だんだんと夏の色が見え始めているこの時期、それでもやはり雨は続いています……。
けど、森宮さんが私たちに話したことは、雨にも負けない驚きを運んでくれた。と同時に見せられた一通の招待状により、驚きは確かな実感を伴った。
その驚きの正体、それは数分前のことだった……。
***
「いや〜やっと終わったっスよ!悪夢の時間が!」
「悪夢って……授業終わっただけだよね?」
私たちは1日の授業を終えて、カードショップ、サンシャインへと向かっていた。この日も雨だったが、サンシャインに行く他に選択肢がない。
「そりゃ授業っスよ?それが俺には悪夢にしか感じられないんすよ!」
「そう言えば森宮は?」
佐原君、完全スルー。
「森宮さんなら、日直の仕事があるって」
「待った方がよかったんじゃないのか?」
「私もそう言ったんだけど、大丈夫だって」
「そうか……」
「……って、ちょっと!?無視はやめてほしいっスよ!2人は授業を何とも思わないんスか!?」
と、そこに無視され続けた佐原君が、痺れを切らして突っ込んできた。
「別に俺は授業は何とも?」
「私はむしろいいかな……って」
2対1だよ、佐原君……。教えてもらう先生に失礼だよ、授業を悪夢なんてさ……。
「何でそんな風に考えられるんスか!?」
「そう言われてもね……」
「はぁっ……はぁっ……追いついたわ……」
と、そんなどうでもいい(そんなことないっスよ!?)話をしているうちに、森宮さんも追いついてきたようだ。
「走ってきたのか?」
「当たり前でしょ?こんな雨の中を歩きたくないわよ」
けど、ところどころ濡れているのがわかる。傘はさしているが、走ってきたとなるとあまり意味もない。
「……ったく、もう少しでサンシャインだから、着いたらタオル貸してやる」
「えっ、いいわよ。何か悪いわ」
「俺らは歩いてただけだから、そんなに濡れてない。だから、遠慮するな。風邪でもひいたらどうすんだよ?」
おっ、小沢君もそういう一面があるんだね。そういう場面があまりなかったから、意外というか……。
「……ありがと。じゃあ、遠慮なくそうさせてもらうわ」
表情は傘で隠れてよく見えなかったが、一言お礼を言って、そのまま歩き続ける。
私の隣を歩く佐原君が少しニヤついていたが、それは気にせずに……。
「……よし、着いた」
毎日お世話になっているサンシャイン。今日も変わらず営業中だ。
早速中に入り、適当なファイトテーブルに腰を下ろす。
「いらっしゃいみんな。ずぶ濡れになってまで来てくれて嬉しいよ」
「……イヤミか、おじさん」
「そんな言い方ないだろワタル!星野さんたちを心配してだな!」
「あーあーわかった。とりあえず森宮、これタオルな」
「……ありがとう」
小沢君からタオルを受け取り、背を向けて濡れた場所を拭き始める。それはそれとして、
「今日はどうするの?」
「どうって……もちろんファイトっスよ。秋まで時間も限られて来るっスからね!」
「……その前に、一つ報告があるんだけど」
濡れた髪を拭きながら、報告があると言う森宮さん。何の報告かはわからないが。
「7月……つまり、今月。その時にグランドマスターカップ決勝大会が開催される。それは知ってるわね?」
「そりゃもちろん!俺たちの最終目標はそこっスよ!」
「その全国大会前に、あるイベントが開催されるんだけど、私たちはそこに招待されることになったわ」
「招待?あ、もうタオルいいか?」
「あぁ、洗って返すわ。してもらってばかりも悪いし」
そんなことはないと小沢君も言ったが、森宮さんが押しきって、今日は森宮さんがタオルを持って帰ることになった。
……と、それはそれとして。今はイベントについての話だ。
「で、そのイベントなんだけど……聞いて驚きなさい」
「…………」
「世界を相手に戦う超凄腕のファイター、吉崎ナオヤ。彼とのファイトを兼ねた、完全抽選制のイベントよ」
「「「な……えーー!?」」」
***
吉崎ナオヤ。ヴァンガードをしている人なら、まず一度は聞いたことのある名前だ。
私たちと同い年ながら、グランドマスターカップを制し、今では世界の舞台でその実力を見せるファイターだ。
デッキ構成、ファイトの展開、トリガーから勝負強さまで、全てが優れている。多くのファイターが、彼を憧れとするほどだ。
そんな彼のデッキは、ブラスター・ブレードを主軸としたロイヤルパラディンだ。
で、話は冒頭に戻り、吉崎ナオヤとのイベントに参加できるというところからだ。
「マジっスか!?よくそんな抽選に当たったっスね!?」
「こればかりは、運がよかったとしかいいようがないわ。私だって驚いたし」
「けど、それならデッキ調整しておかないと!吉崎さんとファイトできることになったら……!」
「あ……ファイトできるのは、参加者のうち10人だけみたいよ」
「えーー!?」
でも、すごい選手に間近で会えるだけでも、私としては嬉しいけどな。ファイトは出来ればラッキー程度だ。
「でも、いつの間に抽選なんてしたんだ?」
「いつの間にって……シオリさんに抽選用紙は出してもらったはずだけど。白い封筒に入れて」
「白い封筒……?あっ!」
思い出した。確か、グランドマスターカップの参加用紙を出しに行った時、一緒に封筒を出したんだ。
中身がわからなかった封筒は、抽選用紙だったなんて……あの時も聞きそびれていたし、もう忘れていたからな……。
「そういうわけで、日時はその招待状に書いてあるから、それぞれ予定空けておいてね」
「当たり前っスよ。こんなチャンスを蔑ろには出来ないっスよ!」
吉崎ナオヤか……。世界レベルのファイターと、実際に会ってファイトできるかもしれないなんて、楽しみになってきた。
「なら、ファイトするかもしれないってことで……早速デッキ見直してファイトするっスよ!」
……けど、私は不安でもある。そんな凄い相手と、もしファイトできたとして……通用するのだろうか?
力の差は歴然としている。一矢報いることもできるかどうか……。
それでも、楽しみではある。めったにない機会だから、ぜひともファイトはしてみたい。
***
時は過ぎ、吉崎さんのイベント前日。私は……デッキの構築で悩んでいた。
「う〜ん……。悪くはないんだけどな……」
「熱心なのはわかるっスけど、あんまり根をつめすぎないのもいいっスよ?」
今はサンシャインで、佐原君と2人だ。小沢君と森宮さんは、ファイトテーブルでファイトをしている。
「佐原君はデッキは大丈夫なの?」
「俺のデッキはベストコンディション!……と言うより、これ以上調整できないっスよ。リンクジョーカーは、まだ数があまり多くないんスから」
「あぁ……」
「ゴールドパラディン……特に解放者は、今は数があまり多くない。黒輪縛鎖で新しいカードが収録されたとは言っても、俺もシオリさんも名称デッキ……決まりきった型になってしまう」
確かに数は多くない。ゴールドパラディンだけで考えたら、数は多いんだけどな……。確か、エイゼルとかスペクトラルデュークとか。
「だから、今のままで全力をぶつければ、問題ないと思うんスけどね?」
「……うん」
そんなわけで、デッキを軽く見直しただけに留まった。けど、不安は拭えない。
みんなと別れ、家に帰ってからもずっとモヤモヤしたまま……私はベッドに横になった。
***
『シオリ……』
「ん……?」
気がつくと、誰かに呼ばれているような気がした。もう朝なのだろうか……?
『シオリ……』
「何……?って、え?」
驚くのも無理はない。目を開けると、そこは私の部屋ではなかった。
光の粒子が、辺り一面に広がり、七色に光輝いている。ただそれだけの空間。少なくとも、私の知っている場所ではない。
「ここは……?」
『シオリ……こっちだ』
さっきの声だ。けど、近くに人の姿は見当たらない。
「どこにいるの……?」
私は光の中を歩き出す。時折聞こえる声を頼りに、私はただひたすら、私を呼ぶ人がどこにいるのかを探す。
「……それにしても、これは一体」
『シオリ』
「……あっ」
どれほどさまよったか……。ようやくその人を見つけた。が、その人は私のよく知る人物だった。と言うより……
「あなたは……私?」
『今の君からすると、2年前の……ね』
2年前……中学時代の私ってこと?
「……ごめん、状況がまだ理解できないよ。2年前の私って……」
『わかるよ。いきなりだったからね。けど、シオリに用があってね』
自分に自分の名前を呼ばれてるなんて……なんか変な気分だ。
「用?」
『うん。シオリは今……楽しいかなって』
「え?それは……」
もちろん、私の中で答えは決まっている。
「……楽しいよ。毎日が……楽しい」
『そっか。……もう辛くはないんだね』
「あっ……」
『辛くて辛くて……私は楽しさを失っていた。そんな時期だったから』
あの時は、楽しむ余裕なんか何一つなかったから。それで……膨大な時間を棒に振った。
「でも、今こうして楽しんでいられる。いい人たちと出会えたから」
『そうみたいだね。ならよかった』
「……ところで、どうしてあなたはいきなり現れたの?」
『そもそも……私がここに現れたのは、シオリが過去と向き合い始めてきたからだよ』
「過去と……向き合い始めた……?」
森宮さんの過去、偶然訪れたアテナ。それらのことが、私に過去を思い返させるきっかけにはなっている。言われてみれば、前よりは過去に目を向けている。
『前のシオリなら、思い返すだけで苦しかったと思う。今も変わりはないと思うよ。けど、少しずつ……』
そうだね……。昔だったら、アルフレッドのカードを見るだけでも辛かった。だから、避けようとしていたくらいなのに。
けど、今は違う。マイナスの面だけじゃない。プラスの面も見ることができる。
「……けど、完全には向き合えていないよ。まだ」
『うん。君はまだ……あの頃の、6人だった頃の思い出を見つめられていない。知らないうちに封じ込めている……。私の中に』
「あなたの……中に?」
『さっきも言ったけど、過去と向き合い始めたから、私は現れたって。私は君の記憶。その記憶を呼び覚ましたから……私はここにいる』
……そう言われても、あんまりよくわかってないんだけどな……。
『単純に言えば、私は君。君は…私』
「…………」
『さて……と。そろそろ時間みたいだ』
「……えっ?」
『明日のイベント、ファイトできるといいね』
「あ…うん。そうだけど……結局、あなたは……」
『私?私は……君がまた、過去と向き合い……未来を切り開く力に変えた時、現れる。シオリ、君は既にその力を持っている……』
未来を……切り開く力?それを私が持っている……?ますます頭が混乱してきた。
『最後に……これだけは忘れないで。君のまわりには、色んな人がいる。辛いことがあっても、支えてくれる人がいる。もちろん私も、シオリを支える1人だよ』
「支えてくれる……人たち」
『君は……1人じゃない』
***
そこで意識は途切れ、次に気づいた時には、私は自分のベッドに横になっていた。窓から射し込む朝陽が、夜明けであることを告げていた。
「夢……?」
……それはそうか。もう1人の自分が現れて、私に助言するなんて……夢じゃないとありえないか。
けど、夢にしてはハッキリと覚えている。1つ1つのことを……。
『知らないうちに、過去を封じ込めている━━』
『君が過去と向き合い、未来を切り開く時━━』
『君は……1人じゃない』
「…………」
「シオリ〜!起きてる〜?朝ごはんできたから降りてきて!!」
「今行く!」
私は1階のリビングに向かい、用意されていた朝食を食べる。
「今日はヴァンガードのイベントに行くんだったよね?」
「うん。遅くなるかもしれないけど……」
「友達と遊んで遅くなるなら、文句は言わないよ。楽しんで来なさい」
「うん。……ごちそうさま!」
朝食を食べ終わった私は、出かける支度を始める。今は、自分の部屋で服を着替えているところだ。
「イベントが始まるまで、後1時間半……。会場までは20分くらいだから、そこまで急がなくても大丈夫か」
服を着終わった私は、1つのデッキケースを手に取る。その中に入ったデッキのカードを、1枚1枚ゆっくりと確認していった。
「過去と向き合い、未来を切り開く……か」
やがて50枚全ての確認を済ませると、デッキケースを手下げのカバンにしまい、家を飛び出した。
***
私が会場に着くと、ちらほらと参加者の姿が見えた。まだみんなは来ていないのかな……?
「……もしかして、シオリちゃん?」
「この声……」
後ろから話しかけられた声に、私は聞き覚えがあった。前にサンシャインでファイトした、ジェネシス使い。
「……ミズキ?」
「やっぱり!シオリちゃんだ!」
まさかこんなところでミズキと再会できるなんて……何が起こるかわからないものだ。
「ここにいるってことは、ミズキも抽選に当たったの?」
「うん。じゃあシオリも当たったんだ」
「……おっ、あんたは前にワタルと一緒にいた……」
「星野シオリですよ、平本さん。久しぶりです」
ミズキと話していると、平本さんもその輪に加わってきた。ミズキは2人で来たんだな……。
「ワタルはいないのか?」
「まだ来てないみたいですけど……」
「……お〜い!シオリさ〜ん!」
いや、来たみたいだ。佐原君が私を呼んでるけど、その後ろに小沢君たちもいる。
「あの人たちも知り合い?」
「うん。3人とは一緒のチームなんだ。じゃあ、呼んでるからもう行くね」
***
「先に来てたんスね」
「今来ただけだよ。それであの人たち……ミズキと話してただけ」
「さっき、ユウトもいたな。久しぶりって感じがするな……」
「あぁ、それが前にファイトしたって言ってた奴らなんスね。ジェネシス使いと、なるかみ使いの」
佐原君と森宮さんは、ミズキたちとは初見か。あの時は、ノスタルジアのことを調べるのに動いていたんだったっけ。
「でも……よかったの、シオリさん?あの人たちと一緒に居てもよかったのよ?」
「あぁいや……ミズキのために2人にしようかなって。多分……だけど、ミズキは……」
「なるほど。シオリさんもなかなかやるじゃない」
前にサンシャインで、あからさまな反応を見せていたからな。進展があるといいんだけど。
「あっ、そろそろ始まるっスよ!空いている席は……おっ、ちょうど4つある!取られないうちに行くっスよ!」
私たちは佐原君に続いて、席に腰を下ろした。
「それにしても、今日は晴れてよかったな」
「そうだね。雨が降ったら大変だったよ」
イベント会場は、屋外のステージだ。その前に椅子が並べられており、私たちは今そこに座っている。
雨天時には屋内で行われることになっていたけど、無事に晴れてよかった。ただ1つ、問題を挙げるとすれば……
「……暑いね」
「それは……わかってても言わないことよ」
「あっ、始まるみたいっスよ!」
若干の本音が私の口から漏れたところで、イベントの司会らしき人がマイクを持って、ステージの袖口から登場する。
「みなさん、こんにちは。早速ですが、今から吉崎ナオヤさんとのファイト交流イベントを始めさせていただきます。まずは、吉崎さんに登場していただきましょう!」
司会の登場した袖口から、今日のメインである吉崎ナオヤが姿を見せた。と同時に、会場は拍手に包まれた。
「こんにちは!吉崎ナオヤです!今日はファイト交流イベントに参加していただき、ありがとうございます!」
あれが……吉崎ナオヤ。明るい声で、見た目も爽やかだ。どこか幼さを感じるけど、漂うオーラは、彼がプロであることを証明している。
「では、早速ファイトを始めていきたいんですが……すいません!あのボックス持ってきて下さい!」
すると、吉崎さんの出てきた袖口とは反対側から、両手で黒いボックスを抱えた人が出てきた。
「このボックスの中には、このイベントに参加してくれた人数分……150枚の紙が入ってます。今から僕が1枚引いて、その紙に書かれた番号の札を持っている人とファイトします」
確か、入場する時にスタッフの人から、プレートのようなものを渡された。番号は……39番か。
「じゃあまずは1枚……ドロー!」
客席のみんなが、自分の番号が出ることを願っている。ファイトに当たるのは10人だって、森宮さんが言ってたはずだ。なら、私が当たる確率は……15分の1。
「……39番!39番の人、ステージに上がってきて下さい!」
……39?
「……嘘」
自分の手に握られたプレートには、確かに39という数字が。ということは……
「……当たった」
「え!?シオリさん当たったんスか!?」
「マジかよ……」
「しかも1人目に選ばれたって……」
うわ……まさか本当にファイトできるとは……。できたらファイトしたいとは思っていたけど、いざファイトとなると緊張する。
まして参加者の先陣を切るんだよ?トップバッターなわけだからな……。そんなことを考えながら、私はステージへと上がっていった。
「君が対戦相手だね?名前は?」
「ほ…星野シオリです!よろしくお願いします、吉崎さん!」
「そんなにかしこまらなくてもいいよ。今日は、ファイトを楽しむイベントだから」
「は…はい!」
客席の方が騒がしい……。世界レベルのファイトが間近で見られるのだから無理はないか。そんな中、私たちの前にファイトテーブルが運ばれてくる。
あぁ……こういう風に大勢の人に見られるファイトは慣れていないからな……。でも、ここまで来たら、やるしかない!
それに……私は……
『過去と向き合い、未来を切り開く時━━』
『その力を……既に君は持っている━━』
「準備はいい?」
私は、手札の引き直しも済ませ、5枚の手札のうちの1枚を手に取る。
まだ辛い。胸が痛む。けど……今日こうして、あなたを手に取ったのは……
「……はい」
「よし、行くよ!スタンドアップ!ヴァンガード!!」
「スタンドアップ……ザ!ヴァンガード!!」
2人のヴァンガードが表になる。と、ステージ奥にモニターが現れ、盤面の様子が映る。これで観客もファイトの流れがわかるということだ。
「ういんがる・ぶれいぶ!(5000)」
ナオヤさんは、やはりロイヤルパラディンのデッキ。というか、それ以外のデッキを使うとは、到底考えにくい。
と、その時だ。観客の方からざわつきが聞こえる。しかもそれは、佐原君たちのものだ。無理はない。だって、私のヴァンガードは……
「……スターダスト・トランペッター!!(6000)」
いつも使うゴールドパラディンのユニットは、そこにはいない。いるのは、ロイヤルパラディン。私が昔使っていた、思い出あるクランが、そこにはいた━━。