ソリュシャンはルプスレギナに罰が与えられるその瞬間を、ただ伏して待つ。
しかし、首が転がる音の代わりに聞こえたのは、ミシィという何かがひび割れ砕ける音。まさか頭蓋掌握したのかしら、とソリュシャンは目を閉じ辺りを見渡す。アサシンのクラスを保有する彼女にとってはこの程度造作もないことだった。どうやら姉を叱った怒りのせいか、主人の手に力が入り、玉座の手掛け部分が破損してしまったようだ。それほどまでにお怒りなのだ。彼女は、これ以上神の怒りをこそこそ伺うような真似は不敬だと思い、それ以上見ることを止めた。何よりあと少しでもこの光景を見続けたら、恐怖のあまり気が狂ってしまうだろう。ソリュシャンは再び主人の判断を待つ。家具になることに徹する。
結果としてルプスレギナは許された。主人の優しすぎるとも言える、寛大にして慈悲深きご判断によって。
ソリュシャンは改めて絶対なる忠誠を誓う反面、アインズから微かに放たれる失望の気配を鋭敏に感じ取った。---それは自身の至らなさから来る自分への諦念だったのだが---、ソリュシャンはそれを「敬愛する主人は私たちの無能さに呆れているのだ」と解釈した。
「ゆけ。そして己の勤めを果たせ」
主人の重々しく、威厳に満ちた声でソリュシャンは我に返った。ルプスレギナがやる気に満ちた表情でその場を後にした。
ソリュシャンは安堵した。もし主人の声がなければ彼女は「至高の御方に見捨てられる」という、ナザリックに蔓延する公然のタブーについて考え続け、発狂に至っていたことだろう。
崇拝すべき主人の御声により正気に引き戻された彼女は、自分を思考の迷路から救い出して下さったことに深く感謝した。そして彼の支配者に見捨てられないよう、どんな些細なことでも役に立たねば、と奮起するのであった。
「ふぅ」
とアインズはため息を吐く。ソリュシャンがほんの少しぴくっと身じろぎする。
(あ、ソリュシャンは妹だもんな。やっぱり目の前で姉が叱られるのは嫌だよな)
アインズは配慮が足りなかったな、と反省する。
(まぁルプスレギナも悪いにせよ、俺の伝達不足が一番の原因だからな。支配者ロールはやっぱり難しいよ……)
NPCの意識改善、ほんとにやらなくちゃな、とこっそり心のメモに書き込む。
「ん?」
ふと自分の右手を見ると、手掛けを握りつぶしていることに気付いた。
(あっ、やっべ)
慌てないよう、カリスマ溢れる感じで自分の手を引っ込める。ソリュシャンはその様子を微笑みながら、しかしじっと見つめていた。
(どうしよう、物に当たるやつだって思われたかも……)
アインズは焦り、それはすぐに沈静化された。その間もソリュシャンはこちらを微笑を湛えて伺っている。
(どうしちゃったのこの子。ソリュシャンはいまいち何を考えてるか読めないんだよな)
アインズは軽く咳払いをし、努めて冷静を装い、威厳がある(と思われる)態度でソリュシャンに尋ねる。
「んん……。ソリュシャンよ、どうかしたか?」
「恐れながらアインズ様」
(おう、なんか食い気味)
ソリュシャンはやや前傾姿勢になり、異性を魅了(捕食)する微笑で応える。
「偉大なる玉座が破損されているご様子。よろしければ修復させて頂ければと思います」
「ふむ……」
(まぁ、ひび割れた玉座では格好がつかないか)
「そうだなソリュシャン。しかし修復は私がしよう」
面倒だし上位道具創造(クリエイト・グレーター・アイテム)でいっか、と手を挙げるアインズ。すると「あっ」と小さな声が玉座に響いた。
(んん?)
とアインズは首をかしげる。声を発したのは間違いなくソリュシャンだろう。しかしアインズには彼女がそんな声を上げるNPCだという認識がなかった。
「どうした、ソリュシャン・イプシロン」と優しくアインズが問うと、
「恐れながらアインズ様!」
先ほどよりさらに食い気味に応えられ、びくぅっとするアインズ。
「……どうした」
(なんか俺さっきからこれしか言ってなくね)
「はい……、もしよろしければ、新しい玉座をご用意させて頂ければと愚考致します」
(愚考ってナーベラルかよ)
脳内でアインズは思わずそう突っ込んだが、そんなことはもちろんおくびにも出さない。
「ふむ、新しい玉座か」
はい、とポーカーフェイスのソリュシャンを尻目にアインズは考える。確かにありっちゃありだ。たまには玉座を変えるのも悪くない。
(インテリアを変える事と気分転換にも繋がり、仕事のモチベーションも上がるって、大図書館(アッシュールバニパル)で借りた本にも書いてあったしな!)
しかし一つだけ疑問がある。
「ソリュシャンよ。新しい玉座の当てはあるのか?」
NPCが玉座のようなアイテムを保有しているとは記憶していない。まぁデミウルゴスのように、自分で作ったという線も考えられるが。
「宝物殿から選ばせて頂ければと」
「宝物殿か」
これは意外だった。NPCの心理的に、宝物殿のアイテムを使わせてくれ、と言ってくるなど思ってもみなかったのだ。
「ふーむ。しかし今はパンドラズ・アクターが出払っているな」
パンドラズ・アクターはモモンに扮してエ・ランテルに出張中だ。やはり管理人不在でNPCを一人で宝物殿を歩かせるのは若干抵抗がある。
「申し訳ございません。アインズ様。出すぎた真似を致しました。自害致します」
「ふむ、よいよいソリュシャン……っておい!」
アインズは慌てて、微笑みながら自分の首をはねようとするソリュシャンを静止する。
(まったく……、油断するとすぐこれだよ)
「お前の忠誠は良く分かっている。しかし自分の命を粗末に扱うな。それは私を不快にする行為と知れ」
「……! 申し訳ございません……」
ソリュシャンは珍しくそのポーカーフェイスを崩し悲しそうな顔をして額を地面に擦り付けた。
(……なんか、ちょっとかわいいな)
これがギャップ萌えってやつか?、とアインズはかつてペロロンチーノに力説されていた言葉を思い出す。
「構わないとも。コキュートスやセバスもそうだったが、自分の意見を述べることは良いことだ。私はお前たちに無限の可能性を見出しているからな。その具申、嬉しく思うぞ」
するとソリュシャンはがっと顔を上げ、「ありがとうございます」と微笑を湛えた。
(お、いつもの顔に戻った)
アインズはちょっと楽しんでいた。ギャップ萌えの一端に触れた気分になり、またかつての仲間との記憶も思い出し、少し機嫌がよくなっていた。
「ソリュシャン・イプシロン」
「はい」
ソリュシャンは少し真剣な顔でアインズの言葉に応える。
「宝物殿へ入ることを許そう」
その時のソリュシャンの顔は筆舌尽くしがたいものだった。常の微笑からだんだんと表情が崩れていき、一瞬泣きそうな顔になり、それからきっ、っと唇を結って「アインズ様の慈愛溢れるご判断に感謝いたします」と再び伏して感謝の意を表した。
「ふふ……、あとでいくつかアイテムを渡そう。シズに開錠してもらうがよい」
「はっ」
「良い玉座を見繕うのだ。期待しているぞ」
「……! はい!」
ソリュシャンはアインズが見たこともない、歳相応の少女のような晴れやかな笑顔で返事をするのだった。
次回、内心めっちゃうきうきソリュシャン宝物殿でよさげな椅子を発見!
ソリュシャンは粘体(当たり前)