The Last Stand   作:丸藤ケモニング

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前回までのあらすじ
色んな人が降臨中。

今回予告
とある人が来た。
ジビエ美味い。





40,集結しつつある人達/エンリご飯

 それから色々あって二日後。

 幽霊が出るなんにもなかった広場には、周囲のボロ屋を圧倒するような新築三階建ての建物が建ち、その前には小さいテント、そこからもくもくと上がる煙からは香ばしい油の焼ける匂いが立ち上る。

 ドラウディロンの予めの布告により事情を知っていた竜王国の民の多くは、この国を救った英雄が祭りを行うと言うので、一部の人間を除き、かなりの数の人間が詰め寄せていた。

 

 黒山の人だかりとはこういうのを言うんだなぁ。いずれアインズ·ウール·ゴウン領事館の一つになるであろう建物の前に集まった人垣を見つつ、モモンガは離れた場所の木陰でデミウルゴス製長椅子に腰を掛けつつそんなことを考えた。

 

 あの後、リュウマは直ぐ様空を飛べる下僕に乗って、ルプスレギナを引っ提げてカルネ村に飛んでいった。『面倒事はさっさと済ませてくるに限る』と言ってたが、そう簡単に事が済みそうにないのは明白だ。後でやまいこもあっちに合流するので、裁量は二人に任せることにする。絶対条件として、アインズ·ウール·ゴウンにとって不利益にならないようにすると言うのがあるが、あの二人なら問題ないだろう。

 

 先日、アルベドが着ていた際どい服を纏ったソリュシャンが、周囲にニコニコと愛想を振り撒いている。遠目から見ている分には、あまり問題があるようには見えない。近くにいるやまいこが口出ししたりしていないのがその証拠である。逆に、反対の方でフランクフルトを販売しているナーベラルの方は、眉間にシワを寄せて、仏頂面もそこまで行くと見事と言いたいような仏頂面で接客をしている。声は聞こえないが恐らく接客態度もそれ相応に悪いだろう。近くでフォローしているユリが慌ただしく頭を下げたりしている。とは言え、そのナーベラルの前から客が消えることはなく、むしろ何かを言われる度に笑顔になる客の方が多いのはなぜだろう。よもやMが多いのだろうか。

 

 それから心配事と言えば、領事館に配置する人員だ。下僕の中から選抜するとして、少なくとも人間に対して友好的な者を用意しなくてはいけない。だが、その選択はかなり難しく思える。今現在、竜王国を離れたぷにっと萌えが心当たりのある人物を後で送るとは言っていたが、本人が気付いてないだけだろうけど、軍略以外だと割合ポンコツな所の多い人だからな。

 

 抜けるように青い空の下、モモンガは普段のローブとは違いアルベドが用意してくれたパーカーとジーンズと言う姿で人間形態をとりつつ手元の酒杯を傾けた。冷たい麦酒が喉を滑り落ちて行く感触が心地よい。口の中に残るほんのりとした苦味と微かなアルコールを楽しみつつ、何となく人混みを見つつやや懐かしい気分に浸る。まさか異世界に来て皆と再会し、こんな事をやってるなんて、かつての自分が知ったらどう思うだろう。ふと、そんなことを考え、直ぐ様悔しがって地団駄を踏む自分が容易に想像できた。

 

「うん、幸せってのはこう言うことかもなぁ」

「それはまた、小さな事に幸せを感じるんですねぇ」

 

 随分近くで、しっとりと落ち着いた女性の声が聞こえた。ビクッとしつつ振り返ると、そこには、アルベドよりもやや背が高いしっとりとした美人がそこにいた。特徴的なのは着崩したような着物状の服で、そこから溢れ落ちそうな豊満な胸。アルベドもかくやと言いたい自己主張するそれを誇る美人が、ワインの瓶を片手にそこに立っていた。

 慌ててとある部位から目をそらしつつ、モモンガは思う。誰だろう、この人。少なくとも、こんな美人の知り合いはナザリックを除けばいないんだが。職業柄、人の顔と名前を覚えるのは得意なのだが。

 

「お隣、よろしいですかの……よろしいですかね?」

「あ、はい。どうぞ」

 

 少しだけ距離を離し場所を譲るモモンガに頭を下げ、その女性は長椅子に腰を下ろした。腰まで届くような金色の髪が揺れ、バラにも似た香りが広がる。女性って言うのは色々な香りがするんだなぁ、と思いつつ、酒杯を傾けるモモンガの横で、その女性はまっすぐと人垣を見つつ、ワイン瓶をあおった。なかなか豪快に中身を飲み干して行く女性を呆然と見ていると、瓶から口を話した女性が口を開いた。

 

「まさか、こんな平和な日が訪れるとは思っておりませんでした」

「そうですか?」

「ええ、毎日毎日、ビーストマンの襲撃に怯える日々でしたので、落ち着いてお酒を飲む暇も無かったほどですよ?」

 

 と、言いつつワイン瓶を豪快に傾ける。なんだろう、茶釜さんと同じ匂いがする、と心の中で呟きつつモモンガは言葉の続きを待つ。

 

「アインズ·ウール·ゴウンの皆さま方には、いくら感謝しても仕切れません。国を救っていただいただけでなく、食料の供出やこのようなイベントまで。国民に成り代わり、最大限の礼を……」

「よしていただきたい。私達が好きでやっただけですし、ついでに言えば色々と実験の意味もあってやっていることですから」

「あら?謝礼はきちんと受け取った方がよろしいかと。断り続けるのもまた、相手にとって無礼だったりいたしますので」

 言われてみればそうか。そう思い直し、一つ頷き、それを礼を受け入れたサインとしつつ酒杯を傾ける。酒杯はマジックアイテムなのか、中の麦酒は変わらず冷たさを維持している。隣で、誰とも知らない美女がワイン瓶を傾ける。そう言えばと、モモンガは思い至った。仲間や下僕が近くにいてこれだけ穏やかな日は珍しい。ギルメンそれぞれはわりと強烈な個性を有している面々ばかりで、楽しいが悩みのつきぬ日々、守護者達やプレアデスの面々の前ではトップとしての演技は欠かせない。思えば随分と肩肘を張っているもんだ。偶には、こういう日があっても良いよな。そう思いつつ、モモンガは空になった酒杯に、アイテムボックスから引っ張り出したブランデーを取り出した。ブループラネットが、かつて存在した酒だと言ってたっけか。名は知らないが、それを酒杯に軽く注ぐ。優しく甘い香りが鼻孔をくすぐる。ふと、隣の女性が、興味津々と言った感じで手元を覗き込んでいるのに気がついたので、酒杯をもう一個取りだし、指四本分注ぎ手渡すと、彼女は嬉しそうに微笑みながらそれを受け取り、軽く頭を下げてちびちびと舐めるように飲み出した。

 

「あぁ、そう言えば自己紹介が遅れてましたね。私はアインズ·ウール·ゴウンの代表、モモンガです」

「これはご丁寧に。ですが……」

 

 そこまで言って、女性は口元を隠し小さく笑い声をあげた。なんで笑われたのか分からないモモンガに浮かんだ困惑の表情を見て更に上品に笑った後、彼女はその桜色の唇を開こうとして、不意に差した影に気をとられた。同時に、モモンガも影に気をとられ上空を何の気なしに空を見上げ。

 そこに。

 漆黒の粘体が降ってきた。

 

「はぁ?」

 

 反応が遅れたモモンガは、頭から漆黒の粘体をひっかぶり、その質量によって長椅子から転げ落ちた。

 

「もがっ!?」

 

 頭から爪先まで包み込まれ、ついでに服が音を立てて溶けて行く。そう、服が、溶けているのだ。幸い、そこまで苦しくはないが、見知ったばかりの女性に裸を見られるのは少々どころではないほど気まずい。慌てて手足を動かすが、漆黒の粘体は一切、モモンガから離れることはない。それどころか。

 

「zzzzzzzzzzzzz……」

 

 健やかな寝息を立てていた。つぅか、スライムが寝るのかよ!?口から出た突っ込みは泡と消える。必死で四肢をばたつかせて暴れるが、漆黒の粘体はモモンガから離れる気配を見せず、それどころか、更に体を覆って離れそうにもない。

 

「えへへへっ……ソリュシャ~ン、もう離さないよぉ……メイドの皆もおいでぇ……」

「もがぁっ!!」

 

 色々突っ込みたいが言葉にならない。こうなれば仕方がないと、モモンガは非常手段をとった。何かあったときに、とたっち·みーから渡された銀の円筒を取りだしボタンを押す。途端、鳴り響く警戒なドラム音。慌てていた謎の女性が首を捻る中、力強い(ただし下手)な歌声が響き渡る。

 

『あ、これ、たっちさんに聞かされたなぁ……確かブラックな仮面のヒーローとかなんとか?』

 

 モモンガが思い至ると同時に、今度は銀の円筒から光が溢れだし、空中に巨大な紋章、たっち·みーの紋章を描き出す。紋章が空に燦然と輝くのを地上のイベントに集まった人々の目に止まった瞬間、紋章を叩き割りながら漆黒の影が飛び出した。歓声だか悲鳴だかが響き渡る中、漆黒の人影は地面にスーパーヒーロー着地を決め、下げていた面を上げる。鋭角的な兜の隙間から赤い燐光が漏れだし、鋭く周囲を睨み付け、その視線が先程からおろおろしてばかりの女性で止まる。

 

 数瞬の間の後、降り立った漆黒の騎士はおもむろに立ち上がり女性の前に立つと深々と腰を折った。

 

「お久しぶりです、ドラウディロン陛下。身長伸びました?」

「お、お久しぶりです、たっち·みー殿……イメチェン、ですか?」

「いえ、いつもの格好だと大騒ぎになるので、慌てて予備の鎧に着替えたのでございます。ところで一体、なぜ自分を呼び出されたので?」

「?いえ?私は呼んでおりませんが?」

「え?いや、しかし、例の銀筒をお渡ししたのはドラウディロン陛下とモモンガさんのはずです。そして召喚に応じて現れれば、そこにはドラウディロン陛下が。そうなれば、ドラウディロン陛下が自分を呼び出したのではないか、と」

「いえ、それは恐らく……」

 

 ドラウディロン陛下が指差した方向にたっち·みーが顔を向けると同時に、漆黒の粘体から『ペッ』とモモンガ、と言うか鈴木悟が、服を七割方溶かされた状態で吐き出されるのはほぼ同時だった。粘液でぬっとぬとになった鈴木悟の前で、漆黒の粘体は大きく伸び上がり、顔を擦るような動作をして、さめざめと泣く鈴木悟の前で能天気な声を上げるのだった。

 

「おはようございます~。いやぁ、いい天気だなぁ。ところでモモンガさん?なんでそんなあられもない格好をしてるんです?」

「あなたが溶かしたんですよヘロヘロさん!」

 

 

◇◆◇◆

 

「いやはや、申し訳ない。寝ぼけてつい、ね?ま、アルベドが喜んでたんで、いいんじゃないですかね?」

「もはやスライムボディで眠れるヘロヘロさんに驚愕ですよ、俺は」

 

 あの後色々あったものの、たっち·みーとドラウディロンの機転でその場を離れたモモンガとヘロヘロは、アルベドに着替えを持ってこさせつつ、外交事務所(仮)の応接室(仮)でようやく向き合っていた。まぁ、七割裸のモモンガを見て、アルベドが鼻血を吹き出し大変な事になりかけたが、些末なことである。

 

 人目がないのでオーバーロードの姿に戻り、いつもの完全装備へと戻ったモモンガは、軽く突っ込みを入れつつ色々考えを巡らせる。聞きたいことは山ほどあれど、一体どこから手をつけるべきか。無論、あの日別れたヘロヘロが戻ってきてくれたのは嬉しいが、それでも様々な疑問が渦巻いている。

 とりあえず、当たり障りのない話をしようと顔を上げると、ヘロヘロの方もどうやら何かを考えているらしい。ふと窓の方へ顔を向ける。太陽は頂点を過ぎた辺り。まだまだ日があるのだ、少しずつ話をしよう。そう思い直し、モモンガは改めてヘロヘロに顔を向ける。

 

「そうそう、ヘロヘロさん。言い忘れてましたけど……おかえりなさい。待ってましたよ」

「ああ……はは、すいませぇん、帰還が遅れました。ギルド長には色々ご迷惑をお掛けしたんじゃないかと」

「いえいえ。特に迷惑に思うような事はありませんよ。むしろ、ヘロヘロさんがこちらに居ることに大分驚きましたが」

「あははは、自分もこの世界になんでいるのか分かってないんですよね……モモンガさん、少し妙なことを聞きますけど、いいですか?」

 

 前半の明るい雰囲気が鳴りを潜めた声音に、モモンガは思わず背筋を伸ばした。心臓-今はないがそれに類する何かが跳ねる音を聴いたような気がする。出るはずのない唾液を飲み込み、モモンガは意を決して頷き返すと、ヘロヘロは何度か全身を波立たせ、絞り出すようにこう言った。

 

「俺は誰ですか?」

「……?いや、ヘロヘロさんですよね?なんです、急に」

「本当に俺は、モモンガさんや他の皆が知っているヘロヘロですか?いや、そもそも、皆は俺が知ってる皆、なんですか?」

 

 その声は、その言葉は決して冗談やボケているから、等と言う理由で発せられるそれではない。なにか、確信はないがそう聞かねばならぬ、そういう強迫観念にも似た何かから発せられたものであると、モモンガは確信しつつ言葉を選ぶ。

 

「……なぜ、そんなことを聞くんです?」

「……前々から疑問に思ってたんですよ。例えばあの日、俺はログアウトしてるんですよ。ええ、間違いなく」

 

 息を呑む。疑問の一つだったそれ。どう切り出すか迷っていた話をヘロヘロの方から切り出してきた。なんにせよ、まずは話を聞くのが先だ。そう思い直し、モモンガはヘロヘロの次の言葉を待った。

 訥々と、ヘロヘロは思い出すように語って行く。

 

「そう、あの日、モモンガさんに詫びながら、ちょっといらんことを言ったかなぁ、って思いつつ寝床に入り、数時間後には起きて会社に行ったっけ……あの日はすごい頭痛がしてて、目眩もしてたかな?会社のデスクに座って、ほんの少し目を瞑ろう、そしたらマスターアップまで後少しだと思って……それから……それから……?」

「……?ヘロヘロさん?」

「ん?んん?あれ?いや、でも……そうだ、俺は確か目を閉じて次に目を開けたら見知らぬところにいて?え?いや、あれ?けど、ここは……?」

「へ、ヘロヘロさん!?ちょっと、大丈夫ですか!?」

「モ、モモンガさん?あ、あぁ、モモンガさんですよね?え?あ、いや、うん……大丈夫ですよ。こう見えても立ち直りは早い方ですから」

「ちょ、ちょっと待ってて下さいねヘロヘロさん。皆を、呼んできますから」

「へ?あ、はい。そうですねぇ、皆にも聞いてもらった方が良さそうですよね?」

 

 生返事を返しつつ、モモンガは一旦離席しつつ、ドアのところに待機していたメイドにヘロヘロの相手をしているようにと告げると慌てて外へ出る。それと同時に、ぷにっと萌え、ついでたっち·みー、ぶくぶく茶釜、やまいこ、ペロロンチーノ、そしてリュウマへと順番に《 伝言/メッセージ 》を繋いでとにかく急いで集合の旨を伝えた後、一階に備え付けられている椅子へと、力無く腰を下ろした。そうして頭を抱え、考える。この話をどこまで掘り下げて良いものか、と。ヘロヘロの様子を見る限り、記憶の混乱、もしくは精神的に追い詰める何かがあるんじゃないか、そんな気がしてならないのだ。少なくとも、そう少なくとも今のところ合流した面子にはそう言うところは見受けられなかった。もしくは、もしかしたらそう言うところもあるかもしれないが、自分がそこまで踏み込んでないだけか。

 

 頭を抱えて悩んでいると、ふと、誰かが隣に立ったような気がした。アルベドか、それとも茶釜さんかな?そう思い顔を上げ、モモンガは固まった。そこにいるはずのない人が、そこに悠然と立っていたからだ。

 

「おお、本当にモモンガ君だね。いやなに、一目見て、君だと分からないのではないかと言う懸念があったものでね?何せ、君らと別れて、そうだな、二十年は経っているのだ。悲しいかな記憶は磨耗する。美しき記憶も悲しい記憶もね。ところで、他のメンバーはどこかな?」

 

 綺麗に整えられた口髭を揺らしつつ、そのダンディな男性は懐から取り出した精緻な細工の施されたパイプを口にくわえ、周囲に視線を巡らせる。

 

「あっと……さっき集合をかけたので、そんなにかからず集まると思います」

「なるほど……いや、しかしモモンガ君も久しぶりだね。まさか、死んだ後に君と再会するとは思っても見なかった。まさに神の采配、と言うやつかもしれない。もっとも、私はそんなモノを信じてもいないのだが、今なら多少はその存在を信じてやっても良い、そう思えるね」

 

 どこか飄々とした調子で肩を竦めるダンディを、モモンガは信じられない気分でもう一度爪先から頭の天辺までを見直す。

 燕尾服を改良したような金属光沢を持つスーツに豊かできっちりと整えられた髭、鷲を連想させる面立ちにやや青白い肌、とんがり気味のヘアースタイル、不思議な光の反射を見せるモノクル、そして何よりも、背中に背負ったそれが一際目につくだろう。自分を納めてなおあまりある大きさの巨大な棺桶。かつて共に居た仲間の一人、ギルド最年長の男が、そこに居た。

 

「し、死獣天朱雀さん、ですよね?」

「うん?どうしたのかね急に。よもや私がそれ以外の何者かに見えると言うのかね?そうだな、それを証明する方法は幾つかあるのだが……例えば私とペロ君がとある筋から入手したご禁制のとある映像媒体について話をしているとき、君も興味を持ったようなので私が後程送付したご禁制の映像を見て一言、『子供じゃないか!!』。まぁ、言ってなかった私とペロ君も悪いのだが……あ、これがダメなら、君が密かに茶釜君と餡ころ君の隠し撮り写真を財布にこっそりしまってお宝にしている、の方がいいかね?ペロ君はタダでくれたけど弐式君には昼食を奢らされたと言ってたかな?……あ、パンドラズ·アクターは中々素晴らしい出来だね。教授感激。特にドイツ語の発音が素晴らしいね。惜しむらくはオーバーすぎる所作だが、それも彼の味だろうね。いやはや、作り手に似るのかね、そう言うところは」

 

 あ、これは間違いない、死獣天朱雀さんだわ。特に、こういうくだらない事に関する記憶力の良さは間違いないわ。妙なところで確信を持ちつつ、モモンガはふと、気になる発言があったような気がした。二十年ぶり?どう言うことだ?そんなに昔からこの世界に?

 

「ええっと、死獣天朱雀さん……」

「そこは教授でよろ。なんならダンディでも可」

「……じゃ、昔通り、教授で」

「うむ。それで、どんな用事かね?ちなみに好みの女性のタイプはグラマーで羽が生えてて角が生えてて清楚に淫乱な女性だね」

「いや、それはどうでもいいんですけど……」

「良くはない、良くはないよモモンガ君!」

 

 叫びつつ、死獣天朱雀はモモンガの両肩を掴みがくがくと揺さぶった。

 

「いいかね!?私は死ぬときよぼよぼのお爺ちゃん!孫どころかひ孫までいてそれどころか入院寸前まで教鞭をとっていたのだよ!?よくよく考えれば妻以外には何人かの女生徒をつまみ食いしたりとかしかしていないのだよ!?まぁ、最後の方は完全に性欲も枯れていたけどね?ところがどっこい!なんとこんなにも理想的な年齢にボディを手に入れた!これはもう、楽しまないと損だよ!?」

「わか、分かりました!分かりましたから落ち着いてください教授!?」

「おおっと、これは失礼。だが、これで分かってもらえたかな?私のたぎり狂うほどの情熱が」

「ええ、ええ。もう、嫌ってほど分かりましたよ、本当に……」

「ああ、ところで何かお悩みではなかったのかね?ボーナスを全部すった時位の悩みっぷりだったようだが?」

 

 何で人の古傷をグリグリ弄ってくるんだろうこの人は。そう思いつつ、モモンガは幾つか疑問に思っていることや引っ掛かったところを上げて行く。

 

「ええとですね、今、ちょっと疑問と言うか色々考えることがありまして……例えば、俺と会うのは二十年ぶりだとか?それに、死んだ後?」

「うむ、君や茶釜君、やまいこ君が失踪して二十年程経っているね。ああ、待ちたまえ、恐らく色々認識に齟齬があるのでね、色々言いたいだろうがまずはグッと飲んでくれたまえ」

 

 モモンガが口を挟むよりも早く、死獣天朱雀は手でそれを制し、パイプを大きく吸い込み煙を吐き出した。そして天井を見つめつつ話を続ける。

 

「さて、二つ目の疑問だが、私は私になる前に死んでいる。あぁ、事故や、もしくは誰かに殺されたとかではなくてだね、一応病死、あの時代でも珍しい免疫変容性の病でね?年を取ってからかかったので、特に治療もせずそのままこの世とおさらば、と相成ったわけだ」

「治療とかは?」

「何を言うのかね。人間、八十余年生きれば十分だよ。妻には先立たれたし、子供や孫にも十分教育が行き届いて巣立たせることが出来た。家族に関しては後顧の憂いはなく、ただ心残りは君達だったのだよ」

 

 パイプで指され、モモンガは思わず自分を自分で指差して確認すると、死獣天朱雀は大きく満足そうに頷いて話を続けた。

 

「そうだよ。少なくとも、君は特にだが……私が色々教えた中では特に優秀な教え子だった。いや、こうして再会しているのだから過去形はよろしくないな、言い直そう。優秀な生徒だ。それが急に失踪、行方不明とは。なんたる事か。慌てて弐式君と連絡を取り行方を調べたが、なるほど、異世界転生なんぞしてたら見付からんわけだ」

「……じゃぁ、ヘロヘロさんや、たっちさんは、あっちではどうなっているんです?まさか……」

「……さて?そこでヘロヘロ君の名前が出てきたと言うことは、ヘロヘロ君もここにいるのかね?そして、彼が何らかの問題を抱えていると?」

「ええ、実はですね……」

「うわ、教授だ」

 

 説明するより早く、誰かが割って入ってきた。そちらへ視線を向けると、やまいこ、ぶくぶく茶釜、アルベドにナーベラル、ソリュシャンが、部屋の入り口に立っていた。一様にそれぞれが驚きの表情で固まる中、誰よりも早く死獣天朱雀が動いた。つかつかとアルベドに歩みより、その白魚のような手を取ると、手の甲に口づけをする。身を震わせるアルベドに優しく微笑みつつ、

 

「お初にお目にかかるフロイライン。私は死獣天朱雀と言う。お名前は?」

「ア、アルベドと、申します……その、大錬金術師、タブラ·スマラグディナ様に創造されました」

「……おお!では守護者統括の!?いや、これは失礼フロイライン?ところでそちらの美しい二人は、どこのどなたかな?すまないが、離れていた時期が長すぎてね、出来れば名乗っていただけると嬉しいのだが……ついでに共に寝ていただけると大変教授は喜ぶが、いかがかナブッ!?」

「教授、大概にしよ?」

 

 誰が止めるよりも早く、やまいこの鉄拳が死獣天朱雀の後頭部をぶん殴っていた。怒りの鉄拳の吹き飛ばし効果で床に向かって吹き飛ばされた死獣天朱雀は、床をぶち抜いて二階、そして一階、どうやって用意したのかも知らない地下室へと落ちていった。心配そうに穴を覗き込むアルベドとナーベラル、ソリュシャンを尻目に、やまいこは両手を叩きながらモモンガの方へと向き直り、一言。

 

「……床が薄い」

「問題はそこじゃないですよ!?」

 

 

~おまけ~

 

 ちょっとだけ時間を遡り、カルネ村。

 村の片隅にほっ建てられた家から肩を落としてリュウマが出てくる。ニニャとか言う冒険者に話をしに来たのは良かったが、正直、とりつく島もないとはこの事か。一応、シャドウデーモンに見張りをさせつつ出てきたわけだが、今後どうしたらいいのかさっぱり分からぬ、途方にくれていた。

 そんなリュウマの前に、鳥の足を丸焼きにしたものをモグモグ食べながらルプスレギナがのんびりと歩いてきた。その隣には、さメイドことケラススが、こっちもやっぱり丸焼きにしたマグロをかじりながら立っていた。

 

「いや~、どうっすかねあの小娘。ええと、説得?終わりましたぁ?」

「何でお前は他人事なんだよ!?」

「私は鮫なので分かりません。人ではないので」

「屁理屈こねるな!?」

「しかし、銃の事が外に漏れるのはよろしくないのでしょう?ならば、ルプスレギナ殿を誉めてしかるべきでは?」

「そらぁ、まぁ、そうだけど……」

 

 やり方ってもんがあるだろ、やり方ってもんが。そう思いはすれど、確かにその言葉を守っただけであって叱責されるようなことはしていないのも事実であるため、リュウマはぐむむ……と唸った後、ルプスレギナの頭を軽く撫でる。ちなみに左手はケラススの頭を撫でる。花咲くように笑顔を浮かべるルプスレギナに嘆息しつつ、気を取り直して首を巡らせる。

 

「そういや、エンリは?」

「エンちゃんっすか?向こうでご飯、作ってますよ?」

「手伝わないの?」

「相手を肉塊に変える料理は得意っすよ?」

「食べる専門、略して食べ専です」

 

 せめてケラススは女子力高い目に設定しておけば良かった。軽く後悔しつつ、リュウマは恐らくそっちにいるんじゃないかなぁ?と言う方向へ足を向けた。

 果たして、そこにエンリは居た。ちょうどエンリの家の前で、どうやら大型の鹿を解体し終えた所のようで、各パーツが綺麗に切り分けられていた。

 

「なんだ、もう手伝う所、無いのかぁ」

「リュウマ様!いいえいいえ、リュウマ様のお手を煩わせる訳には参りませんから!」

「……タダ飯食らいも気が引けるんだが」

「そっすか?」

「ルプスレギナ殿はもう少し気を付けた方がよろしいかと……」

「ケラちゃんは……あぁ、獲物を捕って生で食うんすよね」

「あ、奇遇ですね、私も生で食べるんですよ?」

「……ん?」

「内臓とか美味しいんですよねぇ。あ!リュウマ様には一番美味しいところを残してありますから!」

「ああ?あ、ああ、ありが、とう?」

 

 困惑しているリュウマをよそに、エンリは嬉しそうに背後にあった鹿の頭に近づいて行き、そして鹿の頭の真ん中辺りに指を引っ掻け……。

 

「はあっっっ!!!」

 

 裂帛の気合いと共に鹿の頭を真っ二つに割った。これにはさすがのリュウマも軽く引いた。残っていた血やら何やらが顔に飛び散るのも気にせず、エンリは内部の脳みその表面の膜のようなものを意外と繊細な手つきで手早く除去、木皿の上に乗せると、ウキウキした調子でその皿をリュウマの前に差し出してきた。

 

「どうぞリュウマ様!たった今とれたばかりの鹿の脳みそです!美味しいですよ!?」

「……ええ~っと、それは食べていいものなのか?」

「脳みそは私も好きですね。お魚の白子のような味がします」

「いや、ケラスス、俺、白子も食べたこと無いんだけど?」

「まぁ、具体的にはそれほど味はないですよ。まぁ強いて言うなら……クリームチーズですか、ねぇ?」

「ますます分からん!ええふぉ、エンリ、やっぱ俺、じた……食べます!そうさ俺は脳みそ大好きさ!ようし食べちゃうぞ~!」

 

 思わず断ろうとしたが、エンリがしょんぼりと肩を落としているのを見るや否や、ころっと手のひらを返すリュウマ。仕方ないのだ、女の子の涙には勝てんのだ。別に涙を出してはいないけど、そう見えたのだから仕方がないのだ。

 傍らにおいてあったスプーンを手に取り、さて、どう食えばいいのか。やはりスプーンで少しへつって食うべきか。それとも一口で飲み干すべきか。悩んでいると、肩を叩かれた。そちらへ向き直ると、ルプスレギナがとても良い笑顔で立っていた。すわ助け船かと思ったのも束の間、ルプスレギナは左手に持っていたものを差し出してきた。小瓶である。受け取って子細検分すると、SALTと書いてある。SALT ?はて?サルト?疑問符を浮かべつつルプスレギナを見ると、既に別のところでのんびりしている。そうか、やはり食うしかないのか……。

 スプーンでそれなりの量をこそげ取り、やおら口に運ぼうとして、手が止まった。何かが自分の腕を押し止めている。理性とかたぶんそんなん。視線を動かせば、エンリが期待に満ちた目で見ている。くそったれ。そう心の中で毒づきながら無理矢理スプーンを口に押し込んだ。

 一口噛み、二口噛む。なるほど実際ほとんど味はしない。やや臭みのようなものがあるような無いような。もっちゃりねっちゃりとしたとろみが舌に絡み付き、最後にうま味のような物が残る。まぁ、簡単に言うと全然食える。慌てて先程の小瓶の中身を脳みそに振りかけ一口。劇的に美味くなることはないが、さっきよりも断然食える。

 

「意外と美味いなぁ。今度モモンガさん達にも食べさせよう」

「美味しいですか?美味しいでしょう!?ハラショーでしょう!?」

「うん、美味い美味い」

「では次です!どうぞ!」

 

 そう言いながらエンリが机の上に置いたもの、それは。

 

「鹿の肺です!」

「マジか?」

「生で食べます!」

「マジか!?」

 

 この後、モモンガさんから呼び出しがあるまで、鹿を生で大分食べさせられた。美味しかったです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




注意
生で鹿の内蔵などは食ってはいけません。肝臓ならE型肝炎等にかかり、脳みそだと牛海綿状脳症等にかかって普通に死にます。ちなみに自分は生きてます。普通に食える代物でしたよ?肺は、生で食うと危ないって言われて食ってませんけど、調べたら他の部位も普通に危ない。先に調べれば良かった……。
いや、鹿を生で食う前に小説書けよと言われればそれまでですけど、一応仕事の一環でして、次は早くあげたいなぁ。

ではまた次回です。ノシ

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