミードまでの懐かしい道のりを歩いていた訳だ。後は村から『隠れ穴』まで『姿くらまし』して、ブラックを送り届ければ任務は完了である。
「ホグズミード村……任務で何回も来てたけど、やっぱり懐かしいな」
あと何歩と迫った村を見上げて、トンクスが感慨深く言った。そうだね、と相槌を打つルーピンだったが、ふと、年の離れた彼女とは、学生時代にここで同じ思い出を共有しなかったことに思い当たる。トンクスが口を尖らせて、地面を歩く大型犬を見た。
「ペットを連れていなかったら、貴方と『三本の箒』で一杯だけひっかけたいなって気持ちだったんだけど……やんちゃな子犬だから、無理そうね。他のお客さんの迷惑になっちゃう」
そう言う従兄弟を見上げてブラックは不機嫌に唸りだし、ルーピンは妻の言葉と親友の様子にぷっと吹き出した。
「ふふ、そうだね――今度、二人で来ようか」
「――いいね」
トンクスがニヤリと返して、二人はどちらからともなく手を繋ぐ。もう一人の親友の時には感じなかった気まずさに、『ペット』は二人の愛から目を背けた。
*
ホグワーツ特急は順調にロンドンへの帰路を走る。オーシャンはハリーから、この一年の間に何があったのかを話して貰っていた。
特急が走り始めてすぐに、オーシャンが単身ハリーのコンパートメントを訪れると、そこにはおあつらえむきにいつもの三人組しかいなかった。
オーシャンが今まで死喰い人の本拠に幽閉されていた事は、医務室にお見舞いに来てくれた時にすっかり話して聞かせた。しかし、そこから誰が逃がしてくれたのかはまだ話していない。ハリーもオーシャンも、互いに事が起こったその夜の話からは、目を逸らしてきた。
そしてホグワーツが何故この様なことになったのかも、今までハリーからは聞けずじまいだった。この機を逃せば、互いの情報を共有する事は出来ない。
「――そしてあの夜、僕はロンとハーマイオニーに……スネイプとマルフォイの監視を任せて、ダンブルドアと二つ目の分霊箱を探しに出かけた」
嫌悪感に思わず言い淀んだハリーの唇から紡がれた二人の名に、オーシャンの記憶から埃っぽいローブが這い出してきて鼻腔をくすぐり、磔の呪文の残滓がピクリと彼女の指を浮かせた。そんな様子には気が付かずに、ハリーは話を続ける。
「それで……分霊箱は回収出来た ――けど、その罠のせいで、ダンブルドアは毒で倒れてしまった。ホグズミードに『姿あらわし』したら、ホグワーツに『闇の印』が……。マダム・ロスメルタから箒を借りて天文台の塔に下りた所で、ダンブルドアは動けなくなった……助けを呼ぼうと城の中に戻ろうとした所で、あいつらが」
最期の一言に、ハリーの顔が憎々しげに歪む。そこから先は、オーシャンも知っている。見ているだけで、間に合わなかったあの日の後悔。瞬きの度に、あの日あの場所で、死喰い人に囲まれたダンブルドアの姿が脳裏に蘇る。そして記憶の中の彼は、確かにオーシャンに向かって緩やかに首を振った。鼓動が早くなる。
そこでハリーが、はたと気付いた。
「……君は、いつからあそこにいたの……?」
大丈夫、言葉は通じている。オーシャンは騒ぐ胸を落ち着かせるため、呼吸を整えて答える。
「――多分、ちょうど同じ頃。あの場所に向かう死喰い人を追って行ったの……私は死喰い人の侵攻に乗じて……逃がされたから」
「逃がされた?」
「ええ、セブルス・スネイプに」
「…………どういう事?」
やっとの事で口を開いたのは、ハーマイオニーだ。三人ともが、理解しがたい事実に眉を顰めている。ロンが困惑の声を上げる。「なんでだよ――だって、ハリーの話じゃあいつがダンブルドアを――」
「ロン!!」
ハーマイオニーが強い語調で諫めた。
「いいんだ」と堅い顔で言ったハリーがこちらに向き直り、毅然として言い放つ。
「君が誰に助けて貰ったからって、僕はそいつを許す気は無い」
オーシャンは鋭い眼差しを向けるハリーの目を見て、ため息の代わりに目を閉じる。思った通りだ。この事実を開示したら、彼は私にその目を向けると思っていた。
しかし、事実は事実だ。開いたオーシャンの目に、迷いは無い。
「別に、あの男の肩を持つ訳じゃ無いの。それだけは分かっていてほしいわ。冷たい地下牢に閉じ込められて、何回『磔の呪い』をかけられた事か。あの連中、絶対ただじゃおかないんだから」
今回の事は何をしたからと言って、許されるものではない。きっちり落とし前をつけてもらわなければ、故人は浮かばれない。ここからは、弱気になるわけにも、絆されるわけにもいかない。
「それで、貴方達はこれから、残りの『分霊箱』を探して破壊しに出かける……って理解で合っているかしら?」
語っていなかった今後の方針を言い当てられて、ハリーは「お見通しだね」と笑った。
「それなら――」と口を開いた所で、ロンが双子の兄によく似た声を出す。
「おいおい、まさか、着いてくるって言う気じゃ無いだろうな? 今や君の身に何かあったら、僕達セドリックに殺される運命なんだぜ?」
「なっ」思っても見なかった言葉に声を上げると、まさかのハーマイオニーが「それは本当にそうね」と首肯した。
「どう思う、ハリー?」
ハーマイオニーの問いかけに、堅くなっていたハリーの頬が緩んだ。
「そうだね。彼に殺されたくは無いから、今回は手助けはいらないよ、オーシャン」
「でも……!」
言い募ろうとしたオーシャンを、ハリーが諭す。
「今回、君は十分酷い目に遭ったんだ。これ以上、不幸になってほしくない。あの夜にセドリックが意識の無い君を医務室に連れてきたのを見て、そう思ったよ」
「そうよ」とハーマイオニーは続ける。
「彼、あの夜はほとんど一晩中あなたの傍にいたんだから。そろそろちゃんと向き合ってあげなさいよ。いい加減、可哀想になってきたわ」
そう続けられて、ハリーへの反論はオーシャンの口の中で溶けてしまった。代わりに別の反論が転がり出る。
「そっ、そんなこと言われなくたって――ちょっとは悪いと思ってるわよ……!」
赤くなって目を逸らすオーシャンを見て、ロンは口笛を吹き、ハーマイオニーはあまりのいじらしさに、彼女の体を力一杯抱きしめた。ハリーはその光景に微笑んで、車窓の外に目を移す。
ロンドンまで、あと少し。
了
うわぁぁあ! ごめんなさい、ありがとうございます!!!
難産でしたがこれにて謎プリ編終了となります原作ありがとうだし読んでくれてありがとうだし書かせてくれてありがとう!!!
謎プリ編はオリ主がホグワーツ卒業(オーシャンの場合も多分)しているので、原作沿いの年上ホグワーツ生オリ主書かれてる方にとって鬼門だよなぁ~~、と思ってました
そしていざ書き始めてみると大体は三郎のおかげで何とかなってるところある……原作のミステリアスな雰囲気台無し……と読み返しながら続きを考える度に思ってました。三郎ありがとう
生存セドリック側の話も書くのはかんだか面白かったりして……まさかの夫人も美空ファンだったとは世間って狭いですね(鼻ほじ)
尺取り虫もびっくりのペースで進む二次創作物語。次はいよいよラストの死の秘宝編です。さながら引退試合を控えたセドリックの様な厳かな気持ちを抱いています
(そして多分余裕で年単位続くと思います)
ラブコメ風味が強くなってきている今日この頃でご心配をおかけしますが、死の秘宝もハリー・ポッターとして、そしてオーシャン・ウェーンの人生として書いていくという意思はありますので、次章
もよろしくお願い致します
ここまで続けて来て良かったと本当に心の底から思います。皆さん読んでくれてありがとう。原作者さま素晴らしい物語をありがとう。ハーメルン様、書かせてくれてありがとう。私も書いてくれてありがとう