「……待って下さい!確かに、今日の試合で俺は出過ぎた行動をとってしまいました。その件に関しては認めます!しかし……どうしてですか!?」
突然、監督から言い渡されたチームの離脱。愛着もあるチームだっただけに、ショックは大きかった。
「せめて、ベンチにだけでも置いてもらえませんか!?このチームを抜けるなんて……俺は……」
何より、俺が一番嫌だったのは、チームを抜けることではなく、チームを抜けたことで、サッカーで誰かを楽しませることができなくなることだった。
今日の試合、勝つことができた。観客もそうだが、何よりも、あの2人を楽しませることができた。
『また、会えるんですか!?』
『もちろん、招待させてもらうよ』
つい数時間前に交わした、リサちゃんとの会話を思い出す。あの時のリサちゃんは、目を輝かせていた。俺のことを、そこまで好きでいてくれる……。
だからこそ、本当に申し訳なく思う。結果として、チームは勝った。観客に笑顔を与えた。
その代償に、俺が失ったものは……とてつもなく大きなものだった。また会えると、言ってあげたのに……。
「……確かに、チームを抜けることは、横山にとって辛いことだとはわかってる。だが、お前には、新たなチームに異動してもらいたいと思っている」
異動。それならまだ、サッカーを続けていられる。だが、このチームにも思い出がある。まだ、気持ちの整理がつけられない。
「近々新しくできるチームがあってな。横山には、キャプテンとしてチームを引っ張ってもらいたいんだ」
「え……?俺が、キャプテン!?そんな……俺がキャプテンなんて大仕事、できるかどうか……」
「不安か?だが、俺から言わせてもらえば、今日の様子を見るからにキャプテンとしては十分にやっていけると思うがな」
……監督は、俺のことをそのように考えてくれてたのか。素直に嬉しかった。
「……大丈夫、でしょうか」
「大丈夫さ。チームメイトや、もちろん俺とも離れて、1人でやっていくことになるが……横山なら、いいキャプテンになる。いいチームができるさ」
監督の言葉で、俺の心は決まった。辛い気持ちはある。けど、そうやって信じてくれる人がいるのなら……
「……わかりました。不慣れな点もありますけど、やってみます」
「そうか。それなら、俺の方から新チームの監督に伝えておく。……そうだ、新しいチームのことで、横山に頼みたいことがあるそうだが……」
頼みたいこととは一体、何なのか。心して監督の言葉を待つ。と、監督は手に持っていた紙を俺に見せる。
「実は、新しいチームの名前がまだ決まってないみたいなんだ。関東○○の○の部分なんだが……それをキャプテンの横山に決めてほしいみたいだ」
「えっ、名前を決めるんですか!?俺が!?」
そんなこと普通あるのか。と思ったが、俺に頼んできたのだから、そういうことでいいんだろう。
「アルファベット2文字なんだが、なかなかいい案が出ないみたいでな。何かいい案ないか?」
「……本当いきなりですね。そうだな……」
名前を考えるなんて初めてのことだな……。それにアルファベットか……。しばらく考え、俺は1つの案を出す。
「……なら、EMってどうですか?監督EM」
「EM?どうしてEMなんだ?」
「俺がキャプテンとして率いるチームだって考えた時に、思ったんですよ」
それは、ふと思ったことだった。俺が新しいチームを、どんなチームにしたいのかを考えた時に、自然と浮かんだことだった。
「1人1人は原子のように異なる力を持っている。その力を俺が引き出すことで、最高の思い出を築けるように……って、思ったんです」
「原子のように……」
「だから、EMです。原子はエレメント、思い出はメモリー。その2つを合わせて、名前にしたんですよ。エレメンタルメモリー……って」
エレメンタルの頭文字E、メモリーの頭文字M。そこから、EMと考えた。
「……いい名前だ。よし、このことも向こうの監督に言っておく。話は以上だ。細かいことはまた後日話すとして……何か聞きたいことはないか?」
「いえ……質問は特に。ただ……」
「ただ?」
「……今まで、ありがとうございました。このチームで、みんなと……監督と……プレイできて、よかったです」
さすがに言ってすぐにチームを抜けることはないと思う。この言葉を口にするのは、まだ早いとは思っている。けど、口にせずにはいられなかった。
「そう言ってくれると、監督としても嬉しく思う。こちらこそ、感謝している」
「監督……」
このやり取りの数週間後、俺はチームを離れた。チームメイトも驚いていたけど、みんな俺を笑顔で見送ってくれた。
リサちゃんたちにもこのことを連絡した。やっぱり驚いていたけど、応援してくれると言ってくれた。
新たなチーム、関東EM。これから俺は、このチームで戦っていく。観客を、ファンを、楽しませることを続けていく。
……そう思っていた。だが、原子は時として全てを壊す凶器へと変わるように……築いた思い出も、音を立てて壊れていく。
そんな思い出の終わりは、何の前兆もなく、突然訪れることになる……。
***
「関東EMか……」
「この名前、テツジが考えたのでしたわね。確か、エレメンタルメモリーの頭文字を取ったと」
「うん。なかなか格好いい名前だよね」
現在、私とリンの2人は、とあるスタジアムに来ていた。というのも、私たち宛てに招待状が届いたのだ。それは新たなチーム、関東EMの初試合のものだった。
あの日、決勝戦を見に行った次の日、テツジさんから電話がかかってきたのは驚いた。しかも、新しいチームのキャプテンになるという。
テツジさんの声は、少し辛そうだった。けど、サッカーを続けることができるのは嬉しいと言っていた。辛い気持ちを押し殺して、前に向かおうとしている。
「じゃあ、そろそろ行きましょうか」
「行くって……このスタジアムには、特別室みたいな部屋あるの?」
「確かあったはずですわ。お父様からそう聞きましたし」
それならばと、私たちはスタジアムに入る。特別室を探し、3分ほど歩いたところで、特別室を見つけた。
構造としては、前のスタジアムの特別室と似た造りだった。一通り確認した後、試合が始まるまで待つことにする。
「関東EM……どんなチームなんだろう?」
「テツジの率いるチームですわ。攻めを重視したチームだと思いますわ」
「けど、テツジさんはキャプテン……今まで以上に大変だと思うよ」
キャプテンは、言わば司令塔。チームの状態、フィールドの状況、全てに目を配り、的確に試合を進めていかないといけない。
1人のフィールドプレイヤーとして、サッカーをしていた前のチームとは違う。この日までに練習はしているとは思うが、どこまでチームを率いることができるのか。
「……来ましたわ」
両チームの選手がフィールドに入り、試合が始まる。相手は、バランスの取れたチーム。油断していると、一気に点を取るチームだった。
どちらのチームも動きは悪くない。だが、テツジさんのチームはミスが目立つ。新設チームのためか、連携がとれていない所があったりするからだ。
そして、前半を0対2でハーフタイムに入った。
「……テツジさん、大丈夫かな?」
「何とかして連携を取れるようにしないと、この試合負けてしまいますわよ……?」
***
ベンチでは、メンバーが後半のことについて話し合っていた。
「どうも上手くいかないな……」
「練習では上手くいってたのに……」
この状況を見て、テツジは焦っていた。2点差はキツい。が、それ以上にキャプテンとして、メンバーをどうまとめていくのかを考えていた。
「……力入りすぎだよみんな!リラックスして!」
「それはわかってますよ……」
「けど、この状況で落ち着いてはいられないだろ……?」
「そういうことか……。それなら、こういうのはどうかな?」
***
そして、後半が始まった。関東EMは、3点取らないと勝利できない。
「フォーメーションは変わっていない……」
「どうしますのテツジ……。このままでは……」
選手の1人がパスをする。それをテツジが受け取り、前線に加わる。
「みんな!さっき言ったことを意識して!」
「任せて下さい!」
「おう!……よし、やってやるぞ!」
(いいぞ……。とりあえず士気は高まった。後は、点を取りに行くだけだ!)
テツジが言ったのは、単純なことだ。攻める気合いを持て。ただし、頼ることを忘れずに。最後に、自分たちは弱いと思い込め。そうすれば、自然といつものプレイができると。
攻める意志、人を頼ることはオフェンスには欠かせない。意志はドリブル、頼るのはパスだ。
最後に言った、自分を弱いと思い込むことは、自分を卑下することで、相手に一泡吹かせたいと強く願う要因になる。
そうすることで、全力を出せるとテツジは考えた。要は気持ちの問題だが、それでもプレイに影響は出る。
「すごい……パスが通ってる!」
「本当ですわ!」
テツジの作戦は功を成し、その後は流れるように点を取った。4対2。初戦にしては悪くない結果で勝利したのだった。
***
「いや〜あの時は本当に終わったと思ったよ!」
「前半で2点差だったのに……」
「みんなのやる気を出させただけだよ。……けど、疲れるな。キャプテンの仕事は」
試合も終わり、私たちはテツジさんの控え室で話し合っていた。
今日の試合のこともそうだけど、学校の話とかも、喜んで聞いてくれた。
こんな風に話すことなんて、前の私じゃ考えられなかったことだ。けど、リンに会って……テツジさんに会えた。
「また……会えましたね」
「前とはチームも違うけどね。それでも、こうして試合を観に来てくれるのは嬉しいよ」
「私もです!」
素直に出た気持ちだった。その言葉に、テツジさんは笑みを浮かべる。
「……何か、2人の世界にいる気がしますわ」
「いやいや、そんなことないよ。それとも、リンちゃんも構ってほしい?」
「べ……別にそういうのじゃないですわよ!本当!」
リン……。その反応は……わかりやすいよ。
「そう?……あ、また招待状送るよ!出来れば、2人の住んでる近くの会場で試合したいんだけど……」
「確かに、その方が移動も楽ですわね」
何か、私がお荷物みたいに聞こえるから、やめてほしいんだけど……。
「じゃあ、今度の決勝戦は2人の地元のスタジアムかな?」
……って、テツジさんが決めることじゃないよね、それ。
***
帰りの車内(行きも送ってもらった)でのこと。
「ねぇ、リン……」
「何ですの?」
「その……ありがとね」
リンは、いきなりどうしたのかと言わんばかりにこちらを見る。けど、言わずにはいられなかった。
「リンに出会わなかったら、テツジさんと過ごすあの時間は……一生得られなかった。だから、夢のような時間を私に与えてくれて……ありがとう!」
「そっ…そんなこと急に言われても、何と返せばいいのか……」
本当に感謝している。あの時の出会いは、きっと偶然じゃない。運命だったんだ。
リンと友達になれた……テツジさんから、思い出をもらえた。
「これからも、友達でいようね!リンとはずっと、友達でいたいから!」
「……別に、構いませんわよ」
「何その素っ気ない……」
「い…いいでしょう別に!」
こうして、リンとの付き合いは続いた。学校はもちろん、テツジさんから送られた招待状が、試合を通じて、私たちとテツジさんを引き合わせる。
楽しかった。リンとテツジさんと過ごす時間は、本当に。この時間が、ずっと続けばいいと思っていた。
そうして、数ヶ月が経った日のこと。私がポストの中を見ると、いつものように招待状が送られていた。
「次は、決勝戦だったよな……」
確か、相手はテツジさんが前にいたチームだったはず。前にその話をしていて、戦うことになったら楽しみだと言っていたことを思い出す。
そう思いながら招待状を見ると、予想通り決勝戦に招待する内容が書かれていた。だが、今回は少し違った。招待状の下の方に、小さめの文字で、
『追伸 リサちゃん!あの時言ったこと覚えてる?
会場は、リサちゃんの地元のスタジアムに決ま
ったよ!』
「あ……!」
デビュー戦後に言ってたこと……数ヶ月経っても覚えてたんだ。しかも、それを実現するなんて……!
「そっか……!試合が楽しみだな……!」
試合となると、本当に夢のように感じる。でもそれは現実で、紛れもなく目の前で試合をし、目の前にテツジさんがいる
……でも、この時ばかりは夢であってほしかった。現実ではない、夢を見ていたかった……。
***
試合当日。今日は会場が近いので、移動に時間がかからなくて済む。
「まさか、本当に近くのスタジアムで試合をするなんて……テツジが頼み込んだのかしら?」
「どうなんだろうね?」
詳しくはわからないけど、もしそうなら、ありがたい。私たちのためにそこまで……。
「さぁ、行きましょう。今回も特別室があるみたいですけど……このスタジアムには来たことがありませんわ」
「私も……」
「お〜い!リサちゃん、リンちゃん!久しぶり!!」
その時、何度も聞いた声が聞こえた。もちろん、その声の主はわかっている。
「テツジさん!」
「テツジ久しぶりですわ。何だか、いつもよりも元気に見えますわ」
「もちろんだよ!相手が相手だからね……。手強いけど、勝ってみせるよ。前のチームの監督にも、今のチームを見せてあげたいからね!」
本当に心待ちにしていたんだと思う。子供のように、楽しそうな笑顔を見せていた。
「ところでテツジ、少し聞きたいことが……」
「ん?何だい?」
「特別室への行き方知りません?場所がわからなくて……」
「あぁ、それなら……」
と、テツジさんが説明を始めた時だった。道路の片隅でうずくまる1人の男の子を見つけた。
私よりも小さいから、まだ小学生ですらないだろう。
「どうしたの?」
私は近づいて、何をしているのかを尋ねる。テツジさんはまだ説明しているようだったし、何となく気になった。
「お母さん、どっか行っちゃった……」
「えっ、迷子……?」
「どうかしたのリサちゃん?……この子は?」
すると、私に気づいた2人がこちらに来た。私よりも、子供の方に気が向いていたみたいだけど。
「迷子みたいで……どうしよう?」
「お母さん……」
不味い。今にも泣き出しそうだ。どうしたら……
「スタジアムの事務室に連れて行こう。そしたら、放送でこの子のお母さんを探してもらえる」
「そうですわね。じゃあ━━」
「……いた!どこ行ってたの!?」
「「「!?」」」
テツジさんの言うとおりに、事務室に連れて行こうとした瞬間だった。その子の母親が、道路の向かい側に姿を現した。
案外、すぐに解決したな……。と、私は胸を撫で下ろす。
「この子のお母さんですか?」
「はい!目を離した隙に……すみません。本当にありがとうございます」
道路を挟んでいるため、自然と大声になる。それも、車が通っていたからなおさらだ。
「いえ、俺もついさっき見かけたばかり……っ!」
「……!?」
私たちは甘かった。母親が見つかったことに安堵し、そちらにしか気を向けていなかった。
想像してほしい。まだ小さな子供が、母親と離れて1人になり、不安でどうしようもなくて……ようやく出会えた時、どうするのかを。
真っ先に、母親の元へ駆け出していくだろう。道路を渡って。……例え、車が走っている道路だとしても。
そしてそれは……現実となっていた。道路を渡るその子に、車が迫っていた。
嬉しさにばかり気をとられて、自身に迫る恐怖もわからないまま、母親の元へ━━━
「……危ない!」
私が考えるよりも先に、動き出していたのは……テツジさんだった。全速力で、その子の元へ。
車に気づいて、足が止まる子供の体を、テツジさんが突き飛ばす。本当は抱き抱えて渡りきれたらよかったのだろうが、間に合わなかった。
子供を突き飛ばし、その身を守ることが、テツジさんに出来た精一杯のことだったから。
そして、私は……悪夢を見た。