グランドマスターカップ秋予選。私たちは順調に5回戦を勝ち上がっていた。が、気分は最悪だった。その理由は、さっき観戦していたファイトにあった。
「……やばかったっスね。さっきのチーム」
「ああ。リンクジョーカー使いみたいだったが……実力は確かだな」
実力は、だけど。問題があるのは、そのチームの態度だ。ファイトを途中で切り上げようとし、審判にも食ってかかっていた。何よりも、他人を見下す物言いに腹が立っていた。
「ああ、もう!あんな奴らが残ってるなんて、何か嫌っスね!」
「私も……できれば、桜川さんのチームと勝負したかったな……」
もしかしたら、次の試合で彼らとファイトすることになるかもしれない。残りの試合も、少なくなっている。
「……あの人たちのチームと当たったら、何が何でも勝ちたいな」
「同感だな。俺もだ」
「そんなの当たり前っスよ!ガツンと一発、喝を入れてやらないといけないっスからね!」
思うことはみんな同じみたいだ。彼らの横暴さを見て、何も感じないことはなかったみたいだ。
「桜川さんだって、負けたくなかったはずなんだ。あんな人たちに……!」
「随分と燃えてるっスね」
「何かね……嫌なんだよ。自分の事だけ考えて、周りが見えなくなる人は」
そうなってしまった人を……私はよく知っている。
「だから、ファイトする時は教えてあげたいんだよ。勝って、あんな態度とるのは間違っているって」
「そう簡単に行くものなのか?」
「多分、あの人たちは自分の強さを過信してるんだよ。だからあんな態度になる。その土台を崩せば、きっと……」
と、バックルが光る。1番のMFSみたいだ。
「お呼ばれみたいっスね」
「そう言えば、森宮は?」
「桜川さんのところじゃないかな?話したいこともあるだろうし……大丈夫。すぐに合流するはずだよ」
「よっしゃー!じゃあ、行くっスか!残り少ないファイト、全力をぶつけるっスよ!!」
***
「さっきは悪かったですわ。いきなりあんな……恥ずかしい真似をして」
「いいわよ、あれくらい」
時は少し遡る。リンとリサは、ホールの一角に移動し、話をしていた。
「リンはまだ残ってますの?」
「ええ、まぁ……。何とかね」
「そう……。悔しいですわね……。結局、リベンジの約束は果たせなかったですわ」
チームは惨敗。秋予選前に交わした約束も、叶うことはなくなった。チームを率いるリーダーとして、人一倍に敗北の悔しさを感じているはずだ。
「……ねぇ、リン」
「何ですの?リサが私に何か聞いてくるなんて、珍しいこともありますわね」
「負けるのって……怖い?」
だから、リサは聞いておきたかった。敗北を経験し、それでいて同じリーダーとしての彼女の意見を。
「1人が負けたら、それだけでチームの足を引っ張ることになる。しかも、リンはチームのリーダー。人一倍チームに迷惑なんてかけられないはずよ?だから……リンの意見を聞きたくて」
「…………」
リンは少し考える。リーダーとして、自分ならどうなのか。負けることが怖いのか。さっきの敗北は、果たして怖かったのか。
「……リンがそのようなことを聞いてくるのは、リサ自身が……負けているからかしら?」
「……ええ、そうよ」
わざわざ隠しだてをする仲じゃない。一瞬ためらったが、苦々しく口にする。
「私のせいで、チームに迷惑をかけた。しかも、そのせいでチームメイトの1人にプレッシャーをかけてしまった……」
忍者軍団とのファイトを思い返し、思わず顔をしかめる。勝つ事だけが先回りし、冷静さを欠いた彼の姿を思い出して。
「もう、あんな真似はしたくない。でも、もしまた負けたら?その時……またさっきみたいなことに、小沢君みたいなことになったら……?私は、どうすればいい?」
結局、私は足を引っ張るだけなのか。私は、何もできないのか。
「……何もしなくていいのではありませんか?」
「えっ……?」
「あなたは、すぐに1人で抱え込む。それが間違いだと言うことに、気づいたのではありませんでしたの?」
憧れの人が、一瞬で壊れたあの事故。その人の代わりに、道のりを遺すことが正しいと信じていたあの頃。彼の作ったエレメンタルメモリーを、なかったことにはしたくない。
それはただの独りよがりで……やるせない憤りをぶつけるために生み出した悪人像にすぎなかった。そんなことよりも、大切なことがあったはずなのに……。
「迷惑だとか、そんなことを思う人はリサのチームにはいないと思いますわよ?深く考えないで、もっと普通にファイトしなさい」
「そんなの建前よ……!結局、勝ち負けを決めるのは個人の結果よ!それがチームの命運を決める!」
これまで溜め込んでいた想いが溢れ出す。旧友であるリンを目の前にして、歯止めが効かなくなっているのか。
「1人だけで戦うならまだいいわよ……。でも、これはチーム戦!責任も、結果も、チームメイトの想いの全てを背負うことになる!1人の結果で……他人の結果まで打ち砕くことになるのよ!?」
誰もが本気で全国で行きたいと願うチームだから。最悪の結果だけは、誰もが避けたいと思っている。
「そうなったら、迷惑をかけるのは結局私で……!」
「……負けたから責める仲間なんて、仲間とは呼べませんわよ。リサが思うよりも、チームメイトは強い。あの……シオリさん、だったかしら?彼女は特に」
あの時のファイトの最中、私の目を覚ましてくれたのは、シオリさんだった。さっきもそう。シオリさんは、私に優しい言葉をかけてくれた。
「……時間みたいですわね」
バックルが光っている。1番のMFSみたいだ。
「リン……私は」
「アクアフォースなんてクランを使ってるのですから、もっと仲間を見なさい。それが、私から言えるアドバイスですわ」
リンは去っていく。残された私は、まだ答えを見出だせないまま、MFSに向かって歩き出した。
***
「これは……」
「マジっスか。噂をすれば影なんて、よく言ったもんっスよね……」
私たちが1番のMFSに向かうと、そこには既に対戦相手が待ち構えていた。だが、そのチームはまさに今、私たちが話していた相手……桜川さんを倒した、あのチームだった。
「あっ、森宮さん!」
「ごめん、遅れたわ。ちょっとリンと……っ!?」
そこに森宮さんも合流する。が、対戦相手の姿を見て、やはり驚きを隠せない。
「あいつらが相手なのね……」
「うん……」
「やっと来たのかよ。遅ぇんだよ!」
来て早々これだ。いきなり態度が悪い。移動に時間をかけたつもりは全くなかったはずだけど。
「さっさと始めるぞ!おい、審判!」
それでいて、審判にもこの言い様だ。しかもこの審判、少し気が弱そうだった。それをいいことに、彼らは言いたい放題だった。
「す……すみません。では、6回戦。チームエレメンタルメモリー対チーム破滅の翼の試合を━━」
「そう言うのいいって何回言ったらわかんだよ。何?ここの審判は、そう言う物覚えが悪い奴らばっかなのかよ」
その言葉に、相手チームのメンバーは笑いだす。
「……すみません」
「謝る暇があんなら、さっさと始めてくんないかな?ほら、この時間がなかったらファイト始められたのに……馬鹿じゃねぇの?」
「黒瀬リーダーよ〜。もうその辺にしとけば?こいつ泣いちゃうって!」
あのリーダー……黒瀬と言うのか。それはともかく、さらに笑い声が大きくなる。
嘲笑され、審判は何も言い返すことができない。一方的に心ない言葉を浴びせる彼らの言動に、私はもう我慢できなかった。
「……いい加減にしてくれませんか?」
「あ?」
自分でも驚くほど冷たい声だった。
「審判は間違ったことはしてないでしょう……?自分勝手な理由で、馬鹿にするのはやめてもらえませんか……?」
「何だこいつ。変なこと言いやがって」
「どこがだよ……。他人を見下して、自分は都合よく押し通して……!何様なんだよ!?」
黒瀬とは違う2人が私の前に立つ。私は怯むことなく言葉を続ける。
「こいつ!可愛いからって調子に乗ってんじゃねぇだろうな!?何を歯向かってんだよ!」
「悪いの?さっきのファイトの様子を見てたら、文句の1つでも言いたくなるよ!」
「んだと!?」
「まぁ待て。そこまでだ」
言葉による罵り合いのファイトを止めたのは、意外にも向こうのリーダー、黒瀬だった。
「……俺たちに楯突くなんて、勇ましいな。可愛いもんだ。だがな……こっちからしたら、あんま調子に乗ってもらうと困るんだよ。イライラしてさ……手ぇ出したくなるんだよな……!!」
黒瀬という男は、苛立ちを込めて壁に拳を叩きつける。本気で怒っているのが見てわかった。
「話ならファイトで聞いてやる。そして思い知らせてやるよ。無駄だってことを。お前らを倒して、俺らに歯向かったこと後悔させてやる!」
……やっぱり、自分の力に自信があるからこそ、こんな態度をとるのか。でも、こんなのやりすぎだ。
「んて、この無能な審判は何してんだよ!始めろって言っただろーが!」
「は……はい。では、代表3人を━━」
「俺ら3人しかいねぇだろ!てめぇの目は節穴か!?」
「あなたの目こそ節穴なの?こっちは4人。決まってないんだよ。少し待って」
「ちっ、くそが……!」
それだけ言うと、私たちは代表を決めるために一旦離れる。
「……シオリさん、なかなか言うっスね」
「あそこまで言うなんてな……」
「正直、驚いてるわよ……」
「あの審判見てたら……もう、言わずにはいられなかったんだよ」
あんなの放っておけないし。さて、誰がファイトするかなんだけど……。
「じゃ、早速メンバー決めのじゃんけんを━━」
「「私にやらせて」」
「……シオリさん?」
「それに……森宮もか?」
ファイトの代表に、私は立候補する。でも、森宮さんは想像してなかった。
「……お願い。あの黒瀬って人とファイトさせて。あの人とは……どうしてもファイトしたい」
「私も……流石に黙って見ていられない。リンがあんな奴らに負けて、何もしないわけにはいかないのよ」
彼だけは、どうしても私がファイトしたい。だから、立候補した。
「なるほどな。そう言うことなら……別にいいんじゃないか?」
「そうっスね。ただ……」
佐原君は、森宮さんを見る。5回戦の出来事があるからこそ、その想いを確かめておきたいのだろう。
「もう大丈夫なんスね?」
「……リンにも、励ましてもらったしね。状況考えたら、普通逆なのに」
苦笑する森宮さんに、もうさっきのような気の焦りは感じない。それを見た佐原君は、反論することはなかった。
「わかったっスよ。じゃあ、2人はファイトすることにして……」
「残る1枠か。どうする?」
「そんなの、じゃんけんに決まってるっスよ!」
「よし……!」
「「じゃんけん!!」」
で、その結果は……。
「……ダメだったか」
小沢君が応援に回り、私と森宮さん、そして佐原君がファイトすることになった。
「ワタル君はそこでしっかり応援するっス。俺もそうっスけど……闘志メラメラに燃やしているあの2人を特に」
「……だな」
そうしてもらえるとありがたいかな。さて、私は……。
「……待たせたね。じゃあ、始めよう」
「言われなくても、やってやるよ」
まだ苛立ちは収まっていないみたいだ。自分の強さを過信して、周りに対して乱暴に振る舞う彼は、恐れることなく反論した私に憤りを感じているはずだ。
私は手札を引き直し、ファーストヴァンガードに手をかける。向こうも準備を終え、すぐにでもファイトが始められる状況だ。
絶対に勝つ。強さに任せて、傲慢な態度をとるあまり、周りを見失うことは間違いだってことを、教えるために。
そして……そんな人をもう生み出さないためにも、私は全力を尽くす。
あの人のようなことを、もう二度とさせないために。
「「スタンドアップ!「ザ!」ヴァンガード!!」」
***
「勝たせてもらうわ。あなただけは……ね」
「俺はあんたに疎まれるようなことをした覚えはないが?」
彼だって、初対面の相手に恨まれる真似はしていないはずだ。直接的には。
「さっきのファイトよ。相手のことなんて全く考えていないファイト……あんなの見てたら、許せないわよ」
「だが、何故俺なんだ?ファイトなら、俺以外にもしていただろう?」
「それは……」
脳裏に浮かぶのは、1人の少女の姿。悲痛な声を上げ、涙を流す彼女が、鮮明に浮かぶ。
「……辛かったのよ!いつも強がって、素直じゃなくて、でも一緒にいると楽しくて……。時には私を叱ってくれて……弱いところなんて何一つ見せて来なかったのに、あんな姿を見たのが、辛かったのよ!!」
テツジさんの事故の時だって、彼女は逃げることはなかった。むしろ、弱りきった私に喝を入れてくれた。
そんな彼女が、初めて見せた弱さ。それほどの傷を、彼女は受けたのだ。
「だから、あなたを倒す!リンの無念は……私が晴らす!!」
「なるほどな。お前は、さっきの奴の知り合い……敵討ちと言うことか。なら、お前にも見せてやる。敗北の絶望を。たった1人の力では、限界があるということをな」
互いの準備は整った。後は、始めるだけ。
「「スタンドアップ!ヴァンガード!!」」
「先陣のブレイブ・シューター!(5000)」
「マイクロホール・ドラゴキッド(4000)」
リンクジョーカー……。確か、連携ライドのユニットか。
舞台は……皮肉なことに、リンの戦ったフィールドと同じ海中。
「ほう……これは、2人揃って同じ末路を辿る運命と言うことか?」
「そんな事にはならないわよ!私のターン、ドロー。ティアーナイト テオ(8000)にライド!ブレイブ・シューターは後ろへ!ターンエンド!」
ブレイブ・シューターがテオに変わり、その後ろにブレイブ・シューターが現れる。
今度こそ、私は負けない。冷静に、かつ闘志を絶やさずに、全力で勝利を掴んで見せる!
***
「……何か、あっちの2人燃えてんじゃん?あんたはどうなの?」
「俺っスか?俺は……2人ほど燃える理由なんてないっスね」
2人のように憤ってはいない。それは事実だ。……2人ほどは、だ。
「けど、俺だってあんなファイト見せられて、黙ってるわけないっスよ?このイライラを、早くあんたにぶつけてやりたいっス」
「おーおー、お前も燃えてんのかよ?どこもかしこも熱くてたまんねーな……。なら、このファイトでその熱……冷ましてやるよ!」
そうなるのはどっちになるか、見せてやるっス!
「「スタンドアップ!ヴァンガード!!」」
「星輝兵 ダストテイル・ユニコーン!(5000)」
「抹消者 ブレイドハング・ドラゴキッド!(5000)」
舞台は火山。クラン的にあんまし共通点なさそうな気がするんスけど……。
「あれ?リンクジョーカーじゃないんスね?」
相手の使うクランはなるかみ。しかも抹消者だ。さっきのファイトで、彼以外の2人はリンクジョーカーを使っていたから、てっきりそうかと思ったんスけど。
「別にどんなクランを使ってもいいと思うんだけど?」
「ちょっと驚いただけっスよ」
「それに、このクランの方が相手をボコボコにできんじゃん?だからリンクジョーカーを使わないわけ」
俺もリンクジョーカーを使っているからよくわかる。リンクジョーカーの最大の特徴であるロックは、グレード3になってからしかまともに使えない。しかも、ブレイクライドしないと、複数体のロックは難しい。
その分、なるかみは序盤からリアガードを退却できるユニットが少なからず存在する。そういう意味合いなら、なるかみを使う理由もわかる。
「んじゃ、軽くひねってやるよ!ドロー!送り火の抹消者 カストル(7000)にライド!ブレイドハングはそのまま後ろに下げて、ターンエンド!」
対リンクジョーカーのミラーマッチでもよかったっスけど……こういうファイトも悪くない。とにかく、こいつには負けないっスよ!
***
「解放者 チアーアップ・トランペッター!(5000)」
「星輝兵 ダストテイル・ユニコーン!(5000)」
星輝兵……。これは、佐原君と同じリンクジョーカー……。
「思い知らせてやるよ。俺になめた口聞いたらどうなるか!」
「どうもしないよ……。私が勝つ。自分の実力を誇張して、他人を否定する言動は間違ってるって、このファイトで証明する」
「こいつ……どこまでもムカつく女だ……!」
「行くよ。私のターン。ドロー、ばーくがる・解放者(7000)にライド!チアーアップは後ろへ!ターンエンド!」
「俺のターン、ドロー!ライド!魔弾の星輝兵 ネオン!(7000) ダストテイルは後ろだ!」
舞台は禍々しい城の玉座。互いにライドを終え、2体のユニットが対峙する。
「魔爪の星輝兵 ランタン(7000)をコールし、そのままアタックだ!(7000)」
「ノーガード!」
ランタンが接近し、ばーくがるの体を引き裂く。ばーくがるはランタンに体当たりしながら、距離を取って後退する。
「ダメージチェック。狼牙の解放者 ガルモールだよ」
「ダストテイルのブースト、ネオンでアタック!(12000) ドライブチェック……無双の星輝兵 ラドンだ!」
ネオンの装備している銃から、光弾が放たれる。距離のあるばーくがるに対して、光の雨が襲い掛かる。
「ダメージ……五月雨の解放者 ブルーノ」
「ターンエンドだ。すぐにわからせてやる。歯向かうだけ無駄だったことをな」
「まだファイトは始まったばかりだよ……?結果はどうなるかわからない」
シオリ:ダメージ2 黒瀬:ダメージ0
「私のターン。スタンドアンドドロー」
勝負はまだ始まったばかり。けど、ファイトが進めばロックが来るのも時間の問題だ。
そうなれば、リアガードを展開して力を得る私のデッキは機能を失う。その隙を突かれたら、負けることだってあり得るかもしれない。
……だったら、来るべき時には惜しみ無く使う。これは、負けられないファイトなんだ。
ユニットとのつながりの力、アクセルリンクを……!